第264話 青春と嘲笑

 アーサー王に連れられ、ここグレイベルクへ佐伯が戻り一週間が過ぎていた。

 ここは旧アリエス・グレイベルク学園だ。

 現在は聖騎士育成学校と名を改め、《聖グウィン騎士団》の入団を目指す、聖騎士見習いが活用している。


 そしてここは屋内に面した闘技場兼演習場だ。

 そこでは今、ある聖騎士見習いが、聖騎士長カーライル・グレイベルク直々に訓練を受けていた。


「何度で言えば分かる! 腕だけで剣を扱うな、腰が入っていないぞ!」


 カーライルは金色の長い髪をした美男子だ。

 身長もほどよく長身で、スタイルもよく筋肉質だ。


「それができるまで魔法の訓練はしない」


 目鼻立ちの良いその顔と風になびく髪から一体なにが発せられているのかは分からないが、彼が剣をふる度に観客席にいる女性が黄色い声援を送る。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! カーライルさん、俺は賢者ですよ? 剣も大事かもしれませんけど、早く魔術の練習をしないと!……これじゃニトに勝てません!」


「サエキ、そう心配しなくとも大丈夫だ」


「え?」


「誰もお前に期待などしていない。いつ誰がお前にニトを殺してくれと頼んだ? アーサー王がそう言ったのか?」


「……」


 そうだ。聖騎士見習いとは佐伯のことである。

 佐伯はカーライルの言葉に恥ずかしさを覚え俯く。

 と、その時だった。

 突然、佐伯の目前にカーライルが現れ、そのまま振り上げた剣に佐伯の剣ははじかれ、飛ばされてしまった。


「一度死んだと頭に刷り込め」


「……すみません」


「剣を抜いた相手を前に油断などするな。これではニトは愚か俺にすら勝てない。俺を越えなければ、到底ニトになど勝てはしない。夢を語るのはいいが現実もみろ」


「すみません」


「少しはやる気を出したらどうだ。お前のような勘違い魔導師はたいてい魔術さえあればそれだけで十分だなどと思っている。だが戦場においては遠距離ばかりの戦闘が続くわけではない。魔導師の弱点は近接戦だと誰もが知っている。誰もがそれを狙って近づいてくる。お前を他国の歩兵のように捨て駒として使うなら魔術だけ学んでいればいいだろう。だがお前には一人で一個隊レベルの戦力になってもらう必要がある。そうなれる逸材だからと、アーサー王に仰せつかっているんだ。少しは俺の身にもなってもらいたい」


「……すみません」


「はぁ……すみませんで強くはなれないんだ。サエキ、たとえばこのやかましい声を自分への声援に変えてやろうとは思わないのか? 俺からこの鬱陶しい有象無象を奪ってやろうとは思わないのか?」


「有象無象って……」


 カーライルとはこういう男である。

 性格に少しばかり難がある。

 既に佐伯もそれを理解している。だがやはり聖騎士長だ。

 長を任されるだけのポテンシャルはあり、佐伯もそれを認めていた。

 だからこれほどまでに素直になっていた。


 だがカーライルとして、それでは困るのだ。

 佐伯にはもっと積極的になってもらいと思っている。

 だからあえて定期的に訓練の様子を公開しているのだ。


「確かにこの国は変わる必要がある。聖騎士はその最初の象徴となりえる存在だ。聖騎士が育ち騎士団が本当の意味において結成されれば各国の見方も変わる。国民からの信頼も取り戻せるはずだ。だがお前などにその使命を背負わせるつもりはない」


