第205話 政宗の忘れ物

 同盟の儀式とやらには時間が必要らしい。まず金騎士団を用意し、騎士長を招集する必要があるそうだ。そんな理由で、この王城に戻って来たは良いものの、俺たちは別室で待たされていた。簡易的な部屋であっても豪華だ。流石は王城。ここはおそらくリビングのような場所だとは思うが、高そうな家具で敷き詰められていた。


「まさかニト様が王になられるとは……もう少し先の話だと思っていました」


スーフィリアがまるで俺の建国記を予期していたようなことを言いだした。俺としては王になる予定なんかなかった訳だが、一応『王の候補者』ではあるか。


「なんだか私たちの入る隙もないまま終わっちゃったわね?」


トアの表情には疲労感が窺えた。


「建国なんて正直、面倒くさい以外ないが、今回、俺は金しか出さなくていいわけで、主にウィリアムさんが全部やってくれるらしいから、なら即日で決めた方がいいと思ったんだ。何か言いたいことでもあったのか?」


「……別にないわ、ニトがやりたいならやればいいんじゃない? 私は特に詳しいわけでもないし」


“やりたければやればいい”、か……だがトアは他に何か言いたいような、微妙な表情をしていた。

するとその時、ネムが躊躇い混じりに尋ねた。


「ご……ご主人様は、どのような国を作るのですか?」


なんだろうか? ネムは国に興味があるようだ。というより俺が王になることに関して、少し心配している様に思えた。


「そうだなぁ……誰も虐げられることのない国を作りたい。今はそれだけだ。後はオールド・ゲルトを大量に生産して、ワインを無限に生みだし続ける仕組みを作る。そしたら誰も生活に困らなくなるだろ? オールド・ゲルトは貴族連中に高く売れるみたいだからな」


「そ、そうなのですか……ネムも、猫族も暮らせるのですか?」


「主に獣人のための国だ。この世界は獣人への差別が激しいからな? 獣人が虐げられることなく、安心して暮らせる国を作ろう」


ネムにとって、その言葉は何か意味があったんだろう。大きな意味が。

それは嬉しそうに微笑むネムの表情を見れば分かった。俺も詳細は知らないが、ネムは幼くして親の元を離れ、そしてラズハウセンに辿りついた。おそらくこれまでにも色々あっただろう。直ぐにシスターの元へ辿りつけたはずもない。ならばきっと、俺の知らない苦しい時間があったはずだ。


するとその時、部屋に一人の大男と、もう一人、レオナルドが入ってきた。


「ん? なんだ、もう準備ができたのか?」


「すみません、もうしばらくかかります。少し、アルブレヒトが挨拶をしたいと言うので」


するとレオナルドの隣にいた大男が――


「どうもニト殿、お初にお目にかかります。私はアルブレヒト・ヒューマン。レオナルドと共に、金騎士長を務めております」


「どうも……」


俺はつたない返事で握手を交わした。


「ん? 金騎士長?」


俺はそこで、アルブレヒトの言葉に違和感を覚えた。


「今、“レオナルドと共に”って言いましたか?」


「ええ、もちろん。金騎士団をまとめる騎士長は私とレオナルドの2人です」


レオナルドが騎士長?


「お前、騎士長だったのか? 前にあった時はただの騎士だと言ってなかったか?」


すると苦笑い気味のレオナルドが口を開く。


「“ただの”とは言っていませんよ? 騎士とは言いましたが」


「同じじゃないか?」


「す、すみません……」


「まあ、別に良いんだけどな? そうか……お前が、騎士長ねぇ……」


こいつのどこにそんな器があるのか?


「まあ、それは無理もありませんなぁ」


するとアルブレヒトが愉快そうに眺めている。


「無理もない?」


「はい、レオナルドは普段、魔力を抑えていますから。ですが多少大袈裟ではありますが、実力だけなら私よりも上ですよ?」


この大男よりも上? レオナルドが? この頼りなさそうなガリガリ、いや……俺も言えたことではないが、こいつにそんな力があるのか?

