第249話 種火
“リサーナ・リックマン”――確かにリサさんはそう呼ばれていた。
「蜷局族のマリシアスが言っていました。リサさんを連れ帰ったことは、ルシウスさんの唯一の汚点だと……連れ帰ったって、どういうことですか? つまり……」
俺は考えを巡らせながら話を続けた。
「つまり、そのリックマン一族が滅びたというなら、ルシウスさんはそれに関わっていたとか、そういった類の話ですか?」
するとルシウスさんは軽く左の口角をくいっと上げ、微かな笑みを浮かべた。
「適当でも言ってみるものだろ? マサムネくんは今、無意識に私の感情を読み、それを参考に考察したんだよ。そしてその問いの答えだが……それは少し違う、とだけ言っておこう」
なんだ、ハズレか。
「だが君の言う、“そういった類の話”には含まれるだろう。私は、焼き払われ滅びたリックマン一族の館から、まだ幼かった瀕死のリサーナを連れ帰ったんだ。確かに私も関係している。そして……それが始まりであったとも言える」
「始まり?」
だがルシウスさんは「最初の質問に戻ろう」と話を遮った。
「だからリサーナのあの魔法は深淵魔法ではない、ということだ」
すると席を立ち、また世界鏡に向かうルシウスさん。
だがその様は、なんだが話から逃げているように思えた。
だがこの人がこれほどあからさまな態度をとるだろうか?
俺はテーブルに両肘をおきながら、その少ない答えを繋ぎ合わせ、全体像を見ようと、深く考えた。
だが依然として、リックマン一族が何であるかという、その疑問だけが残る。
魔力が魔族並に強く、そして魔術の知識も深い。大魔導師一家……だがそれだけでは分からない。
「答えは意外と単純さ。すべてに意味があり、理由がある」
俺の感情を感じ取ったのか、急にそんな意味不明なことを告げるルシウスさん。
だが先程まで何でも聞けと言っていたルシウスさんは、何故か鏡に向かい、はっきりと答えようとはしない。
おそらく――
「答えたくない話なんですか?」
「……あるいは、マリシアスの言った通りだ。もちろんリサを救い出し連れ帰ったことに、私は少しの後悔も抱いていない。だがこれは確かに、私の汚点なのだろう……」
「言いたくない理由が分かりません」
「トアにも関係のある話だからだ」
「え?」
唐突に知らされる答え。
だが一体、どう関係があるのか?
「私は君にすべてを話そうと思っている。考えた結果、そう決めた。エレクトラにも、もう君に話すことを告げたよ。トアについても、魔国のことについても。そして……私の過ちについてもだ」
「過ち……」
だがリサさんを連れ帰ったことに後悔はないと、ルシウスさんはそう言った。
「今日はもう、このくらいにしておこう……」
だがその時、すべてを話すとそう言ったはずのルシウスさんは、無理やり話を終わらせようとした。
「え? でもまだ話を聞いてませんよ? トアに関係のある話なら、俺にとっては一番大事なことです!」
だがルシウスさんは振り向かず、俺と向き合おうとしない。
「少し時間がほしい……」
「時間? 何の時間ですか? 俺に話すと決めたんですよね?」
「覚悟する時間だ……」
自分にはまだ覚悟がない――ルシウスさんはそう言った。
だが、俺には時間の問題であるような気がした。
この人は魔王ではあるが、内面的には魔王と呼べるほど硬派な人ではない。
この人自身、どこかで救われたいと思ってやしないか? 俺はそんなことすら感じていた。
だが俺が尋ねなければ何も話さず、話しかけても直ぐに言葉を濁す。そんな状態だ。時間の問題だとは思うんだが、今日は多分話さないだろう。
俺はため息をつき、納得することにする。
「分かりました。とりあえず、リサさんが深淵とは関係がないってことだけでも分かって良かったです。リサさんが人間界において最強である、リックマンとかいう一族の唯一の生き残りだってことも分かりました。それは知れて良かったです。ある程度、疑問も晴れましたし――」
「――唯一ではない」
その時、俺の言葉を遮りルシウスさんは急に呟いた。
「え?」
「唯一の生き残りではない」
「それって……」
俺は何となくそれが、つまりルシウスさんの、
「つまり、リサさん以外にもリックマン一族はいるんですか?」
「人間に興味はない。だが私は無知ではない、情報は常に集めていた。私の知る限りでは、リサを含め、現在リックマンの血族は五人」
「五人?!」
あと四人もいるのか?
