第192話 さよなら、親友……

 荷造りを済ませ、俺たちは正門付近にある掲示板の前に来ていた。

 雨の中、見上げる校舎はどこか寂しげで、思い入れのないはずの学院が違って見える。

 そこへパトリックが現れた。

 もう何も告げずに行くつもりだった。

 学院へ来て最初に衝突し、そしていつしか友人となった。だからこそ何も言わない方がいい場合もある。


「水臭いな」親しみをもってパトリックはいった。


 もう以前のようには話せない。俺のせいだ。


「ニトのおかげだ。ニトがいたから変わることができた。友人すらいなかった俺に、手を差し伸べてくれたのはニトだけだった。それまで俺はずっと一人だったんだ。それでも強くあるために虚勢を張り、周りを見下すような態度で過ごした。いつしか俺に話しかける者はいなくなり、益々一人になった。自分で招いたことではあったがそれでも苦しかった。誰にも相談できなかった。そんな時、ニトが現れたんだ。そして、救ってくれた」


「大袈裟だ。それはお前の力だ。お前が求め、自分で手に入れた力だろ」


 パトリックの傍らにサラが現れた。俺を見るなり思わしくない表情でこちらを見た。


「私たち精霊王にはアダムスの想いが宿ってるわ。アダムスに生み出された私たちは、彼の思想に背けない。でも、あなたとパトリックを見ていると、もしかして、とそう思うこともあった。深淵の愚者や私たち精霊王や、終焉の守護者であるパトリック、それぞれにはもっと違った人生がある、と。そうはならない、と。何度もそう思った」

「終焉の守護者?」

「終焉が訪れないように、深淵の……」


 サラが言葉を止めたような気がした。


「深淵の愚者から世界を守護する者、それが精霊王と契約した者の定め」

「深淵の愚者から? 終焉が訪れないように、ってどういう意味だ。何でそんなものが訪れる」

「もう、あなたは分かっているでしょ? あなたにはまだ選択できる。でも……」


 またサラが言葉につまったようだった。


「精霊王は深淵を感知することができるわ。そしてどういうわけか、その時が近づくにつれて守護者は集まり始める。私たち精霊が望んだわけでもなく、まるで何かの意志が働いているように。そして5人の守護者が集まった時、世界に終焉の兆しが訪れる」

「だとしたら、それがアダムスの意志って奴なんだろうな」

「そうかもしれないわね。あの人は私たちに多くを語らなかった。まだ話してないことがあるのかもしれないわ。私たちのことも」


 その時が迫るにつれて集結する5人の守護者。つまりパトリックは選ばれし者ってことか。


「やったなパトリック。お前は選ばれし者だってさ」


 茶化したわけじゃない。こんな面白くない話をするよりも、どうせならただ笑ってお別れを言いたかった。

 それができないと分かっていたからこそ、俺はこのまま去ろうとしたんだ。


「言いたいことは分かった。だが俺は、こまでも信じた道に進む。あいにく俺には信じてくれる仲間が3人もいるんだ。周りの都合に合わせて生きた結果、俺はいつだったか虐げられ無能だと言われた。だからもう周りに縛られるような選択はしない。すべて自分の意志で動く。それが極論お前の言うその時であったとしてもだ。俺は自分を疑わないし、迷わない」


 パトリックに背を向けた。

 こいつらが何を危惧しているのか、何故サラが言葉を詰まらせパトリックも同じように暗い表情をしているのか、それは分かっている。

 気付けるだけのきっかけはあった。サラの言葉やヴェルの言葉、サブリナの言葉やオズワルドの言葉。おとぎ話なんかもそうだ。名無しの冒険者にもそう書いてあった。そして、すべての言葉には共通して似たようなメッセージが含まれていた。

