第162話 落ちこぼれの特待生

 ――対校戦初日。


これは、創世の魔法使いであるアダムスの2人の弟子により築き上げられた、2校により開催される伝統ある行事だ。


会場の客席は、既に多くの来客により溢れていた。


対校戦初日は、ネムVSティム・ロイド。

1位通過者の試合が初日に行われるというのも稀なことだが、それは例年通りであり、特に気にする者もいない。


客席の上に備え付けられたVIP席にも、ちらほらと人影が見えてきた。

VIP席は多数用意されており、出資者には皆この席が用意されているのだ。


そしてとあるVIP席に、サブリナとオズワルドの姿があった。


「陛下、本日は遥々ダームズアルダンから御足労いただきまして、誠にありがとうございます」


2人は、その者に深々と頭を下げた。


――シュナイゼル・ダームズアルダン。


ウェーブのかかった長い白髪に、もみあげと繋がるほどの顎髭。

彼は豊国ダームズアルダンの王だ。


「今年も対校戦を開催できたこと、誠に嬉しく思う。どうやら色々あったようだがな」


シュナイゼルは2人を労った。


シュナイゼルは寛容だ。

そして、王様にしては珍しく、どんな者にも対等な目線で話す変わった王。

そのことから、各国からは『変人』と噂されている。


「それにしても2人から報告を受けた時は驚いた。まさかハイルクウェートにあのニト殿がおられるとは思わなかった」


どんな者にも敬意を払う変人。

それがシュナイゼルだ。


「それだけに留まらず対校戦にも出場されるとは、いやはや、これも運命ということか」


「運命ですか? それは、一体どういう……」


サブリナが疑問に思い尋ねた。


「実はのお、以前よりニト殿をダームズアルダンに招こうと使者を送っていたのだ。だがここにニト殿がおられるということは、断られたか、それとも……とまあ、どちらにしても上手くはいっていないようだが、そういうことなのだ」


「彼を招く? それは……失礼ですが、一体どのような理由からでしょうか? 実はその、彼には色々と問題がありまして……」


シュナイゼルはサブリナの言葉に疑問符を浮かべながらも、先に自分の話をした。


「これはまだ非公開な情報だが、おそらく遠くない未来、ダームズケイル帝国が戦争を起こす。それもただの戦争ではない。様子からして大規模なものだ」


その言葉に、サブリナは言葉を失った。

そして以前、ニトが言った言葉を思い出していた。


「ダームズアルダンは帝国を滅ぼすことにした。あの国を生かしておくのは危険だ。もちろん倒すべきは皇帝ウラノスのみ。国の民については希望があればすべて我が国が請け負うつもりだ。だが滅ぼすにしても、それは生半可な者ではない。覚悟だけではどうにもできん。つまるところ、戦力が足りぬのだ。故に我はニト殿の力をお借りしたいと考えた」


