第180話 憂鬱な王と『拠り所』

 右奥の上空に2人。

魔力は稀に見るデカさだが、誰だろうか?


そして左手前の上空に2人。

あれは……ん? パトリック? なんであんな所にパトリックがいるんだ?


「なあ? あれってパトリックだよなあ?」


俺は誰という訳でもなく、ただ呟くように尋ねる。


「……そうね。パトリックがいるわ」


トアが目を凝らし飛び回るパトリックを捉えながら答えた。


「あいつ……何で飛んでるんだ?」


パトリックは飛行魔法を使えたのか?

というかあの背中の翼はなんだ? 青い炎……ってことは、サラの炎か?


まさか、あんな使い方ができるとは……


そこで俺は一度立ち止まり、魔力感知を行う。

前方に向かって範囲を拡大し、大体の人数を把握した。


 パトリックが飛び回っている辺りの真下に、サブリナとオズワルドの魔力を見つけた。

 そして、このまま真っ直ぐ進んだ戦場からは、一条の魔力も感じる。

 あいつ、龍の心臓のクセにこんな戦いにも参加してたのか? 相変わらずのお人好しだ。

 あれはいつか自分を殺すんじゃないだろうか? お人好しも過ぎれば自殺行為だ。


「ニト?」


立ち止まり考える俺に、トアが疑問符を浮かべていた。


「とりあえず、先にパトリックだな」


 パトリックは魔族に追いかけられている様子だった。

 それは目視でも分かった。


 そして俺は、パトリックを追いかけている黒い魔族に狙いを定める。


「【理不尽な強奪リディック・ロスト】!」


 魔族の心臓を強奪し、えぐり抜いたところで魔法を解き、そのまま心臓を地面に落とす。

 不本意だが仕方ない。これでいいだろう。


 魔族が上空から地面に落下するのが見えた。


「次だ」


 俺はそのまま戦場に足を進めた。


 町を抜け、草原地帯に入ると、戦場の全容が見えてくる。


 肉片と血の飛び散った草原。

 多数の魔族の死体と魔導師の死体。

 それらが至るところに転がっていた。


 一条も頑張っているみたいだ。

 金色の剣を振り回しながら険しい表情で戦場を走り回っている。


「どこから始めようか」


 するとその時、右奥の上空で戦闘を繰り広げている2人の影、その一方の顔が見えた。


「あいつは確か」


思い出した。

あれは確かパブで、トアに絡んで来たシャステインの魔族だ。

名前は忘れたが。


俺はとりあえず、そいつを引き寄せる


「【理不尽な強奪リディック・ロスト】!」


 攻撃はせず、体ごと傍に引き寄せた。

 絶叫。

 目の前まで引っ張ってきたところで拘束する。


「【束縛する者ディエス・オブリガーディオ】!」


 手前で止めた魔族を白い腕で捕えた。


「ぐっ!」


青い魔族は拘束され、身動きが出来ない。

この腕に掴まれたものは魔法を自由に使えなくなる。


「久しぶりだな?」


俺が魔族にそう問いかけた時、右の後方、上空からパトリックが現れた。

つたない着地の後、俺のところへ走ってくる。

傍らにはサラの魔力も感じた。


「ニト……」


俺は何も答えない。

するとパトリックに続き、今度は左奥の上空から、知らないおっさんが現れる。

飛行魔法が流行っているのだろうか?

着地は立派なものだ。安定している。


「お主……」


おっさんは着地すると直ぐに話しかけてきた。


「確かニトと申したな?」


誰だこいつ?

