2-7. 祖国のために死ぬるは、甘美にして……
チェストの前で、テオが手招きした。本来なら儀礼違反だが、気にするリアナではない。
引き出しの中には油布につつまれた剣がしまってあった。同じような剣が何本も。残りの引き出しは空だ。シャツや下着の類は持ち出されたのだろう。
「剣が数本、持ち出されてます」
「同じような剣ばっかりなのに、わかるの?」
「昔からのやつはね。毎日見てましたから」そして続ける。「〈
それは、剣の名前であるらしい。
「
「俺なら、そうします」
テオの言葉は、フィルについていえばもっとも信頼に足るものだ。五公十家の出身でありながら〈竜の心臓〉を持たなかった彼は、ごく子どものうちに養子に出されたという。幸い、理解ある貴族の養父のもとで成長したようだが、兄であるデイミオンとは人生でほとんど接点がない。むしろ、戦場で生死を共にした部下であるテオやケブのほうが、ずっとフィルのことに詳しい。
「この剣には、なにか彫ってあるわ」
リアナは別の剣に触れた。なにか難しい文が書き記されている。詩句のように見える。
「ああ……懐かしいな」テオが金茶の目を向けた。「読めますか、陛下?」
「あの……わたし、あまり古文は得意じゃないのよ」
「俺もです」テオは、すっかりおなじみになった皮肉げな笑みを浮かべた。
「でもこれは、俺たちにはけっこう、馴染みのある文句なんですよ。昔の詩句の一部ですけど……王国第二十一連隊に与えられた隊是、つまり、モットーです」
読みあげられた文句は、リアナに言葉を失わせるに足るものだった。
「こっちは、『剣こそわが安寧の祖国』。それから……
『祖国のために死ぬるは、甘美にして、栄誉なり』」
♢♦♢
すっかり薄暗い気持ちになって、
テオとケブとで、心当たりを探ってくれるとは言っていたが、見通しは明るくない。
フィルバートは、誰にも疑われることなく、アーシャ姫とその協力者たちを内偵していた。そんなことができる男なら、どんな捜索でも簡単にすり抜けられるだろう。そして、そんなにも入念に姿を消すというのなら、そもそもリアナとのことなど無関係に出奔したのかもしれない。
より悪ければ、フィルはもっと別の目的があって、リアナとああいうことに及んだのかもしれない。
――たとえあなたが何者でも、俺はあなたのそばを離れない。ひとつしかない心臓も、俺の最期の息まですべて、あなたの持ち物だ。
あの嵐の夜に、彼は恐ろしいほど真剣な声でそう言った。まったくの嘘だったなどとは思いたくないが、嘘をついたことがないとは到底言えないのがフィルバートという男だった。少なくとも、『あなたのそばを離れない』に関しては。
貴人牢でのアーシャ姫の取り調べ報告書は、しばらく読まないほうがよさそうだとリアナは思った。どれほど甘い言葉をささやかれたのか、自分と比較してさらに気が滅入りそうで。
侍従に先導されながら、日当たりのよいガラス張りのデイルームへ入った。年じゅうを通して暖かく過ごしやすい部屋で、冬のあいだ、リアナは自室よりも気に入ってよく入り浸っていた。調度品も格式ばったものではなく、天井近くに鳥籠がつりさげられ、鉢植えの小さな果樹が置かれる程度で小ぢんまりしている。
いまは、その部屋にグウィナ卿が滞在している。
許可を得て入室すると、その日当たりのいい部屋のライティングテーブルの前で、魂が抜けたようなグウィナがぼんやりと外を眺めているところだった。ふだんの活気にあふれた魅力は薄れ、もともと色白の顔が紙のように白くなっている。子どもたちの姿がないが、どうしたのだろう。城内のどこかで遊んでいるのか、ハダルクが見ているのだろうか。
「グウィナ卿」
「陛下」
慌てて立とうとするのを、手でとどめた。「どうぞ、そのままお願いします」
「いいえ」グウィナはすっと立って礼を取り、毅然とした態度を取り繕った。
「このたびは、陛下に対する甥フィルバートの数々の狼藉、とても謝って済む問題ではございません。しかし本人に代わりまして、伏してお詫びを――」
「グウィナ卿! 本当にやめてください」
ひざまずきかねない勢いの女性を、なんとか押しとどめる。「お互いに同意があっての行為です。それに――いまは、フィルがどこに行ったのかのほうが重要なはずです」
「わかっております」グウィナは椅子の上で拳を握った。「もちろん、わたくしが責任をもって連れ戻し、背中から皮をはいで、内臓を一つずつ数えながら陛下のおん前に――」
「グウィナ卿!」
背筋が寒くなるような、妙な思いつめ方をするのはフィルの血統なのか。慌ててつづける。「同意の上なんです。本当です」
「ですが、陛下はデイミオンが好きと言っておられたじゃありませんか」
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