第204話 思いがけない建国記
「――王になりませんか? ニト殿」
ウィリアムさんの目は真剣なものだった。
俺をからかっているようには見えない。
「はい…………へ?」
俺は、ワンテンポ遅れて理解した。
思わず言い間違い、無意識に同意してしまっていた。
「実はこの話にはロバーツも関わっています。そしてニト殿を王にし、この大陸での建国を考えています」
「なるほど……国、ですか……」
思わず曖昧な言葉が漏れた。大魔導師の次は王……めちゃくちゃな話だ。
つまりこの人は、この話をするために俺に会いにきたのか?今、俺は“国”になった訳だが、国を作るとなると俺では判断が難しい上に、単純にスケールがデカ過ぎないか?
「そこでですが、ニト殿には建国に必要な資金を提供していただきたいのです。後は私とロバーツ殿でやりましょう。もちろん信用に値しなければ共に来ていただいても構いません」
つまりはそういうことなのだろうとは思っていた。何をするにも金は必要だ。
だがウィリアムさんからはまったく悪意を感じない。ポジティブな感情を感知しにくい分、ネガティブな感情ははっきりと感じる。もしこの人に悪意があるのなら、俺の感覚が感知するはずだ。だがまったく感じない。
「その、建国にはどのくらいかかるんですか?」
「残りのオールド・ゲルトの一部でもお譲りいただければ、それが資金になります。それ次第でまた変わってきますが、おそらく10年以内には可能かと思います」
「10年ですか?!」
「はい、飽くまで予定ですが」
10年か……知らないが、国とはそのくらいの期間でできるものなのか?
「王とは建国において重要な役割を担っています。どこの誰かも分からぬ者が君臨する国に、ニト殿は住みたいと思いますか?」
まあ住みたいとは思わないな。
「ニト殿が王であれば、まず間違いなく10年以内には建国できるでしょう。小国ならばさらに早い段階で可能です」
俺が王ならか……確かに俺には“魅力”があるだろう。といっても別に過信しているわけではない。ヴェルの話によれば、俺の『存在』は今かなり力を増している。そして存在とは周囲に影響を与えるらしいのだ。
するとその時、何故かフランチェスカが席を勢いよく立ち上がった。
「そのお話し! 是非! 私も交ぜてはいただけませんか?!」
「へ?……」
いきなりなんだ?
「ニトさん! 王になられた際に、私を秘書として雇ってはいただけませんか?!」
「は?」
急に俺に顔を近づけ、まるで問い質すかのように迫るフランチェスカ。
思わず体を引いてしまった。
「なんでしたら広報も務めましょう! 私には魔的通信で培ってきた経験があります。きっとこの計画の力になれるはずです!」
するとそこでドリーがツッコミを入れた。
「おいおいフランチェスカ?! 魔的通信の仕事はどうするんだ?! これからも取材はあるんだぞ?!」
「何を言っているのドリー?! あんな給料の安い会社にいつまでいるつもり?! 見極めが大事よ?! ニトさんが王になられるのよ?! そうと決まれば乗るしかないでしょう?! このビッグウェーヴに!」
どうやらフランチェスカは魔的通信を辞めるらしい。
「最後に魔的通信を利用してやるわ!」
いや、利用するらしい。
ところで個人的な話なのだが、そろそろ金の使い道がなくなってきたころではあった。
俺は基本、冒険がしたいだけで贅沢したい訳ではなかったし、金については困らなければいいとだけ思っていたくらいだ。この話は乗った方がいいのではないだろうか?
俺が国を作ればスーフィリアやネムの居場所が出来る。
魔国の王女ではあるが、トアの居場所にもなり得る……どうすべきだろうか?
「ニト様、即位された際は、私を王妃にしていただけませんか?」
すると突然、そんなことを恥ずかしげもなく言いだすスーフィリア。
「お妃”様”には! もぐもぐ……ネムが! もぐもぐ……なるのです!」
「ネム、喋るか食うかどっちかにしろ」
肉にかぶりつきながらで半分以上なにを言っているのか分からないが、ネムまでそんなことを言いだす始末。
アイコンタクトを取り判断を求めたが、トアは首を傾げていた。さて……どうしたものか?
