第263話 日常会話

 魔的通信社製 《視覚的情報瞬間封印具》……つまりカメラだ。


 休みなくたかかれつづけるフラッシュに目がくらみ、生徒たちの中には、この以前にも見たような光景に、心の中でため息をついている者もいた。

 だがそれは比較的余裕のある者だけに限られ、ほとんどの生徒は放心状態に近く、魔王に拉致された園田と木田、真島と木原の顔が脳裏にちらついていた。


「キッドマン校長! 魔族とは以前対校戦に現れたシャステインの魔族でしょうか!」


 生徒たちが並ぶ列の左端に立たされ、サブリナは記者の質問に答えていた。

 最初サブリナは生徒たちの前に立ち話を始めたのだが、生徒たちの顔が撮れないと言い出した記者の一言により、サブリナは現在の位置まで下がらされた。

 つまり記者たちは勇者たちさえ撮れればそれでいいのだ。

 彼らの話や写真が掲載された週は雑誌がよく売れる。


「確かなことは分かりません。魔族であったのかどうかも確証はありませんが、生徒たちの話によれば、侵入者は自分から魔族だと名乗ったそうです」


 ハイルクウェートの校長と言えば、世間では名の知れた魔女だ。

 古代種――超人族の血を少なからず有しており、一族にまつわる固有の魔法を扱うことが出来ることから、世代によっては彼女を天才だと呼ぶ者もいる。

 そんなサブリナは魔族と対面した際の心境を聞かれていたが、すぐに気絶してしまったとも答えられず、終始、的を得ない回答ばかりを続けていた。


 その後プチ記者会見が終わり、サブリナの指示でフィシャナティカの談話室に待機させられた勇者たち。

 暖炉の灯りを見つめながら、ひいらぎは心ここにあらずといった様子で、ため息さえつかない。


「あの記者たち、魔的通信から来たんだってな」


 飯田がポツリと呟く。そこにはもう、サッカー部キャプテンだったころの頼りがいのある雰囲気はない。


「それって全員がってこと?」


 柊は暖炉に目を奪われたまま、反応した。


「……ああ。この大陸でこんな雑誌なんて物を扱ってるのは魔的通信だけだって話だ。誰かがそう話してるのを聞いた。似たようなことを始めようとすると、嘘かホントか、大抵の連中が失踪するらしい」


「それって……」


「さあな。でも生きていくってのはそういうことなんだろうな。佐伯がいなくなった今……へっ、ここでまずあいつの名前が出てくるなんて情けないな。俺はあんな奴にさえ頼ってたのか……頼みの綱だった園田もいなくなった。相手はあの魔族だ。アリエスたちがわざわざ俺たちのような子供を呼び出してまで殺そうとしていた魔族だ。4人が生きてる保障なんてない」


 談話室は静まり返った。

 誰も飯田の言葉を否定しなかった。

 ここに残された8人の勇者たちに、飯田の言葉を否定するだけの気力は残っていない。


「あの魔族が言ってたことって、本当かしら?」


 柊の言葉には力がない。誰に問いかけているのかも分からない。

 だがその問いかけに、それぞれの表情は曇る。


 それはニトについての話だ。


「普通に考えてありえないだろ?」


 体育会系の落ち着いた表情で、佐藤は答えた。


「ニトってのは英雄だろ? しかもダンジョンまで攻略したSランクの冒険者だって話じゃないか。俺もよくは知らないけど、そんなとんでもないのが日高なはずない。だったら何で黙ってアリエスに飛ばされたんだって話だ。抵抗すれば良かっただろ」


「ですが西城さんは日高さんであると言い切ってましたよ」


 神井は床に敷かれた赤い絨毯を見つめながら、地味に呟いた。


「あいつは日高の亡霊を見てただけだ。それに普段から声が小さすぎて何を言ってんのかも分かんねえおかしな奴だったろ? 例えばホームシックで精神がイカレちまったとか……まあ、何でもいい。とりあえず幼馴染の日高がいなくなって頭がおかしくなっちまったんだろう」


