3-2. 敵地での作戦会議

 行商人とその家族といったふうの身なりに身を包んだリアナとファニーは、護衛役のハダルクとケブをつれ、視察という名目の街歩きを楽しんだ。寒冷湿潤なオンブリアと違い、人間の国家は温かい土地が多い。隣の大国アエディクラは耕作適地が広がるが、イーゼンテルレの首都は砂漠の中にあり、河川はあるが農地には適さない。食料の多くは交易に頼ることになる。自然と、交易は発達し、人の行きかいが多い都市が生まれる。


「子どもが多いわね」

 ココナッツミルクを飲みながら、リアナは人々を眺めている。「一、二、三、四……あの一家、五人も子どもがいるわ」

「老人は少ないね」こちらは、ファニー。甘いコーヒーの入った銅のカップを手にしている。

「知識として知ってはいたけど、実際に目にすると驚きだよね。若い――年齢もそうだけれど、人間は種族として若い。生命力が、繁殖力がある」言うと、コーヒーをすすった。オンブリアにはない、泥水のようで不思議な味わいの飲み物だ。


「むしろ――竜族はどうしてこんなに長命なのかしら。どうしてなかなか子どもを授からないの? それに、竜族だけがかかる病気もあるわ……」

 リアナの頭にあったのは、オンブリアで静かに流行の兆しを見せはじめていた奇病のことだった。クローナン王の死因でもあるその病気は、灰死病という。体温の極端な低下と壊死に似た症状をもち、罹患するものはまだ少ないが致死性の高い病だった。基本的に孤発性の病で、伝染しないのが幸いだが、もしそうだったら国内はパニックに陥っていただろう。

「それなのに、青の乗り手ライダーも誰も、治療法の研究をしていないというし」

「昔は、あったそうなのですが」ハダルクが教えてくれた。「イティージエン戦役のどさくさに紛れて、なくなってしまったと聞きますね。なんでも、エリサ王の肝いりの機関だったとか」

?」

 どうやら、彼女のやったことは良きにつけ悪しきにつけオンブリアの歴史に爪あとを残すものであったらしい。〈魔王〉と呼ぶ者もいれば、〈英雄王〉と呼ぶ者もいる。エリサのこととなるとみな口が重くなるが、近いうちにその死後の業績と対峙することになりそうだ、とリアナは思った。


 ♢♦♢


 帰ってくると、今度は情報交換という名の会議になった。

 エサルの号令に合わせ、各員きびきびと持場につく。〈呼び手コーラー〉たちが防音の竜術をほどこし、竜騎手ライダーはハダルクを中心とした配置を取った。


 竜騎手ライダーハダルクの黒竜レクサは、タマリスの古竜のなかでアーダルに次ぐ第二の竜ベータメイルだ。居館を中心に森一つ分ほどの空間を超自然的に支配しており、文字通りアリ一匹であっても彼の知覚から逃れることはできない。

 もちろん、運用するのは神ならぬ人間のライダーたちだから、用心には用心が必要だ。だから、リアナの背後を〈ハートレス〉の兵士、ケブが守っていた。そのあいだを、侍女のルーイとミヤミが、冷たい茶など配ってまわる。


 それだけの人数がいて、座っているのはたった三人。

 王であるリアナと、フロンテラの領主エサル公、そして副神官長のファニー。

 口火を切ったのはリアナだった。


「エサル公。ケイエの復興でお忙しいところを、外遊についてきてくださってありがとう。まずは、そちらの報告が聞きたいわ」

 すっかり王様モードになった少女に、エサルもうなずいた。

「陛下には、直轄地より直々の見舞金、痛みいる。……こちらの復興計画についてはケイエで申しあげたとおりだが、重要なのはデーグルモールの根城と、連れ去られた子どもたちの所在だと思う」

「そのとおりだわ」


「こちらでも竜騎手ライダー、〈ハートレス〉の混合部隊で探させている。……実を言うと、デーグルモールの根城については、ほぼ確証を掴んでいる」

 それは初耳だ。「長年、場所が分からなかったんじゃなかったの?」

「公式には、そうです」

 エサルは強調した。

「古竜を飼育するには、どうしてもある程度の環境が必要だ。ねぐらとなる岩場に、水浴びしたり狩猟すなどりをする川か湖。そういう場所は、探してもそれほどあるものではない」

「それじゃ……」

「だが、これまでは理由もなくアエディクラを刺激するわけにもいかなかった。なにしろ、あの者たちは半死者しにぞこないたちであるわけですから」

 たしかに。リアナはうなずいた。

「それで……どこなの? それは」


 エサルはひと呼吸置いて、その名を口にした。「旧イティージエン領内、アエンナガル」

 聞いたことのない地名だった。リアナは〈ばい〉で情報を送り、ついでにデイミオンに聞いてみようかと考えた――が、やめた。痛みや刺激、強い感情といった身体感覚の共有は王の継承権特有のものなので、誰かに察知される恐れはないとされる。ただ、通常の念話は、能力の高い〈呼び手コーラー〉に読み取られないとも限らない。そのあたりの駆け引きは、まだリアナの得意とするところではない。


 自分は、王だ。ひとつの判断ミスで、多くの命が危険にさらされることを、残念ながらすでに痛感させられている。

 隠れ里の子どもたちを救出するためにケイエに向かうのは、自分ではなく、デイミオンであるべきだった。たとえ黒竜大公の登場がアエディクラへの示威行動ととられかねないとしても、ケイエと子どもたちのために、そうすべきだったのだ。

 最善を選んだつもりで、失敗してしまったのは、自分が若く、経験不足で、愚かだったからだ。同じ失敗はもう繰り返したくない。


「それで、子どもたちは? 一緒なの?」

「いや。おそらく、もう人間側にわたっていると思う」

 リアナは舌打ちした。もちろん、当然、そう考えてしかるべきだ。


「イーゼンテルレとアエディクラ――どちらかに子どもたちがいるとして。どうやって、この二国を探るのがいいと思う?」

 そう言ってから、リアナはまたも自分が悪手を打ったことに気づいた。間諜として使えるテオを、すでにフィルの捜索のために使ってしまっている。ケブは自分の護衛として外せない。竜騎手ライダーたちは見るからに貴公子という出で立ちで間諜には全く向かないし。


「そういうときのための宴席じゃないか」

 険悪な顔をしている王に、ファニーがにっこりして言った。「そこで探ってみようよ」


「それはよろしいが、ガエネイス王はかなり老獪ろうかいで危険な男ですよ」

 エサルが渋った。「陛下をやつに近寄らせるなと、デイミオン卿には釘を刺されている。……私も同意見だ。失礼とは存じるが、陛下には危なっかしいところがおありだ」


「わかってるわ」

 デイミオンの小言は面白くないが、理解もできる。自分は少しばかり無鉄砲なところがあるとの自覚もある。リアナはうなずいてみせた。

「危ないことはしない。エサル卿かハダルク卿の〈ばい〉と、目の届く範囲でやる。それでいい?」


 エサルはと笑った。


南の領地フロンテラは、長い間デーグルモールの危機と相対してきた。それに正面切って取り組もうとした王権保持者は陛下、あなたが二人目だ。俺はあなたを支持しますよ」

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