 だから俺は気づくしかなかった。

 裏切り者の冒険者は、深淵に落ちた。つまり、そういうことだろう。

 深淵に触れた者は愚かで、いつか何かを裏切り、世界に破滅をもたらす。

 サラの言葉を借りれば、それが終焉だ。アダムス自身、王の候補者だったということだが、おそらく深淵に何かを見たのだろう。

 その結果、深淵を禁忌とした。そして3つの警告文まで遺した。

 深淵は悪だとそう判断した。だからこの世界にはアダムスの思想が染みついている。


「パトリック。俺は、俺たちは、そうはならないさ」


 俺は俺だ。


「俺が自分を信じている限り、深淵が俺を裏切ることはないし、俺もお前らを裏切らない」


 サラはそれでも俺を信じない。


「あなたの意志は関係ないの。深淵はいつか、あなたを蝕むわ。そうなったら、あなたはもうパトリックを友人として認識できなくなる」

「それはアダムスの考えだろ。そいつの言ってることが正しいなんていう証拠はどこにもない」


 サラは俺が深淵に呑まれることを危惧しているのだろう。だが俺にはヴェルがいるし、そんなことにはならない。

 パトリックは俺にとって友人だ。だから最後くらい普通に話したかった。


「じゃあな、パトリック……頑張れよ」


 もういい、話はここまでだ。こんなもんだ。

 俺はパトリックに背を向けたまま、別れを告げた。

 そのまま正門へと歩き出す。


「ニト!」


 パトリックの呼び止める声が聞こえた。何と反応すればいいのか分からない。もう返事なんかできない。


「俺たちは! いや……。お前は俺にとって、親友だ!」


 親友か……。

 じゃあな、親友。


 今日は、雨だ。

 さっきまで晴れていた空も今は暗く、もう何も見えない。

 ただ地面に打ち付ける雨の音が聞こえるだけ。

 仮面をしていて良かった。

 これではびしょ濡れになってしまう。


「さあ行こう……」


 俺の言葉に3人は微笑み、いつものように返事をする。

 そしてもう、俺が、振り返ることはない。

 別れは空しく、この雨のようにどこか悲しく、どこか呆気ないものだった。





 正門を抜けると、そこに数台の馬車があった。

といってもただの馬車ではない。

いつも目にするものよりも、5倍くらい大きい。

馬の数も半端じゃない。


すると馬車の扉が開き、そこにシュナイゼルが現れた。

ダームズアルダンの王が、俺に一体何の用だろうか?

と言っても理由は分かっている。

今回は礼くらい言っておこう。


「助かったよ、俺は晴れて無罪だ」


だが俺がそう言っても、シュナイゼルは表情を変えない。


「無罪とは少し違う。お主の身柄は我に一任されたのだ。と言っても、我はお主を拘束する気も、見張りを付ける気もないがな」


「……」


「雨が強くなってきたな。こんなところではなんだ、少し馬車の中で話さぬか?」


俺は考えていた。


今回、異端審問により下された判決は、おそらく、こいつの後押しによるものだと思う。

というのも、こいつだけが俺に助言をくれたのだ。

深淵と言う言葉を使うなとか、ウソ偽りなく話せだとかだ。

と言っても一応、嘘をついた部分はあるが……


ならば少しは話を聞いてやってもいいだろう。

レオナルドとの約束もあるしな。


「ならレオナルドとの約束もこれでチャラだ。王のあんたと話すんだからいいだろ?」


「うむ、国へ戻ったら本人にそう伝えよう」


するとそこへ、近くにあった別の馬車から、もう一人、“王”が現れる。

覚えている。――デトルライト共和国の女王だ。


「ニト殿、私はデトルライト共和国のシルヴィアと申しますが、少しお時間よろしいですか?」


変わった女王だ。

執事を付けているのに、自分で傘を差している。

シュナイゼルですら、執事に傘を持たせているというのに。


「なんでしょう?」


「いえ、折りいった話ではないのです。ただ一言、お伝えしたいことがありまして……」


「はぁ?……」


俺は「なるほど」と言うように、間抜けな声を出す。


「ニト殿、あなたは英雄です!」


急に両肩を掴まれた。


「それを忘れないでください! ニト殿は人々をお救いになられました。他にも色々とお話したいことはありますが、私はそう思っています。デトルライトはあなたを歓迎いたしますので、近くを通りかかった際には、是非お立ち寄りください」