「でも、西城さんは……」


 神井の隣で小さくなっている御手洗が何かを言おうとしたが、気が弱い彼女には言い出す勇気がなかった。

 それに大した内容でもない。

 西城は正常だったと、答え合わせのような言葉を述べるだけだ。

 そう言ったところで、特に根拠も答えられない。


「とっ、飛ばされたあとに……強くなったとか?」


 おどおどしながら答えたのは加藤だ。

 隣にいる親友――柊の顔をちらちらと窺い、フォローを期待している。


「だから佐藤はそれが在り得ないって言ってるんだ」


 だが飯田が切り伏せた。


「そもそもあいつは俺たちと同じ勇者でもない。最弱とまで言われるヒーラーだ。仮に俺たちと同じ何らかの恩恵を持っていたとしても、あそこまで強くなれると思うか? ニトは佐伯や京極を簡単にあしらうどころか、あの魔族の大群をあくびしながら一掃したんだぞ? 爆裂魔法を連射する一条が小さく見えたくらいだった……どう考えても日高な訳ない」


「そっ、そうだよね……」


 珍しく話に入ってきたのは長宗我部だった。

 となりでジェシカが少し不意を突かれたような軽い表情をしている。


「日高くんは何ていうか……あんなに喋る人でもなかったような気がするんだ。佐伯くんにんはいつもペコペコしてたし、それに、もっと暗くてうじうじした人だったし……」


「でもそれは力を手にしたというのなら日高でもあり得る話よね?」


 暖炉から目を逸らしこちらに体を向けた柊が、話も終わりに近づいているように見えた今になって、何故か積極的に話し始めた。

 瞳も虚ろではない。


「少し考えていたんだけど、確かに飯田の言う通りだと思うわ。でもそれは一先ず措いておくとして、最悪の状況を考える必要があると思うの。もう園田にも頼れないんだし」


「 最悪の状況って?」


 飯田だけではなく、誰もが柊の話を待っていた。


「別に大したことじゃないけど、仮に日高がニトだったとして、その……思い出してほしいの。これまでに見たニトの言動や態度を」


「言動ねぇ……」


 飯田は部屋の角を見つめながら記憶を辿っていた。


「この世界に来てから今までに色んな人と会ったのでしょ。多分、私たちは恵まれている方で、王様や王女やその家来の人たち、つまり家柄のいい王族や貴族とばかり接してきた。だから学校の外がどんな世界かなんて未だに分からないし、初めて見た冒険者が少し変わっていて気性の荒い人だたっとしても大して驚かなかった。でも、あれが日高なんだとしたら……そう言われてみれば、確かにって思える部分も何となく感じない?」


 生徒たちは互いに顔を見合わせながら戸惑っていた。


「冒険者であれ他人なんだし、小物の佐伯がちょっと失礼な態度をとったからと言って普通あそこまで相手にするかしら? 彼はSランク冒険者なんでしょ? 仮に野蛮だとしてもあそこまで敵意をむき出しにするかしら?……ううん、むしろ野蛮だというなら殺していたはずよ。つまりニトには理性があった」


「少なくとも悪徳冒険者ではないということですね」


 神井が分析するように顎を触りながら答えた。

 柊は頷く。


「対校戦が始まる前の話だげど、初対面だっていうのに佐伯がニトに喧嘩を売ったでしょ?」


「喧嘩と言いますかただの八つ当たりと言いますか……」


「どっちでもいいわ。とりあえず喧嘩よ。そのあと京極が乱入しておかしなことになったけど、私が覚えているのはそれ以降の佐伯への態度よ。確かに毎回さきに話しかけるのは佐伯だったから、あれが普通の人の対応だと言われればそうかもしれないけど、ニトは明らかに佐伯へ敵意を示していたわ。京極を殺した一件について問いつめた時も、話しかけたのは佐伯からだったけど……」


