第179話 2人の精霊王
オズワルドはサブリナを捉えると、一旦戦場から離れ、サブリナと合流する。
「避難を終えたわ」
「ようやった」
「状況は?」
「見ての通り、この有様じゃ」
そこからでも見える魔導師の死体。
持ち堪えているのが不思議なくらいだ。
「何故ここに生徒がいるのじゃ?」
オズワルドは呼吸を整えながら、切迫した気を落ち着かせ尋ねた。
「彼は精霊王と契約していて……」
「何じゃと?!」
サブリナはパトリックの件を話していなかった。
「精霊王か……ブラームス様と同じ……」
「彼には後方からの援護につかせるわ」
「先生、俺はいけます!」
パトリックは、自分は出来る、とその案を拒否する。
「今はダメよ。あなたが死んだら、私はアーノルドにどう説明すればいいの?」
アーノルドとはパトリックの父親。
ラズハウセンの現国王である。
「魔力に余裕がある間は大丈夫です」
「過信するでない」
するとオズワルドが冷静に否める。
老体にこの戦いはきつい。
もはや怒る気力もないのだ
「あそこにおられるブラームス様も、精霊王と契約されておられる精霊魔導師じゃ。じゃが……」
現在もブラームスは上空で、カイゼルと戦闘を繰り広げていた。
「魔族は別じゃ。人間や獣人を相手にするのとは訳が違う。用心することじゃ。そしてサブリナの言うことに従うのじゃ」
オズワルドは「後は任せる」とだけ言い残し、また戦場へと戻っていった。
そうしている間にも、魔導師たちが殺されているからだ。
休んでいるわけにはいかなかった。
その時、ブラームスの召喚した
「さあ! 私たちもいくわよ!」
「……はい」
2人も戦場へと合流する。
「【
サブリナは走りながら青い刀身のつるぎを召喚した。
するとその時、パトリックの肩に浮遊した状態のサラが姿を見せる。
「パトリック?」
状況を理解しているサラは、直ぐに意思確認をした。
「ああ、全力でいく。力を貸してくれ!」
サラが頷いた瞬間、パトリックの体を青い炎が包んだ。
パトリックは、徐々に炎を調整し、戦場へと駆けて行く。
「もう少しよ」
青い炎をさらに注いでいくサラ。
「分かった」
サラの助言を聞き、青い炎を受け入れるパトリック。
その瞬間、右手に赤、左にオレンジの炎が灯った。
「先生! 俺は右から行きます!」
援護しろとあれほど言ったのにも関わらず、単独行動を望むパトリック。
「援護するわ」
魔族を前にして、言い争いをしている場合ではなかった。
サブリナは仕方なく提案を呑む。
その瞬間、パトリックの全身から青い炎が噴き上げた。
パトリックは加速し、途端に動きが速くなる。
両手から噴き出す炎。
パトリックは、魔法を詠唱する。
「【
全身から噴き上げた青い炎は安定するように、パトリックの全身へと絡み付いていった。
「サラ、行くぞ!」
パトリックの声に2人が呼応する。
「【
パトリックを纏っていた青い炎が
パトリックは胸元の炎に両手をかざした。
安定した炎は形を為し、パトリックは右手でそれをすくい上げるように掴む。
安定した状態の青い炎が、パトリックの手の平の上で燃えている。
パトリックはその炎を握り潰した。
潰された炎は溢れるように右手を覆い、直後、パトリックは魔族の大群に向けて、手を振り払った。
一振りで3発。それをパトリックは連続して3回行った。
計9発の青い炎。
精霊王の炎は空気を燃やすような轟音と共に風を切り、そして見事、魔族に命中した。
魔族の悲鳴が戦場に響き渡る。
直後、炎は全身に燃え広がり、一瞬の内に魔族を灰にした。
いける! これならいける!
