第233話 異常と異常の対峙
《
隣にいるのは金髪のエルフ・フィオラ。
警戒すべきはこの二人ではない。ブラームスの丁度頭上で浮遊している精霊だ。黄色の羽衣を艶めかしくまとっている。露出度のある身形。
彼女は、雷の精霊王ボルート。
ボルートはアマデウスの姿をしっかりと捉えるように凝視していた。ただよう空気がとげとげしい。
「誰かと思えば、確か冒険者のブラームスではないか。そちらは連れのエルフ、そして……精霊王か?」
誰かと思えば、というのは嘘だ。アマデウスはその気配に気づいていた。
「ふんっ、馬鹿にされたものね」ボルートが一蹴りするように言った。「全速力で駆け付けたっていうのに、あなた、まったく驚いてないじゃない。馬鹿にしないでほしいわ。どうせ気づいていたんでしょ?」
アマデウスの心意は仮面の下に隠れて見えない。驚いた様子など分かるはずはない。
ボルートは深淵を感じ取っている。
深淵の波動を感じ取り、アマデウスの穏やかなその心を確認していた。
「エルフに、中年冒険者、そして精霊王。なんだ、怖いなぁ。そんなに睨まなくてもいいだろ。初対面じゃないか。私がお前たちに何かしたか?」
アマデウスは小馬鹿にしたように言った。
「何か、だと? この惨状に対し、そなたは何も思うことはないのか、ん? ここにあった国はどうした? 王はどこへいった?」
声を荒げず冷静に問い質すブラームス。表情は怒りに満ちている。
「豆の王のことか? あれはさっき会議の前に殺したよ。国を潰したついでだ。そうだったそうだった、あまりに小さいせいで忘れるところだった。ほらあそこだ、見えないか?」
アマデウスは指差した――深く広く陥没した地面。ユートピィーヤの王城とそれら城下町を囲む防壁があったはずの広大な地だ。
その中心に、何かある。この距離では目を細めてみても黒い点くらいにしか見えない。ブラームスたちは目を細めた
「ナッツ王だよ」
ブラームスの目じりにしわが寄る。なぜあんなところにナッツ王が、という疑問が頭の中に浮かんでいた。そこへアマデウスがすかさず即答する。
「いや――だった、それの首だ」
ブラームス目を丸くした。すぐに目に怒りが宿る。怒りをこらえ、アマデウスの仮面の奥に見える赤い瞳を見つめていた。
「貴様ぁ」
「なんだ?、何を怒っている……ああ、そうか。お前たちも見たかったのか。少し遅かったな。許してほしい。あれはもう、あそこにある首だけしかないんだ」
終始、ナッツ王を物のように語るアマデウスの言い回しに、ブラームスは怒り、フィオラは不快感をあらわす。
「欲しいならくれてやる。好きにしろ」
「黙れ」
アマデウスの言葉を遮るように言った。
ナッツ王の所業の数々はもちろんブラームスの耳にも届いていた。その所業が、皮肉にも悪人の手により呆気なく終止符を迎えた。もうナッツの被害者が生まれることはない。
これまで誰にもできなかったこと。
不愉快だった。
淡々と述べる口調。殺人を自慢するかのようだ。こんな者の力で、このように解決されていいものではない。あの王は公的な手段で裁かれるべきだった……。
それが頑固なブラームスの考えだった。
アマデウスにはブラームスの心の動きが分かっている。無駄な語りは遊び。ブラームスの真面目で頑固な性格に対する煽り。
わざと怒らせようとしている――ブラームスは気づいている。
煽りに対し、わかっているわかっている、と心の中で繰り返す。だが視覚に入ってくる、何もない、というこの光景の呆気なさ。怒りが絶えない。
「それより何をしにきた、まだ聞いていなかったが。まさかとは思うが――」
「お前を殺しにきた」
ブラームスは即答した。右手をアマデウスへむける。
「生かしてはおけぬ。貴様も、貴様の仲間もだ」
精霊王ボルートはブラームスへ雷の力を付与した。
ブラームスの体を、枝分かれし弾ける青い稲妻が覆った。まるでボルートが羽織っていた羽衣のようだ。
「は?」
アマデウスの深く暗い、怒りに満ちた声と共に、彼の体から黒い影が 噴き出した。周囲へ広がっていく。すぐに上空をおおった。大きな砂地獄のようにぐるぐると渦をまいている。
「仲間を殺すだと?」
フィオラが恐れおののく。足が一歩後ろへ下がった。ブラームスが気づき、
「案ずるな。私とボルート様だけでやる」
「ですが」
「魔力を感じぬ。本来であれば避けるべきだ。だがそうもいかぬ。こやつはここで、誰かが撃ち滅ぼさねば」