俺がちら見すると恥ずかしそうに赤くなっているレオナルドがいた。変な奴だ。

それよりも、清涼飲料水のようなさわやかな見た目とは裏腹に、陰気な奴だ。

どうやら力は隠しておく性分らしい。


「まあ別にどっちでもいいんだけどな? 俺が勘違いしただけだし」


「すみません、ダンジョン前で話しておくべきでしたね?」


なるほど。だから初めて会った時、あんなに偉そうだったのか。


「ではニト殿、準備が整い次第お呼びしますので――」


すると部屋を後にするアルブレヒト。その後ろを苦笑いのままついていくレオナルド。

やっぱりシャオーンの言った通りだったのかもしれないな。力は隠すものであり、それは基本なのかもしれない。あえて隠す必要はないしにしても、あまり安易にひけらかすべきではなかったのだろう。


「とりあえず同盟の儀とかいうのが済んだら、今日はどこかに泊まろう。あ……そう言えばシュナイゼルが部屋を用意してくれているんだったな」


実は俺たちがこの国に滞在している間の衣食住は、すべてダームズアルダンが用意してくれると、さっき聞かされた。だからレストランなんかでの料金も、すべて国につけておけば良いとのことだった。

だが今日は皆、疲れているし、観光は明日にしよう。だが……


「なあ、皆?……」


俺は少し、考えていた。


「何?」


――疑問。3人と目が合った。


「……いや、なんでもない」


迷う。学院を去ってから考えていたことではあった。そして国を作ることになり、やはり今の内に処理した方がいいだろうとそう思った訳だが……どうするべきか?

だがタイミング的には今が一番良い。対校戦が終わって直ぐ。魔族騒動が落ち着いて直ぐだ。違和感を与えずに済むだろう。


「ねえニト? どうしたの? 何か悩みごとでもあるの?」


「ん?」


「顔にそう書いてあるわよ?」


「……」


悩みなんて言うような大袈裟なものじゃないが……


「いや、特に悩みって訳でもないんだが……」


3人は疑問だろう。隠すようなこともしたくないが……仕方がない。


「魔国は、人間の俺やスーフィリアを受け入れてくれるかな?」


「何よ、そんなこと? 父様なら大丈夫よ、きっと……」


今はやめておこう。トアにしてもそうだが、今の俺たちには少し不安定な部分がある。何でも話せばいいってもんじゃない。


俺が“打ち明けた”からか、3人は安心したように笑っていた。今はこれでいい。

だが行くならちゃんと説明する必要がある。

するとその時、部屋の扉がまた開いた。どうやら準備が出来たようだ。











 豊王の城『王座の間』。

両端の壁際に整列したダームズアルダンの『金騎士』たち。騎士の数だけ掲げられた槍先の国旗。そしてそれらの先頭に立つ、『金騎士団』をまとめる2人の騎士長。

左が『アルブレヒト・ヒューマン』。赤いマントを纏った金色の鎧に、金色の髭とオールバックにまとめた髪。武骨な人相と鍛え抜かれた分厚い肉体が特徴だ。

対し右にいるのが、対象的な細身の騎士『レオナルド・ファーレス』である。

そして2人の中央、王座の前には、豊王シュナイゼル・ダームズアルダンの姿があった。


「大魔導師ニト殿! ではこれより! 豊王シュナイゼル・ダームズアルダンの名において、ここに! 『豊魔同盟』の結成を宣言する!」


大袈裟な儀式は必要ないと言ったニトだったが、これは通例であり必要なことだった。


「大魔導師ニト殿は、先日の魔族の襲撃において、魔国シャステインの軍勢から人々を守った英雄であり、これは我が国にとって名誉なことである!」


そしてこの日に感謝をし、ニトに感謝しろという言葉を述べたシュナイゼル。

すると通例の儀式は終わり、皆がニトを正式に国へ迎えたように頭を下げた。

同盟とは互いの意志が一致していることを意味し、そこに優劣はない。

だがこれがダームズアルダンのやり方だった。一度、国を失った国だからこそ、シュナイゼルは再建以来、皆に、そして自らに感謝することを説いてきた。


そして儀式は終わった。金騎団が広間を去り、そこには2人の騎士長と王の側近やシュナイゼル。そしてニトたちだけが残っていた。


「ニトよ、これで同盟は結ばれた。つまり、“やること”は済んだということだ」


「ああ……分かった」


“分かった”とは曖昧な返事だ。だがニトはウィリアムやフランチェスカと別れて以降、ずっとあることを考えていた。そして迷っていた。それはフィシャナティカにいる、かつてのクラスメートたちのことだ。ニトは何も告げず学校を去った。そして結果、彼らは『日高政宗』の生存を知らない。だからこそ、もう一度戻り、そして生きていることを告げるか、それともこのままにしておくか、その2択で迷っていた。

だが何故、いきなりそんなことを考え出したのかは分からない。


「ニト殿、これで私たちは仲間ですね?」


するとそんなニトに、レオナルドは笑みを浮かべていた。


「そうだな……俺も嬉しく思うよ」


そんな愛想のない返事に、レオナルドは苦笑いを浮かべる。

そして、先程とは違い無口な、もう一人の騎士長アルブレヒト・ヒューマンは嫌悪を向ける訳でもなく、正しい姿勢で王の隣で静かにたたずんでいる。騎士長として振る舞いというものがあるのだろう。部下たちの前では、先程とは違った表情をしていた。


