1-7. でも、それがあなたの戦争なら、知りたいの

「もし俺が〈乗り手ライダー〉の能力を持って生まれていたら、俺はいまの自分とはまったく違っていたかもしれません。領主の息子で、ライダーで、竜騎手を目指したかもしれない」

「デイミオンみたいに?」

「デイミオンみたいに」フィルはまた繰りかえす。


「俺たちは同じ母親から生まれたのに、一人は〈乗り手ライダー〉、一人は〈ハートレス〉だった。だから、これまではまったく違う道を選んで歩いてきた。違う景色を見て、違うものを信じて戦ってきた……それでよかった。距離はあったけれどそれなりに仲もよかったし、ときには協力しあうことだってあった。

 ――同じ一つのものを欲しがるなんて、想像したこともなかったな」


「フィル、」今の言葉には、なにか含みを感じる気がする。


「……もし自分にも〈乗り手ライダー〉の能力があったらと、思ったことがないと言えば嘘になるけれど、それはもう俺ではないような気もするんです。強がりに聞こえる?」

 どこか甘い声がおもしろそうに問う。リアナはまじめに首を振った。

「……いいえ、フィル。あなたはあなただわ」

「……ありがとう」


 そのあとは、もう重い話にはならなかった。炎がぱちぱちとぜ、薪がやわらかく崩れる音だけがする静かな小屋で、食事を終えたふたりは子どものころの思い出話をした。リアナは、ライダーになりたくて村の若衆わかしゅについてまわっていたことや、畑を荒らすノウサギを六匹も続けて仕留めた武勇伝を話した。フィルは釣りの話をした。

「秋になるとウナギ用の仕掛けを作ってね、昼のあいだに河底に設置するんだけど……雨が降って河が濁ったりすると、よく獲れるんです。メスを仕掛けに誘いこむのに、いろんな餌をためしてみたりしてね」

「ふーん、メスを?」

 含みのある目で見ると、フィルは首をすくめた。

「オスにはあんまり価値がないんですよ。小さくて弱いし」

 

「料理はどこで覚えたの?」

「自己流ですよ。戦時中、毎日毎日、革靴みたいな乾燥肉と携帯パンばっかり食べていて、本当につらくてね。その頃、これが終わったら二度と乾燥肉は食べないと決めたんです」

「だから、温かいシチューが好きなのね。コールドスープは好きじゃない……」リアナは微笑んだ。

「見ていたんですか」

 フィルは好き嫌いを表に出すことはめったにないが、一緒に食事をするときに、コールドスープの皿を前に情けない顔をするのを見たことがあったのだ。でも、そんな彼に気がついていたのは自分一人ではないかと思う。


「戦争中のこと……いつか話してくれるって言ったわ」


 洗い物を終えたふたりは、暖炉の前に移動した。物入れを兼ねた固い椅子にフィルが座り、リアナは床のラグの上に座った。そして、彼を見あげる形になる。


 フィルは目をふせた。

「面白い話じゃないですよ。雨と泥と塹壕ざんごうとネズミと。その繰りかえしです。詩人が歌っているような勇ましい場面なんて、全然ありません」


「でも、それがあなたの戦争なら……知りたいの、フィル。過去は関係ないと人は言うけど、わたしもそう思うけど……、でもときどき、あなたを遠く感じる。繁殖期シーズンのことだけじゃないのよ。なにか重いものを背負っていて、それを人に見せないようにしている。

 あなたは国を救った英雄なのに、誰にも助けてもらえないの? 誰かに荷物をわたして、楽になることはできないの? ほんの一時いっときでも?」


「俺の荷物を、あなたが持ってくれる?」

 フィルは少しばかり皮肉げに聞いた。「どれほど重いかもわからないのに?」


「……ほら、やっぱり壁がある」リアナはほのかに笑った。優しげに見えて、秘密がある。それが、彼女の知るフィルバートだ。

「でも、わたしだってあなたの荷物を持てるわ、フィル。王様業だって一生懸命やるつもりだけど、でも、腕は二本あるのよ」


 あまり寝ていないのと、よく動いたあとで食事をしたせいで、リアナは眠気を感じてきた。床板の上にじかに座り、ソファに頭をつけてうとうとしはじめる。


「あなたが苦しんでいるのは、デイミオンのせい?」フィルがそっと尋ねた。「彼を愛しているから?」

「……うん」リアナは目を閉じて答えた。


 フィルの指が、彼女の髪にわずかに触れた。乱れた毛の筋を整えるだけのような動きだった。

「デイが好きよ。だから、彼がほかの女の子と寝ていると傷つく。眠れないの。夜――彼がベッドでやっていること――、わかるの。最低の気分」

「〈ばい〉があるから?」

「ええ。……こんなもの、なければいいのにって毎日思ってる。せめて、相手がデイじゃなければって。でも、好きになる相手は選べないのね」


「そうだね」

 フィルはソファに座ったまま、リアナの髪にだけ手を触れている。眠気のなか、もっと強く触れてくれればいいのにとリアナは思った。デイミオンの熱のせいで、自分までおかしな浮かされかたをしているのかもしれない。しっかりと抱きしめて、大丈夫ですよと甘やかしてほしい。だが、自分でも子どもっぽい望みなのはわかっているので、口に出せなかった。自分だけではなく、フィルもまた、繁殖期シーズンのなかで辛い思いをしているかもしれないのだから。


「フィルは好きな人はいる? こういうこと聞かれるのはいや?」

「いいえ。これは後ろの質問について。最初の質問は、そうだな、いますよ」フィルは面白がっているような口調で言った。「……もう眠ってしまいそうなのに、俺の恋愛話が気になるの?」

「もちろんだわ。……どんな人?」

 触れるか触れないかの指の感触と、思ったより近くで聞こえる甘い声が心地よい。

「俺が好きなひとは……」


 その続きを聞くことなく、リアナは短い眠りに落ちた。



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