第五章:【支配されし姫と臆病者】

第241話 大森林の魔王城

 さかのぼること数日前。

 これは政宗一行が猫の獣人リサの転移魔法によりダームズアルダンを離れ、その後、魔国ウルズォーラへ到着して直ぐの話だ。


 聖国グレイベルクから北に向かって始まりの町ミラを通り過ぎると、一面に見える大森林と呼ばれる木々に囲まれた広大な地がある。

 そして大森林に入り北東へ抜けた場所に、この、魔国ウルズォーラはあった。


「魔王の住む土地と聞いていたので、なんかもっと空気とかがどんよりしているのかと思ってましたけど、意外と普通ですね? 魔族って名前に似合わないというか、どちらかと言えばエルフが住んでそうな感じがします」


 政宗たちが歩いているのは魔国ウルズォーラの市街地だ。

 辺りには人間の国とさほど変わらない住居や店が広がっている。

 建物の仕様も人間の物とそれほど大きく違う点もない。

 だが違う点があるとすれば、その町全体を大森林が囲んでいることだろう。


 無数の大木が集合した森の真ん中に作られた国であることから、町の至る所には大木が見え、そこには何層にも連なったツリーハウスのようなものが見えていた。

 そして大木の足元――根っこの部分にも、またそれぞれ建物が並んでいるわけだ。


 少し見上げてみると、木と木の間には橋が築かれていた。

 その都度おりずとも、木の上層から隣の木へ、そしてまた隣の木へと移動するための手段だろう。

 それらが空を遮り、木々の間から零れる日差しがこの町全体を照らしていた。


「そうですね。気候も比較的安定していますし、人間の国の方がよほど個性的だと思いますよ」


「な、なるほど……」


 とは言いつつもリサ自身、魔国以外の国についての知識はさほど深い訳ではない。


 そして政宗にしてみれば、普通だと言ったのは地に面した店や住居に関してのみであり、上に広がっているそれらは個性的以外の何ものでもなかった。


 すると町の様子を窺っていたネムがあることに気づいた。


「ネムと同じ猫族がいるのです?」


 正確には分からないため疑問を交えつつ指差すネム。

 するとリサが解説した。


「魔国でも獣人が住んでいるのはウルズォーラの領地のみです。シャステインやラグパロスには魔族しかいません。ですからあまり近づかないでくださいね?」


「……はいなのです」


「そう言われても場所なんて分かりませんけどね?」


「機会がありましたら、またお教えしますよ」


 いつまで眺めているつもりなのか、上空のツリーハウスに目を奪われたままの政宗。

 どうやら気に入ったらしい。


 そんな政宗の横顔を見つめ、小さく微笑んでいるトア。

 トアにとってこの町は久しぶりだ。


 何故ならトアは、その幼少期のほとんどを城の敷地内だけで過ごしていたのだから。


「ですがその前に一つお伝えしておくことがあります」


 するとそんな政宗に対し、改まったようにリサは話す。


「三つの国と三人の魔王により治められた魔国ですが、同じ魔国だからといって、決して同じだとは思わないでください」


「どういうことですか?」


「それぞれ思想が全く異なるのです。寛大なお方はルシウス様だけです。亡きカサンドラ様や、特にラグパロスのイグノータス様は、魔族以外の種族を認めていません」


 どうやら魔王カサンドラの死は魔国にも伝わっているらしい――と、政宗はこの時はじめてそれを知った。


 あの日、政宗は魔族を一人残らず殺したはずだが、打ち漏らしがあったということだろうか?

 でなければ魔王の死が知れ渡ることもないだろう。

 だがその答えは分からず、政宗も今はあえて尋ねない。


「シャステインやラグパロスでは獣人に対する理解がありません。そして、特に人間に対しては《劣等種》だからと、その臭いさえも拒まれます」


「魔族は鼻がきくんですか?」


「ものの例えとでも思ってください。ですが実際にそういった些細な部分にさえ嫌悪感を示す者はおります。それに人間のみで言えば、差別はウルズォーラにもあります。もちろんルシウス様は気にされていません、寛大なお方ですから。ですが国民が皆そうかと言われれば、そうではないのです」


「……差別って、どこにでもあるんですね」


 するとそう呟く政宗の隣で、何故か申し訳なさそうに俯いているトア。


「その……ごめんなさい。私もよく知らないの……城から出たことがなかったから」


「別にいいよ。そんなに驚いてないし人間が劣等種なのは間違ってない。それに俺だって人間は嫌いだからな? 多分だけど、そういう歴史かなんかがあるんじゃないか? リサさん、そういうことですよね?」


「……どうでしょうか? 確かに大昔には、人間と魔族の戦争は頻繁に行われていたようですが……そういったお話しはルシウス様がお好きでないので、あまり公にはなっていんですよ。もちろん望めばそういった歴史を記した書物も手に入ると思います、特に規制もありませんので」


