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富升針清
プロローグ
『もし、時代が今、英雄を必要とする時が来たら、君達は誰を選ぶかね』
大宴会場を埋め尽くさんばかりの人影に、一人の男が問いかける。
しかし、誰も声を上げない。
上げるどころか、皆、下を向いたまま、頭を深く深く垂れ、一言も漏らすことはない。
横にいた女たちは、扇で自分達の顔を隠しながらも、男の美しくも低い声にうっとりと目を細めるだけで、答えは無し。
誰一人、その問いかけに答えられないのかと、男が落胆した時だ。
「主様」
兎の耳を垂らした女が、顔を上げる。
雪よりも白い毛並みの兎耳が微かに揺れる。
しかし、作り物の様に、美しい程のその横顔は人間の美女そのもの。
女は顔を上げ、微笑みながら口を開く。
「主様。人から英雄を選びなさりますの?」
口元を隠す事もなく、巫女服のまま袖を捲った兎耳の美女の姿に、女たちはひそひそと声を上げる。
何と、気安く主様に話す事か。
使いの分際で、随分と品のない。
兎風情が、後ろで黙って控えてればいいものの。
その声は、勿論兎耳の美女の姿の兎の耳にも届いていた。
しかし、彼女はそんな言葉に何も感じない。
文句があれば、直接私に言えばよい。違う答えを提示出来るならば、すれば良い。
『そうだ。人からだ。人から今の時代に英雄は産まれるのか? 争いが争いではなく、天命が、神託が何もないこの時代に、英雄を選べるのか。君なら、選べるかい? 稻羽の』
女たちは薄く笑い、稻羽のと呼ばれた兎を嘲り笑う。
自分達の夫や子すら答えられなかったこの答えを、たかが使いが何と答えられると言うのか。
クスクスと笑う声を彼女は、透き通った声で遮る。
「勿論でございます。主様」
ピタリと、女たちの笑い声が止まった。
『ほぅ……。流石、狛兎筆頭稻羽のだ。そこらの神にも劣らずいとも簡単に飛び越える』
「お褒め頂き、光栄でございますわ。主様。私は兎でございます故、跳ね飛ぶ事は得意ですので。そこらのクスクスと葉擦れを立てる草などを飛び越えるのは、造作もない事でございます」
いつの間にか、彼女の耳に届くクスクスと鳴く葉擦れの音は、ギリギリと歯擦れの音に変わっていた。
『では、稻羽の。君はどうやって、勇者を選ぶ?』
男の問いに、女はにっこりと笑う。
「救える世界を用意すれば良いのですわ」
そう。今の世界には英雄などを選ぶ環境はない。
戦もなければ、冒険もない。救うものも、救われるものも、全て法の下、人の下。
人を襲う怪物だって、人の姿をした悪意には叶わない。
だからこそ、その世界で、英雄なんてものは出てこない。
だからこそ……。
『世界を作る? また、国を一からと?』
「ふふふ。それも素敵でございますが、主様はご存知です?」
兎の目が三日月になって行く様を、人影たちは黙って眺める。
一体、どんな策だと言うのか。
一体、どんな言葉が出てくるのか。
ごくりと、皆、喉を震わせながら、彼女を見守る。
『何をだ?』
「ネトゲー……。ネットゲームでございます、主様っ!」
そう言って、彼女は大きな胸を揺らし手を広げた。
『ねっと、げーむ? げーむとは、遊び事かい?』
男の問に、女は小さく首を縦に振った。
「ええ。しかし、今回は遊び事の方がよろしいかと」
『それは何故?』
「人は、今、時代よりも英雄を必要としておりませんわ。主様方がどれだけ熱く神託を与えた所で、彼らには届くはずもなく、無礼を承知で申し上げますが、信じる事はないでしょう」
『私の言葉を、人々は信じないと?』
「ええ」
『それは何故だ』
「今、人に神だの、英雄だの、そんなもの、全てが戯言の単語に聞こえるからでございます。彼らの生活上、神も英雄も何もかも、遠い昔のおとぎ話。現実味のない言葉になっているのです。だからこそ、ゲームですわ。主様。ゲームは、理解の壁を簡単に取り除きます。次元の壁すら、越えれるのです。神がいても、英雄がいても、魔物がいても、例え人間同士が傷付き合おうとも、ゲームの世界では受け入れられるのでございますっ! 主様っ!!」
大きくはだけた彼女の胸元が、昂揚のせいで桜色に染まっていく。
「その、ネットゲームの世界で、英雄を決めればよいのですっ! この世界ではない世界を作り、現実の才ある人間どもを選別し、その中で英雄を作り、決めさせ、そして……」
彼女は上唇を赤い舌でゆっくりと舐め上げ、ゆっくりと吐くように言葉を紡ぐ。
「私と主様が二人で作り上げた楽しい楽しい完全対人体験型選別アクションゲームで、新しい『神』を決めればよいのですわ。彼の慰みになる、強く、猛々しい『神』を……。さあ、主様、如何でございましょうか? 私のご提案は」
彼女は男に跪いて、頭を垂れる。
答えは既にわかっているのに。
彼女は、全てを知っている。男の事なら、全てを知っている。
彼の好みも、全て。
『ははっ。いいね、面白いっ。 稻羽の、今直ぐに私の所へ来なさい。構想を練ろうじゃないか』
「はいっ、主様っ!」
ほら、ね? と、彼女は小さく舌を出す。
さあ、人々よ。選別の時間が来たのだと。
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