パトリックは確かな実感を得た。
またパトリックの全身に青い炎は灯る。
「待ちなさい!」
パトリックの調子の良い足取りを止めるサブリナ。
「ここにいなさい」
「……」
「使い慣れていない魔法では、いずれ限界がくるわ。燃えるのは炎だけでいいのよ。今のあなたはどう見たって危うい。でしょ?」
サラに同意を求めるサブリナ。
「パトリック、彼女の言う通りよ。今のあなたはまだ未熟だし、生き急げば寿命は縮まるもの。後方支援に徹するべきだわ」
パトリックを説得するサラ。
聞き訳が良かったパトリックは、一拍置いた後、それを受け入れる。
サラを信じているのだ。
「分かった。サラがそう言うなら、そうするよ」
サラ、そしてパトリックの間には絆が生れていた。
サブリナはニトとは正反対のパトリックに、意外な一面を見たような感覚を覚えた。
突然、大きな魔力を感じたパトリック。
だが気づいた時にはもう遅かった。
「ガハッ!」
突然どこからか飛んできたそいつは、パトリックの腹に向かって容赦ない蹴りを喰らわせた。
油断していたパトリックに、受け身など取る時間はなかった。
「パトリック!」
後方に吹き飛んだパトリックに駆け寄るサラ。
額から2本の角を生やした、肌の真っ黒な魔族がいた。
瞳は赤く、その姿は悪魔を連想させる。
すかさずサブリナが守護のつるぎを握り締め、背後からその魔族へ襲いかかった。
「お前に用はない」
サブリナの剣を手で弾き飛ばし、そのまま腹に横蹴りをくらわす魔族。
サブリナはそのままどこかに飛ばされてしまった。
手元を離れた『守護のつるぎ』は、直ぐに姿を消した。
腹を押さえ息苦しそうに起き上がるパトリック。
「強い魔法使いだ。精霊魔導師か」
少しずつ近づいてくる魔族。
「これ以上、同胞を殺されるわけにはいかん。俺たちはただトアトリカ様を救いに来ただけなのだ。お前のような奴には、悪いが死んでもらう」
黒い魔族は、黒い肌に映えた赤い三白眼をギラギラと向ける。
それだけでもう相手は、恐れおののくこと間違いなしだろう。
パトリックは起き上がると、直ぐに戦闘態勢に入る。
遠くに飛ばされ気絶するサブリナを横目に、再び青い炎を生成した。
「精霊か。人間はすぐに他者を支配したがる。実に愚かな生き物だ」
「支配とは違う。互いに認め合ってるんだ。お前には分からないだろうがな」
「分かりたくもない。ただむせかえるだけだ。貴様らの下種さにな」
魔族が動いた。
腰に携えた剣を抜き、黒い霧のようなモノを纏わせる魔族。
それが何かは分からない。
パトリックが火を放った。
それに対し、魔族は剣で火を弾く。
「流石は精霊」
だが剣は直ぐに使いものにならなくなった。
「新調した剣がこの様とは」
剣を捨て、背中から黒い翼を出した魔族は、そこから急に加速しパトリックに迫る。
「パトリック!」
「ああ!」
パトリックは、目の前に炎の柱を築いた。
青い柱は上空に突き上げ、周囲に火の粉が散った。
「パトリック! 飛行魔法よ!」
サラが切迫したように言う。
「まだ出来ないだろ!」
「いいから! 今しかないわ!」
パトリックは納得していないような態度を示したが、考えている時間もなく、直ぐに炎を展開した。
炎はパトリックを包み込み、次第に背中へ集中した。
パトリックの背中で炎が2つに分かれ、形を為していく。
パトリックの背中に炎の翼が生えていた。
上部の翼角、下部の風切で構成されている。
「よし! 行くぞ!」
練習中の魔法ではあるが、パトリックは直ぐに羽ばたき上空へ飛びだった。
炎を消さぬようコントロールしながら翼を動かすパトリック。
サラは、サラマンダ―の翼で羽ばたきながら後を追う。