「だからそれはお前のいうように普通の反応だってことだろ? 確かに京極を殺したことは許せないが、あれは佐伯が悪かった。そもそも京極は死ぬと分かった上で決闘を申し出たんだからな」


 飯田は柊が何を言いたいのか分からなかった。


「……正直に言えば別に私の勘を皆に理解してもらおうとは思ってないけど、けど……なんだかニトは佐伯にこだわり過ぎているように思うの」


「こだわってる?」


「あの時、彼は場所が学校でもなければ佐伯を殺していたと言ったわ。さっきも言ったけど彼は野蛮ではなく分別がある。だけど魔族を相手にしていた時の彼は正常な人には見えなかった。もちろん顔をは見えないし、もしかするとニトは人間じゃないのかもしれないけど、同じ人間とは思えないくらい異常に思えたの……それに、京極だって容赦なく殺した。みんなの前で……」


「柊、お前はつまり何が言いたいんだ? ニトは分別のある異常者で、だから日高だってか? 意味がわかんねえよ」


「佐伯を生かした理由が分からない」


「殺す理由がなかっただけだろ? ちっぽけな俺らに真面目に向き合う英雄がどこにいんだよ」


「彼は佐伯にこだわり過ぎてる。思わず攻撃したあの青い髪の女の子だってあんなに怒ってたのに、ニトはただそれを止めるだけ」


「向き合う気すらなかたってことだ。あれが日高なら今ごろ佐伯は死んでるよ。“殺しに戻ってくる”とまで言ってたんだからな。つまりあれで死んでないことが日高でない証拠だ」


「じゃあ何故はじめて会った時、彼はあれほど佐伯と向き合ってたのよ?」


「対戦相手だったからだろ? それに、それもお前の言うように先に話しかけたのが佐伯だったからだ。不可抗力だろ」


「違うわ。彼はどういう訳か佐伯を生かしてるのよ。でも……そうね。話していても仕方ないわ。正直、私もなんでそんなことを思ってるのか分からないし」


 その時、談話室の扉が開きサブリナの姿が見えた。


「先生はニトの素顔を見たことがありますか?」


 扉を閉めるサブリナの背に問いかける柊。

 サブリナの手が止まった。


「いきなりどうしたの?」


 サブリナは笑顔で生徒たちに問いかけた。


「答えてください」


「……知っているわ。けれどそれはあなたたちとは関係のない話よ」


 サブリナは怪しまれないようあえて即答した。


「もしかしたら彼は私たちの知る人物かもしれないんです」


 サブリナはその言葉の意味を分かっている。

 医務室で目を覚ました後、サブリナは生徒たちから4人が連れていかれたことを含め、詳細を聞かされていた。


「私にも守秘義務があるの。ニトさん素性については答えられないわ。もし知りたいのなら直接彼に聞くことね」


「それは魔国に行けということですか?」


「そうは言ってないわ。それに彼が魔国にいるという話もホントかどうか分からないでしょ? 私はある程度なら彼が今どこにいるか知っているし、まず魔国にいるとは考えられないわ。あそこは人間を受け入れない未開の地よ」


「そうですか……ニトは人間なんですね」


 柊の言葉にサブリナは黙った。

 真顔で見つめる柊は、ため息をつきながら目を逸らす。

 サブリナは思わず黙ってしまうも動揺を表に出さないように不自然に緩い笑みを浮かべた。


 暖炉で燃える薪の割れる音が時折響く中、しばらく沈黙が続いた。

 だが黙っていようと事は動き出す。


 それは残された生徒たちというよりも、サブリナのことだ。

 この一件によりオズワルドの不在が八岐の王へ知られてしまったのだ。

 後日、サブリナは招集を命じられ、彼らの前に立たされることになるだろう。

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