第234話 マネキンとは違う感性

 アマデウスの体から溢れ出る影。

 それらが多方向から襲いかかると、政宗は《執行者の斧》を構える。正面から襲い来る連続した二つの鋭利な影を跳ね返した。斧を頭上で回転させ、上から襲う影をも防いだ。


「ニト殿、援護いたそう!」


 気合の入ったブラームスの声。ニトの登場に勝機を見出したのだ。


「私のことを覚えていたんですか。それより、手を出すのは構いませんが、ご自身の身はご自身で守ってくれださいね」


「もちろんだ」


「もちろん、ですか。簡単に言いますね」


 休まる隙を与えない影の攻撃を、斧ではじき返しながら、政宗はブラームスの様子を嗤った。


「アマデウスさんのレベルを、あなた方は理解しているのですか?」


「レベル? まさかお主にはあ奴のステータスが見えるのか?!」


「見えますが?」


 それが何か?――と見下すような政宗。ブラームスの驚くさまを鬱陶しく感じていた。それは参戦しようと大太刀を抜いたジークに対しても同じだった。

 一条がいるばかりに、丁寧な、敬語のキャラを演じなければならない。それが何よりの、調子の狂う原因だった。うんざりして溜め息をつくも、仮面の下のことで誰にも伝わらない。


「ジークさん、言っておきますが助けませんよ。アマデウスさんのレベルは1000以上。正直、彼が本気になればあなた方などデコピン一発で血の霧に変わってしまう」


 ジークとブラームスの足が止まった。

 冗談かと疑いもした。大げさな表現かもしれない。だがこの状況で、ニトが嘘を言うとは思えない。

 いずれにしろレベルが1000以上というのはありえないことだった。

 40もあれば世界中から尊敬される。50もあれば英雄だ。60あれば、その者は神と呼ばれ、未来永劫あがめられることになるだろう。


「お喋りはそのくらいにしたらどうだ。それとも私の相手ができないか、英雄ニト」


「あなた如き片手でどうにでもなりますよ」


「粋がっているところ悪いが、邪魔ならその二人、先に始末しようか? その方が戦い易いだろ? どうやらお前はその二人を庇っているようだからなぁ」


 アマデウスの視線にジークとブラームスの鼓動がはやくなった。


「人間の仲間など作るから弱くなるんだ。能無しは切り捨てろ。人間との共存など、我ら候補者にとってあり得ぬ話」


 政宗はアマデウスの言葉を流す。打ち付ける影さえも流す。

 そこで一旦距離をとった。

 すかさず政宗の前に出るブラームス。

 話を聞いていなかったのか、と思った政宗だったがブラームスを止めるようなことはしない。


「ニト殿、次は我とジーク殿でいく。ジーク殿、援護を頼めますかな」


「ああ」ジークの返答には間があった。


 怖気づいたという訳でもない。ただジークは戦うことに拒絶感があった。アルフォードの胸にうなだれたままのエリザが気になる。冷静な判断をくだすなら、皆んなをつれて逃げるのが正しいだろう。そう考えている。


