第285話 アドルフのダンジョン
「ねえ、あなたたちも慈者の血脈なのよね?」
カリファ一行はシグマデウス市街地を抜けた。
そして慌ただしさを増す人々の群れをかき分け、国内の中央に位置する塔――王の城へと足を進めていた。
当初、建物の陰に隠れながら裏路地を中心に走ていたカリファたちだったが、政宗の
念には念をということで、公道の端を通りながら急ぐ。
「……まあ、今はそんなとこだ」とイグノータス。
「今は? どういうこと。気になってたんだけど、ニトはこの組織で何をしているの? ゼファーのためだけの組織って訳ではなさそうだし」
「あれだろ、種族の保護だったか? ……つーか、俺が知る訳ねえだろ。そういうことは本人に聞け」
「というか、ゼファーが何かも聞かされてないポロン。逆に聞きたいポロンよ、この侵入は何のためポロンと」
「え、何って、それはもちろん……」
ニトは彼らに話していない――カリファは気づく。
となると、おそらくそこには何らかの理由があるに違いない。
「見たところ、あなたたちは人間って訳でもなさそうだけど、かといって獣人って訳でもなさそうだし」
「魔族ですが何ですかな!」とフェルゼン。
「そっか、魔族か……」道理で魔力が高いはずだと納得するカリファ。
だが、カリファは仮にも、当時シャオーンたちと並ぶ伝説の冒険者パーティーの一員だった魔女だ。
レベルは優に100を超え、今のアドルフ程ではないが、イグノータスよりも遥かに強い。
イグノータスらもカリファの感知できない魔力を
「にしても流れで加入させられたが、この組織はなんだ。ヴィシャスから聞いてた話と全然違うじゃなえか。あいつみてえな化け物級の人間がまだいやがったとは……」
「だって、魔的通信には載っていなかったポロン」
「まったくですな、兄上。このような
3人はじっとカリファを見た。
「……え、私?」
「他に誰がいんだよ。てめえ、その魔力はなんだ? まさか魔力がねえって訳でもねえだろ。ってことは奴と一緒か?」
「え、まあ、もちろん魔力はあるけど」
「だろうな。で、お前も人間か?」
「私は人間じゃないわ。超人族よ」
3人は同時に目を丸くした。
「なんだと……。また古代種か」
「生き残りがいたとは、驚きポロン」
「言っておくけど、この国の長も超人族よ。ニトの話がホントならね」
「……ふざけた話だ」イグノータスは呆れて笑った。「で、なんでてめえにはスキルが通用しねえ」
「スキル?」
イグノータスは先ほどから《真実の魔眼》を行使していた。
だがカリファには通用しない。
「ステータスが見えねえ」
「ああ、なるほど。あなた《真実の魔眼》が使えるのね。でも私にその類のスキルは効かないわ、絶縁してるから」
「絶縁? なんだそりゃ」
「ところであなた、《真実の魔眼》が使えるとってことは、魔族でも高位の魔族よね?」
「ああ、俺は魔王だ」
「魔王!?」カリファは情報を整理できなくなった。
「ちっ、声がでけえぞ」
「ご、ごめんなさい」
「そんなことより、中心地はここか?」
無駄話を経て、4人は塔のそびえる場所へ辿り着いた。
「……おそらくね」カリファは息を呑む。
「さっさと回収して戻るぞ。得体の知れねえ国に長くいるのは好きじゃねえ。こっちには何の情報もねえんだからな」
「兄上、何やら不穏な魔力を感じますぞ」
「ああ、分かってる。この中からだ」
「覚えがあるポロン……」
「ああ。あの一族のだ。ニトはこれを計算に入れてたのか?」
「ちょっと勝手に話さないで。何のことよ」
「……てっきりお前に話してるのかと思ってたが、そうじゃねえのか」
「だから、何の話をしているのよ」
「リックマンがいる」
「リックマン? それって、確かいつか滅ぼされたっていう、人間の一族のことよね?」
「ああ、俺たちが滅ぼした」
「え……」
「中に殺し損ねた子孫がいる」
「兄者、どうするポロン? ウラノスとやり合っても、おそらく勝ち目はないポロンよ」
「いや、大丈夫だろ。この、伝説のカリファさんとやらがいんだからな」
イグノータスは憎たらしい笑みを見せつける。
「待って、ウラノスがいるの? ってことは、これは彼の魔力?」
「そうだ。出くわした際は任せたぞ。中に入るなら、もう回避しようがねえ。向こうも気づいた。さらにウラノスより小せえのが3人いる」
「あ奴の息子でしょうな」
「だろうな。まったく、人間の繁殖力は恐ろしいぜ」
額に汗を滲ませる程に、イグノータスは警戒する。
だが半ば安心してもいた。カリファがいるからだ。
カリファの魔力はそれほどに凄まじく、3人を信用させた。
※