するとデトルライトの女王は、それだけを伝えると一礼し、執事と共に去っていった。


あっさりとした大袈裟な熱弁。

なんだろうか? 悪い人ではないんだろうが、正直どうでもいい。

それに何となくシエラを彷彿ほうふつとさせるような……とりあえず面倒臭い。


そして俺たち4人はその後、シュナイゼルに招かれ馬車に乗った。






 馬車の中は広々としていて、1LDKの部屋くらいはあった。

そして、さらに他にもいくつか部屋があるようだった。

こんなもので来たのか? ホテルが何のために建設されたのか分からなくなる。


俺たちは、絨毯じゅうたんの敷かれたリビングに案内され、「適当に座ってくれ」と、ソファーに腰を下ろした。

するとテーブルを挟み、向かいのソファーに腰掛けるシュナイゼル。


「単刀直入に言おう」


という前置きで、シュナイゼルは会話を始める。


「ダームズアルダンに来てほしい」


だと思ったよ……


「それで? 理由は?」


大体、分かっている。


「先ほど軽く説明したが、お主については我に一任された。延いては、お主と同盟を結びたいのだ」


「は? 同盟だと?」


意志を同じくした者同士が、互いの協力を誓い結ぶ約束ごと。


――それが同盟だ。


だが……


「あんたは一国の王だろ? 対して俺はただの冒険者だ。国が個人と同盟を結ぶなんてあるのか?」


「聞いたこともないなぁ?」


「は?」


なんだこいつ? 馬鹿にしてるのか?


「本来はそういった場合、雇うか、もしくは位を与え吸収してしまうものだ」


普通は騎士や貴族などの位を与え、国の一部にしてしまうもの。

それが通例だと言えるだろう。


「だがあんたは飽くまで“同盟”を結びたい訳か?」


「そうだ。そのためにダームズアルダンに来てほしい」


「何のために?……」


要は、手続きだけなら俺がわざわざ行く必要があるのかということだ。


「現状、お主は個人だ。国が個人と、それも冒険者と同盟を結ぶなど在り得ぬことではあるが……そこで、お主に是非、『大魔導師』の称号を取得してほしいのだ」


「大魔導師だと?」


何度か聞いたことがある。

魔導師の最上位に位置する位、それが大魔導師だ。


「そうだ。ついては、ダームズアルダンにある魔導師教会へ推薦状を出しておいた」


「は?」


勝手なことをしやがって。


「魔導師教会へ推薦状を出しておいた」


「聞こえたよ。そうじゃなくて、なんで俺が大魔導師にならないといけないのかって聞いてるんだ?」


「ん? なるほど、そうか……」


するとシュナイゼルは意外そうな表情をし、勝手に納得していた。


「お主は大魔導師を知らぬのだな?」


「どういう意味だ?」


するとシュナイゼルは改まったように説明する。


「まず、国が魔導師と接触することを危険視する者はおらぬ。出来ないと言った方が正しいであろう。だがこれが『大魔導師級』ともなれば別だ。『大魔導師級』の魔導師は、個人で国家級戦力に値する。だが、ただの個人である魔導師との接触を追及したところで、罪にもならなければ、謀略として議題に上げることも出来ぬ。つまり“大魔導師という称号”は、国が安易に国家級戦力と接触することに対して、追求し、それを国際問題として扱うことを可能とするための制度なのだ」


つまり、どれだけ強かろうと魔導師は個人であり、一国の王が接触しようと問題にできない。

だが接触は、パワーバランスの崩壊を危惧きぐさせる。

もし、大魔導師級の魔導師を国が大量に囲い込むようなことがあれば、その国は脅威となり、結果、平和が脅かされる可能性が出てくる。

国民も不安になるだろう。


「では何故、可能となるのか? それは、大魔導師が『個人』ではなく『国』として認識されるからだ」


「国だと?」


「うむ、大魔導師の称号を取得した者は、その時点から国と認識され、特に王などと接触した場合、建前上は記録に残るようになる。不当な接触は謀略とし、問題として扱うことが出来るのだ。そして国である以上、魔導師だからとて、国が囲い込むことは出来なくなる。そして国であるということは、すなわち、同盟が可能となるという訳だ。今回、我が提案した同盟だが、称号取得後であれば、説明したように、それはお主個人との同盟であっても、国家間での同盟と認識される」


