7-3. Battle of Two Dragons ①

 遠くかすかに、黒竜の咆哮が響いていた。


 それは〈ハートレス〉でも聞こえるのではないかというほど、はっきりと音をともなっていたが、二人の男にとって、距離は大きな問題ではなかった。どちらも古竜を従える〈乗り手ライダー〉であり、この距離なら、まだ、お互いの竜の力を手元に呼び出すことができる。


 同じ黒竜のライダーでありながら、二人の男は正反対の印象があった。大柄で黒髪のデイミオンと、小柄で金髪の王と。

 

「シュノーが怯えている」不死者の王が言った。「あらたなアルファメイルがやってきたのだな。雄竜の喉を食いちぎり、すべての雌をわがものとする個体が」


「そうだ」デイミオンが答える。

「アーダルの攻撃に持ちこたえられる要塞などこの世のどこにもない。……抵抗をやめて敗北を受け入れ、オンブリア軍への協力を誓え。そうすれば、一般兵の寛大な処遇を約束する」


 王はかすかに笑った。

 金髪を尼削あまそぎ(肩のあたりで切りそろえられた髪型)にしているのは、死人をあらわす竜族の古い習慣で、おそらく死後すぐに葬儀のために切られたのだと思われた。不死者の外見は年を取らないので、いまのデイミオンとさほどかわらないほどの年齢に見える。身長は彼より頭一つ分以上低く、小柄だ。もとは竜族であるとはいえ、デーグルモールの頭領がこれほど華奢な、美しいといってもいい男であるのは意外だった。


 そして、だからこそ、この男を見くびってはいけないということがデイミオンにはわかった。

 彼らは死者になりそこなった竜族たちの集まりだから、もとより血縁もなく、もちろん王家も貴族も持たない。そのなかで頭領となるには単純な力以上のものが必要だったはずだ。彼を指導者たらしめた特別な知性や、あるいは隠された能力が。

 デイミオンは剣を構えて足を動かし、間合いを図りながら、じっと男を観察した。


  ♢♦♢

                 

 ダンダリオンのほうには、黒竜大公を観察している間はなかった。デイミオンが予備動作なく放った炎が、足元に着弾したからだ。剣を構えていたから剣で攻撃する、と思うほどライダーの戦いは単純ではない。すぐに自分の竜の力を使って消火するが、もちろん、そんなことは黒竜大公には予想がついている。炎の勢いが増し、ダンダリオンは消火に追われてデイミオンを攻撃する余裕がない。


 かつ、かつ、かつ。

 際立った長身に見合う軍靴の音を響かせて、デイミオンが近づいてくる。黒髪が熱波にゆらめき、長衣ルクヴァがふわりとはためく。冷静な青い目が不死者の王を観察していた。歩きながら長い腕がのび、また、炎がイトスギのように立ちあがったかと思うと、別の場所ではラーレの花のように開いた。火勢が強まり、ゴーッという音があたりに満ちた。すさまじい熱を受けて、デーグルモール特有の〈生命の紋〉が全身を覆いつくし、王の姿は影絵のように真っ黒に見えるはずだ。このままでは、〈霜の火〉による冷却効果も追いつかなくなる、と彼は懸念した。

 

 黒竜の支配権を奪えないか試してみたが――やはり、無駄なことだった。〈ばい〉の触手をそろそろと伸ばすも、簡単に弾きとばされてしまう。悪あがきのようなものだった。たとえ支配権を奪えても、黒竜アーダルはおそろしいほどの力の持ち主で、それを制御するほどの力はダンダリオンにはない。おそらく、あまたいるオンブリアのライダーのなかでも、それができるのはデイミオンただ一人なのだろう。

 では、どうすれば勝てる?

 かろうじて攻撃に使えるだけの力で火球を放ってみたが、指のひと振りですべて消滅させられてしまう。

 〈乗り手ライダー〉同士の戦闘は千日手になる、とよく言われるが、デーグルモールを長く率いてきたダンダリオンには、そうでないことが身に染みていた。デイミオン・エクハリトスは無限の火種だ。半死者しにぞこない一人焼きつくすのに、都市すべて消滅させることも可能な、生きて歩く戦争兵器、その兵器の名が〈黒竜大公〉なのだ。


「まだ窒息していないな」

 デイミオンは、鳥の焼き加減でもはかるような目をして呟いた。「やはり、半死者デーグルモールは呼吸をしないのか」

 

 

 不死者の王は思案を続けている。自分が逃げるだけの時間を稼ぐのでは、不十分だ。同胞たちと息子を無事に逃がして、この男にも仲間にも追わせないようにしなければならない。

 少なくとも、動きを止めなければならない。


 ダンダリオンは自分の右手を顔の近くにあげ、手招きするような動きをした。燃え盛る炎の音と硫黄の匂いに気づいたデイミオンはとっさに右に避けて跳びすさった。数秒ののち、青年がいた場所には炎の矢が深々と突き刺さって音を立てていた。

 ダンダリオンが背後から炎を操り、撃ったのだ。


 デイミオンが再び炎を強めようと手を動かすと、王の前にはいつの間にか盾ができていた。白く、大きな繭のような物体が、炎にまかれて、キィィ、キィィと耳障りな音を立てた。

「盾か? ……いや」青年が呟く。「あれは、

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