白い髭と髪が偉そうだ。


俺はそいつを無視し、魔族の尋問に入る。


「俺を覚えてるか?」


俺は魔族の猿ぐつわを解き、質問した。


「はぁ……はぁ……ああ……覚えてるぜ?」


呼吸を整えながら答える魔族。


「そうか……それで? 何しにきた?」


「決まってんだろ? そこにいるトアトリカ様を助けにきたんだよ!」


「助けに、か……」


こいつの挑発に付き合う気はない。


「この異常な数はなんだ? どうせお前の仕業だろ? トアが目的なのは分かっているが、どう考えても過剰だ。数が見合ってない。 何が目的だ?」


トアを攫うためだけにこの数を用意したというのなら、普通にやり過ぎだ。

目的が分からない。


「無論、トアトリカ様をお救いするために用意したんだが?」


「嘘をつくな。トア一人にこの数は必要ないはずだ。それとも、お前ら魔族は馬鹿なのか?」


「何を勘違いしている?」


「は?」


「トアトリカ様を捕えているのはお前だろ? この軍はお前を殺すためのものだ。俺の名はカイゼル・シャステイン、魔国の幹部だ。その意味は分かるな?」


「シャステイン?」


つまり……


「こやつは王族だ」


すると知らないおっさんが口をはさんだ。


「魔族を、それも魔王の血族である俺を、あれ程あっさりとあしらっておきながら、魔国が何もしないと思うか?」


カイゼルはそう言いながら、ニヤニヤと嘲笑った。


おそらくこいつの中では、してやったりという感覚なのだろう。

“お前が原因で人間が死んだぞ?”とでも言いたいのだろう。

だがはっきり言ってどうでもいい。

もちろんこれが知れれば、俺は責められるだろう。

お前のせいで死人が出たと、そう言われるはずだ。

だがやはり、そうであったとしても同じことだ。


「なるほど、つまりお前は俺を殺したいがために、罪もない魔族を殺すという訳だな?」


「はあ? 何を言ってやがる?」


「そういうことだろ?」


こいつが軍をここに連れてこなければ、俺も殺さずに済んだ。

つまりそういうことだ。


俺は白い腕を動かし向きを変え、カイゼルにそこから見える魔族の大群を見せる。


「あいつらは今から死ぬことになるぞ?」


「ギャハハハハハハハハ! 何を言い出すかと思えば! いくらお前でもこの数は無理だろうが! 生いってんじゃねえよ!」


「……」


大群の中央に砦が見える。

車輪のついた動く砦だ。

昔、似たような奴を映画で見たことがある。

つまりあそこに司令塔がいるというわけだ。


「まずは手始めに、あの砦から片づける」


俺は戦場へ手を向けた。


「お主、確かニトと申したな?」


するとそこで、先ほどから話しかけてきていた知らないおっさんが尋ねてきた。


はぁ……なんだよ……


「あんた誰だ?」


これから魔族を殺さないといけないというのに……鬱陶しいおっさんだ。


「我はブラームス、こう見えても冒険者だ」


冒険者か……年期は入ってるようだ。貫録が半端ない。


「で? そのブラームスさんは俺に何か用でもあるんですか?」


ブラームスは俺とカイゼルを窺った後、後ろにいるトアたちの顔も窺っていた。


「お主は何者だ? その力は一体……」


「くだらないことを聞くなら後にしてくれないか? 俺はこれからここにいる魔族たちをぶっ殺さないといけない……」


いや……


そもそも何故……殺す必要がある?


急に思考が変わり、漠然とそう思った。


だが間違ってはいないはずだ。

だって、殺す必要なんてないだろ?

そもそも戦う必要がない。

もうここに一般人はいないんだ。だというのに、こいつらは何故、戦っているんだ?

死んだ奴らはもう生き返らないし、今の内に向こうのあいつらを避難させれば、もう守るものもなくなるだろ?


「カイゼルとか言ったよな?」


「なんだよ?」


「撤退する気はないか?」


「はあ?」


するとカイゼルは挑発的な態度を示した。


「流石は人間だ! この人数を見て、そんなことが言えるとは! 分からねえか? 軍を動かしたってことは、相手を滅ぼすってことだ? 目的はトアトリカ様、そして標的はお前だ人間。俺たちはお前を殺すまで帰らねえ。トアトリカ様をお救いするまで手を引くこともしねえ。お前ら人間は今日! ここで死ぬんだよ!」


まるで話が通じない。

こいつ、こんな奴だったか?

よく覚えてないが……


「そうか。じゃあ結局、仕方ないってことか」

 