「カーライルさん……俺は」


「もっと遊んだらどうだ?」


「……は?」


 佐伯は不意を突かれたように間抜けな顔をした。


「たかだか17歳で聖騎士など馬鹿げている。そうは思わないか?」


「……」


 問いの意味が分からず黙る佐伯。


 そもそも佐伯をここへ連れてきたのはアーサーだ。

 もちろん佐伯なりに理解した上で誘いを受け入れた。

 聖騎士になる覚悟もあった。

 カーライルの言葉は、そんな佐伯の覚悟を馬鹿にしたものだった。


 だがカーライルの表情が徐々に変わると、また会話の意味が変わってくる。


「17歳の時、俺は父上に剣の訓練をしてくると言っては町の娼館に遊びに言っていた」


「……」


 目の前の騎士長は一体何が言いたいのか?――そんな疑問が佐伯の頭に漠然と浮かんだ。


「お前には戦闘技術よりも先に、もっと大切なことがある。そんな目をしていては舐められるぞ? 直ぐに見ぬかれてしまう」


「目? 俺が目がなんだっていうんですか!」


「お前はこの国に何をしに来たんだ。なぜ強くなりたい」


「だからニトを殺すために」


「ニトを殺してどうする。そのあとはどうするんだ」


「そのあとは……」


「単純な話だ。お前には理由がない。つまりその覚悟とやらの中身は空っぽだ。お前がここにいる本当の理由はただの成り行きに過ぎない。お前は成り行きに従っただけであり、そこに意思はない。いくら知識を詰め込み魔力をふるおうと、賢者としてのお前の実力はその剣と同じだ。今のお前を聖騎士にするくらいなら、俺は勇者でもなく他の平凡な者を選ぶ。そいつらの方がよほどいい目をしていることだろう」


 何故そんなことを言われなければいけないのか。

 “いい目”とはどういう意味なのか。

 どうやら佐伯には足りないものがあるようだが、本人は検討もつかず返す言葉もなく、訳が分からないという状態だ。


「一度力を抜いて、それから周りをみろ。サエキ。ここはお前たちにとって、ただの異世界か?」


「……」


「お前にとって周りに見えるのは異世界人で、お前は勇者で俺も異世界人か? ん? どうだ?」


「俺は……」


 カーライルが何を言わんとしているのか。

 佐伯には何が足りないのか。

 佐伯は少しだけわかったような気がした。


「俺はただの人間だ。サエキ、お前もな」


 カーライルはそう言い残し、佐伯に背を向けると演習場を去った。

 後を追うように黄色い声援が響き、その群れが会場の外へと消えていく。


 佐伯はそんな光景に対し不意に目を奪われながらも足元の剣を拾った。

 すると刃に反射し映る自身の視線と目が合うも、逸らすように鞘へ納める。

 そして演習場を見渡し、ため息をつきながら会場の出入り口へと歩いていく佐伯。

 そんな佐伯の後ろ姿へ胸元で両手を揃え握りしめながら恋する乙女のごとき瞳を向ける、ある女性の姿が観客席にあった。


 肩にかかる金色の髪は長く、肩で巻き毛を作る程には癖が強いのだろうか。

 女性はその白い肌に似合う紅で唇を染めていた。

 佐伯と同じくらいには幼く、可憐で美しい。

 ドレス風の身軽な服を着ているが、その面持ちや後ろに使用人を連れていることからして平民ではないだろう。

 彼女は貴族だった。


「ユリアス様、そろそろお戻りなられた方がよろしいかと」


 使用人の声に顔半分ほど振り返るユリアス。

 

