第243話 依存する片想い

 魔力を頼りに城内を歩いていると、視界に開けっ放しの扉が映った。

 その時点で何やら楽しそうな騒ぎ声が聞こえ、俺はそれがトアの声だと直ぐに分かる。

 もう一人はネムか? 


 ルシウスさんに説教、、をくらったせいか、それが何故か新鮮というか、いつも以上に微笑ましく感じ、薄っすらと笑みを零しつつ俺は部屋へ顔を出す。


「ご主人様!」


 最初に俺を見つけたのはネムだった。


「凄いのです! トアの部屋はとっても豪華で広いのです! ピクシーもたくさんいたのです!」


 どうやらここはトアの部屋らしい。

 そう言われ中を軽く眺めてみると、確かに広い。

 そして華やかで、ネムの言う通り豪華だった。


 お姫様仕様とでも言えばいいだろう。頭の中にその言葉が浮かんだ。

 白いシャンデリアに、お姫様が一人で寝るにはどう見ても大きすぎるほどのベッド。

 部屋の半分に相当するだろう床を隠すじゅうたん――おかしな模様が描かれている。

 そして大きな窓の外には広々としたバルコニーだ。バーベキューは嫌いだが、余裕で出来る程に広い。

 俺の目に入ってきたのは大体そんなところだ。


 だが一つ気になったものがある。

 それは部屋のあちこちに浮遊する小さなベッドだ。

 まさかトアが寝る訳でもないだろう。小さすぎる。一体、誰のベッドなのか?


「あれはなんだ?」


「あれはピクシーのベッドなのです。さっきまで一杯いたのです」


 ピクシー……確か、トアの友達だったか?

 トアは城に監禁、、されていたころ、ピクシーとメイドのリサさんくらいしか話し相手がいなかったと言っていた。

 そのピクシーのことだろう。妖精か……俺も見てみたかった。


 そんなことを考えていると、皆はもうここには用がないのか、


「これから姉さまに会いにいくんだけど、マサムネもくるわよね?」


 トアを先頭に部屋を出るらしい。


「姉さま?」


 ああ、そういえばトアには姉がいるんだったな。


「その……マサムネ様でよろしかったでしょうか?」


 そこへ話を遮るようにスーフィリアが問いかけてきた。


「え?」


 そう言えばまだ説明をしてないんだった。

 ルシウスさんは唐突だったからなぁ。


「ああ、マサムネでいいぞ? ルシウスさんはその理由を説明してくれなかったけど、ここではニトと名乗らない方がいいらしいから、とりあえずマサムネにしておこう」


「では改めましてマサムネ様? 女性の部屋へ断りもなしに入ってはいけませんよ?」


「え?……そっ……」


 そんなことか?――と言おうとするも、スーフィリアは先に部屋を出る。

 何故かは知らないが機嫌が悪いようだ。

 そう言えばスーフィリアは魔国へ転移する前から機嫌が悪かった。

 いや、もっとその以前からだ。体の調子でも悪いんだろうか? 


「トア、ロザリアなら今日は帰らないとさっき連絡があったわよ?」


 すると話が聞こえていたのか廊下からエレクトラさんが顔を出す。


「え? 帰らないの? どういうこと? また仕事?」


「トア、ロザリアは忙しいのよ? がまんしなさい」


 子供をあやすように言い聞かせるエレクトラさん。


「その内また帰ってくるわ。それよりも長旅で疲れたでしょ? 少し早いけど、今日はもう休みなさい」


「え? でもまだ昼よ? それにまだ全然疲れてないし」


「トア? あなたは元々体が弱いんだから、今日はもう休みなさい。町へ行きたいなら明日でも大丈夫でしょ?」


「町って、行ってもいいの? だって父様が……」


「ええ、ルシウスがマサムネくんを連れていくのなら許すと言っていたわ。マサムネくん、トアをお願いできるかしら?」


「それはもちろん構いませんが……そんなことより、もう寝るんですか? 早過ぎませんか? だってまだ……」


 外はまだ明るい。寝るにはどう考えても早過ぎる。どういうことだ?

