第242話 ルシウス・ロゼフ・ウルズォーラ

 その不気味で凛々しい人相に似合った声色で、似あわないことを口にする魔王。

 “おかえり”という部分が無駄にひっかかってしまった。


 トアはゆっくりと書斎の中に入り、目の前の父親へと歩み寄る。

 エレクトラさんの時とは違い、躊躇いがあるようにも感じないが思わず足が動く感じでもない。

 そしてトアは父親である魔王と、先程と同じく再会を祝うように抱きしめあった。


 魔王だが、俺が想像していたよりもかなり見た目が若い。

 だがこの世界の住人は見た目がまったくと言っていいほど参考にならない。

 言っても魔王だ。おそらくこの人もかなり歳を重ねているに違いないが……三十代半ばくらいに見えてしまう。

 だがそう感じさせないのは、このおかしな貫録と雰囲気のせいだろう。

 これがカリスマ性というなら納得できる部分がある。


 すると再会が終わったのか、魔王はこちらへ振り向き、俺たちの方へと目を向けた。

 目が合っただけで寒気がし、あきらかにカサンドラとは違うことが分かる。

 寒気というのは何も俺が怖気づいているという訳ではなく、また強がりでもない。


 人間はよく蔑称混じりに《変な人》なんて表現を使うが、この人は“変な人”だ。

 だが人間ではなく、また俺はもちろんこの人を軽蔑しているという訳でもない。


「じゃあ皆さん、ごゆっくりどうぞ」――と背後でエレクトラさんの声が聞こえ、扉の前にリサさんと俺たちを残したまま、部屋の扉はしまった。


 そして扉が閉まる音が響ききり、それが完全に聞こえなくなるまでの間、ルシウスさんは俺を意味不明に見つめたまま、沈黙が流れた。


「あなたがニトさんですか」


 それは問いではなく、ニュアンス的に既に知っているかのように聞こえた。

 《納得》に近いニュアンスだ。


「はい、ニトと申します」


「そして、そちらがネムさんとスーフィリアさんですね?」


 この時、俺は何故この人がネムとスーフィリアの名前を知っているのかと疑問に思った。

 シエラを含め、俺以外の写真や名前、本人だと分かる情報のすべての掲載を、俺はフランチェスカに禁じていた。

 だから初対面であるこの人は、ここにいる二人の名前を言い当てられる訳はない。

 だがその答えは後で直ぐに分かった。


「初めまして、トアの父親のルシウスです。ここでは魔王と呼ばれています」


 表情と口調が合っていない。

 だが丁寧な口調だ。そして声量はそれほどある訳でもないはずだが、体に響く感じがする。

 感情がこもっていないかのような声色であるにも関わらず、そこには確かな圧と感情がある。

 明らかに人間ではなく別の生き物であると、俺はいつの間にか認識している。


 だが俺を捉え観察するようなその目は、やはり感情がこもっていないかのようだ。


「なるほど、ヒダカ……マサムネさんというのですか。戯国では違和感のない名ですが……」


「――――――」


 ――何故だ?


