5-5. それでも、いまは一緒に……
「種明かしをしようか」
「うん」
「エサル卿は、エンガス卿とひそかに手を組んでいる」デイミオンは声を低めた。
「おまえからの〈
リアナはすこし恥ずかしくなった。自分自身、そういう可能性を考えて彼に情報を送らなかったりしていたのに、彼のほうでも同じことを考えているとは思わなかったわけだから。言いわけになるが、あのときにはとても切羽詰まっていたし、それくらい彼の助けを必要としていたのだ。
結局、彼が〈呼ばい〉に応えなかったのには、それなりの理由があった。それがわかって心底、ほっとする。
「〈
「エンガスの一派は早期開戦をもくろんでいる。エサルも仲間の一人だ」
リアナは眉をひそめた。「戦地になるからこそ、もし戦争が避けられないなら、短期決戦で、徹底的に相手を潰したほうがいい」
「そうだ。イティージエン戦役のようにな。あのとき、エリサ王が指揮を執らなければ、ケイエはこれほど早く復興できなかっただろう」
なるほど、それがエサルの考えか……。
理屈としては、わからないでもない。ただ、王佐という立場にありながら、陰でエンガスと通じていたことは大いに問題がある。そう言うと、デイミオンもうなずいた。
「事実上、エンガス派などというものはもう存在しない。その茶番に、エンガス自身が一番早く気がついて、味方の確保に動いたんだ」
「どういうこと?」
王都でエンガス卿と接触したデイミオンは、追いつめられているはずの老大公の余裕から、両者のつながりに気づいたのだと説明した。
「つまり……おまえの背後にはメドロート公がいて、王佐にエサルを指名している。これでまず二票。グウィナは政策的にも心情的にもおまえ寄りだし、中立とは言えない。さらに、私とおまえのあいだにも、これという利害がない」
そうだったかしら、とリアナは思った。なんとなく、デイミオンとのあいだにはずっと利害関係があったような気がしていたのだが。
デイミオンが咳ばらいのような音をたてた。ちょっとくだけた口調になる。
「……つまり、俺がおまえを蹴落としてでも王位につきたいという強い動機さえなければ、という意味だ。もともと政策的にはさほど離れていないしな。俺も、開戦には反対だ」
「それが聞けてよかった」
会談中の、あの好戦的な態度――あれが演技だということはわかっていたが、あまりにも「黒竜大公らしい」ので、心配になってしまったのだ。
「疑っていたのか? ひどいやつだな」
口もとをゆるめるデイミオンを見て、どれほど彼のことが恋しかったかを思い知らされた。皮肉げな口調や低い声。問題への取り組み方。彼といると、どんなときも希望を失わないでいられること。そこが一番好きだ。
「それから……、
リアナは黙ってしまった。エンガス卿の陰謀のこととは違い、どう受けとめていいのかわからなかったからだ。
彼女を苦しめないためにデイミオンが最大限譲歩してくれているのだということが、よくわかった。ここ数か月で初めて、胸のなかの硬い結び目がゆるんだような気がした。けれど、押しこめてきた不安が溢れだしそうになるのは止められなかった。自分のためだけじゃなく、彼のために、言わなければ。
「あなたに言っていないことがあるの」
彼の首すじに顔をうずめていると、あの廃城にとらわれたときのことを思いだした。〈
「デイミオン、わたし……」
――わたしは、恐ろしいゾンビかもしれないの。
――かれらと同じ紋様が、腕に浮き出るの。そして、ものを凍らせてしまう。
――もしそうだとしたら、もう竜たちの王ではいられない。それに、それに、あなたの
それを彼に言うのは、本当に、気持ちがくじけそうだった。
あふれる涙で目が溶けそうになりながら、なんとか声をだそうと努める。彼女を抱く腕の力がぐっと強まって、〈
「……言うな」
ふつふつと沸きたつ湯のような声で、デイミオンが言った。「言う必要はない」
青年はリアナの顔を両手ではさんだ。「おまえがいなければ、俺の人生はもっと単純なものだっただろう。竜騎手として、竜族の男として、務めを果たすことだけを考えていればよかった。自分のなかにこんな激情があるなんて、知らなかったんだ」
そして、額にキスしながら言った。
「これからもおまえと俺のあいだには利害がおよび、廷臣たちの忠誠や裏切りのゲームで引き裂かれ、本心を告げることもできず……」
頬に、顎に、まぶたに、軽く触れるだけの唇が下りていく。「いずれは国を守るために遠く離れて戦い、〈
「だから、ともに生きてくれとはまだ言えない。……それでも、いまは一緒にいよう。
――愛している」
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