「それで? その同盟にはどういう意味があるんだ?」


システムは理解した。

さっさと話しを進めてほしい。


「まず一つは、我が後ろ盾となることが出来るということだ。今回の件は既に世界へ伝えられておる訳だが、これを機に、お主を取り込もうとする組織や国も出てこよう。だが申したように、国である者を取り込むことはできぬ。そしてそれに伴い、何かしらの問題が起きた場合、我が後ろ盾となることが出来る。お主に手を出すということは、ダームズアルダンに牙を向けるということだ。今後、起こり得る問題も多少は緩和されよう」


つまりこいつは実質、俺を囲い込み、誰も俺に手出しできないようにしたい訳か?

そうすることで俺が何らかの問題を起こさないようにしたいということか。


「誤魔化すつもりはない。だが同盟を結べば、今後、お主も問題を起こせぬ上に、深淵を扱う機会も減らせよう?」


深淵か……つまり、すべてお見通しってことか?

ということは、他の6人の王も深淵を知っていて、今、シュナイゼルが提案したここまでの内容もすべて知っているという訳だ。

でなければ、こいつに一任する訳がない。

そして俺の無罪は、この同盟を引き受けた上でのモノだということか?


「俺は縛られるのは嫌いだ。お前ら八岐の王がどう思おうと、俺はただの冒険者だからな?」


「もちろんだ。我はお主を縛るつもりはない。ただお主はもはやただの冒険者ではない。勧誘を強制する者も現れよう。そうなった場合、お主は力技で反発するであろう? そうなれば、周りに被害が出る。だが我と同盟を結べば、それも阻止できよう」


「……」


これは飽くまで提案だ。

だが断ればさらにその理由を追及されるだろう。

ここでこいつを殺せば、バレるに違いない。

すべてこいつらのシナリオ通りという訳だ。

ここまですべて……つまり、俺はこれを断れない。


「ご主人様は大魔導師になるのですか?!」


「え?」


するとネムが嬉しそうに尋ねてきた。


「ニト様が大魔導師……当然の結果です!」


スーフィリアまで。


「ねえ? どうするの? ダームズアルダンに行くの?」


トアは乗り気らしい。

もしかして、魔国に行きたくないのだろうか?


「大魔導師になるだけなら別に構わないんだが、まさかそんなシステムが絡んでくるとはなぁ……」


魔導師は政治の道具にもなる。

どこまでいっても魔法は道具か……


「同盟ねぇ……」


「直ぐに決める必要はない。だが急いでいないのであれば、とりあえずダームズアルダンに来てはもらえぬか?」


ダームズアルダン……同盟……大魔導師……


……


悩んでいても仕方ないか?

優柔不断なのが俺のいけないところだ。


「3人が良いなら、とりあえず行くか?」


「はいなのです!」


「わたくしはニト様についていきます」


「任せるわ」


皆、適当だなぁ~……まあ、いいか、適当で。


「ではニト殿、我が直々に、ダームズアルダンへ招待しよう」


そこでシュナイゼルが傍にいた者へ何かの指示を出す。

すると馬車がゆっくりと動き出した。


雨が窓ガラスに打ち付ける。

異世界の雨は激しいな。


出発の日が大雨とは、天にでも見放されたか?

だが信じていないモノに見放されるなど、俺には関係のない話だ。


行き当たりばったりに進む冒険というのも、時には良いだろう。

冒険とは本来そういうものだ。

とりあえず行き先は決めた。

ダームズアルダンを経由し、その次は魔国だ。


そして俺たちは、この日、“揺れない馬車”に乗りながら、大雨に迎えられ、学院を去った。


するとその時、隣の部屋の扉が、静かに開く。


「ん?」


「どうも、ニトさん」


静かに声が聞こえた。


「……」


どういうことなのか?


何故か、そこにフランチェスカとドリーの姿があった。

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