第231話 助けてほしい……
「……アルフォード」
集束していく光。剥がれるように消えていく足元の魔法陣を見つめながら、
目の前にはジークと一条、そしてダームズアルダンの金騎士の一団と豊王シュナイゼルの姿があった。
ジークと一条を除くその者らは、目の前に現れた者を見つめ、『誰だ?』と純粋な疑問を受けベる。
だがシュナイゼルだけは分かったようだ――
「エリザ?」
するとエリザを心配し、初めにそう声をかけたのはジークだった。
「……ジーク」
まるで力を吸い取られたような声と眼差し。エリザは転移する寸前、アルフォードが呟いた「愛してる」という言葉を思い出していた。それが頭の中で繰り返され、離れない。
「エリザ? アルフォードはどうした? 一体、何があったんだ?」
ジークの疑問を余所に、周囲に集まった金騎士に目を向けるエリザ。直ぐに状況は理解できたものの、金騎士やシュナイゼルのことにまで頭はまわらない。
そして辺りを見つめ、自分が転移によりパスカンチンへと転移したことを実感する。そして傍にアルフォードはいない。
見渡している間もその目はどこか遠くを見つめていた。心はここにはないのだろう。
「エリザ?! しっかりしろ?!」
するとそんなエリザの両肩を掴み、そう訴えるジーク。
「ジー……ク?」
徐々に、エリザは我に返ると、自分が今なにをしなければいけないのかということを思い出し始め、同時にその沈んだ表情も一先ずなけなしの力を取り戻す。
「ジーク……急いでニトを呼んで! 早くしないと間に合わないわ!」
エリザのその一言を聞く前から、ジークには事態の深刻さが分かっていた。
「陛下!」
するとそこへ周囲の見回りをしていた一人の金騎士が、集団の間を抜けシュナイゼルの前に現れる。
「どうした?」
「その、大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ? 早く言え!」
シュナイゼルに急かされながら、騎士は言葉を詰まらせていた。
「はっ! では申し上げます! あちらにそびえる丘にて、金騎士長アルブレヒト・ヒューマン様を含めた、偵察隊4名の遺体を確認いたしました!」
「……」
その知らせにシュナイゼルは言葉を失った。見開いた目に揺らぐ瞳。王として、報告に対して返事をしようと試みるが、出かけた言葉は直前で詰まり、気づくと味を確かめるように口の中で舌を動かし視線は意味もなく下を向いている。
「シュ、シュナイゼル様?」
辺りの兵にも動揺が走ると、そこには何とも表現しがたい無の時間が立ち込めていた。
「……遺体は」
「え?」
「遺体はどうした?」
すると地面を見つめたまま、静かに尋ねるシュナイゼル。
「は、はっ! 現在、こちらに移送中であります!」
「……分かった」
シュナイゼルにとって、アルブレヒトの死は、それほどに信じがたいものだったのだろう。
だがその動揺した表情からは王としてではなく、何か別の私的な感情もあるように思えた。
その様子に一瞬気をとられていたジークだったが、直ぐに視線はエリザへと戻った。
「エリザ、説明してくれ。ある程度察しはついているが、アルフォードを救出するにもニトの助けが必要だ。敵の正体は誰だ?! 何があった?!」
「……アマデウスよ」
エリザは先程までの茫然とした表情を切り替え、ジークの目を見つめるとそう答えた。
「アマデウスだと?!」
「そうよ……アンク・アマデウス。ユートピィーヤに慈者の血脈がいたわ」
その言葉を、その場にいたすべての者が聞いた。
シュナイゼルは動揺を残しつつも、その名を聞くと神妙な面持ちで小さな溜め息をつく。納得したのだ。誰がパスカンチンを滅ぼしアルブレヒトを殺したのかを。
そして、以前よりあった疑問――慈者の血脈とは何か? そのすべてがここで繋がった。
「つまりトンパールを殺したのも、そのアマデウスだということか?」
ゆっくりと言葉を噛みしめるように尋ねるシュナイゼル。
「間違いないわ。本人がそう言っていたもの……」
アマデウスの言葉を思い出しながら答えるエリザ。突然会話に混じってきたシュナイゼルに対し、戸惑うほどの平常心はもはやなかった。
そんなことよりも、ただアルフォードの安否が気がかりだったのだ。
するとその短いやり取りの間、少しばかりの考えに耽っていたジークが答えを出す。
「まずはニトだ。ニトの助けがいる」
「でも、それじゃあ間に合わないわ!」
「私情を挟むな、これはアルフォードの判断だ。それに……」
ジークはそこで、言葉を詰まらせた。