 “何故わかった?”――という漠然とした問いを浮かべ、俺は気づくと目を見開き、ルシウスさんを睨みつけていた。


「だから“ニト”と、偽名を名乗っているんですね? なるほど……。マサムネさんは…………もしや、異世界人ですか?」


 その時、ネムがズボンのポケットから魔道具――《鬼に金棒》を取り出した。

 以前、俺が希少級の剣を反転させ与えた物であり、手の平に納まるほどのサイズだ。

 だが取り出し、ネムが意識した途端にそれはネムの背丈を超えるほどの大きな金棒へと姿を変える。


 その漆黒の金棒を、ネムはルシウスさんに対して向けようとするも、俺と目が合う直前に俺の視線に気づいたのか、手に持つだけでその動きを止めた。

 だが警戒心はルシウスさんへ向いている。

 一方スーフィリアも同じだ。《聖女の怒り》を取り出してはいないものの、警戒態勢にはいっている。


 ルシウスさんは俺を視界に捉えながら、ゆっくりと二人を視線で捉え、また俺へ視線を戻すと薄らと笑みを浮かべていた。


「怖がる必要はありません。ただの、《スキル》よるものですよ。マサムネさんと同じです。害はありません」


 その言葉に納得がいった。

 俺も、そしてトアも同じ能力を持っている――スキル《真実の魔眼》だ。

 俺は何となく察しがついていたことから、驚きはしたが直ぐに平常心を取り戻していた。


「二人とも大丈夫だ。それにルシウスさんはトアの父親だぞ? 警戒するなんて失礼だろ?」


「……も、申し訳ありません」


「はいなのです……」


 “思わず”といった感じだろうか? おそらく無意識によるとっさの行動だったのだろう。声をかけると、二人は我に返るように穏やかに戻った。


 だが俺が異世界人だと何故わかった?

 いや、分かったというのは早とちりかもしれない。

 ルシウスさんは尋ねたのであって、断定はしていない。


「トア、少しマサムネさんと話がしたい」


 すると何を思ったのか、ルシウスさんは唐突にそんなことを言い出す。


「え?…………うん、分かったわ」


 トアは一瞬反応が遅れた後、理由を問おうともせずただそう答えた。

 間はあったものの、そこ躊躇いはないように思う。


 トアはルシウスさんに警戒していない。

 それは父親なのだから当然だろ? 俺は何を考えているんだ?

 いや……“警戒”などということを単語を思い浮かべている時点で、俺はこの人に警戒しているのかもしれない。

 トアの両親だからと、俺は相手への理解を急いでいた。

 《両親に会う》からといって、そこに大袈裟な意味はない。だが俺はどこか重ねて考えていて、上手くやらないといけないと、焦っていた。

 その結果が《警戒》だった。それが失礼に値すると分かっていながらも……。

 都合よくはいかないか……。


 だが初対面で相手を信用するほど、俺は馬鹿でもなければお人好しでもない。はずだ。

 だが何の心配もしていない。

 相手が魔王でカサンドラとは明らかに違い、口調やそれらが謎めいていようと、俺はおかしなことに警戒しているにも関わらず、心配はしていなかった。


「ニト、私は部屋に行って――」


「――名前で呼びなさい」


 その時、トアが俺に何かを言いかけるも、ルシウスさんがそれを遮った。


「トア、それから皆さんも、彼のことは名前で呼ぶようにしなさい。マサムネさん? 魔国にいる間はニトと名乗らないことです? それに私は偽名が嫌いだ。自分を隠すくらいなら始めから何もしないことです。それが賢明だ」


 意味が分からない。

 この人が俺の何を知ってそう言っているのかは知らないが、知っていたとしてもそれは魔的通信に書いてあるような、所詮はメディアが……フランチェスカが書いた程度の内容だろう。


 だが先程から俺は、ずっとこんな感じだ。

 この人に何かを言われると、理屈よりも先に何かを感じ取り納得してしまう。


 例えば俺が何か洗脳のようなものを受けているとかそんなことが言いたい訳じゃない。

 ただ言葉の一つ一つにどうも意味があると、俺は頭で考えるよりも先に理解している。


「……分かったわ。マサムネ、私たちは部屋にいるから、また後でね?」


「ああ、直ぐにいくよ」


 トアはリサさんと共に、ネムとスーフィリアをつれて書斎を出た。

 そして俺はルシウスさんと共に残される。


 扉を閉める音が書斎に響き終わり、しばらくして、ソファーに腰を下したルシウスさんは「マサムネくんも座ったらどうだ?」と急に口調を変え、馴れ馴れしく促した。


 俺は言われるがまま向かいの席に座る。

 だが目を合わせてみてもルシウスさんの表情はそれまでと変わらず、また感情は穏やかだった。

 というよりも友好的とすら受けとれるほどに穏やかだ。

 これは魔族流の作法か何かなのか?

 だが俺の疑問を置き去りに、この奇妙な雰囲気の中ルシウスさんは話を始めた。


「カサンドラの死を聞いた時、それが人間によるものだと知った私は、生まれて初めて人に興味をもった」


 ん?……初めて興味をもった?

 確かルシウスさんは種族に拘らない人らしいが……どういう意味だ?