「それは、本当ですか?」


 するとリサの最後の言葉が引っ掛かった様子のスーフィリア。


「本当とは?」


 リサはその問いの意味が分からない様子だ。


「規制がないとは本当ですか? 普通はありえません。国である以上は公開できないものもあるでしょうし、いくら寛容とは言えど、限度がないのは愚かというものです」


 傍にトアがいるというのにはっきりと魔王ルシウスの悪口を言って見せるスーフィリア。


「おいスーフィリア、トアがいるんだからよせよ」


「ニト、大丈夫よ。別に気にしてないから」


 すると反省したように俯くスーフィリアは、「……申し訳ありません。言葉を間違えました」と続けた。


「規制がないというのは本当の話ですよ? 魔王城にはそういった歴史書やグリモワールと呼ばれる魔術を記した書物などを納めた大書庫があります。そこは申請さえすれば一般市民でも旅人でも、誰でも利用できるんです。とは言っても、ウルズォーラの国民はあまり興味を示しませんが」


 どうやら魔王城の中にあるというその大書庫だが、ごくたまに訪問客が利用するらしい。

 だが魔国に近づくものがそもそも少ないため、結果的には誰も利用していないのだそうだ。


 リサの話をへて、政宗はトアの父親についてのイメージを変えた。


「人間も獣人も拒まない魔王……トアのお父さんは、変わった魔族なのかな?」







 気づくと市街地を抜け、俺たちはどこまでも続く森の中にいた。

 そこは大木のない、どこにでもある一般的な森だ。

 わざわざ大森林に来なくても見られるような、どこにでもありそうな雑多な木に囲まれている。


 樹海と言うのだろうか? 辺りで誰かが首をつってそうだ。


「ニト様、そちらは違いますよ?」


 するとリサさんの声が聞こえ、俺は道が突然二つに分かれていたことに気づいた。


 分かれていると言っても誰かがよく通るのか、地面の土が抉れ自然な通り道があり、それが二分しているだけだ。


「ああ、すみません。ちょっとぼ~としてました。ちなみにこっちには何があるんですか?」


「そちらは……」


 リサさんの目線が不自然に俺から別の場所に移り、説明が途切れた。

 俺はその視線の先を追う――そこには森の先を一人見つめるトアの姿があった。


「トア? 何してるんだ? そっちは違うらしいぞ?」


「……う、うん」


「トアトリカ様、先に進みましょう。もう直ぐ魔王城です。ルシウス様がお待ちですよ?」


「うん……そうね」


 トアは何が気になったのか、その道の先に何故か興味を示している様子だった


「リサさん、さっきの話ですけど、あの先には一体何があるんですか?」


「……湖です」


「湖?」


「はい……最初の魔族ロゼフ様が生れたとされる、起源の湖です」


 最初の魔族か……トアはそれが気になったのか?

 後ろを振り向き様子を窺うと、トアはどこか落ち着きがないように思えた。


「トア、あの先には湖があるらしいぞ? 知ってたか?」


「え?……知らないわ。どうして?」


 トアは”知らない“と首を振り、そして不思議そうに聞き返す。


「いや、何か気にしてるように見えたから……今度、一緒に行ってみるか?」


「ニト様、申し訳ありません」


 するとトアと俺の会話をリサさんが遮った。


「はい?」


「起源の湖への立ち入りは禁止されているんです……」


「ああ、そうなんですか。それは残念ですね」


 なんだろうか? このおかしな会話は……。

 なんとなくだが、漠然とした違和感を覚える。

 “規制はない”と、隠し事のない国だとそう言っていたはずのリサさんから、何かを隠しているようなそんな雰囲気を感じた。


 感情を探ってみると、何故か暗いものを感じる。これは……悲しみか? 何だ?


 俺は森を歩きながら、しばらくそればかり考えていた。

 普通ならそれほど引っ掛かるようなことでもない。

 でも俺は何かに違和感を覚えている。

 トアの様子を見て突然に声のトーンが変わったリサさんについてか?……分からない。


「トアの問題と関係のあることですか?」


「え?」


 俺は気づくとそう問いかけていた。

 するとリサさんはまるで図星をつかれたように目を見開き、言葉を詰まらせる。

 感情も酷く動揺している。


「……そうですか」


 つまり、そういうことだ。

 リサさんは何かを隠している。


 どうやらトアについて、俺にはまだ知らないことがあるらしい。

 多分だが、この人はそれを知っているんだろう。

 トアの話によれば、この人はトアの傍にずっといたらしいじゃないか。

 まあ、普通に考えて知らない訳がないか?

 数ヶ月しか一緒にいない俺ですら気づいたんだ。


「話せないことですか?」


 俺はできるだけトアに聞こえないように、リサさんの近くで問いかけた。


「それは……ルシウス様に伺ってください。私から申し上げることはできません」


「…………そうします」


 感情を呼んでいるからだろうか? 返ってくる答えは大体分かっていた。


 木々と草木に囲まれただけの慣れない土地を歩き、特にそれ以上の会話もないまま、俺たちはただひたすら歩いた。


 すると目の前に大きな門が見えてきた。

 素材はおそらく違うだろうが、鉄でできたような黒い門だ。

 それは魔王城の門に相応しい派手な装飾の施されたもので、両脇には何かのモンスターを模った像が立っていた。

 門自体にも見慣れない模様が描かれている。

 中央に何かの尻尾を模ったような立体的な模様が描かれており、その尻尾を両断するように門は開かれ、俺たちは敷地の中へと足を踏み入れた。


 それにしても、中央にただの尻尾が描かれているといのもおかしな感じだ。

 この尻尾には何か意味があるのだろうか?


