3-12.侍女ルーイの秘密
「陛下」ミヤミは真っ黒な目をまるまると見開いている。ルーイはくすくす笑いで返す。
「あなたたちも、男を見る目を養わないとダメよ。悪い男にひっかかると人生台無しなんだから」
「リアナさまったら」ルーイが笑う。「お二人より悪い男なんて、タマリスに山といますのに」
「陛下。そろそろ準備なさらないと」
ぎゅうぎゅうとハグされているミヤミが、迷惑そうな声を出した。
「うるさーい」
「あら、いいじゃないミヤミ、ハグしていただきなさいよ。フィルさまと間接ハグになるわよ」ルーイが口をはさむ。
「あーっ、あなたやっぱりそうなのね。憎たらしい」
「陛下、痛いですし、間接ハグといってもたぶんフィルバート卿はこんなに柔らかくないと思いますし、男くさいなかにも良い匂いがするはずですし、これだとわたしにはなんの得もない」
「わたしだけ失恋させないわよ、あなたも道づれよ、ミヤミ」
「うふふ。リアナさま、わたしもー」
少女三人は団子のようになって押し合いへし合いした。
まあ、それが多少の気分転換にはなった。
ことが済んだら大きな無力感に襲われそうではあるが、ひとまず今は、やるべきことをやるだけだ。たとえデイミオンなしでやらなければいけないにしても。
「目の色ばっかりはどうにもならないわねぇ」
同じ黒いドレスを着た、二人の少女がいる。体格も髪や肌の色もほぼ同じ。ただ、リアナの言葉どおり、目の色がはっきりと違った。金髪に多い虹彩の取りあわせは青、灰、茶などで、スミレ色というのはきわめて珍しい。ゼンデン家の遺伝的特徴といってよく、侍女のルーイは鮮やかな翡翠色の目なので、まったく正反対だ。
眼鏡でもかけたらいいのかしらとつぶやくリアナを前に、ルーイはいつもどおりの笑顔を見せる。
「リアナさま、レーデルルさまの力をお借りしますね」
「え?」
「わたしからの〈
「どうし――」
最後まで言うまえに、リアナはあんぐりと口を開けた。ルーイの目が、翡翠色からスミレ色に変わったのだ。
〔はさむ、はさまる?〕
ここにはいない、レーデルルの疑問の声が頭に届いた。〔サァブ、サァブ?〕
「ルーイ! あなた、
スミレ色の目は、遠目には完璧にリアナに見えるほどの、同じ色あいだった。
「でも、いったい、どうやって?」
「いいえ、わたしは白の〈
「ライダーの方はご存じないかもしれませんが、コーラーは術の使用中、自分が力を借りる古竜の
「そんな話……知らなかった」
実に不思議だし、初耳だ。
「ちなみに、
「そうなの?」
「はい。これも、理由はわからないらしくて。リアナさまはふだんからずーっとスミレ色ですけど、たとえばデイミオンさまはふだんは青で、術を使うときだけ金色になりますよね?」
「えっ……そうだっけ?」竜術を使っているときの目の色など気にしたことはなかったので、リアナは首をひねった。どのみち、自分からは自分の目は見えないのだし。
「目に悪くないの?」
「大丈夫ですよ。コーラーは、ライダーが引きだした竜の力のおこぼれをもらうようなものですから」
「まあ、びっくりしたけど、それはいいわよ。とにかく、あなたが〈
ルーイはリアナではなく鏡のほうを見ながら、自分の髪を手早くセットしている。「はい。それが、フィルさまがわたしを選んだ理由……」
「わたしの影武者にするため」
「はい」ルーイはにこっとした。
「だけど、どうしてフィルに従っているの? あなたは〈ハートレス〉じゃないのに」
自分のセットが終わると、ルーイはリアナの髪にとりかかる。イーゼンテルレ風のドレスに合わせ、高く結い上げて数房だけを首筋にカールさせて垂らす。
「
きらきらした飾りピンで髪をとめながら、ルーイはつづけた。
「たったおひとりのお世継ぎが〈ハートレス〉となれば、お家取り潰しもあり得る。困った当主さまは、こうお思いになりました――『公式な場にだけ、代わりの者を立てればよい』と」
二人は鏡を前にして、鏡のなかでそっくりの目を合わせている。
「じゃあ、あなたはその子どもの身代わりに?」
「はい。……孤児だったわたしは食い扶持と寝る場所がいただけたし、竜術も教わることができた。当主さまたちはお家を存続させられた。――それはとてもうまくいっていたのですが、ある日、お世継ぎは不慮の事故でお亡くなりに」
「それって……」
「癇癪の強い方で、わたしはよく見えないところをつねられてアザを作っていました」
「まさか……」虐待を受ける身代わりの少女を、フィルバートが助け出したとか……そのときに世継ぎのほうはフィルが……などと不穏なことを考える。
「いいえ」ルーイはそっと目をふせた。「他人につらく当たる方は、自分にも同じくらい厳しい仕打ちをなさることがあります。……その方は〈ハートレス〉である自分が許せなくて、自分の命を絶ってしまわれたのです」
「そうなの……」
ルーイは、ミヤミのほうを気にしながら話していた。ミヤミは淡々と準備を続けていて、なんらかの葛藤があるにしてもそれを顔に出すことはなかった。
リアナはフィルバートのことを考えていた。彼の長い孤独と、苦しみのことを。
夜会の時刻が近づいてきていた。
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