政宗――アマデウスとアドルフの戦闘は続いていた。
「どうやら、確かに君と僕の間には根本的な差があるようだ」
「今更気づいたのか?」
白い水が政宗の召喚した王族の群れを退け、2人は円形の広場の中にいた。
退けていた過程で、気づくとコロシアムの様なものが出来上がっていたのだ。
「だが深淵の扱いはまだ僕の方が上手い」
「ご教授願うよ、先輩」
「これはレベルの差と、おそらく存在の差。君の存在は膨大なようだ」
「
「深淵に優劣はない。意志に優劣などないからだ。ある一定以上の意志と欲望をもって深淵となる」
「なんだそれ?」
「ビクトリアの教えだよ、ウラノスが言っていたんだ」
執行者の斧と直剣が激しく交わる。
だが手傷を負いスタミナを減らされているのはアドルフだ。
だが政宗には殺すつもりがなく、アドルフもその不可解さに気づいていた。
「どういうつもりだ?」
「……何が」
「殺す気がない……」
「……だとすれば。俺に殺す気がないのだとすれば、つまり、これはどういうことだと思う?」
政宗は勝ち誇っていた。
高を
「それを聞いてるんだよ」
「感情を読んでみろ。俺より深淵の扱いに優れてるなら分かるだろう」
「……陽動。……
「国の中心部に仲間を送った。お前がゼファーの肉体をなぜだか所有していることは分かっている」
「なるほど、そういうことか」
アドルフは腑に落ちた表情をするも、声色は極めて冷静だった。
「君はそもそもゼファーの使いなんだったね」
「渡してもらう」
「…………カリファ!」
――アドルフの表情が冷静さを失い、町の中心部――塔のある方角へと振り返った。
「正解だ」
やっと気づいたのかと、政宗は不敵な笑みを浮かべる。
「俺はお前のように無意味な虐殺はしない。この国の連中の一人一人が何人か調べるのは骨が折れる」
「カリファに回収させるのか……いや、そうか。だから肉体が必要なのか。……ゼファーを生き返らせるつもりか?」
視線を政宗へ戻し、アドルフは問う。
「これで仲間に会えるぞ」
「オブジェクト生成は数年を要する。それにもう、奴は親友じゃない。奴は僕からすべてを奪った裏切り者だ」
政宗の頭の中には、今、ある一冊の童話が思い浮かんでいた。
「……名無しの冒険者」
「君も読者の一人か」
「……」眉をひそめる政宗。
「あれを書いたのは僕だ。まあ、言ってみれば魔法。あれはある種の魔法だ。人々はゼファーを名無しの冒険者として知り、友達を裏切るとどうなるのか、その行為の愚かさを知り、今も多くの者の中に根付いている。僕たちがかつてのビヨメントを旅立ってから、おそよ200年、いや、もしかすると300年以上経過しているかもしれないというのに、あの日、見送った父さんと母さんの顔が頭から離れない。僕の時間はあの頃から動いていない。どうだろう、同じ深淵をもつ君なら、少しは分かるんじゃないかなあ」
「……」
「無駄だ」
「……」疑問を浮かべる政宗。
「僕が君のような者の策にはまると?」
「……」
「ただでは帰さないさ、あの塔の中にはちゃんと、僕の駒を据えてある。カリファ以外に誰を潜り込ませたのか知らないけど、みんな死んじゃうよ」
幼馴染であるカリファの考えなど、アドルフにはお見通しだった。
自分を殺せない理由はカリファにあると、そこまで理解できた。
政宗の表情から余裕が薄れ、アドルフへと移った。
「あれは僕のダンジョンだから、もし何かあっても、君は助けることができない」
アドルフは嘲笑うような笑みを浮かべた。
※
カリファ一行は、塔――王城――つまりアドルフのダンジョンを彷徨っていた。
「ここって……」
だがカリファにはしばらくして見当がついた。
「変な場所だポロン、すっごく気味が悪いポロン。ウラノスの魔力がさっきから転々としているポロン」
「どういうことだ……リックマンは4人、そのどれも位置がバラバラじゃねえか。捉えたと思ったら移動しやがる」
「どうやらこの塔にはおかしな魔法が付与されているようですな!」
「違うわ、ここはおそらくダンジョンよ。空気感というか、あの時と同じ感じがする」
3人はカリファの言葉に驚愕した。
「なんだと……」
イグノータスは言葉を失った。
魔族にとっても、ダンジョンは近づくことすら愚かとされる領域なのだ。
内部は高ランクの魔物の巣窟であるとされている。
「ニトが言っていたわ、アドルフは深淵使いだと。だとすれば、おそらくここはアドルフのダンジョン……そうよ、きっと、アドルフはダンジョンを見つけたんだわ」
カリファには心当たりがあった。
