5-3. デイミオンの演技ふたたび


「……というわけで、エサル公は国境の守りについて案じておられるわけです」

 廷臣の解説に、デイミオンはうなずいた。「公の懸念はもっともだな」


 尊大な表情をしていてもやっぱりハンサムだわ、と思い、リアナは自分がちょっとおかしくなった。あれほどあからさまに〈ばい〉を無視されていて、涙に暮れもしたし、投げやりになったりもしたのに、こうして顔を見るとなかなか思いきれないのが悔しい。今もまさに自分の意見に反対されつつあるのだが。


「なぜこんなところで手をこまねいている?」

 黒竜大公は、無能を見る目つきで円卓を見わたした。「アーダルも連れてきているし、ガエネイス王の尻に火でも吹きかけてやればいい。どんな戦争兵器だか知らないが、アーダルに勝る兵器など大陸のどこにもない」


 廷臣たちがざわめく。でも、リアナにはこれが演技だとわかっている。

 だから、わざと円卓を手で打った。「そんなことをやったら、戦争になるじゃないの!」


「戦争のなにが悪い?」デイミオンがあざけった。

あなたの母親は、〈魔王〉と呼ばれて人間どもから恐れられた。たった二柱の竜で、イティージエンを灰燼かいじんさしめたんだぞ」

「それがいいことだとでも? とんだ戦争好きなのね、あなたも」

「弱腰で無能の竜王よりはいい」

 

「でも、そのせいで人間たちは竜とライダーを恐れるようになった。あんなふうに戦争兵器を開発しているのも、彼らの死に物ぐるいの戦略なのよ。同じことを、また繰り返すというの?」


「やればいい」と、デイミオン。「それに、。なぁ、エサル卿?」

 ゆったりと腕と足を組み、いかにも親しげに話しかける。


「……閣下の言う言葉にも一理ある」

 それまで黙って聞いていたエサルが、ようやく口を開いた。


「エサル公!」リアナがとがめる。

「いや、お聞きください、陛下」エサルが手で制した。

「……ご存知のように、五公十家のあいだでも、〈乗り手ライダー〉は年々減っている。古竜そのものもそうです。前回の戦争は、オンブリアの圧倒的勝利に終わった。しかし、いつまでもそうとは限らない」


「だからって、早期開戦を決める理由にはならないわ」

「手をこまねいているあいだに、あちらから仕掛けられる可能性も大いにある。その場合、戦地になるのは北部領ノーザンでもタマリスでもなく、私の領地だ」

 エサルは「私の領地」というところに力をこめた。


 デイミオンは、そんな彼をじっくりと観察しているが、その様子は見せずにリアナと演技を続けている。

「エサル公はあなたが任命した王佐であられる。公が賛成すれば、あなたも耳を傾けるべきでは?」

「数で勝ると勢いを増すというわけね」リアナは鼻を鳴らした。「わたしのほうにも、いろいろと方策はあるのよ。あなたが王太子ということで、北部領うちから〈日和見ひよりみ〉を安く貸し出していることはお忘れないようにね」

「高貴なお血筋かと思いきや、金勘定で脅すとは。やはり育ちがものを言うというところかな」

 

「あなたが食えない人なのは、最初の五公会からわかっていた」

 二人のやりとりを聞いていた、エサルが薄暗くつぶやいた。「他人を従わせるすべを、いろいろお持ちだということだ」

 リアナはけげんな顔をする。デイミオンにならともかく、エサルにそういうふうに言われるのは心外だ。エサルは王佐で、彼女の側にいると思っているのだから。

「なにが言いたいの?」


 エサルは声を荒げた。「〈竜殺しスレイヤー〉を使って、私に警告させただろう!」

「フィルに? わたしが?」リアナは眉をひそめた。「どういうこと? 警告って、なんのことなの、エサル公?」

 エサルははっとした。

「……いや、何でもない。ご放念いただきたい」



 それから、議論はなんとなく空中分解になってしまった。現王リアナ派のエサルが態度をはっきりしないと、廷臣たちは王にも、王太子にも、どちらにつきようもなくなってしまう。彼らの権力がほとんど均衡しているからだ。

 デイミオンはその間隙を利用して、開戦派に有利な結論に導き、追って五公会で決定することを提案した。リアナはしぶしぶ認めるふりをした。実際のところ、五公会で開戦の決定が下されることはないだろう。デイミオンが一票を投じない限りは。


「さて、陛下」デイミオンが立ちあがった。

「有益な結論が出たことだし、王権を持つもの同士、忌憚きたんなく意見を述べ合うのはどうだろう? 温室で花でも眺めながら」


 きざったらしく腕を前に出すのを、リアナは冷たい目で眺める。

「王権を持つのはわたし一人よ。あなたと分かちあうつもりはないし、それに話すことは今はないわ」


 そして、つと彼の前に立ってにっこりとほほえむ。「まあ、行ってみてもいいわね。もっとも、あなたの尊大な態度に見合う花が温室にあればの話だけど」

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