 だがまったく分からないということでもない。

 エレクトラさんはトアに言ってるんだ。

 おそらくトアの体のことと何か考えあるんだと思うが……。


「そう。あの人はまだあなたに説明していないのね?」


「……」


 説明とはトアについてだろう。そんなことは分かっている。

 だが、分からない。


「私から話せることはないわ。でも一つだけ伝えておくことがあるとすれば、それはスキルについてね? あの人は分かり切ったことは聞かないし言わないから、おそらくマサムネくんは正確にはまだ知らされていないでしょうけど、私たち魔族は王族の中でも、直系には相手のステータスを覗くことのできる《真実の魔眼》が宿るのよ?」


 そうだろうとは思っていた。俺としてはトアの御両親のステータスを断りもなしに覗くのは失礼な気がしたから、ルシウスさんのものについても見ていない。

 だがエレクトラさんは見ただろう。だから《ニト》が偽名であると分かったんだ。

 もちろんルシウスさんも見ているはずだ。

 だからこそ偽名であることを言い当てられたのだろう。だがその中身についてはウソか本当か、名前くらいしか確認できなかったらしいが。


 だがあの異常な情報収集能力の理由はそれだけじゃない。

 ――《感情感知》だ。むしろそれが最も重要な理由だろう。

 ルシウスさんは能力について“君と同じだ”とそう言っていたが、俺は数分対面しただけであそこまで相手の考えていることは分からない。

 それも“慣れる”らしいが、そんなことが可能なのか?


「《真実の魔眼》ですか……そういえばトアも持ってましたね?」


「姉さまも持ってるわ? それに姉さまは父さまと同じくらい相手の感情を読み取れるのよ?」


「先ほどから何を話されているのですか?」


 すると部屋を先に出ていたはずのスーフィリアが興味を持ったように入ってきた。


「魔族の能力について話してるんだ。どうやら俺の持つ力は魔族の力と似てるらしい」


「似てるというよりも同じね? マサムネくんは《真実の魔眼》をどこで手に入れたのかしら?」


 なんでも分かっていたはずのエレクトラさんは何故か俺にスキルの出所を尋ねた。

 少し話した程度だが、多分、この人はルシウスさんみたいに《感情感知》を使えないんじゃないだろうか? そんな気がする。いや、おそらくそうだろう。


 《感情感知》を使える人と話したのはルシウスさんが初めてだが、これを使える者というのは独特な話し方をする。思うにエレクトラさんは普通だ。

 《真実の魔眼》は分からないが、《感情感知》はそれよりも稀なものなんじゃないだろうか。

 直系には《真実の魔眼》が宿る。つまりエレクトラさんも直系な訳だ。

 だがこの人は《感情感知》を持っていない。


「ダンジョンで手に入れました。魔物でしたっけ? そいつはマッドアイと言って、知能を持ち言葉を話していました」


「そう、ダンジョンで……よく生きて帰ってこられたわね?」


「ダンジョンなら私も言ったわよ? マサムネと一緒に」


 その時、エレクトラさんの表情が一変し、部屋の空気が変わった。


「マサムネさん、どういうことかしら?」


「え?」


 俺は思わず苦笑いで誤魔化してしまう。

 というのも、藍色だったはずのエレクトラさんの瞳が赤く光っているのだ。


「トアをダンジョンへ同行させたというのは、どういうことかしら?」


 以前、手鏡で自分の目を確認したことがある。

 エレクトラさんのこれは深淵の瞳ではない。

 エヌマサンの小人族――トム、サム、ディーンが生まれつきに持つ赤い瞳とも違う。

 魔族特有のものか? だが感情の高ぶりに呼応して現れるというのは、どうも深淵を思わせる。


 するとエレクトラさんの感情が徐々に穏やかになるのが分かった。

 そして深いため息をつき、その頃には瞳も藍色に戻っていた。


「カサンドラが亡くなって以降、冒険者ニトに関する情報をすべて調べたわ。もちろんあなたがダンジョンを攻略したということも知っています」


「すみません」


「すみません? そう、少なくとも悪いとは思っているのね? でも、何について悪いと思っているのかしら?」


「ダンジョン攻略にトアを巻き込んだことは申し訳ないと思ってますが、あの時は帝国に目をつけられていたこともあって、傍を離れる訳にもいかなかったんです」


 というのはハッタリだ。俺自身が帝国に狙われていると知ったのは挑戦する直前のことであり、その以前から俺はトアたちをダンジョンに同行させるつもりだった。

 それほど危ない場所だとは思っていなかったし、結果的にも危ない場所ではなかった。


 だがトアは当初嫌がっていた。それを無理やり説得したのは俺だ。

 ついて来るしかない流れを作ったのは俺だ。それが申し訳ない。

 だが、そんなことを言える訳もない。


「母様、やめてよ! ダンジョンは私が行きたいって言ったのよ?」


「それとこれとは別です! ダンジョンに関わるなんて……生きて帰ってこられただけでも不思議なくらいなんだから」


「でも……ネムも一緒にいったのです……」


「わたくしもご同行させていただきましたが、危ない目にはあっておりません」


 フォローしているつもりなのだろうが、出来ればネムとスーフィリアには黙っていてほしかった。

 一度静まったはずのエレクトラさんの感情が、さきほどよりも明らかに膨れ上がっている。


 魔族にとってもダンジョンは危険だという認識なのだろう。

 高ぶったエレクトラさんの感情からは、ダンジョンへの偏見と認識が窺えた。

 これもつまりは“慣れた”ということなのだろうか?