 この人の感情はあまり動きをみせないせいか、読みづらい。

 だがそういった傍から、ルシウスさんは俺が何も話していないにも関わらず、勝手に納得する。


「なるほど……それは誤解だと言っておいた方がいいだろうね? 私は種族に拘らないのではない。ただ興味がないだけさ」


「……興味ですか? それより……」


 不自然な会話だ、いや、これを会話と言っていいのだろうか?


 まず、俺は何も言っていない。

 そして《会話》というものについてだが、時に相手の思うこと先読みして話す者がいる。

 そういう人もいる。コミュニケーション能力に優れた頭の良い人には可能だろう。

 だがこれは……その類のものではないような気がする。

 もっと、何か別の……。


説明は不要だろ、、、、、、、? これはマサムネくんも知っている感覚ではないかと私は推測しているんだが……違ったかな?」


 推測? そんなレベルの話ではない。

 この人は先を読んでいるというよりも、明らかに俺の心の声を読んでいる。


 “拘らないのではない”と言われ、俺は直ぐに『何故わかった?』と声に出さず、心の中で疑問を浮かべた。

 対しルシウスさんは俺の疑問を読みとったように、あくまで“推測”だと付け加えながらも“説明は不要だろ?”と尋ね、これは俺も知っている感覚だと言った。


 ……俺は臆病者だ。もちろん、喉まで出かかっている答えは既にある。

 だがいつも口に出す前に、その言葉が、その考えが正しいのかどうかと、自分の心を疑ってしまう。


「人の心を読めるんですか?」


 躊躇いが駆け巡る中、そう尋ねる頃から俺は迷いを捨て始めていた。

 ルシウスさんの見透かしたような口調。これは相手の心が読める以外にあり得ない。


「ふっ、そうじゃない」


 ルシウスさんは微笑と共に俺の言葉を否定する。


「感情を読んでいるんだよ。マサムネくん、君と同じようにね? この能力は実に稀だ。大陸中を探しても魔族以外にはいない。だけど君のそのおかしな感情の動きを見て一瞬で分かった。“君も私と同じものを持っているのか”とね?」


「でも俺にはそこまで――」


「――その内、慣れてくるさ。だが……その表現は適当ではない。能力は正確に理解することだ。マサムネくん……“人”ではなく、《存在》だよ?」


「存在?」


 ゼファーが言っていた言葉だ。そしてヴェルもそう言っていた。

 そしてカリファさんは言った。

 生命は、《存在》とコクーンと呼ばれる《生命情報》から構成されると。


「私たちが感じているのは、《存在》の持つ感情だ。人に限定されたものではない。人と存在とでは、意味が異なるんだよ。存在とは根源だ。そして感情とは切り離せないもの……」


「存在……」


「徐々にパターンは分かってくる。相手が何故そんな感情をその言葉と同時に抱くのか? そして問いかけられた者が何故こんな感情を抱くのか? その内、慣れてくる」


 また同じことを繰り返すし言うルシウスさん。

 だが、つまりは、《慣れてくる》。

 そう言いたいのだろう。


「だがこれは魔族の、それも魔族の祖であるロゼフ様の直系にのみ遺伝する能力のはずだ。細かく話せば、現代においてはウルズォーラの血の流れた王族にしか宿らない。時に例外はあれど、人間がこの能力を有しているとすれば…………」


 するとルシウスさんは俺の目を探るように見つめた。

 そして分かりにくく薄らと微笑む。

 おそらく何か掴んだのだろう。ルシウスさんの感情を読み取ると、それが分かった。


「それは、《深淵の愚者》しかあり得ない」


 ……流石はトアの父親だ。いや、そんないい加減な理解の仕方では整理できない。


 まず、この人は深淵について知っている。

 それも俺のステータスを覗き、少しばかり感情を読んだ程度で言い当てるくらいに理解している。

 俺の知らないことを、知っている。


「彼らは生命の感情を読み取り理解することが出来る。見抜かれた者はまるで魔法にでもかかったように愚者を信じはじめ、その肥大した存在に魅了されては取り込まれたと、そう記述されている。君がそうだというのなら、頷ける話だ」