一般市民は助けた。トアとの約束も一先ずは果たした。

ならば無理に殺したくない者を殺す必要はない。そう思った。


「ニト。シャステインの魔族を殺して」


トアがそう言ってきた。


「トア?」


その隣でパトリックが意外そうな表情をトアに向けていた。


「約束したでしょ?」


「トア……」


トアが、殺せと言う。


「トア、本当に……それが、お前の意志なのか? 皆んな避難したし」


「仮に私の意志じゃないとしても殺さないと、また彼らは襲ってくるわ。シャステインはそういう国よ? 自分の思い通りにならない者は何でも殺す。例え、それが同胞でも」


「トアトリカ様、それはあなたの勘違いですよ?」


その時、カイゼルが背中を向けた状態でそう言った。


「シャステインの魔族は、そんなことはしません」


その言葉に、トアの表情が一変した。


「黙れ」


 その瞬間、膨れ上がる魔力。

 無論、トアのものだ。


 するとトアは、蛇剣キルギルスをゆっくりと抜いた。

 そしてカイゼルに近づき、首元に刃を向けた。


 トアの様子にカイゼルは苦笑いをする。


「シャステインは誰も殺していません。あなたの……」


その時だった。


「ガハッ!」


カイゼルが何かを言おうとした瞬間、トアが躊躇いもせず首を切りつけた。

飛び散る血と、吐血するカイゼル。


「トア!」


俺は思わず名を呼んだ。


だが何かが変わる訳ではない。

トアはもう、切ってしまったのだから。


あのトアが……これまで俺に殺すなと言ってきたトアが、何の躊躇いもなく、殺した。

それも魔族を……自分の同胞を……


「ぐっ!……カハッ!」


パックリと開いた首筋。

カイゼルは血を吐き出した。

そして声が出ないのか、俺を見ると血のついた歯を見せ、ニヤリと笑った。


そして……


「――――」


もう、死んでいた。


「トア……」


トアの横顔が見える。

返り血を浴びた、トアの顔が……


「……」


返事もなく、トアは見開いた目で、目の前の魔族を見つめていた。


「いやぁあああああ!」


すると突然、トアが叫びだした。


「トア!?」


剣を落とし、自分の手についた血を見ながら震えている。

そして戸惑っている。

まるで、自分がやったことに気づいてないみたいに。


「トア!?」


俺は蛇剣を拾い、トアの肩に手を載せ様子を確かめた。

するとトアは、怯えたように震えたまま、ゆっくりと俺の方へ向いた。


「ニ……ト……」


「トア?」


「何なの……これ? どうして、血が……」


分かっていない。トアは、分かっていないんだ。

あの時もそうだった。

俺が尋ねても断言しても、否定するばかりで、まるで記憶が抜けたように、何も覚えていない様子だった。


そして、その時、トアの首がガクッと項垂れた。

と思いきや、トアは直ぐに顔を上げる。


 急に、トアが笑い声を上げた。高笑い。


「トア?……」


正直、何と言えばいいのか分からない。

トアが壊れた。


「トア!? どうしたのです!?」


思わずネムが問いかける。

すると急に笑い声が止んだ。


トアはネムの方を見る。


「何でもないわ、ネム……少し気分が良かっただけよ?」


トアじゃない。

これはトアじゃない。


じゃあ誰だ?


一体……誰だ?


「誰だ?……お前は……」


「え?」


するとトアが俺の方を見た。

その時、一瞬、トアの目が光って見えた。


「何を言っているの?……ニト?」


瞳孔が開いたような目に、ニヤリとした不気味な笑み。

顔に返り血がついているからだろうか? 異常に見える。


「私はトアよ? トアトリカ――」


パトリックも戸惑っていた。

そしてそのまま動かない。


「お主ら、一体何をしておるのだ?」


おっさんが尋ねる。


だが俺が聞きたい。

さっきから俺は、トアに何を尋ねてるんだ?

何をしてるんだ?


「なんで、殺したんだ? こいつには色々と聞くことがあったのに……」


「そんな必要ないわ。どうせ聞いても面白くないもの。ニトが侮辱されて終わりよ? だから私が殺してあげたの。いいでしょ?」


口調が違う。

それにトアは、こんなに殺気立ってないし、こんなことも言わない。


「本当にトアか? まるで……」


「トアだって言ってるでしょ?」


笑顔のまま、怒りを向けるトア。こんな表情もしない。

まるで、以前のスーフィリアみたいだ。


「ニト? 早くシャステインを殺して?」


「え?」


「殺してよ? 約束したでしょ? 殺すって」


「俺は……皆を助けると言っただけだ。そのためには魔族を殺さないといけないって、そう言っただけだ……殺すことは約束してない」


「でも殺さないとまた人間が死ぬわよ? 私との約束を破るの?」


「……」


畳み掛けるように言葉をぶつけるトア。

トアは、どうしてしまったんだ。


「トア? 少し落ち着いたらどうですか?」


その時、見かねたスーフィリアが間に入った。


「あなたは黙ってて……」


すると冷たく突き放すトア。


トアの肩に手をかけようとしたスーフィリアの手が止まる。


「私のニトを取らないでよ――」


トアはそう言い放った。

その言葉に何も返せず、困惑するスーフィリア。


「シャステインの魔族は目的を終えるまで帰らないわ。あの女はそうやって周りの者を従わせてきた」


「あの女って誰のことだ?」


「カサンドラよ」


カサンドラ……確かシャステインの魔王の名だったか?


「欲しいモノは必ず手に入れる。思い通りにならないモノは壊し、そして殺す。それがあの女のやり方よ」


やけに詳しい。同じ魔族なら当然か?


「私が目的なら、あの女は私を手に入れるまで絶対に諦めない。シャステインはどこまでも追ってくるわ」


その“シャステイン”という言葉が気になる。

トアは先ほどから、魔族とは言わずに『シャステイン』というのだ。

そこにはどうも私念のようなものを感じた。

いつかトアから感じた殺意に似ている。

そして俺ともよく似た……復讐という感情であるように思う。


だがトアに、そんな感情があるはずはない。


「あいつらを……殺せばいいのか?」


「うん。殺して……」


「トアの同胞だろ?」


俺は口が勝手に動いているような感覚の中、尋ねる。


「お父様の国民じゃないし、私の同胞じゃないわ」


トアは俺に殺すように言う。

何度も何度も、俺に殺してほしいと、そう答える。約束だからと……


分かってるさ、ダメなことくらい。

深淵の魔導師は、自分の意志に反した行動が出来ない。

それが深淵の強みであり、リスクでもある。


俺はダンジョンの渦を作り、そこからヴェルの杖を取り出した。


『やるのか? マスター』


出てくるなり、そう尋ねるヴェル。

すべてお見通しという訳だ


「ああ、サポートを頼む。俺はまだ、呑まれる訳にはいかないんでな」


『……分かった。それがマスターの意志なら。もう俺は何も言わねえ』


「悪いな……」


『へっ、謝んじゃねえよ。自分で決めたことだろ?』


ヴェルは、ほくそ笑みながらそう言った。


そして俺は、戦場へ手をかざす。


「【無邪気な愚足レグル・イノセント】……」

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