 だがこの分析が正解だとどう判断する? ルシウスさんは断言するかの如く納得していたが…………まあいい。この件はおいておこう。


「とにかく、今後はトアを危ない場所へは連れていかないと約束してください」


「……はい。約束します。トアを危険には晒しません」


 そもそもそんなつもりはない。

 それに結果論であれ、ダンジョンへは同行させて正解だった。


 だがエレクトラさんは俺の言葉に返答せず、そのままトアを連れてどこかへ行ってしまった。


「ご主人様?」


「マサムネ様……」


「俺のことはいいから、二人はトアの傍にいてやってくれ。今日はもう休むらしいから。リサさん、二人をお願いします」


「もちろんです」


「マサムネ様はどうされるのですか?」


スーフィリアは俺を心配している様子だった。


「俺は……少しやることがある」


「さあ、ネム様、スーフィリア様、行きましょう」


 二人を残し、母親に連れられていくトアを横目に、俺はみんなとは反対の方向にある玄関口へと一人向かう。


 去り際、スーフィリアがもう一度小さく俺の名を呼んだような気がしたが、振り向くともうスーフィリアはその場を離れていて、俺は気のせいだと判断する。


 だがその後も心に何かが引っ掛かり続けていたのは、スーフィリアの何かを感じ取ったからだろう。俺は少しずつだが、慣れはじめていた。







 ネムはまだ幼く、トアはあの方の想いを理解しない。

 けれど、あの方はトアを求めている。それは……分かっています。


「スーフィリア様、どうかされましたか?」


「え?」


「浮かない顔をされていますよ?」


「いえ……お気遣いなく。わたくしは大丈夫です。ありがとうございます」


 まさか魔王城の廊下を歩く日が来るとは、想像もしていませんでした。

 これもすべて、あの日、わたくしをお救いくださったあの方のおかげです……すべては、あの方のおかげ……。


 だからこそ、わたしくしはあの方の重荷を解いてあげたい。

 ――あの方の笑顔を取り戻すために。


 初めてお会いした時、わたくしは特にあの方へ何の想いもなく、何も感じませんでした。

 ドラゴンを追い払ってくださったあの方の表情は、どこか脳天気にも見え、毎日を束縛された空間で生きていたわたくしには、不愉快に思えただけでした。


 ですが次にお会いした時……あの日、あの方がわたくしに剣先を向けたあの時、あの方は、わたくしも知っている表情をされていました――それは、惨めです。

 とても惨めな表情をされていました。そして、同時に怒ってもおられました。

 わたくしはあの方が何に怒っておられるのか、それが分かりませんでした。


 けれど……あの方に救われ、そして、少しずつあの方を理解していく中で、それが少しだけ分かってきました。

 理解すれば理解するほど、あの方もまたわたくしと同じなのだと、そう実感することができました。

 そして、わたくしはその時から、あの方にそれ以上を望んでいたのでしょう。

 そんな時でした。

 わたくしには、あの方の表情が徐々に暗いものへと落ち込んでいくのが分かったのです。

 わたくしは、ただ見守っていました。何もできず……。


 あの方は今も同じ表情をされています。

 同じ……暗い目をされています。


 あの日、初めてお会いした時に見た、あの瞳の輝きはもう、今のあの方にはありません。


 あの方は多くを語らず、すべて自分一人で背負いこみ、それが重荷であろうとも抱え込むおつもりです。

 誰の助けもお求めにはならないおつもりです。


 わたくしの助けも……お求めにならないでしょう。


「スーフィリア? お腹が空いたのですか?」


「え?……いいえ、わたくしは大丈夫ですよ」


「……そうなのですか?」


 ネムはまだ小さく、あの方の背負っている重荷を感じ取ることはできないでしょう。ですが、わたくしには見えます。


 わたくしだけが、気づいてあげられる。

 そうです……わたくしが、あの方の重荷をといてあげなければ、いけないのです。


「母様! なんでマサムネを怒るのよ! あれは私が自分で行きたいって言ったのよ?!」


「それを許したのは彼でしょ? 十分な考えだったとは思えないわ」


 とある部屋の前で、トアとエレクトラ様が先ほどの口論の続きを再開していた。

母と子……仲睦まじく、それは結構なことです。

 あの方もお喜びになることでしょう。わたくしはそれはあの方の望みだと理解しています…………。


「…………」


 あの方を支えられるのは……わたくししかいません。

 わたくしのこの命は、あの方のものです。

 誰かが助け、支えなければ、あの方はきっと破滅されてしまうでしょう。

 あの方の重荷に気づき、解いてあげられるのは……わたくししかいないのです。


 すべては……あの方の笑顔のために……。

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