 そして両脇を緑で整えられた直線状の通路を進み、玄関口へと辿りつく。

 すると扉を開けようとしたリサさんがそこで躊躇うような様子を見せ、俺たちの方へ振り返った。


「はぁ……中へ入ったら、私から離れず黙ってついてきてください。まずはルシウス様の書斎へご案内いたします」


 俺たちを連れてきたことを後悔しているのか、リサさんの面持ちは深刻そうだった。


「分かりました。黙って付いて行きますから安心してください」


「ありがとうございます」


 そしてリサさんは玄関の扉を開ける。

 すると目の前に、いきなり人の姿が見えた。

 と言っても人ではないだろう。

 ただそう表現する以外になかったからそう言っただけだ。


 その人は体型のはっきりと見える軽やかな黒いドレス姿に、トアと同じ薄いピンク色の髪をしていた。

 対校戦の晩餐会でみたトアを思い出す。


 トアと同じで肌も透き通っており綺麗な人だ。

 ふわりとウェーブのあるその長い髪は、魔族的な色気を醸し出しているように感じた。

 魔族的とは……俺も良く分からないが、とりあえず人間離れした色気を感じた。

 そして両手を前で揃え、優しく微笑み何の警戒心もなしに、俺たちを迎えてくれているかのように見つめていた。


「母さま!」


「トア!」


 すると急に後ろからトアが現れ、感動の再会と言わんばかりに目の前の女性の豊満な胸へとびついた。

 二人は抱きしめあい、互いに何度も見つめ合っていた。


 ん?……母さま? ああ、なるほど。この人はトアの母親か、確かに似ている。


「エレクトラ様、申し訳ありません。その……」


「お帰りなさい、リサ。それからお勤めご苦労さま、トアを連れて帰ってきてくれたのね? 大変だったでしょ?」


「いえ! そのようなことは……」


「いいのよ気にしなくて、あの人は全部分かっているから」


 全部?……どういう意味だ?


「あなたは冒険者のニトさんね? 私はエレクトラ、トアの母親です」


「え?……はい、そうです。初めまして、ニトと申します」


 まだ名乗ってすらいないのに急に名を呼ばれた。何で知ってるんだ?


「それからそちらの方々は……」


「ネムはネムなのです!」


「スーフィリアと申します」


「そう……見たところネムさんは猫族で、それからスーフィリアさんは人間ね? ニトさん、あなたも人間ね?」


「そ、そうです……」


 ん? どっちの意味で尋ねてるんだ? 人間だとマズイってことか?


「警戒しなくても大丈夫よ。あの人は種族にこだわりを持たないから」


「あの人……とは、一体誰のことですか?」


「この国の魔王よ。私の夫にしてトアの父親。さあ、そんなことより紹介はこのくらいにして、私について来てもらえるかしら? あの人のところへ案内するわ」


 何だろうか……不思議な人だ。

 目ははっきりとした力強さを感じるのに、口調はおだやかで優しい。

 感情を読んでも敵意がない。


 それから俺たちは城の中をエレクトラさんに案内されながら、あの人、、、のところまで連れて行かれた。


 魔王の城は俺が思っていたイメージとは違うものだった。

 外装に比べ、中はかなり明るい。

 明るいというのは照明の数を言っているのではなく、色合いが華やかなのだ。

 俺はてっきり、灰色のタイルが床にも壁にも天井にも敷き詰められているのかと思っていた。

 確かに外装はそんな感じだったが、中はまったく違い、長くだだっ広い廊下には赤い絨毯じゅうたんがしかれ、壁は優しい白で、エレクトラさんの趣味かどうかは分からないが、色鮮やかな花などがいくつも飾られていた。

 そして窓が多く、木漏れ日に照らされた廊下は明るい。


「ここよ」


「え?」


 すると唐突にそう答えるエレクトラさん。気づくと、そこはとある扉の前だった。


「彼が中で待ってるわ。トア、ちゃんと謝っておくのよ? 心配かけてごめんなさいって?」


「うん……分かった」


 これが城でのトアか……新鮮に思うのは俺だけか?


「それからニトさん、あの人には偽名ではなく本名を名乗ることをお勧めするわ」


「え?」


 だが俺の問いはゆっくりと豪快に開かれた扉の音にかき消される。

 すると部屋の中から光が零れ俺は一瞬目を瞑ったが、慣れてきたころ、部屋の中――その窓際に、一人佇む黒いタキシード姿の《あの人》が見えた。


「ルシウス、トアを連れてきたわ。それからこちらは、トアを守っていただいていた方がたよ」


 黒い髪をオールバックに固めた魔族。

 肌は白く、眉毛がない。そして瞳は青く透き通っている。


 丈の長い変わったタキシードに身を整えた貫録あるその魔族が、こちらを窺っていた。


「おかえり……トア」

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