3-4. リアナ陛下、白竜のおん君
エサルの説教がしばらく続きそうだったので、年少者二人は話題をずらした。
「でも、イーサー公の結婚を見ていると、人間の国では結婚の意味がすこしちがうみたいね」
リアナは人間がともに暮らす里にいたので、家族の単位としての結婚はわかるが、王族となるとまったく理解の範疇外だった。
「イーゼンテルレでもアエディクラでも、王族の結婚の第一義は婚姻による同盟関係の強化だからね」
「まったく、信じられんな。イーサー公だって、あの若い花嫁との間に子ができなかったらどうするんだ? 結婚し損じゃないか」
エサルはいかにも竜族の男らしい懸念を述べた。
「結婚かぁ……」
新婚の夫婦は席を立ち、揃って来客たちのあいさつにまわっている。政略結婚なのは間違いないが、遠目にはなかなかお似合いのふたりに見えた。リアナとしてはみずからの結婚に多少思いを馳せずにはいられない。だが、王である自分と、軍の最高指揮官であるデイミオンの結婚など、五公十家の反発と分断を招きかねないだろう。まして、デイミオンは存在自体が国の最終兵器のようなものだというから。
リアナはひとり押し黙り、観察に徹することにした。
夫婦から挨拶を受ける諸侯たちの様子をじっと眺める。オンブリア国内からは、王であるリアナのほかにも、ニザラン
だが、特に念入りにチェックしたのは、アエディクラの王ガエネイスだった。にこにこと鷹揚にうなずき、若い公子の肩を親しげに叩いている。王と公子は比較的長く歓談していた。
イーゼンテルレは、滅亡した大国イティージエンの系譜にあり、豊かな文化風俗を受け継いでいる。だが、国力という点では、力を増してきた大国アエディクラの庇護を必要としていて、二国のあいだにはなかなか微妙な駆け引きがあるようだ。ファニーと一緒に予習してきたので、イーサー公子がかつてアエディクラに人質として送られていたという事実も頭に入れていた。アエディクラの王ガエネイスは、見た目に屈強な武人というわけではないが、野心的ですぐれた統率力を持つとの評判が高い。イーサーとは、おそらく人質時代に交流があっただろうが、どのような関係だったのだろうか……。
♢♦♢
「リアナ陛下、白竜のおん
花嫁を連れて、イーサーが座の前に立った。花嫁とともに腰を折って優雅に礼をする。来客は座って迎えてよいしきたりなので、リアナはうなずいて礼を受けた。
「狩りのときには、大変な失礼をいたしました。私の短慮で、陛下のお命を危険にさらしてしまった。あの場で私の首が飛んでいてもおかしくない。デイミオン殿下にも、ご迷惑を」
リアナは笑みをつくった。「竜族の王は、竜から落ちたくらいでは死なないんですよ。ご心配なさらないよう」
竜から落ちたこと自体は
「高名な吟遊詩人を呼んでおりますが、畏怖に打たれるばかりの竜顔の美しさ、白竜の力強さを歌にするのは難しいでしょうね」
「ありがとう。みなの目を楽しませているようで、よかったわ」
「われわれは短命ですから、このように伝説的な光景を見ることができれば、孫子の代まで語り継ぎますよ」
短命、か……。
里のロッタとハニのことを思い出して、懐かしさと悲しさが入り混じったような感情を味わう。彼らは竜族と人間との夫婦だった。生きていれば、いずれは年月が二人の間を引き裂いただろう。
でも、それは起こらなかった。里が襲撃に遭い、里人のほぼ全員が殺されたからだ。
人間はいつも竜族の長命さや美しさを畏怖し、歌や絵に残すけれど、結局は二人のような悲劇のほうがありふれているのかもしれない。母のエリサ王も、リアナを産んですぐ、例の灰死病で亡くなったというし……
公子夫妻が離れると、エサルがふと思いだしたかのように言った。
「そういえば、昨日は言い忘れましたが……もうひとつ、気になることがある。竜神祭の前後に到着すると伝達のあったメドロート公が、まだ到着なさっていないのだ」
「ネッドが?」
「別に日程に障りがあるわけではないが、連絡なく遅れるかたではないので、気になっている。陛下の〈呼ばい〉でなにかわかりませんか? 貴殿は北方の領主家の血筋でしょう?」
リアナはうなった。「ゼンデン家のいまの領主権はわたしにある。その次はたしかにネッドだけど、……難しいわ。たぶんネッドもほとんど〈
「そうか。いまは傍流のカールゼンデン家のほうが力が強いんだな。とすると、やっぱり尋ねるならジェンナイルのひよっこか」
「ジェーニイのこと?」
「いや。甥のナイルのほうです」
リアナは家系図を思い浮かべた。自分の生家とはいえ、ほとんど他の家と同じくらいにしか覚えていないが、ナイルはまだ会ったことのない彼女の
「ナイル卿なら、
「そうだったな……」
「あなたのほうで、〈
「そうしよう」
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