「見つめていたいのです。分かりませんが……今はそうしていたいのです」


「……」


 しばらくして佐伯の姿は消えた。


「アリシア。では行きましょうか」


 そう言った傍から何故かユリアスは微笑み、上品に手で口元を抑えた。


「それにしてもまだ我が家に来て間もないというのに、あなたも言うようになりましたね」


「もっ、申し訳ございません」


「冗談ですよ。付き添い感謝しています。では行きましょう」


 二人には特にそれ以上の会話はなかった。

 親しいというほどでもないだろう。

 アリシアと呼ばれた使用人とユリアスの間にはまだ距離があるように思う。

 だが仕方がない。アリシアが彼女の護衛として雇われたのは、つい最近のことなのだ。


「こういう時、わたくしのような者はどうすればよいのでしょうね」


「直接はなしかけられてはいかがですか」


「それができれば苦労はしません」


「では私がサエキ様をお呼びします」


「いけません!」


 思わず声を出し勢いよく振り返るユリアス。


「ご、ごめんなさい……ですが、良いのです」


「……」


「ユリアス様。見たところサエキ様は今はなし相手を求められています」


「ど、どうしてそう思われるのですか?」


「サエキ様は前王女アリエス様によって召喚された勇者のお一人であらせられます。共に召喚されたご友人の方々とは離れ離れとなり今は一人です。聖グウィン騎士団への入団を決意され、この国へ来られたのです」


「知っております。ですがそれが何だというのですか?」


「訓練が上手くいかず、かといって頼れる友人もいない。精神的に不安定な男性というのは、どこかで女性を求めているものです。今がチャンスではないかと」


「それは、本当ですか。アリシアは本当にそう思うのですか?」


「はい。間違いありません。あとはユリアス様のお心次第です」


 その言葉で決意するように、背を向け胸の前でまた手を握りしめるユリアス。

 数歩アリシアから離れると、少しばかりうなだれていたようなその表情が晴れる。


「わたくしの心はサエキ様のものです」


 なぜユリアスが佐伯に対しこれほど情熱を燃やしているのか、それは分からない。

 佐伯のもつ《勇者》としてブランドがそう思わせているのか。

 というのも、佐伯はそれほどモテないというほどでもなかった。

 むしろグレイベルクに勇者が戻ってきたことで、彼の訓練を覗きに来るものは多い。

 そのほとんんどは女性だ。

 その大半はカーライル目的だった訳だが、佐伯への視線も少なくなかった。


 だがその日、ユリアスが佐伯に話しかけることはなかった。

 彼女にはまだ勇気がなかったのだ。







 ファインゴールド家は古くからグレイベルクに仕える貴族だ。

 ユリアスは一人娘であり、現在、何故かアリシアはこの彼女の使用人として、身の回りの世話をしていた。


 そんなアリシアだが、彼女は今ユリアスから離れ、一人敷地内に面した庭を散歩していた。

 いくつかの花壇に囲まれた贅沢な庭。

 辺りには噴水があり水の跳ねる音が聞こえる。

 だがアリシアは綺麗な噴水に見向きもしない。


『ファインゴールド? なんだそれは』


『どうやらこの国に仕える貴族のようです』


『なるほど。それで、その家の娘があいつに一目惚れした訳か?』


『はい』


『ふっ……傑作だな。笑わせてくれる。だがいい兆候だ。アリシア、二人を引き合わせることはできるか?』


『もちろんです』


『ではそうしてくれ。奴にとってもこれは好機となるだろう。幸せな出会いだ』


アリシアの頭に狡猾な笑い声が響いた。


『それから一つ確認したいことがある。フィシャナティカへ忍ばせている同胞から連絡があった。なんでも魔族が現れ勇者を4人さらっていったそうだ』


『勇者をですか?』


『ああ。だが検討はついている。カサンドラが死んだ今、こんなことをしでかすのはイグノータスしかいない』


『ラグパロスですか……私は、ここにいて大丈夫ですか。必要とあれば一度任務を離れ……』


『安心しろ。あとは自分でやることにした。グレイベルクにも現れる可能性がある。用心しておけ。もし仮に出くわした場合は任務を放棄し帰還しろ。魔族に関わる必要はない』


『……分かりました』


『では、引き続き頼む』


『……はい』


アリシアはアマデウスとの念話を終えた。

そして、ふと空を見上げる。


「アリシア!」


 するとそこへユリアスの姿が見えた。


「はい!」


「ここにいたのですか。少し、買い物に付き合ってはいただけませんか」


「はい、もちろんです」


 九尾の面影すらない人間の姿のアリシア。

 彼女はそっと自然な作り笑みを浮かべ、現在の主であるユリアスの元へと駆けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る