 ――見透かされている。

 皇帝ウラノスとも違う。これが魔王か……。


 だが深淵への理解は人間と同様であるように思う。

 王の候補者である当事者の俺たち、、、は、自分たちのことを“深淵の愚者”などとは言わない。その表現を使うのはアダムスの意志を継いだ者だけだ。

 あるいは、ある種無知な者だけ。

 この人は深淵には触れていないのだろう。それは分かる。


「ん? なんだ? 私は何か間違ったか? 私が読み上げたのは、魔族の祖であるロゼフ様の遺された古事記にあったものなんだが……」


 それにしても恐ろしい人だ。

 安易に心も落ち着かせられない。


「そんなことより、君は分かっているのかな? トアもいずれは君に気づくよ?」


 だが俺はここで、それまで何となくでもスムーズに進んでいたように思えたその会話に、引っかかりを覚え思考が止まった。


「気づく? どういう意味ですか?」


「説明は不要だと、そう尋ねただろ? マサムネくん、君は一拍遅れようとも私の言葉の意味に気づくさ。さらけ出すかは別としてね?」


「何となくなら、分からなくもありません。でもそれは“分かる”という表現とはほど遠いものです。慣れれば可能だと言いますが、いくらなんでもそこまで見えるものだとは……流石俺もそうは思えません。はっきり言って、俺はルシウスさんが何を言いたいのかは分かりません。まず“気づく”とはどういう意味ですか? それが分かりません。トアが俺の何に気づくと?」


「…………では、今は知らなくていいとだけ言っておこう」


 なるほど、これが魔王か。面倒臭い。


 おそらくこの感情も読まれているんだろう。

 別に傲慢になっている訳でもないが、それにしても俺の感情を読み取るとは……流石だ。


 もしくはこの能力にレベルの概念は干渉しないということだろうか?

 この能力に関してだが、それはステータスにも表れていない。

 魔力を消費していないことから、魔法ではなくスキルだと考えたことがあるが、スキル欄に表示されない以上そういうことでもないように思った。


「だが、“彼女”はもう気づいているよ?」


「彼女? 誰のことですか?」


 いや……この人は答えない。

 どうせまた“説明は不要”だという先程の言葉を持ってくるんだろう。


「分かっているはずだ。だから私に会いにきたのだろ? 彼女に……トアについて知るために」


「…………」


 なんとなくだ。なんとなくだが…………分かってる。

 この人が何を言おうとしているのかは分かる。


「見れば分かるさ。娘だからね? 感情を読み取る必要もない。トアは君を信頼している。もしくはそれ以上か?……そして、君もまたトアを信頼している。同じくそれ以上だ」


「…………」


「干渉するつもりはない。トアが選んだことだ。だが愛と押し付けは違うよ? 依存の先に進歩はない」


「…………」


「だけど、あるいはその方がいいのかもしれないね? マサムネくんにとっては……その方がトアも気づきにくい。でも……もし彼女とトアが一つになり、君の抱えるその闇をトアが知った時、君の前に今のトアはいるだろうか?」


「……意味が分かりません」


「憶測は大切だよ? まずは考えることだ。だが一つ、君が今もっとも疑問に思っていることに答えておこう」


 ルシウスさんは目の前の卓上を見つめていたその目を俺に移した。


「私はまだ、君を信用していない」


「…………はい」


 その言葉に、俺は深く納得していた。

 その答えに、ルシウスさんは薄らと笑みを浮かべていた。


「ほら? また一つ慣れてきただろ? 今、君は私の理解の範囲をある程度まで理解したんだ。そうやってこの能力は使えば使うほど馴染んでいく。だが深淵と違い、害はない」


 まるで深淵に害があるような言い方だ。


「私から見れば、君は愚かだ。愚かである以外に、今のところ思うことはない。君のその心の闇……その理由までは流石に読めないさ。だが、愚かだ。君の力はおそらく私をもしのぐんだろうね? だけど、君はどうみてもただの人間だよ。人間らしい感情に人間らしい思想。そして、人間らしい行いと……結果だ。分かるかい?」


 考えを整理する傍から畳み掛けるように、ルシウスさんは俺を愚かだと言う。

 だが徐々に、俺はまたその言葉を理解し始めている。


「だから私は興味を持たないんだよ。魔族以外にはね? 特に人間には興味を持たないようにしている。会話すら必要ない。人と関わること自体が間違っているんだよ。では何故関わらないのか? 分かり易く単刀直入に言おう。その理由はストレスだ。君たちは感情をコントロールできない。魔族やドラゴンが最強種だとしても、魔力の質や寿命などたかが知れている。生命の、存在の本質は感情だよ。人間は“それ”を学ぶことに興味を持たない存在なんだ。だから私は人間に興味を持たない。君を……信用しない」


