1-6. フィルの昔話
フィルがさえぎるように声をかけたとたん、釣り糸がぴんと張り、驚いたリアナが声をあげた。
「きゃ……」
「放さないで!」フィルが言った。
「獲物がかかったんだ。ここからが勝負ですよ」
フィルが後ろにまわり、もう一度リアナの手の上から釣竿を握りしめてくれた。獲物の力は驚くほど強かったが、それ以上にフィルの力が強い。はじめての感覚に、リアナは思わず会話のつづきを忘れた。
水面が大きく波打ち、ばしゃばしゃと音を立てる。
「急に動かないで……脇をしめて、小さく引いて」
気がそれたのがいけなかった。竿がぐいと引っ張られて転びそうになり、もう一度悲鳴を上げる。
「何がかかったのかな? 大きなナマズかなにかかも」
「ナマズ!」リアナの手が思わず緩んだ。
「手を放さないで」フィルがすぐ耳もとでささやく。声に面白がるような雰囲気がある。「本気にしたんですか? ここの池にそんな大物はいませんよ」
「意地悪……!」
それにしても、ずいぶん重く感じる。ぐいぐいとひっぱられる感じがあって、水中でまだ泳ぎまわっているようだ。リアナはフィルの指示に合わせて少しずつ引き寄せ、釣り竿が折れないよう腕を伸ばし、魚が暴れ疲れるまでそれをくり返した。
タイミングを見計らったフィルが水中にざっぶと足を踏み入れ、柄のついた網を使って魚を取りあげた。
逃げようとのたうち回る魚の動きが、手に伝わってくる。それは、レーデルルから感じる〈
「やったわ!」
フィルの指示で魚を締めたときには、興奮と疲労で手が震えていた。
♢♦♢
釣った魚と荷物を抱えて、二人は簡素な釣り小屋に入った。聞けば、このあたりは先代のスターバウ家当主から彼が相続した土地で、小屋もフィルが少年時代に建てたのだという。リアナは首をあげて、驚きをもって見まわした。中心から五歩も歩けば四方の壁に触れるほどの広さしかないが、屋根も窓もある。あらゆるものが兼用なのだとフィルは笑って説明した。オーブン兼用の暖炉。作業台兼用のテーブル。ソファ兼用のベッド。
「素敵な秘密基地ね! あなたひとりで?」
「まさか」
フィルはさっそく魚の調理にかかっていた。
「スターバウの先代当主……俺の養父だった人ですけど、変わった人で」
手際よくさばきながら言う。「貴族といえども、身のまわりのことは全部一人でできるべきだ、って言うのが持論でした」
「全部?」
「そう、すべて全部。……なみのアウトドアじゃないんですよ。剣術なら鍛冶場で剣を鍛えるところから、衣服なら布を織るところから。で、料理なら魚釣りから、魚釣りなら小屋を建てるところからってわけです。
そういう技術は誰にでも必要なんだと言っていました。貴族・平民、年齢の別は問わず、男でも女でも、竜族でも人間でも」
「〈ハートレス〉でも」
「〈ハートレス〉でも」フィルはくり返した。
「木を切って小屋を建てるなんて、子どもにしたら最高でしょう? 毎日、大喜びで彼についていきましたよ。子どもだから欲ばって広くしようとしたり、変わった組み方をしようとして失敗してね。で、だんだん現実的になっていくというわけ」
リアナは笑った。
「想像がつくわ」
穏やかで人当たりのいいフィルだが、子どものころにはやんちゃをしていたというのも、それはそれでなんだか彼に合っている気がする。そして、剣術以外のこともなんでもできる、というのが、彼の育ちに関係しているのも納得だった。
少しだけ、自分との共通点を見つけたような気がする。
「あなたも親もとを離れて暮らしていたのね? わたしと同じように?」
「ええ」
フィルが下ごしらえを済ませたマスを抱えて、簡易オーブンに入れる。リアナは芋や野菜をそのまわりに並べた。
「でも、どうして? ご両親がいたはずでしょ? デイと同じ……」
「生まれたときにはね」
「どうしてなの?」
「想像がつきませんか?」
「〈ハートレス〉だからなの?」
見あげると、青年は微笑みと肩をすくめるしぐさで応えた。
「……そんなのおかしいわ!」リアナは立ちあがった。
「竜の声が聞こえなかったら、家族と一緒に暮らせないの? たったそれだけのことで、人生を決められてしまうの!?」
「でも、それがこの国だ」フィルが言う。
「あなたは〈
座ったままのフィルが穏やかに椅子を示したので、リアナはしぶしぶ座った。
そのまま、二人はしばらく黙って料理をつづけた。昼食用に持ってきたフラットブレッドややわらかなチーズを揚げたものを同じオーブンで軽く温める。ハムや固いチーズを切っておく。持参の白ワインは濡らした布を巻き、リアナが竜術で冷やした。
「……思うんですが……」
料理がそろそろできあがるという段になって、フィルが何げなく続きを語りはじめた。
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「リアナシリーズ」について
※※作者名の付記されていないサイトは無断転載です。作者名(西フロイデ)の表記がある投稿サイトでお読みください※※
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