「ところでニトよ? 今後はどうするのだ? もうこの国を去るのか?」


シュナイゼルの問いには今後のニトの動向を理解する意図がある。同盟を結びはしたが、シュナイゼルにはニトを任された責任があるのだ。


「そうだな……特に何もなければ、次の国へ向かうか、また旅に出る。行き先は不明だ」


「そうか……」


曖昧な答えにシュナイゼルも難しい表情をしていた。だが無理に聞き出す訳にもいかない。飽くまでシュナイゼルはニトに対し、監視する立場を明かさない。それはニトが密かに気づいていようと貫かなければいけないスタンスなのだ。

するとそこで、ニトが口を開いた。そして、それはあまりに唐突な言葉だった。トア達に相談もせず決めたニトの心意は分からない。またニトが何故そう判断したのかも、その決断がどこからきたものなのかも分からない。


「――シュナイゼル、3人を少し預かってくれないか?」


その言葉にトア、スーフィリア、ネムの3人は戸惑った。


「ちょっとニト? どういうことよ?」


ニトは振り向くと戸惑っているトアの顔を最初に見た。そしてスーフィリアとネムの表情を確認し、すると答える。


「フィシャナティカに行ってくる。そして……あいつらと話してくるよ」


その答えで3人は理解した。ニトが誰と何を話して来るのか、それが分かったのだ。

するとニトの纏っている赤黒いローブが一瞬、光の粒子に変わると、それは凡庸な茶色のローブに変わる。凡庸だが清潔なものだ。そこにはラズハウセンにいた頃のニトの姿があった。その姿が既に、ニトがこれから彼らと会い何を話すのかについて語っていた。


