3 華やかなる策略

3-1. 人間の国、イーゼンテルレ

 空の上から見ると、イーゼンテルレは砂漠の中のめずらしい宝石のようだ。リアナは、養父が見せてくれた薔薇の形の鉱物を思いだした。花のように見えるのは、土中のミネラルが白く結晶化しているためだと教えてくれたっけ。その養父とは連絡が取れなくなってひさしいが……。


 国を潤す大河もようやく見えてきた。幾日も乾いた砂地ばかりの景色のなかを飛んできたので、建造物の白さや灌木の緑がまぶしく見えた。


「ピーウィ、水の匂いがする?」

 リアナは飛竜に声をかけた。古竜ではないので応答の波長はないが、別に疎通が取れなくても声をかけてもいいのではないかと、つねづね彼女は思っている。

 いまだ主人を乗せて飛ぶには体格が不十分なレーデルルに代わって、王を乗せて飛ぶのは小柄だが耐久力やスピードに優れる飛竜。エメラルドグリーンに淡いサーモンピンクの縞の伊達男、負けず嫌いで賢く、リアナのお気に入りだった。


「いい飛竜でしょう?」

 竜の力を使って増幅した声で、エサルが言う。「頑丈だが、乾燥には少し弱いんだ。気にかけてやってくれ」

 ピーウィは、もとはといえば王太子と判明したリアナを王都タマリスへ連れていくために、領主エサルから借りた竜である。即位の祝いとして正式に譲り受けたので、いまはリアナの所有ものだった。


 イーゼンテルレの都へは、南部国境のケイエを経由して入る予定だった。それでエサルはケイエで一行を歓待し、外遊への随行を申し出た。リアナとエサルは、ともにオンブリアの領主貴族たち(とくに、トップである五公十家)からすると新参者になる。いろいろな利害関係の一致を見てこの二人は手を組むことにして、いま、南部領主エサルは王佐として国王の補佐役に収まっていた。


「僕にも多少は気をつけてやってくれる? 竜だけじゃなくてさ……」今にも息絶えそうな声が割って入った。

「ファニー。空酔い、まだ治らないの?」

「〈乗り手ライダー〉の資質があっても、全員が騎竜訓練を受けるわけじゃないことくらい、きみも知ってるでしょ」と、ファニー。

「僕は神官見習いだったんだ。竜なんて乗ったのはこれがはじめてだよ。こんなに気持ち悪くなるなら、うかつについてきたりするんじゃなかった」

「わたし、空酔いしたことない」と、リアナ。「錐揉きりもみ降下の訓練は、最初、目が回っちゃったけど……」

 タマリスに来てから竜に乗りはじめたようなものだが、この方面には才能があったようだ。訓練の際は、騎竜術には厳しいデイミオンでさえ、太鼓判を押すできばえだった。

「領主の子どもたちは小さい頃から騎竜訓練をするのです。閣下のような空酔いは、めずらしいですな」と、エサルも声をかける。

「だ・か・ら、才能とやる気と実際の能力は、ぜ・ん・ぜ・ん、別ものなの」具合が悪いせいか、ファニーの声は妙なところに力が入っている。

「まあ、騎竜の腕前とライダーとしての能力は、別に比例はしないが」

 エサルがひとりごとのようにつぶやいた。


〔飛ぶ、飛ぶ〕


 飛竜の後ろからついてきている、リアナの古竜、レーデルルが言った。最近では、少しだが〈ばい〉を通じて会話ができるようになってきた。

 もっとも、竜の言葉はたとえ成竜おとなでもヒトのものとは違う。動物的と言う竜騎手ライダーもいるが……リアナには、より原始的というほうが近いような気もする。概念そのもののような単語でしゃべるので、意味をつかむのが難しいこともある。


〔楽しい、わたし、つぶ、流れる、空気、流れる〕


〔ふーむ〕

 リアナは首をひねった。〔よくわからないけど、楽しいのね? 空気が流れるの?〕


〔つぶ、つぶ〕

〔そう。まあ、よかったわ。……疲れたら言ってね〕 


 そういえば、アーダルってしゃべるのかしら……なんだか、あのデイとだと、想像がつかない。

 あれこれと考えているうちに、もうイーゼンテルレは砂漠の薔薇ではなく、目前に迫る巨大な都市になりつつあった。


 竜族の国、オンブリアとは違い、イーゼンテルレは人間の国で、建物は竜が降りるようにはできていない。大公の館は都の中心に高くそびえ立っていたが、櫓や尖塔があるほかは平地で、竜たちが嫌いそうなつくりになっていた。防衛上の理由かもしれないとファニーが指摘する。


 国主であるリアナとその随行団を迎えるのは、かつて円形競技場として使用されていた遺跡を修繕したという巨大な館だった。すり鉢状に作られた建物の、その底でかつて人間と獣、あるいは人間同士、獣同士を戦わせ、大勢の人がそれを見物しに集まったそうだが、今はそこが簡易的な竜舎として整備されている。竜が一匹ずつ身を休めることのできる天幕が設置され、王と随行団には、施設のなかに仮住まいが整えられていた。要塞としても使われた歴史のある建築で、安全上の配慮も行き届いている。聞くと、この場所をオンブリア王の接待に使うよう提案したのはイーサー公子だという。まずまずの心配りだろう。


 到着するとすぐに、エサルはハダルクを連れて館内の安全を確認しに出かけた。デイミオンもそうだが、竜族の男は貴公子であるよりも先に兵士としてふるまう。リアナは警備面は彼らに任せることにして、竜の世話にまわった。王みずからが竜を世話するのも、やはりオンブリアの伝統だ。エサルの紅竜、パルシファルは数日の騎行ライドにもまったく疲れをみせず食欲旺盛だが、小柄なピーウィやほかの黒竜たちはやはり、いくらか疲れを見せていた。乾燥した気候は竜にはつらいので、リアナはレーデルルの力を使って竜舎の湿度を調整したり、しばらくは忙しく動きまわった。



 地面に降りたとたんにけろりと空酔いが治ったらしいファニーは、街を見てまわりたいと言いだした。リアナも賛成だが、エサルは渋い顔をした。



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