「ふっ……」


 思わず笑ってしまった。

 この人の声には感情がこもっていない。だが冷たさも感じない。

 一ミリも違わず本心なんだろう。だから躊躇うこともしない。


「思い当たる節はあるだろ? 私が何を言っているのかも、いい加減、分かっているはずだ」


 するとルシウスさんはおもむろに席を立つ。


「言っておくが、私は君が何者かなど知らない。君のステータスに関しては名前くらいしか見えないし、世間に出回っている冒険者ニトの情報以上のことは今日、君と直接会うまでは知らなかった。対面した今も漠然としか分かっていない。だが……今の君と同じだよ? なんとなく、、、、、分かる。君が何者なのかがね?」


 そしてルシウスさんは扉へと向かいドアノブに手をかけ、


「だが、トアは君を好いている。そうなると私も興味がないなどと言ってはいられない。不本意だが……これも仕方がない」


 そして俺の方へと振り返った。


「話は終わりだ。深淵についてはまた今度はなそう。トアと君の関係については、少し様子を見させてもらう。人間の……それも深淵に娘を託すなど、そう簡単に決められることじゃない」


 俺は誘導されるまま席を立ち、部屋を立ち去ろうと扉へ足を進めた。

 これ以上なにかを聞いたところで、この人は何も話さないだろう。

 それがなんとなく、、、、、だが分かった。


 だがルシウスさんは、


「トアを守ってほしい」


 扉の前で目も合わせずそう言った。


「俺を、信用してないんですよね?」


「信用はしていない。だが……あの子にとって君はもう必要な存在だ」


「存在ですか? それは、どっちの意味ですか?」


「両方だ」


 俺は部屋を追い出され、、、、、、そして扉はしまった。


 かき乱すだけかき乱され、結果、何も得られるものはなかった。

 説教じみた長い言葉。

 信用できないがトアを守ってほしい。最後は、様子を見るか……。


 扉の前で深くため息をつき、俺は深呼吸もしないまま、廊下の先へ歩き出す。


 結局のところ、ルシウスさんは俺を知らない。

 ただ、それだけのことだ。


「ふっ……言われなくとも守って見せるさ」


 あの未来は実現しない。必ず守って見せる。


「どんなことをしてもだ」


 それが例え愚か、、であっても。







 ――魔王の書斎。

 ルシウスは窓際に立ち、政宗たちが訪れる前のように外を眺めていた。


 そこから見えているのは魔王城の塀の外――その森林の中にある湖。

 ――《起源の湖》だ。

 その向こうには政宗たちがここへ来る前に訪れた魔族の町も微かにだが見える。

 ルシウスはこうして、よくここからそれらを眺めている。


 だがその目に動きはなく、彼が何を考えているのかは分からない。

 政宗が感じたように、その感情は冷たくもなく無感情なのだ。

 だが当然、感情はあるだろう。

 だからこそ、彼はその湖を眺め続けているのだ。その後悔を忘れぬように。


 ――その時、不意にルシウスの表情が変わった。

 何かを思いだし気づいた時の表情というのは、人間であれ、魔族であれ、変わらないものだ。

 その表情には確かな驚きと戸惑いがあった。


「…………マサムネ、だと?」


 そして不意にルシウスは呟く。

 その表情には彼らしくない揺らぎが見え、明らかに混乱している様子だった。

 目を見開き、意味もなく床や天井を見渡している――動揺だ。

 ルシウスは今、激しく動揺していた。


「まさか…………いや、それはあり得ない……」


 彼は何を思いだし、何に驚いているのか? だがそれはルシウスにしか分からない。


 ルシウスは直ぐに口を閉じ、自分で自分を混乱させないように漏れる言葉を抑えた。

 だが瞳はまだ揺らいでいる。


 そして後悔の逃げ場でしかないように思えたその窓の向こうを眺め、偶然思い出したその記憶に戸惑う。


「あり得ない…………君は、一体……」

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