翼を広げ、その後ろを追う黒い魔族。
パトリックは追われる形となった。
魔法を放ち、パトリックを撃ち落とそうとする魔族。
パトリックは必死に逃げ回った。
その様子を遠くの方で見つめるブラームス。
「ヴォルート様、あれはまさか……」
『間違いないわ。火の精霊王サラマンダーの
「ということは」
『逃げ回っているのは精霊王の契約者ね』
「……」
ブラームスはその回答に、険しい表情を見せる。
偶然居合わせた、2人の精霊魔導師。
さらにそのどちらも精霊王と契約している。
「“その時”が、近づいているということですか……」
『……分からないわ』
2人共、あまり良くは思っていない様子だ。
「よそ見してんじゃねえよ!」
ブラームスに炎の槍と竜巻を放つカイゼル。
間のない魔法の連撃に、魔族たる所以がある。
彼らにとって魔法とは特殊なものではなく、ごく自然なものなのだ。
方、オズワルドは、サブリナが飛ばされた瞬間を見ていた。
だが今、自分がこの場を離れれば、魔導師たちが死んでしまう。
ろくに救援にも行けない。
オズワルドは、懐から2つの杖を取り出した。
「お主ら! これを使うのじゃ!」
オズワルドはその昔、まだ冒険者だったころ、守護の錬金術師という異名で、世界にその名を轟かせていた。
彼の職業は錬金術師だ。上級錬金術師ではないものの、オズワルドの作る魔道具は、類を見ない一級品であった。
魔法を物に封じ込め、いつでも誰でも自由に魔法を使うことの出来る魔道具で、多彩な魔法を扱うことが出来たオズワルドは、回復と支援、攻撃と、他職業の魔法を扱うことができ、対応できないものはない。
オズワルドは、いつしか『守護者』と呼ばれるようになっていった。
オズワルドは、付近にいた2人の魔導師にその杖を渡すと、颯爽と駆けて行った。
サブリナを救出するために。
▽
既に誰もが疲弊していた。
魔力が尽きかけながらも、魔族に爆裂魔法を放つ一条。
一条を援護するフィオラ。
一方的な攻撃に苦戦するパトリック。
背中の翼に気を集中しながら、後方から迫る黒い魔族を相手にするのは、未熟な精霊魔導師であるパトリックには骨が折れた。
気絶したサブリナはオズワルドの回復魔法により治療中だった。
パトリックを手助けする者はいない。
生き残っている魔導師たちは、オズワルドから受けとった魔道具の杖を使い、各々、傷を癒す。
だが回復中は隙が生れることから、休んでいる暇もない。
杖が上手くいき渡らなかった。
ブラームスはカイゼルと戦闘中だが、未だ討伐には至っていない。
あの時、『三本足の水鳥のパブ』にて、ニトにあっさりと拘束され、魔法も使えず身動きもできなくなったカイゼルだが、俊敏な動きと多彩な魔法はブラームスを悩ませ、手こずらせた。
それぞれが分かれた場所で疲弊し、そして危うい状態にあった。
この間にも無残に殺されていく魔導師や冒険者たち。
「一度、距離を取ろう!」
とある魔導師は、隣いた冒険者にそう提案した。
だがその直後、そこにいたはずの冒険者の首が飛ぶ。
「なっ……」
言葉を取られたように口を開け、奥歯を噛みしめ、悔しさを誤魔化す魔導師。
「人間ってのは弱えなあ! カイゼル様の情報も当てにならねえぜ! 俺たちはこんなカスに、これだけの用意をしたってんだからなあ! ホント間抜けだよなあ!」
馬鹿笑いする魔族軍。
ニトに何もできなかったカイゼルは、その後、魔国に戻り、トアを見つけた事と、事態を王に知らせたのだろう。
人間の中に只者ではない、異常な者がいると。
だがそれはニトに限った話だった。
カイゼルはそれを知らなかったのだ。
カイゼルはカサンドラ王に、軍を動かす許可を求めた。