「イチジョウ、お前はエリザを頼む!」


「はっ、はい!」


 はっとする一条。慌ててエリザの元へ駆け寄っていく。


 ブラームスとジーク。それぞれの刃がアマデウスへ襲いかかった。

 アマデウスは高らかな笑いながら対応する。


「浅はか。安易に安っぽいウマを合わせ、その場しのぎの仲を取りつくろう。お前たち人間のその馴れ合いにはつくづく吐き気がする。歪む表情すらもうなくなってしまったよ」


 仮面の口元――乱雑に生えた牙を指でなぞり、赤い瞳を二つ穴から覗かせるアマデウス。食べてやると言わんばかりだ。

 弱者がやれば、ふざけた演出だ、と一蹴りされるだろう。だがアマデウスではしゃれにならなかった。

 二人は今にも食われそうな思いだった。


「それこそが人間の強みだ!」


 ブラームスは叫んだ。アマデウスへ稲妻の槍を放り投げながら。


「我らは互いの理念と、その意志のもと力を合わせ、時に持てる以上の力を発揮することができる。それが、それこそが人間なのだ!――」


 言葉にかぶせ「違ぁああああああああああう!」と激昂するアマデウス。その叫びと共に、ジークとブラームスへ風圧が押し寄せた。

 ブラームスの稲妻の槍は、つまようじのように軽く散った。共に勢いに呑まれ、二人はその場で膝をつく。


「お前らとは感性が違うんだよぉお!」


 訴えかけるようが戦場に響いた。

 体が前のめりになりながら怒りにふるえている。こらえている。

 腕を広げた。両手の指先の骨がボキボキと鳴っている。歪に動いている。怒りを抑えるようだ。だが治まらない。


「人間の在り方?……。その気色の悪い思想を俺様に押し付けるな。お前らとは違うんだよ。根本。いや、根源が違うんだよ。何もかもが違うんだ!」


 アマデウスは自身の心臓の位置を示すように胸を強く叩く。


「このそよ風を感じるその感覚さえも、それを味わうことできるその感性すらも、お前たちとは違う。お前らはマネキンだ。精巧に人を模して造られたマネキン。お人形はそれらしくしていろ。分かったらもう口を開くな」


 目の前の人間二人を指で切るように、右手を振り払い、


「平然と生きた目をしやがって。喉と肺が潰れるまで嘲笑ってろ」


 左手の親指、人差し指、中指で喉を握り潰す様なジェスチャーを交え、「眼球が裏返るまで見下してろ」と吐き捨てる。その左手で左目元をなぞり、抉るような力強い仕草で憤慨した。


 二人には、アマデウスという者が異常者にしか見えなかった。


 気が済んだのか、静かになるアマデウス。力が抜けたように両腕がぐったりと体の横で落ちている。

 ジークは「なんだ?」と首を傾げる。

 アマデウスが落ちた着いた様子で、ゆっくりと話し始めた。


「アルフォードに免じて、ジーク、お前たちは見逃してやる。だがブラームス、お前にはここで死んでもらおう。守護者の役目もここまでだ。精霊王、巻き込まれたくなければ今の内に契約を破棄しておけよ?」


「気安く、話しかけないでくれるかしら」とボルートは強気だ。声色は、まったく怖気づいていない。「って、いくら言っても分からないのね」


「ん、待てよ。確かお前たち精霊はアダムスの遺物だったな。そうだ、ならばもうここで殺しておこうか。アダムスがもたらした既存の文化はどうせすべて滅ぼすつもりだ。手始めにここで始末しておこう」


 アマデウスがおもむろに空を見上げた。


「分かる、分かるぞこの魔法が」ぶつぶつと何か言っている。


「ニト、どうする?」焦る表情でジークは政宗に頼る。


「なんか疲れたなぁ」


 政宗が気の抜けた返事をした。

 ジークは「は?」と耳を疑った。政宗は何を考えているのか。相手はアルフォードを殺した者でもあり、ジークにとっては仲間の敵。

 それは政宗にとっても同じはずだとジークは思っている。短い時間であれ、もう数回は会い、共に任務もこなしたのだから。


「この下手なキャラ演じるのさ、もうやめるわ」


「なにを、言って、いるんだ。お前は……」


 この状況で、いったいなんの話をしているのか。ジークの頭が真っ白になる。

 仮面の上からでは政宗の表情も見えない。ただその声色から、酷く冷めた表情が想像できた。

 この男は、ニトは、まったくこの戦いに参加していない――ジークはふと、そう思った。

 自分とブラームスが恐れながらも命をかけて戦っていた間、自分の口調やキャラクターのことを考えていたのだ。


「あ、悪い。そうだった、そんなこと今はどうでもいいよな。そうだジーク、逃げるなら今の内だぞ。一条とエリザ、それからアルフォードの死体を持ってさっさと館に戻れ」


 それからそこのおっさん、と政宗は付け加える。

 ブラームスが視界に政宗をとらえた。


「死にたがりじゃないなら、一緒に逃げとけ。あいつはまだ何もしてない。魔法を使われてからじゃ遅いぞ。俺の魔法が誤ってお前に被弾しても、俺は見向きもしないからな」


 一足おそかった。

 アマデウスが、「《惰性と戯れる親愛なる柑橘の類マイズ・マインド・ドレッシングカシス》!」と魔術を詠唱した。


「あれは、なんだ?……」


 最初に気づいたのはジークだった。

 遥か上空に何かある。その光景に目を奪われた。

 ブラームスも同じように空へ目を向け、気づく。呆気にとられ口が間抜けに開いた。

 一条も気づく。上空よりゆっくりと降下する、その巨大な木を見つめた。

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