“エリザを頼んだぞ”――直接的にそう言われた訳ではない。だがジークとて、アルフォードのエリザに対する想いくらいは分かっていた。
“私情を挟むな”とそう言っておきながら、ジークは私情と任務の間で葛藤していた。
「これはアルフォードの指示だ。あいつが判断し俺に言ったんだ。まずはニトを呼べと……」
だがジークのこの言葉には、少し不可解な点があった。
ジークはあることをエリザに隠している。
アルフォードは、“確かにニトを呼べ”と、そう告げた。
だがその前に、アルフォードは“エリザの後に自分も転移しろ”と、そう告げたのだ。
だがジークは一向にその準備を始めない。
隠しているのだ。エリザをこれ以上、不安にさせないために。
「だったら早く! アルフォードもここに転移させてよ!」
だが、エリザがそう切り出すのも時間の問題だった。
そしてジークは誤魔化し切れなくなる。だがそう問われるだろうことなど、ジークには分かっていた筈だ。
それでも気づけなかったのは、ジーク自身、動揺から冷静ではなかったからだろう。
「位置が掴めない……」
「え?……」
ジークの言葉にエリザは耳を疑った。信じたくなかったのだ。
「位置が掴めないって……どういうことよ?」
「おそらくだが、指輪を破壊されたのだろう。あれがなくては強制転移が出来ない」
その言葉でエリザの表情は崩れ、涙は自然と溢れた。
茫然とした力ない表情に一筋の涙。ジークはそんなエリザの表情から目を逸らせず、状況への憤りを感じながら、その涙に奥歯を噛みしめ悲痛の表情を隠した。
2人をユートピィーヤへ行かせたのはジークだ。
そのことに対する後悔――もっと警戒すべきだったという想いがその表情からは溢れていた。
アルフォードが死んだと決まった訳ではない。
だがアマデウスを直に見たエリザには、その脅威が誰よりも分かったのだ。現実的に見て、アルフォードが勝てる見込みはない。
エリザがアリシアの相手に手間取っていた間、アルフォードはアマデウスと一戦を交えていた訳だが、その様子はエリザからも細切れに見えていた。
それは《戦い》と呼べるようなものではなかった。
するとエリザは涙を一度だけローブの袖で拭い、感情を押し殺す。
「じゃあ……早くニトを呼びましょう」
「ああ、分かっている。問いかけている最中だ」
「話を遮ってしまい申し訳ない」
するとそんな二人の会話を隣で聞いていたシュナイゼル。
「先程から話に出てくる“ニト”という人物だが、もしやそれは英雄ニトのことではないか?」
その問いにジークは『しまった』と心の中で舌打ちするも、遅すぎた。
状況が状況なだけに悩む時間もなく、ジークは仕方なくシュナイゼルを信じ、その問いに答える。
「ニトは……俺たちの仲間だ」
「なるほど……そうであったか」
だがシュナイゼルにとって、それはさほど驚くべきことでもなかったようだ。
あれほどの力を有した者が、ただの冒険者止まりということは考えづらく、何の組織にも属していないと言う事の方が、前々から不自然だったのだ。
とは言え《龍の心臓》だ。シュナイゼルは同時に思わしくない表情も見せつつ、だが最後には呑み込んだ。
「他言無用であろう? 分かっておる。このことは誰にも言わぬ。我は何も聞いておらぬし、ここにおる者も皆そうだ。何も聞いていない」
「……恩に着る」
安堵するようにそう呟いたジーク。だが変わらぬ事態に表情は険しさを取り戻し、また深刻な雰囲気が漂う。
「ジーク、ニトはまだなの?」
「まだだ、念話に出ない」
その答えに鼻息を漏らすエリザ。こうしている間にもアルフォードの死が近づいていると思うと、待つことしか出来ないエリザの苛立ちは募るばかりだった。
「ジーク殿、ここは我が預かった。そなたたちはすべきことをせよ」
2人の様子にただならぬ事態を察したのか、シュナイゼルは気を遣いそう告げた。
「……ふっ。世話をかける」
やはり豊王とは変わった男だと、ジークは微かに笑みを浮かべた。
その直後、一瞬緩んでいたジークの表情が、何かに気づいたような真剣なものへと変わる。
「ニト……聞こえるか?」
その言葉にエリザの表情は待ち望んでいた者のそれになると、目に力がこもりジークを急かすように見つめた。
同時にシュナイゼルの表情にも変化が現れ、『この念話の先にはニト殿がいるのか』と、今更ながら新鮮味を感じていた。
「助けてほしい……」
恥を捨て、ジークは力のこもった声でそう呟いた。
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