つい最近、記憶を取り戻したカリファにとって、150年前の出来事は昨日のことのようであり、いつかシャオーンが偶々話した言葉もはっきりと思い出された。
それは“そう言えば丁度3年ほど前にも、ダンジョンが現れたと、ここへ訪れた冒険者が言っていた”――という呟きだった。
150年前、帝国との戦争を終え故郷と両親を失ったカリファたちは、その5年後、ビヨメント再建し、もう一度冒険に踏み切る考えから、手始めに現れたというダンジョンへ向かった。
がシャオーン曰く――。
つまり、再建を開始してから2年後にも、ダンジョンは現れていたというのだ。
「まさか……アドルフはもうあの時から」
ダンジョンが王の候補者を招くものであるということはカリファも分かっているが、その発生時期については未知だ。
政宗の場合、この世界に召喚され深淵を自覚した数ヶ月後にはダンジョンが現れていた。
「ゼファーが深淵を手に入れたのは、あのダンジョンが現れる数ヶ月前だった。ということは、アドルフはその3年前には、もう既に深淵を手にしていたってことに……」
「おい、さっきから何をブツブツ言ってやがる。君がわりいからやめろ。てめえが戸惑うとイラつく」
「ご、ごめんなさい……」
“カリファさんが彼に気づけなった程度には、皆さんのパーティーは実は上手くいっていなかったということです”――カリファの頭の中では政宗の言葉が繰り返されていた。
「また魔力が移動しました、これではキリが――」
フェルゼンの呆れた声が途切れた。
その瞬間、4人の見ていた景色が、王城を模した暗がりから広い祭壇のような場所へと変っていた。
「こりゃ一体……」イグノータスは戸惑う。
「魔力が近いポロン!」
焦るビシャス。
腰の横で小さく広げた両手に、赤く光る小さな球体型の波動を展開させながら、辺りを警戒し構えるカリファ。
だが祭壇に並ぶ4人の者の姿を見た時、カリファたちの表情から戸惑いは消える。
「ここでやろうってことか、そっちから出てくるとはありがてえ。探す手間が省けた」
イグノータスは高を括っていた。一人を除いては。
金縁に飾られた漆黒のプレートアーマーを纏い、背に首のない黒龍の描かれた一人の者。
――ウラノス・ダームズケイル。
またの名をウラノス・リックマン。
「貴様。もしや魔族か……」
低い声を冷たい視線を向け、ウラノスは尋ねた。
「ウラノス……」
「ん、誰だ貴様、我を知っておるのか?」
「俺はラグパロスの魔王、イグノータス。何度も会合を持ちかけたはずだ」
「ふむ……なるほど。まさかこのようなところで、一族殺しと対峙できようとは。まさか慈者の血脈に魔王がいようとは思わなんだ」
「父上、どういうことですか」とラインハルト。
ウラノスの息子3人は、それぞれ金縁の入った黒いコートを身に纏っていた。
背中には同様に、首のない黒龍のシンボルがある。
「ラインハルト、あ奴がそうだ。かつて我らの父や母、その同胞を夜襲により皆殺しにした愚か者だ」
ラインハルトの目つきが据わった。
だが直ぐに冷静さを取り戻すように、細い目つきとなる。
「ニトの組織に、なぜ魔王が……」
「偶然であろう、だがこれは好機だ。一族の無念はここで晴らすとしよう。殺したところで戻らぬがな」
ラインハルトは腰の鞘から直剣を抜いた。
「我はあの女の相手をする。あれは骨が折れるだろう、魔力を感じぬ。他は任せた」
「魔王か……」
ラインハルトは一歩ずつ歩みだした。
「俺がなぜ、この名を名乗り続けているか分からるか。ふ、どうせ誰も気づきやしない。だが俺にとって、リックマンは絶対だ」
「ウラノスの息子か。悪いがウラノス、てめえの息子はここまでだ。親不孝だとか、後になってほざくんじゃねえぞ」
ウラノスは無視し、カリファへ警戒した。
「おい、聞こえてんだろ! てめえらリックマンは無視することには長けてたみてえだが、俺にすら及ばねえ存在だった。なにが人類最強だか知らねえが、魔族の襲撃も阻止連中なんざ、どうせそこまでの――――――――」
イグノータスの声が級に途切れた。
そして、ビシャスとフェルゼンの呼吸が止まった。
「え…………兄者?」
「兄、上……」
2人は同時に、イグノータスへと振り向く。
「……………………済ま、ね……」
――イグノータスの首が飛び、血が吹き上げた。
「貴様ごときにリックマンを語る資格はない。実力もければ貫禄もない。魔族ごときが……勘違いも甚だしい」
フェルゼンとビシャス、2人の目の前で、ラインハルトは刃についた血液を振り落とした。
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