第295話 吟遊詩人

「このような事件に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 翌日、居間でくつろいでいるとシエラは俺たちに深々と頭を下げた。

 そこに一条がいることに、なんら違和感をもたないトアたち。

 こいつはいつまで居座るつもりなのか。


「いいって、他所の国と比べたら随分とましだ。エヌマサンなんて、獣人が一人殺されたと思ったら十数人の死体がごろごろ出てきて、誰がやったのかって調べていったら、ある区域内の住民全員で隠蔽してやがったからなあ。ここはまだ平和だよ」

「そんなことが?」と驚く一条。


 どうやら一条もあの国には何度か行ったことがあるらしい。


「ああ」

「そんな話は聞いたことがない」

「誰かが片づけたんだろ」


 無論、処理したのは慈者の血脈だ。“ある区域内”の住民は今はもういない。代わりに人間に扮した獣人やら魔族が住んでいる。


「それにしても嫌な事件だったわね」


 トアは八つ当たりの様にジュースを飲んだ。


「マサムネ様、またエヌマサンに行かれたのですか」とスーフィリア。

「このあいだ留守にしてただろ、あの時だ」

「……そうですか」


 するとそこで、一条が不穏な表情をした。


「ん、どうした」

「……すまない、少し本部にもどる」

「龍の心臓か、いつまでつるむつもりなんだ」

「アルフォードさんに恩があるんだ」

「……ふーん。ま、俺には関係ない。それに“すまない”って……別に、戻ってこなくたっていいんだぞ」

「そう言うなよ」一条は苦笑いをした。







 “日高くん、少し歩かないか”、とうるさい一条。俺は仕方なく、一条とエカルラート邸から王都の町へ繰り出した。

 トアたちはついて来ないと言う。「お詫びに」とシエラがワルスタインの肉を出してきたのだ。トアとネムは話も聞かず、肉に夢中だった。


 市街地を歩き広場を抜け、ギルドの前を通り過ぎ、そして正門までやってきた。


「どうせ転移で行くんだろ、だったら家から飛べば良かっただろ」

「国によっては転移の妨害網が張られているんだ。シエラさんに聞いたが、ラズハウセンも例外ではないらしい。帝国の襲撃に備えてのことだろう」

「そうか、じゃあさっさと帰れ」


 俺は背を向けた。


「日高くん」

「……ん?」立ち止り、振り返る。

「しばらくは王都にいるんだろ?」

「……かもな」

「もう一度、佐伯に会ってくるよ」

「……」

「実はな、佐伯にはまだ話してないんだ」

「何が」

「日高くんが生きていたことだよ」

「……そうか」

「園田たちには、俺が代わりに伝えると言ってある。みんなあまり学校を離れらないから。だから佐伯はまだ知らない」

「……」

「それで、どうなんだろうかと思ったんだ。これは勝手に話してもいいのかって」

「だから俺に会いにきたのか、転移で飛び回って」

「……ああ。それで、佐伯には……どうする?」

「言いたいのか?」

「いや、そうじゃない。これは俺の決めることじゃないと思ったんだ。君はもう関係ないと言うが、それでも偽名を名乗っていただろ。そこには何か意味があるはずだ、分からないが、俺たちに生きていることを知られたくなかったじゃないか?」

「……かもな。じゃあ話さなくいいよ」

「……そうか」

「ああ。いつかこっちから会いに行くよ。別に会って話すようなこともないが、人生には必要だろ、サプライズが」


 俺は何気ない表情を作った。


「…………分かった」


 一条は中途半端な表情をした。俺への疑念を残しながら、それをあえて解決しなかった。聞かなかった。

 そして転移の光に包まれ、目の前から消えた。


「――物好きですね、あなたも」


 一条が消えてすぐ、門の陰から声がした。俺は最初から分かっていたが、そいつはゆっくりと姿を現し、門の柱にもたれ掛かった。

 頭に白い鳥の羽をさしたつばの広い緑の帽子を被っている。赤のマントを纏い緑の服で身を包む。手にはリュートと呼ばれる楽器を抱えている。


「お前の仕業か、シュピルマン――」

 

 慈者の血脈 《吟遊詩人》

 シュピルマン。職業、音楽家。種族、魔族。

 主に組織においては情報収集を担当している。

 たびたび戦場においてその姿が確認されてきたことから、巷では前線の吟遊詩人、戦場の吟遊詩人として知られているが、謎の多い人物であり、それ以外の市場がわからない。


「バレてたか」シュピルマンは舌を出した。

「音で獣を召喚するなど貴様以外にはいないと、エルフェリーゼ卿が言っていた」

「よく喋る爺だ」


 シュピルマンは十代の子供の様な容姿をしている。口の悪いガキだが、当人はエルフェリーゼ卿の数倍は生きていると言う。

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