3-11.侍女たち


 疲れきって泣きながら眠り、もう目ざめたくないと思いながら目を開けた。


 さんざん泣きちらしたせいで、全身が気だるくなるほど疲労している。だが、枕もとの時計を見るにそれほどの時間は経っていなかった。まだ昼にもなっていない。

 しかたなく扉を開いて、ほっとした顔の侍女たちに朝の(昼の?)支度を任せた。自分のあきらめのよさはもっと賞賛されてしかるべきね、とリアナは皮肉げに考える。


 泣いてもわめいても、現実は待ってくれない。今日はガエネイス王主催の大切な宴席で、王として欠席するわけにはいかなかった。やるべきことも、そのための準備も、すでに済ませているのだ。

 でも、たぶん自分は、王にふさわしくはないのだろう。王には若すぎるとか必要な資質や能力に欠けるとか、そういうあいまいで悠長な問題ではない。竜族の王がゾンビであっていいはずはない。

 かといって、自分が忌むべきデーグルモールかもしれないなんて、誰に相談することもできそうにない。

 いや、もしかしてメドロートになら……と思いなおす。


 そうだ、ネッドに相談しよう。それはいい考えに思えた。

――これが全部終わったら。フィルを探しだして、デーグルモールたちを捕まえて、子どもたちを見つけたら。そうしたら、もう一度五公会にかけてもらって、自分は退位しよう。デイミオンが王位を継ぐのだから、今度こそ、誰にもなんの問題もないはずだ。


 そう考えると、みじめな気分が少しだけ落ちつくのを感じた。あれだけ呼びかけて応答がないのだから、デイミオンはきっと自分のことなどどうでもよくなってしまったのだ。そういう投げやりな気分も混じってはいたが、メドロートのことを考えるとささくれた心がやわらいだ。見たことのない母の故郷、北の領地に思いを馳せる。親戚のジェーニイからすこし聞きかじっただけだが、ノーザンはずいぶんと南の領地フロンテラとは違うらしい。


 アイスブルーの海に浮かぶ氷山や、長く厳しい冬、短い夏のまばゆい緑の絨毯。いつまでも陽が沈まないという夏……


「陛下、あの、考えたのですが」

 手を動かしながら、ミヤミがふとそう言った。リアナはもの思いをやめ、侍女がためらっている様子を見守った。

「もし間諜がご入用なら、はなはだ力不足ながら、わたしも多少はこなせます。侍女がルーイ一人になってしまうのが心配ですが……」


 どうやら、到着後すぐの会議での話を聞いて、また今日の夜会のこともあり、この侍女なりに考えていたらしい。

 やっぱり、間諜の訓練も受けているのか。うすうす感づいていたリアナは嘆息した。

「あのね、申しわけないけど、あなた侍女としてはあんまり役に立ってないわよ。ルーイ一人でも今とたいして変わらないわ」

 黒髪で小柄のこの侍女は、ドレスを着させればボタンを掛けちがえ、髪を結わせれば頭皮にピンを刺すといった具合で、間諜でもなければなぜ侍女に推薦されたのか理由がつかない。

「さようですか」

 まったく表情に出してはいないが、どうもミヤミはがっかりしたようだった。「お役に立ちたかったのですが、残念です」


「別にいいわよ、そこまで忠誠を尽くしてくれなくっても」

 そう言うと、ミヤミは「いえ」と首を振った。


「忠誠というか、ときには朝起きたらリアナ陛下が露のごとく消えておられないかと期待することもあるのですが――もが」


「ちょ……ちょっと!!」

 リアナは侍女の口を手で覆った。

 あまりにも率直な願望に、怒るよりも先に心配になる。仮にも王たる女性への暴言、聞きとがめられればどんな処分が下ってもおかしくはない。

 こんなに嘘がつけなくて、この子、大丈夫なんだろうか。フィルに嘘のつき方を習ったらよかったのに。剣技やスパイ術だけじゃなくて。

「ですが」ミヤミはリアナの懸念も知らず、口もとの手をはがして続けた。「身命を賭してお仕えします」

「どうして」


 ミヤミは居住まいをただした。「わたしは〈ハートレス〉。『剣こそわが安寧あんねいの祖国』。立てた誓いが重いほど、それは生き延びる力を与えてくれる」


 その言葉はまるでフィルそのままのようで、リアナは胃が重くなった。

 自分よりも若いほどの、こんな少女に言わせていいセリフではない。それに、フィルにだって、本当はそんなことを言わせたくない。


「そういうの、やめなさい」

 リアナは息を吐き、ミヤミが掛け違えたボタンを自分で掛けなおしはじめた。

「あなたの人生には、もっといろんな選択肢があるはずよ。そういう自己犠牲的なのじゃなくて……ちゃんと幸せになれる道を探しなさい。もし、一人で見つけられないなら、わたしも一緒に探してあげる。……たぶん、王様をやめてからね」


 もう一人の侍女ルーイは、部屋のドレッサーを開いて宝石類などを見つくろっている。が、聞き耳を立てていることはわかる。リアナとしては、二人ともに言っているつもりだった。


「しかし、陛下」

「もういいわよ。これだけいろいろあると、あきらめくらい良くなくちゃやっていけないわ……ほら、そこに座って」

「はあ」

「ルーイ。あなたもちょっと来て」

 ミヤミはなにがなんだかよくわからないという顔で、ルーイはにこにこと、寝台のうえに腰かけた。

 リアナは二人の侍女を順番にハグし、数日分のいらだちをこめて彼女たちの髪の毛をくしゃくしゃにしてやった。「あああ、もう、なにもかもイヤになった」

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