差し違えてでも誰かが止めなければいけない。自分にはその使命がある。
ブラ―ムスは覚悟し、魔力を開放した。
「ところで、なぜ私が深淵使いだと分かった? お前たちに話した覚えはないが」
「それだけ深淵を垂れ流しておいて何をいまさら」ボルートが言った。
「……そうか。そうだったな。精霊王は深淵を感知できるんだった。そうか。だからここが分かったのか。それで、守護者の役目とやらを果たしにきたわけか。愚かだな、まるで見えていない」
「力の差なら見えている」とブラームス。「何も感じられぬほどにな、化け物め」
「化け物だと? ふっ、差別は人間の専売特許だな。精霊に与えられただけの借り物の知識で、私を化け物と呼ぶかか。浅い。人間の方がよほど化け物だ」
自身の存在と力を見せつけるように、両手を大きく広げるアマデウス。
「《
アマデウスは魔術を行使しようとし途中でやめた。
ブラームスの背後に現れた光を見たからだ。光の中には三つの人影があった。
転移の光だ。アマデウスは気づいた。
エリザは慌てた様子で辺りを見渡した。見つけると、アマデウスに目もくれず、息をひきとり倒れているアルフォードの傍へ駆け寄った。
「エリザ! 離れるな!」
声を荒げるジーク。隣には一条の姿があった。
エリザにはジークの声が聞こえていなかった。
アルフォードの死体の前に、膝が崩れ落ちるエリザ。微かに笑みを浮かべたようなアルフォードの顔を見下ろした。胸元に顔をうずめた。溢れた涙がアルフォードの服を濡らす。
「アル……フォード……」
かすれた声。名を呼ぶ力すら残っていない。
「おやおや、やはり来てしまったか。だから急いだというのに。これでは急ぎ損ではないか。ならばナッツの処刑はもっと丁寧に行うべきだった」
「アマデウス……」とジーク。
一条は、横たわるアルフォードの姿に理解がおいつかない。
何が起こったのか。
視線が揺らぐ。アマデウスを見てはジークを見る。アルフォードの横顔、そしてエリザ。
突然あらわれた黒いローブの者たちに対し、ブラームスは警戒していた。
次から次へと……。
額に汗がながれる。
「ブラームス、彼らは龍の心臓だよ」アマデウスが教えた。
「龍の心臓だと?」
「お決まりの返答、感謝する」ジークへ振り向き、「どうやら仲間を殺された腹いせに、俺を殺すため仲間を引き連れ戻ってきたらしい。ジーク、お前にはがっかりだ。アルフォードの死を無駄にするつもりか。彼に免じてエリザは生かしてやったんだぞ。分かっているのか、お前はすべてを犠牲にすることになるんだぞ」
怒りに影る瞳で、ジークはアマデウスを睨んだ。
「お前もそんな面を見せるんだな」
アマデウスの、お前も、という言葉が不可解だったが、ジークは警戒を優先した。
ブラームスはジークの隣にいる一条の姿に気づいた。
尋ねるまでもなく、一条が龍の心臓であったことを理解した。
エリザ、一条、ジーク――三人の魔力をブラームスは感じ取った。同時に彼ら三人にもアマデウスの魔力は感じ取れないことを悟った。
おそらくあの3人の中でジークと呼ばれたあの男が一番強いはずだ、とブラームスは考察する。だがそのジークでさえ、自分程度が感じ取れた、程度の魔力しかもたないはずだ。
エリザは戦意を喪失している。一条はどうだ。
二人の様子をうかがい、この状況の打開策を探すジークの傍に魔法陣が現れた。
転移魔法陣だ。さきほど3人が使ったものと同様の光を放っている。
ブラームスとフィオラ、ボルート。彼らは、またか、と光に目を向けた。
一つの人影。
光がおさまり魔法陣が消えると、現れた男にジークは謝罪する。
「すまない……」
「謝ればいいというものでもないでしょう。そもそもあの黒龍を呼べば済む話です」
全身を赤黒いローブで覆い、顔は小人族長の愚面という赤黒いフルフェイスマスクで隠している。
その赤き風貌と、誰も感じ取れぬ魔力を放ち、ニト――政宗はユートピィーヤの地へ召喚された。
「あれがアマデウスですか」
政宗は一条を気にして、初見で演じてしまった敬語と口調をひきずっていた。
アマデウスの白い仮面の二つ穴、その奥に見える赤き瞳を見た。
「ニト、奴から魔力は感じ取れるか? 俺たちでは感知すらできない。お前と同じようにな」
ジークは自身の無力さを恥じていた。
政宗は一拍おいて、もちろん、というように言った。
「ええ、感じ取れますねぇ」
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