3-3. 結婚式

 イーゼンテルレの城は目を奪われるほど壮麗だった。ドーム状になった天井から窓、床にいたるまで極彩色のモザイクタイルが使われ、左右対称の幾何学的な模様がいっぱいに描かれている。植物のモチーフが多く、ツタやツルがからむ紋様が美しい。いわゆる、古イティージエン様式というものだ。参列者たちは同じような模様のついた絨毯の上にじかに座り、房飾りのついたクッションに身体を休ませている。


 リアナはグウィナ卿が選んだドレスの一枚を着て参列した。紗を花びらのように重ねた繊細なドレスで、胴着の部分以外、つまり首や肩は紗が薄く、うっすらと肌が透けている。ふだんは首や肩を出す服は着ないが、温暖なイーゼンテルレでは過ごしやすい服だった。仔竜のレーデルルもおそろいのヴェールでマントを作ってもらい、おめかしをしている。好物のイカをもらってご機嫌で、リアナの後ろでゆったりと香箱をつくってくつろいでいた。


 イーサーと新婦の前には、花嫁の持参金をあらわす膨大な品物が並ぶ。調度品、宝飾、色とりどりの絹、竜の皮革、果物、侍女たち……。

 リアナがはじめて見る、めずらしい植物もあった。立ち姿はユリにも似ているがまっすぐで、一本の茎に一つの花が開くさまが炎のようだ。赤やオレンジ、ピンクといった色も鮮やかで、大量に並ぶと迫力がある。ラーレという名前の花で、オンブリアでは「炎の花」と呼ばれているそうだ。その花に、炎と結びつけられたデイミオンの立ち姿を、つい重ねてしまう。


 神官による舞が奉納され、音楽が奏でられた。同じフレーズが何度も繰り返され、しだいに音が強まるかと思うと、また弱くなる。まわりつづける独楽こまを見ているような、引き込まれる音だった。


 参列者たちは花嫁の美しさをたたえ、公子のもてなしに感謝し、式の豪華さをほめそやしている。だが、不思議なこともあった。彼らの多くが大っぴらにリアナたちのほうを見、興奮して語り合っているのだ。


「竜族が他国の結婚式に参列するのが珍しいのかしら?」


 リアナが呟くと、隣で控えていたファニーが「そうだろうね」と言った。あいかわらず、侍女の格好のままで、この旅のあいだ女装を押しとおすつもりのようだ。前身ごろに一列にくるみボタンが並ぶ真っ白なお仕着せで、散らばりがちな短い茶髪はまとめて白い布で包んでいる。ルーイはにこにことしているが、ミヤミのほうは奇抜なものを見る目を少年に向けた。


「人間は短命なんだ。本物の生きている竜も、竜族も、一度も見ずに死んでいくのがごくふつうなんだよ。それに、まあ、きみは美人だしね」

「アーシャ姫が王になっていたら、みんなさぞかしありがたがって拝んだかもね」リアナは皮肉気に言う。

 かの斎姫には殺されかけた恨みがあるが、美貌にはひと目おかざるをえない。まあ、今は貴人用の独房にいるので、リアナは大いに留飲を下げた。


「人間の結婚式とは派手なものですな」

 隣に座るエサルが、そう話しかけてきた。めでたい席なので彼も普段とは違う礼服を着ている。竜族の男性の正装である長衣ルクヴァは、あかい竜に合わせ、黒地に赤い刺繍とアクセントをつけたもの。ズボンも長靴も黒。一歩間違うと悪趣味と言われそうで、堂々たる体格と金髪の持ち主であるエサルにしか着こなせなさそうだ。


「エサル卿、あなたのときはどうだった?」

 エサルには、すでに妻と二人の子ども、さらに別に身重の妻がいると聞いていた。

「ごく普通ですよ。一人目は三日の儀をして、妊娠が分かったときに正式に妻問つまどいに行った。二人目のときは、もうひとりの夫と腹の子の親権でモメまして、式どころではなかったが」

「ふつうだね」


 国境沿いで育ったリアナにはあまりぴんとこないが、ファニーがそう言うくらい、竜族の男性としてはごくごく平均的な結婚スタイルだ。「三日の儀」とはまだ妊娠していない女性を妻に迎える場合の結婚の申し込み方法で、男性が女性の家に三日間滞在して婚姻の意を示すというもの。

 妊娠がわかってから結婚を決めることも多いし、その場合妻、あるいは夫に別の配偶者がいることも珍しくなく、彼らとの間で子どもの親権争いが起こるのも竜族夫婦の「あるある」だ。

 ちなみに、エサルが口にした二人目の妻、ヨナの子どもは生まれる前からすでに彼女の生家を継ぐことが決まっている。こういったことすべて、長命少子化がいちじるしい種族ならではのことといえた。


「そんなことより、あなたのほうはどうなんです、陛下。……繁殖期シーズン入りもまだだというのに、デイミオン卿はすっかりあなたに骨抜きのご様子だ。それなのに、竜殺しスレイヤーフィル〉ともお噂があるとか?」

 リアナは露骨に不機嫌になった。「二股じゃないわよ」

「デイミオンとは何もないもの。まだ。今のところは」


 本当は、フィルとだってまだほとんど何もない。ただ一度の夜、それだけだった。

 嵐に閉じこめられた夜。フィルの、熱く乱れた息づかいを思いだして、リアナは赤くなった顔をそむけた。


「若いうちから熱心なのは良いことだが、はじめての繁殖期シーズンから十年はまず子どもは授からん。身体を大事にして、相手はひとりにしておくほうがよろしいでしょう」

「だから、二股じゃないんだったら……」

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