1-3. 夜の、その温度のなかの
夜は
副官のハダルクに、夜間の警備について確認した。王であるリアナを守る近衛兵の選抜が進んでおらず、相変わらず信用できるごく数人だけを王の警備に
(何をしているんだろうな、あいつは……)
考えながら、いつもの
竜車に乗りこみ城を出た。最近は城にばかり詰めていて、自分のタウンハウスにしばらく戻っていないが、仕方がない。着替えを取ってこさせなければと頭の片隅に書きこんだ。タマリスは王城を見あげる坂道ばかりの街で、東側に小さな湖があり、ときおり建物の隙間からそれが見える。太陽は湖にオレンジ色をまき散らしながら沈んでいく。
テキエリス家のタウンハウスは壮麗で、町のはずれにある。当主夫妻が早くに亡くなって、跡を継いだ息子とその妹しかいないため、
すっかり慣れてしまった館のなかを歩いていく。
どの貴族も、
ノックして娘の部屋に入る。ここにも、ガラス細工と、たくさんの燭台。そして、高価な本が並ぶ書棚。
テキエリス家の跡取り娘、セラベス・セラフィンメア卿は、女性ものにしては大きい書き物机について本を読んでいたが、彼が入ってくるとぱたりと閉じた。
「デイミオン
声がかすかにふるえている。
「お早いお越しですね」
「あまり遅いと、あなたも疲れるでしょう」
早く済ませれば、それだけ城に戻って休む時間も早くなる、というのが本音だが、さすがにそれを口に出すほど無神経ではなかった。
「何を読んでおられたんですか、今日は?」
社交辞令の問いだが、娘の顔がぱっと明るくなった。
「戯曲の脚本です。王都座でいま、公演している……『暁の恋人たち』と言って。ご存知ですか?」
「知りませんな」
興味もない、とは言わない。ハダルクに口を酸っぱくして叩きこまれた、
「流行りの本はふだん、あまり読まないのですが。これは、侍女のマリーがとても面白いと勧めるもので、読みはじめたのです。夢中になってしまいましたわ」
分厚い眼鏡をへだてて、大きな緑の瞳が輝いた。本の話題のせいか、明かりの反射かはわからない。
その瞳の色と真逆のスミレ色を思い出すまえに、デイミオンはそっと彼女の本を取り上げ、ささやいた。「本はもう、ここまでに」
♢♦♢
リアナは眠れなかった。
軽くてあたたかい羽毛入りの布団も、つやつやとしたマホガニーの寝台も、肌にとろけるような絹のシーツも、ひとつも彼女の助けにならなかった。せわしなく体の向きを変え、なにも考えるまいと
(明日)そう自分に言い聞かせる。(また明日、考えれば……)
が、次の瞬間には薄暗い思いに包まれる。
――そして、デイミオンを目にするのか。
朝のまぶしい光のなかにあらわれる、背の高い男の姿。横を向いてあくびをかみ殺す姿にすら、傷ついてしまう自分がいる。自分ではない女性と、自分の知らない遠い夜を過ごしている。
(どうして、〈血の
震えながら一人、ベッドのなかにちぢこまって待つ。今のリアナは、自分が経験したこともない
もう何度この瞬間を迎えただろう。そして、あと何度耐えられるだろうかと思う。
――デイが女性を抱く瞬間、自分にはそれがわかる。
古竜すら制御できる意志の持ち主であるデイミオンは、
それは、あの襲撃の秋にアーダルが暴走したときの感覚にも似ていた。自分よりもはるかに強い力を持つ存在が、脳に直接命令してくるような、割れ鐘のような大きく原始的な声だ。
だから、リアナはそれが恐ろしい。
波が高まり、また引くように、興奮が訪れる。頭のどこかが焼ききれそうなほどの快感が襲ってくる。
(もういや、もうやめて、デイミオン)
最後に残ったプライドで、どうにか、その言葉だけは押さえ込む。そして、疲れきって朝を迎えるのだ。
新たな苦痛のはじまりでしかない朝を。
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