シャステインの幹部でカイゼルの言葉を、王は素直に信じる。
王の血族であり、幹部であるカイゼルの言葉を信じないはずはなかった。
その結果がこれだ。
カイゼルは少数精鋭で良かったかもしれないと、少し後悔していた。
魔族の狡猾な魔法により、魔導師の体がはじけ飛んだ。
残された魔導師は3人だ。
対校戦には多数の冒険者や旅人、そして商人なども訪れていた。
だが当然のことながら、関係のないこの事態に手を貸そうとする者は極々、少数だった。
今、ここに残っている3人の魔導師は、善意から手を貸した者たちの生き残りだ。
最初は勇気でカバーできた。
だが数が減り、次第に恐怖は大きくなっていく。
今、魔導師たちの恐怖が限界を迎えた。
「うわあああ! わぁっわぁっわあああああああ!」
耐えきれず発狂した魔導師の一人が、戦場から離脱していった。
「こりゃあ傑作だ! あいつ逃げやがったぞ!」
魔族たちはその様子にゲラゲラと腹を抱えて嗤った。
一人の離脱に続き、さらに残された2人も離脱する。
もう戦場には、ブラームス、一条、フィオラ、パトリック。辛うじて生きている金の騎士とシュナイゼルしかいない。
金騎士の多くも殺され、残りは少ない。
状況は完全に悪い方向へと動いていた。
一方、オズワルドの魔法で意識を取り戻したサブリナだったが、蹴り飛ばされた時に頭を打ったのか。起き上がってもふらついた状態だった。
もう戦闘どころではない。
誰もが疲弊した中、状況は最悪だった。
勝ち目があるのはブラームスだけだが、ブラームスも足止めをくらい、他の者を助けにいけない。
次に可能性があるとすればパトリックだ。
精霊王の魔力はまだ残っている。
それでも魔族を相手に逃げ回ることしかできないのは、パトリックがまだサラの力を扱えていないからである。
飛びながら攻撃も行うなど、パトリックにはまだ出来なかった。
「逃げるだけか? 人間」
黒い魔族が挑発する。
だがそんな言葉を聞いている余裕などない。
翼の炎を安定させるだけで手一杯だったのだ。
「サラ! 一度おりよう!」
「無理よ! 今、地上に下りたら、また直ぐに距離を詰められて終わりよ?! 次は蹴られるだけじゃ済まないわ!」
能力はあるのだ。
だが現時点で、パトリックに勝機はなかった。
蒼炎などという大層な力も使えなければ意味がない。
パトリックはひたすら逃げ回った。
だがその時だった。
「ガハッ!」
突然、後ろから声が聞こえたのだ。
「え?」
振り返ったサラは驚き、そして困惑していた。
その表情を横目に、パトリックも一度、背後へ振り返る。
そこに、口と胸から大量の血を流した魔族の姿があった。
パトリックは動きを止め、黒い魔族に目を凝らした。
魔族はパトリックの目に視線を合わせ、一瞬、微笑む。
「なんだ?……どういうことだ?……」
パトリックがそう言った時、そこから地上に落下した。
サラとパトリックは、互いに顔を見合わせると地上に下りる。
落ちた魔族の元へ駆け寄り、安否を確認した。
「死んでる」
黒い魔族は絶命していた。
見ると、魔族の胸元はくりぬかれている。
何と辺りを警戒したパトリックは、そこから少し離れた場所に、小刻みに動く臓器のようなものが落ちているのを見つけた。
「あれは」
パトリックは疑問符を浮かべ、それを見た。
「心臓よ」
サラが先に答える。
魔族の心臓が落ちている。
だが何故だ?
パトリックは答えを求めるように、辺りを見渡した。
見つけた。
戦場の中央に現れた、その赤黒い魔導師を。
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