4-5. デイミオンの苦悩
王佐のエサル公がついているとはいえ、無謀なことをしていないかと思うと胃が痛む。リアナには、思わぬときに無鉄砲になるところがある。
副官のハダルクが外遊に帯同しているため、代役としてアマトウという団員が書類の手伝いなどしてくれていた。自己主張の強いライダーたちのなかにあって貴重な、ハダルクと同じ女房役タイプの男だ。
「名簿の集まりが悪いな」
「昨今はどの家も、団員を出したがりませんからね」
アマトウが思案げに言った。「リアナ陛下が
そうだった。失念していた。
「――灰死病か。そっちもあったな」
オンブリアで静かに広がりつつある孤発性の奇病は、『灰死病』という名で呼ばれている。ライダー病、高貴な病などとも俗に言われ、なぜかライダーばかりがかかる病だ。爆発的な流行というのではないが、ライダーを多く抱える貴族階級では特に恐れを生んでいて、王としての対策が迫られていた。
「エンガス卿と青の
「クローナン王時代から、医療に関する統計はすべてエンガス卿の管轄ですからね。……しかし、同じ青の
言いたいことは理解できる。デイミオンはうなずいた。「ああ」
王の諮問機関という体を取る五公会だが、リアナの即位前後には二つの派閥に分かれていた。すなわち、リアナと大叔父のメドロート、王佐のエサルに対して、王太子デイミオンとエンガスという構図だ。
「アーシャ姫のこともあったし、いまの五公十家は、少なくとも五公だけでいえば完全に
「それに、閣下も陛下と対立するのが、お辛くなってきたみたいですしね」アマトウは拳を口にあてて、笑いをこらえるそぶりをした。
「俺は……いや、それは今はいい」
デイミオンは渋い顔をしたが、ハダルクと同年代のアマトウからすれば、それは照れ隠しにしか見えなかった。
「知識や経験が不足していることは否めないが、リアナは王に足る資質がある。それは認める」
「ええ」
「だから……正直、エンガス派はもっと弱体化していると思っていた」
だが、先日エンガスとの会談をもったデイミオンは、卿にはまだ余裕がある、と見た。リアナのことで揺さぶりをかけてきたのは、エンガス派だった自分への牽制として想定の範囲内としても、気にかかることがいくつかある。
「その件に関して、調べてほしいことがあるんだが――」
アマトウに指示しようとしていたところ、突然、雷鳴のごとき男の声が割って入った。
「デイミオン!」
必要以上に大きな音を立てて、その男が執務室に入ってくる。その後ろを、制止しそびれたらしい若手の竜騎手たちが、慌て顔で追ってきている。
ばん、どすどす、がみがみ。ヒュダリオン・エクハリトスは、あらゆる意味でエクハリトス家のエッセンスと言えた。黒髪碧眼、威風堂々たる美丈夫、血統すぐれたる「
「ヒュー、叔父上」
デイミオンは座ったまま軽く会釈した。シーズンのわずらわしさのひとつは、普段は疎遠な親戚と顔を合わせることだろうな、と思いながら。
現在、東部の大領主であるエクハリトス家の領主権はデイミオンにあるが、その後継者は父の弟のヒュダリオンである。王権と同じく、ここでも、当主より年長の後継者というわけだ。おそらくデイミオンに子どもが生まれれば領主権が移動するだろうが、今のところその兆しはないため、そういうことになっている。
「いったい何としたことだ!?」叔父はわんわんと怒鳴った。
「
耳を塞ぎたくなるのをこらえて言う。「考えあってのことです。ご心配なさらないよう」
叔父――親しいものからはヒューと呼ばれている――は鼻を鳴らした。「考え? おまえが竜王陛下にうつつを抜かしていることくらい、わが田舎領地にまで伝わってきとるぞ。どこがいいんだ、あんな生っちろい北部のもやし娘」
デイミオンは目をつぶって、押し寄せるいらだちと怒りをおさめる努力をした。
「ヒュー。あなたにはあなたのご意見がおありでしょうが、これは私の
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