だがこれは今、決めた方がいいような気がする。ウィリアムさんは任せろと言っているし、俺は金を出すだけでいい。広報をフランチェスカに任せれば噂は広まり、人も集まり易い。
俺はただこれまで通り3人と冒険を続ければいい。何もしなくていい。偶に様子を見にくるくらいでいいだろう。気づけば国が出来上がっているという予定だ。
……優柔不断な性格を治さないとな。
そこで俺は異空間収納から黒い指輪を3つ取り出した。
「ウィリアムさん、これを渡しておきます。それともう一つはロバーツさんに渡してください」
「分かりました」
するとウィリアムさんの表情は既に笑みに変わっていた。
「もう一つはフランチェスカさんに渡しておきます」
「あ、ありがとうございます」
すると2人はもうその指輪が何か分かっている様子だった。
流石は記者と商人だ。
「それは念話可能な指輪です。そしてつけていれば相手の現在位置も分かり、互いの位置に転移も可能という、高級品です」
これは小人3兄弟に作らせた特注品である。
といっても転移する場合は、互いに魔力を通さなければいけない。
2人は俺がそう言ったことで理解したようだった。
「ウィリアムさん。フランチェスカさん。そうですねぇ……」
何と言えばいいだろうか? だが考えている間にも、引き返しそうだ。
簡単に答えておこう。
「じゃあ……お願いすることにします」
最初くらい、頭を下げておこう。
「俺を、王にしてください――」
するとウィリアムさんの表情が晴れる。
フランチェスカは何故かやる気に満ち溢れていた。
「ではさっそく、建築師協会に要請を出しましょう」
なるほど、そこから始めるのか。
「忙しくなりそうですね」
フランチェスカはいつにもましてギラついた眼をしていた。
「ではロバーツと連絡を取り、さっそく取り掛かりたいと思います」
冒険者から英雄。英雄からSランク冒険者。
Sランクには知らない間になっていた。
そして大魔導師になり、次は王様か……
「どうせ作るならどこにもない物を作りましょう。城の外装から派手なモノにするんです。ワイン一本分の売値が1000億リオンですし、ワインについてはまだまだあります。それに資金はいくらでも生み出せます」
「資金が“いくらでも”ですか?」
するとウィリアムさんが疑問符を浮かべていた。
「建築師のついでに復元魔法か何かを扱える魔導師を用意してもらえませんか?」
「それは……構いませんが」
俺はそこで分かり易くするために『オールド・ゲルト』を取り出す。
「まず先にお話しすると、オールド・ゲルトのワイン工場とブドウ園を作りたいんです」
「なるほど」
「このワインは樽ごと異空間収納にしまってありますので、まだまだ沢山ありますが、売ればその内なくなります。ならば生産すればいいわけですが、以前、物質をその前の状態に復元する『復元魔法』というもについて知りました。俺は使えませんが、その魔法があれば、このワインを液体になる以前の状態に戻せるんじゃないでしょうか?」
するとウィリアムさんは俺の話について真剣な表情で考えていた。
「なるほど、一度やってみる価値はありそうです。私はそういったことには疎いですし知識もありませんが、知人をあたってみましょう。それからワインソムリエを雇って良いかもしれませんね」
そんなことを話しながら『建国』と『オールド・ゲルト大量生産計画』が進行する。
それぞれの知識を持ち合うことで、俺の中途半端なアイデアも形になっていく。
フランチェスカも広報で広めてくれるという。
「ですが飽くまでオールド・ゲルトはもう存在しないワインということにしてください。在庫を知られると価値が下がる恐れがありますし、将来的には国家資産として、ワイン産業を発展させたいので、飽くまでも生産されていない幻のワインということにしてほしいと、ロバーツさんにも言っておいてください。それからワイン1本分の売値は1000億リオン以上にするようにお願いします」
急に金が心配になってきた。なくなったらどうしようかという不安だ。
その瞬間、浅知恵ではあるがアイデアが次々と出てきた。だが俺が王になるんだ。言えることは常に言うようにしよう。連絡や相談は大切だ。足りない部分は賢いウィリアムさんが補填してくれるから後は任せればいい。
「じゃあ、そういうことで、お願いします」
少し話し過ぎただろうか?
2人は俺の顔をみながら驚いていた。
「なるほど……分かり、ました。ロバーツに伝えましょう」
「ワインで大富豪ですか……流石はニトさんです!」
最終的には魔道具を開発し……いや、今その話はやめておこう。
「ニト、国ってどこに作る気なの?」
「どこって……」
そういえばどこに作ればいいんだ? 魔国の隣とかか?
「そういった話はおいおいしていきましょう。まずはロバーツに話す必要があります」
「わかりました。じゃあ俺が転移でウィークまで送りましょうか?」
「いえ、問題ありません。転移は私も使えますので」
万能な人だ。
そして一先ず、話は終わった。
ウィリアムさんはフランチェスカと共に、商人の町ウィークに向かうという。
別れ際、フランチェスカとドリーが何やら揉めていた。魔的通信に残ってほしいのだろう。
「さあ、王城で同盟でも結びに行くか?」
「そうね、早く済ませましょ? 今日はなんだか疲れたわ」
「そうですね。建国の話を聞いただけですが、少し疲れました」
ネムは大丈夫そうだが、2人は疲れている様子だった。
少し付き合わせ過ぎただろうか? 宿はシュナイゼルが用意してくれている。
そして残された俺たち4人はその場を後にし、シュナイゼルの待つ王城へと向かった。
――――。
この日、ウィリアムと再会し、すると思いがけず俺の建国記が始まった。
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