「そう……決めたのね?」


すると理解したトアが微笑みと共にそう答える。王座で窺っているシュナイゼルには未だ説明がない訳だが、そこには疑問符しかない。


「直ぐに戻る。おそらくだがそう時間はかからないだろう。終わったら直ぐに戻ってくるよ」


その言葉に安心したような表情を浮かべるネム。


「では……ネムは待っているのです」


ニトの足かせになりたくないという思いもあるだろう。ネムも日々、成長しているのだ。そういった思いを感じる力強い表情と目をしている。


「分かりました。ついていきたいところですが、ではわたくしも待つことにいたします」


スーフィリアもその言葉で理解を示した。するとニトは3人に軽く微笑み返し、シュナイゼルの方へと振り返る。


「我は構わぬが、何か理由があるのか?」


振り向きざまに尋ねるシュナイゼル。


「理由については、詳しくは言えない。だが別に事を起こすようなことはしない。あえて言うなら“友人”に会いにいくだけだ」


「友人? とな?……」


「レオナルドを貸してくれないか? できるだけ3人を安心させたいんだ。こいつとはまだ面識があるし、3人を護衛してほしい」


護衛とは大袈裟だ。シュナイゼルはそう思った。だがニトはシュナイゼルに頼んではいるが、心の奥ではまったく信用していない。それが無意識の内に言動に現れていた。


「先も申したが、それは構わぬ。レオナルドよ、ニト殿が戻るまで、ご友人の護衛に務めよ」


「分かりました」


王の命令は絶対である。


「フィシャナティカと申したな?」


「ああ、学校に行ってくる」


「それだけ分かれば我も安心だ。もう何も言わぬ」


「ふ……助かるよ」


するとニトはもう一度、3人の方へ振り返り――


「3人とも指輪はめておけよ? 直ぐに戻ってくるけどな」


ニトの言葉はやはり大袈裟なものだった。ニトは1時間もせず戻るつもりでいる。

だがそれがニトの思いであり、3人にはそれが分かっていた。


するとニトの傍に、黒い渦が現れる。その様子にシュナイゼルは険しい表情で疑問符を浮かべていた。トアたち以外、これを見るのは始めてだ。

そしてニトは3人に小さく微笑むと、渦の中へと消えた。

やがてニトと共に渦が消えると、そこには沈黙が生れ、それぞれの戸惑いと疑問符が生れていた。


「なんだ……あれは……」


3人はシュナイゼルの呟きに答えない。

その様子に深くは尋ねないシュナイゼル。彼は意志のある人間であり、それはニト本人に聞くべきだとそう思ったのだ。


「ではこれよりしばらく、私が皆さんの護衛を務めさせていただきます」


すると歩み寄り、そう伝えるレオナルド。3人はそれぞれ適当な返事をした。

――その時だ。


「豊王様!」


緊迫した声と共に大扉が開き、一人のローブを纏った伝令が現れた。その様子からシュナイゼルは一目でただ事ではないと察した。


「緊急の要請が入りました!」


「要請だと? どういうことだ?」


すると伝令は呼吸を整え、すると答える。


「パスカンチンが!……パスカンチンが襲撃を受けています!」


「なんだと?!」


その瞬間、広間がざわつき、シュナイゼルの表情が険しいものになった。


「すでに『豪壁の団』が壊滅したものと思われ、状況は急を要するものと思われます!」


するとシュナイゼルは頭を抱え、倒れるように一度王座に着く。

その様子に、騎士長や側近たちは王の判断を待った。だがこのシュナイゼルの反応も無理はない。アルテミアス王が殺され、またさらに八岐の王が減るようなことがあれば、結果的に戦争すら起こりやすくなってしまう、そういう状況が生れてしまうのだ。

国というのは何も、防壁に囲まれた内側だけを示すものではない。『領土』というものがある。パスカンチンであれ、ユートピィーヤであれ、領分というものがあり、仮に何かしらの国が場合により進軍した時、単純な話、進行方向に他国の領土があれば、その時点で軍の行動範囲は制限され、進行すら容易には出来ない。つまり、戦争の抑止力になっているのだ。『国』というものが無断で他国の領土へ踏み入ることは反逆行為であり、だからこそ他国の領分を侵すようなことはどの国もしない。しかし今、抑止力となっていたパスカンチンが襲撃されている。


「襲撃……『龍の心臓』か?……」


シュナイゼルは考えられる可能性を口にした。パスカンチンの実態はシュナイゼルもよく知っている。だとすれば、あの国を襲う可能性のあるモノは『龍の心臓』しか考えられない。それにパスカンチンは仮にも『八岐の王』の一角であり、弱小国家どころか大国だ。そこに襲撃を仕掛けるなど、常人の神経ではない。そしてシュナイゼルの呟きには誰もが同意していた。


「そうとしか考えらぬ……大国であったトイラントの一件を考えれば、パスカンチンとてあり得ぬことではない。にしても……そうか、王直属の、豪壁の団が……」


シュナイゼルはどうすべきか考えていた。地道で向かうか転移で移動するか。だが転移での移動には制限があり少数しか送れず、距離が離れるほどさらに人数は限られてくる。


「先に数人の偵察部隊を送り、防壁の外で待機させる。おそらく相手は『龍の心臓』だ。相対すれば、我らもただでは済まぬ」


「では国王様は王城にお残り…「いや……」


すると側近の言葉を遮るシュナイゼル。


「トンパールとて裏切る訳に行かぬ。見殺しにはできぬ。我も向かうとしよう。アルブレヒト、お主は少数の偵察隊を連れ、先に転移で向かってほしい。良いか? 飽くまで偵察だ。接触は避け、部下と己の身を第一に考えよ」


「かしこまりました」とアルブレヒト。


するとシュナイゼルは席を立つ。


「レオナルド、ニト殿のご友人たちを頼んだぞ? ニト殿は直に戻られる」


「はい! ――豊王に誓って!」


すると腕を胸に当て、そう答えるレオナルド。その後ろでトアたちは事態を飲み込めず、ただ戸惑っていた。

するとシュナイゼルはその場にいた騎士たちを連れ、広間を後にする。


 その後、広間は静かになり、しばらくするとレオナルドに促され、トア達3人は壁際の椅子に着いた。

ニトはいないが3人に不安はない。それだけ信じているのだ。

――“ニトは直に戻ってくる”。そこに疑いはなかった。


「ねえスーフィリア? このことについて、ニトは何か言ってた?」


「いえ、わたくしは特に聞いておりませんが……」


「ネムもなのです」


だが少なからず不満はあった。ニトは秘密主義な面があり、肝心なことは相談せず自分で決めているような、そんな違和感を3人は抱えていた。今回にしてもそうだが、それはハイルクウェートにいた頃からそうだった。そしてそれはネムですら、そう思っていたのだ。

――もっと相談してくれたらいいのに。そう思う気持ちはあった。

3人が抱いている『違和感』。ニトが3人に抱かせている『違和感』。

この『違和感』が4人の間に、見えない亀裂を生みだしていた。

だが今は、待つことしかできない。3人はため息を吐きながらレオナルドと共に、その後、ニトの帰りを待った。

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