第232話 動き出す誓い
ユートピィーヤ王国――
そこでは今、数名の白き者たちによる
「それにしてもアンク様、また派手になされたもんですな?」
「そうか? だが消してしまっては派手かどうか分からないだろ?」
2人が話しているのは防壁に囲まれユートピィーヤの王城とそれら城下町のことだ。だが現在そこには何もない。
防壁すら残っておらず、先のパスカンチン同様そこには最初から何もなかったかのようだ。
「そんなことよりグドゥフカ。拠点にしていたラグーの町だが、お前には一度あの町を離れてほしい」
「ん、なんですかい。またなんか状況が変わったんですかい?」
「そんなところだ。予想していたよりも開放した者の数が多い。まあ最終的にはどれだけの者たちが私たちと意志を同じくするかは分からないが、先立って武器の製造に入ってほしい。お前たちドワーフの卓越した技能と洗練された腕があれば、まともな武器が数年後には大量に揃うだろう。そうだなぁ……武器と言ったがまずは防具から取り掛かってほしい。場所はエヌマサンにしよう。現状あそこが最も気づかれにくい」
話しの内容からして、グドゥフカはドワーフなのだろう。だとすればその低い背丈とローブから見える剛腕にも頷ける。
するとグドゥフカは「分かりやした。ではまた後ほど」とだけ付け加え、足元に現れた魔法陣の光に包まれると、その場からいなくなった。
「ラーナ、それからトム、ディーン、サム。お前たちはダームズアルダンへ向かってくれ。詳しくは先ほど説明した通りだ。やり方は任せる。終わり次第エヌマサンへ向かい、ロメロと共に解放者の手当に取り掛かってほしい。詳細はロメロから聞くといい。ロメロの方が何かと詳しいだろ?」
「分かりました。では豊王が戻ってくる前に取り掛かりたいと思います。失礼いたします」
これはラーナだろう。声からして女性だと思われるが、その正体は白きローブにより見えない。
「じゃあアマデウス様、僕らも行くよ。その内また会いましょう!」
「ああ、その内な」
すると小さな白き者の一人は、ラーナが展開している魔法陣へと進む。
「アマデウス様、服を新調される時はまた店にいらしてくださいね? 安くしておきますから」
「ディーン、何言ってんだよ。アマデウス様から金を取るのか?」
「うん、だってアマデウス様はただじゃ受け取ってくれないだろ?」
そんな和やかな会話の中、互いに見つめ合い沈黙する2人の小さき者。
「それもそうだな」
片方が納得した。彼はディーン。
白いローブのせいで見た目はどれも同じだ。
「じゃあアマデウス様、またエヌマサンでお会いしましょう。店はいつでも開けておきますので」
「ああ、近い内に服を新調しに行くよ。元気でな」
一般的な背丈のラーナ。彼女の腰の高さほどしかない三人の小さき者たち。だが四人の姿はその白いローブとデスマスクに隠れている。
ラーナはアマデウスへお辞儀をし、小さき三人はそれぞれ元気よく手を振りながら、共に転移の光に包まれると消えた。
残ったのはアマデウスとアリシアの二人。
静かになった湿地帯で、アマデウスは改まったようにアリシアへ話を始めた。
「おそらくだが、かなり長期の任務になる」
事前に詳細は告げていた。
「はい」
アリシアの声からは理解と覚悟が見てとれた。
「既にフィシャナティカへは数名潜り込ませた。残るはグレイベルクのみだ。以前説明したように、これには数年を要する」
「分かっております」
「必ずその時は訪れる。奴は量産型だ、変わらない」
「私はアマデウス様の考えを信じます。それが私の意志です」
「……そうか」
迷いがないと告げるアマデウスの言葉からは、何か罪悪感にも似た迷いが窺えた。
だがアリシアもそれを理解しているのか、外したデスマスクの下には肯定するような笑みがあった。
それは信頼か忠誠心か、どちらであるのかは分からない。
「アリシア、やり方はお前に任せる。ただし先にも言ったように……」
「“自分の身を第一に考えろ”、ですね? 分かっています」
「そうだ。この計画は組織と直接的な関係がない。故に必要ではないのだ。だが……私にとっては重要……アリシア、忠誠心は捨てよ。私を想う心もだ。この計画にその感情は必要ない。第一に考えろとはそういうことだ。それにやりようはいくらでもある。失敗しても次はある。お前にすべてを背負わせるつもりはない。最終的には私の問題だ。要は動向とその定期連絡が必要というだけだ。お前が無理に深入りする必要はない、分かるな?」
「ですが、それでは……」
「ああ……だからそこはお前に任せる。その先までは望まない」
会話の内容は断片的であり、その意味するところは2人しか分からない。
するとアマデウスはどこからか小さな黒いピアスを取り出した。それは米粒ほどの小さな物だ。
「あの3人に作らせたんだ。効果は指輪と同じだ。だがこれには魔力阻害と認識阻害の両方が付与されている。これを持っていけ、それから……」
「尻尾ですね?」
「ああ……」
アリシアの腰の後ろ辺りからは、9つの狐の尾が伸びていた。頭には狐の耳もある。
「その美しい姿も人間には醜く映る。さきほど私から得たスキルで偽装しろ。それでバレることはない。だが万が一バレるようなことがあった場合は……」
「分かっています」
「その場合、任務のことは忘れろ。放棄して構わない。捕まることが最も厄介だ。あの国はまだ滅ぼすわけにもいかない」
アリシアは手渡されたピアスを左耳につけた。そしてあるスキルを発動し姿を偽装する。
すると全身から微かな光が零れそれが集束する頃には、生えていた9本の尻尾は消えており、また頭に生えていたはずの狐の耳も消えてなくなっていた。
もはや獣人の要素はどこにもなく、そこには誰が見ても人間と判断するであろう一般的な人間、女性の姿があった。
髪は暗めの茶色、そして鼻にはそばかすが見える。その豊満だった胸も消え、体型も細身と平凡な姿に変わっていた。
すると纏っていた組織の白いローブも姿を変え、茶色とベージュの雑多で大人しい服装に変わっていた。
「どこからどう見ても人間だ。屈辱だろうが……許してほしい」
「いいえ、私はアマデウス様のために動きます。それがあなたに救われた、私のすべきこと……名誉なことです」
「……」
“名誉”と口にしたアリシアに対し、アマデウスは罪悪感しかなかった。本意ではないのだ。
(だが誰かにはやってもらうことになる。そしてそれは最も信頼できるものに限られる……アリシア意外に頼める者もいない)
「……頼んだぞ、アリシア。何かあった時は直ぐに知らせろ」
アマデウスは仮面の下にその想いを隠し、誤魔化すように背を向けるとそう告げる。
アリシアは「はい」と真っ直ぐに答え、微かな光と共に姿を消した。
アマデウスの姿は組織というものの長を演じているようだ。仮面の上からでは表情は見えない。ただ声色は、しばし無理をしているような違和感をアリシアへ感じさせている。
「なるほど、アンク・アマデウスとは深淵の愚者であったか――」
背後から男の声が聞こえ、アマデウスは落ち着いた様子で振り返る。アマデウスから距離を取り、男の姿はあった。
銀髪のウェーブがかった長い髪、蓄えた長い顎鬚。
ブラームス・ハーミットの姿があった。
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