「それって魔国にいるってことですよね?」
だがルシウスさんは俺のその問いに答えない。
「ルシウスさん?」
「……君も知っている男だ」
「え、俺が知ってる?……」
“君も知ってる”って……誰だ? リックマンなんて名前……いや、確かどこかで聞いた気が……。
「それがおそらく、私の犯したミスなんだろう……だが知らなかったんだ。リサ以外に生存者がいたなんて、知らなかった」
「じゃあ、仕方のない話だと思うんですけど。その、ルシウスさんは一体何を悔やんでるんですか? リサさんと同じ一族の人が生きているというのなら、それはリサさんにとって幸せなことですよね?」
だがルシウスさんはその感情の……後悔の理由を話さない。
「私が……彼の存在を知った時、彼はもう世に現れていた。その時はまだ、後悔などしていなかった。喜んださ、そしてリサに会わせてやろうとそう思った。だが今思うのは、あの時、私が見つけていれば、もしかしたらこんなことにはなっていなかったのかもしれないという、そんな遅すぎた後悔だけだ」
あれほど冷静で無感情だったはずのルシウスさんの心は、気づくと感情的になり、乱れ、俺は感知することもやめていた。
「一体、誰のことを言ってるんですか?」
俺には心当たりがなかった。
「彼の名は――」
▽
――王都ラズハウセン。
帝国の二度に亘る襲撃により、この国にはもはや以前のような平穏な空気は流れていない。
そこには緊迫と、また帝国が現れるのではないかという恐怖が空気となり流れていた。
――そこは正門の上に位置する防壁だ。
等間隔に配置された衛兵はそこから平原を見つめ、この国へ訪れるすべての者の動向を監視していた。
「警備を怠るな。いつ帝国が現れるとも限らない。奴らは俺たちの予想に付き合ってはくれないぞ? 油断した瞬間に現れると思え、肝に銘じろ」
王都を囲む防壁。三六〇度の壁が、この国を守っていた。
そして白王騎士団。団長――ラインハルト・リックマンは、すべての衛兵に警備の強化は自ら告げ、防壁の上を歩いていた。
そしてラインハルトの姿が遠ざかると、衛兵はまたいつものように無駄話を始める。
ここにもまた二人、無駄話を始めた衛兵の姿があった。
「ラインハルト様って……カッコいいよな?」
「まあ、白王騎士の団長だからそりゃそうだろ?」
「それじゃあ理由になってねえだろ?」
「はあ?」
「じゃあなんだ? カッコよけりゃあ団長になれんのか? それなら俺にだってなれるってことになるぜ?」
「何言ってんだ? お前には当然無理だろ? 何しろお前は筋金入りのダサ男だからな~」
「けっ!……勝手に言ってろ……」
すると馬鹿にされた衛兵はそこで思い出したように、
「そう言えばラインハルト様の姓って、確か《リックマン》だったよなぁ?」
と、無駄話を続ける。
「それって、まさかあのリックマンじゃないよな?」
「“あのリックマン”? なんだそりゃ?」
「だからあのリックマンだよ? 知らねえか? リックマン一族っていやー、小さい頃によく聞かされただろ? “リックマンに出会ったら手を隠し頭を下げなさい”って?」
「……ああ、そのリックマンな? ン訳ねえだろ? 一体いつ話だと思ってんだよ? いつどう考えても若すぎるだろ? あの人はちげーよ。それに同じ姓の奴なんて探せばいくらでもいる。偶々にきまってらぁ」
「若いっていやー、あの人一体いくつなんだ? かなり若く見えるが……」
「確かに見た目はわけーな? 聞いた話じゃ、なんでも難民の群れと共にこの国へ辿りついたのがきっかけらしいぜ? それが今からだいたい20年前の話だとか何とか……」
「20年前か……じゃあ20歳以上ではあるってことか……」
「当ためぇだろ? どう見たって10代な訳ねえ。たく……そんなことばっかり気にしてねえで――」
その時、王都中に《緊急招集》のサイレンが鳴り響いた。
二人は空を見上げ、何事かと防壁から町を見渡す。
それは全王国騎士への強制招集命令を意味する。
そしてこのサイレンが使われたのは、この国が世界に向け平和を掲げて以降、初であり、異例なものであった。
――そして王宮前。
王宮へと続く大階段の下――広場。屋内に集合させられた王国騎士たち。
そこには白王騎士団の姿もあり、もちろんシエラの姿もあった。
「突然の招集、大変申し訳なく思っている」
アーノルド王により、直々に告げられる招集の理由。
「皆にとっては突然のことであり、何事かと驚いているであろう。それについては申し訳なく思っている」
そして王は短い前置きを終え、単刀直入に告げた。
「白王騎士が一人。レイド・ブラックを国外追放としたことを、ここに公表する」
既にレイドは国外追放となり、もう王都にはいないという知らせだ。
「白王騎士総意のもと、我が最終的な判断を下した」
一人、戦争に対し異常なほど積極的で、暴力的になりつつあったレイドを、仕方なく国外追放とした。
アーノルドは王国騎士にそう告げ、集まった者への理解を示した。
そしてそれまで、隠されていた訳ではないが明かされていなかった白王騎士全員の名と姿を、この日、アーノルドは公表したのだ。
それはここに集結した白王騎士に戦争の意志はない、という主旨の宣言も含んでいる。
そして戦争を企てるものは、レイドのように国外追放に処するという、半ば強引なものであった。
だが国民には知らされていない。
集まっているのは王国騎士だ。
――それが今のこの国の現状であった。
つまり、王国騎士全体に戦争に賛成するという考えが、生まれ初めているのだ。
アーノルドは抑止力として、ここにレイドの追放を公表した。
「謀反などあり得ぬことだ。我は常にそなたらを監視している! 戦争はあり得ない! 一度手を出せばもう引き返すことは出来ない。平和の象徴は崩れ落ち、歴代の王がこれまで長きに亘り築き上げ、他国にすら認められていた《永遠の平和》は消え去るであろう。そうなれば、もう二度とこの国に平和は戻らない」
アーノルド王はそこに集まった騎士すべてを睨みつけ、「今一度問う」と前置きし、「それでも尚、戦争を望むか?」と問うた。
その眼光は凄まじく、彼らに畏怖の念を与えるほどであった。
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