「いつの世も、戦争ですか……」


オズワルドは頭を抱えていた。

そして俯き、暗い表情をしていた。


サブリナはその話に耳を傾けた。

そしてその時、サブリナの中で、ニトという人物への考え方が変わった。

陰謀論だと思っていたあの突拍子のない話も、実は真実を秘めていたということだ。


「その、実はニトさんも陛下と同じこと言っていたのです。近々帝国が戦争を始めると」


「それは誠か?!」


シュナイゼルはその言葉に驚く。

だが直ぐに表情は戻った。


「いや……確かニト殿は、王都ラズハウセンと繋がりのある人物であったな。英雄という異名はそこから生まれた名であろう? ならばそれも当然と言えるか……」


独りでに考えるシュナイゼル。

その様子を2人は黙って見ていた。


「良いことを聞いた。だがその話はまた後日ということにしよう。すまぬな、お主らがVIP席を周っておることに気づかなんだ。面倒だとは思うが、後は頼む」


2人はすべての出資者への挨拶に追われていた。

そのことを思い出したシュナイゼルは、また2人を労ったのだ。

これが『変人』と呼ばれる所以である。

だがダームズアルダンの国民にとっては、素晴らしい国王だった。

民に対しても対等に気遣い話しかけるのだから、これほど支持される王もいない。


「勿体なきお言葉」


2人は頭を深々と下げた。

そして軽く言葉を交わし、部屋を後にする。


こんなことを続けながら、これからすべてのVIP席を周るのだ。

それは果てしない作業だった。

だが校長として怠るわけにもいかない。

老人のオズワルドにとっては骨の折れる作業だが、これも毎年恒例の行事であり、仕方のないことだった。


そして2人は『帝国』と『戦争』という言葉に頭を悩ませながら、その後も行事に励んだ。









 アナウンスが始まり、会場には興奮による大歓声が巻き起こっていた。


『ハイルクウェートの魔導師! ネム選手の入場です!』


アナウンスが告げられ、フィールドにネムが現れる。

するとさらに歓声が起こる。


今対校戦に出場する生徒たちは、皆、魔導師という扱いだ。

故に司会者は生徒たちを魔導師と呼ぶ。


『続きましてフィシャナティカの魔導師! ティム・ロイド選手の入場です!』


そして次に現れたのは、金髪オールバックの優等生、ティムだ。

彼はさわやかな笑顔を見せ、観客に手を振りながら余裕の表情で現れた。


選手は互いに向かい合い、すると試合のルールが説明される。

その間も歓声は鳴りやまず、それは説明を阻害するほどであった。


客席にいるのは生徒ばかりではない。

大半は生徒ではなく、各地から訪れた一般人だ。

中には冒険者もいる。

今年は『冒険者ニト』が出場するとあってか、例年よりも客が多い。

それだけ期待されているのだろう。


口々に第一印象から勝者を予測する観戦者たち。

ある町の民はこう言った。


『ありゃ獣人か? それも白猫族。だがまだ若いな、若すぎる。こりゃあ第一試合は、フィシャナティカの勝ちだな』


『じゃあ俺はチビに一万リオンだ』


『正気かよ? 後悔しても知らねえぞ? じゃあ俺は金髪の坊主に1万リオンだ』


各々で自由な観戦が行われていた。


一方、とある冒険者はこう言った。


『こりゃあ獣人の勝ちだな』 


とある獣人の冒険者はネムの勝利を疑わなかった。


『獣人だからって肩を持つのか? 残念だが第一試合はフィシャナティカの勝利だ。流石にあれじゃ勝てねえよ』


客席にいた殆どの者はティム・ロイドの勝利を疑わなかった。

というように対校戦はある種、一般人たちにとっては娯楽のような形で浸透していた。


そしてルール説明が終わり、司会者が告げる。


『ではここに! 魔法学校対校試合の開幕を宣言させていただきます! 両者は魔導に乗っ取り、正々堂々と勝負することを誓いなさい!』


もちろんこれは建前だ。

魔法に正々堂々などという概念はない。


『では第一試合、始めえ!』


その掛け声と共に、両者が動き出す。



「【螺旋鬼炎アシュレイム】!」


まず最初に魔法を繰り出したのはネムだ。

ネムの手の平から螺旋状に回転する炎が吹き出し、空気を焼くような轟音と熱を発しながら、ティムに襲いかかる。


「その歳でもうそんな魔法を?! 流石、一位通過者なだけはありますね」


だがティムの表情に焦りは見えない。


「【風の豪圧エアルード・プレス】!」


ティムの詠唱と共に地面に亀裂が入り風が吹き上げ、炎の軌道が変わった。

ネムの魔法は届かず、そのまま上空へと風に持っていかれ、そして消えた。


――ティム・ロイドは風使いだ。


魔導師には適正というモノがあり、それぞれ2つ~3つ程度であれば、属性魔法を複数使うことができても不思議ではない。

3つも使えれば優秀だ。

だが4つや5つとなってくると、その者は天才と呼ばれる。


だが2つや3つ扱えたところで、マナの性質は一人につき1つ。

【勇者】という常識から逸脱した特例はあれど、基本的に得意な属性というのは一人につき一つなのだ。

そして、ティム・ロイドは元々、落ちこぼれだった。

ティムは、属性魔法を一種類しか持たなかったのだ。

つまりティムは、風属性魔法だけを鍛え、ここまで上り詰めた。


だがそれは外に出てみれば、さほど珍しいことでもなく、落ちこぼれと言われてしまうような欠点でもない。

だがここは学校。

学校というものにはカーストがあり、生徒たちはいくつ属性を有していて、どれだけの魔法が使えるかという観点で、相手のレベルを計る習性があった。

そのことからティムは入学して直ぐに、『落ちこぼれの風使い』の名で知られることとなったのだ。


だが彼は今、フィシャナティカで唯一の特待生である。

それにはある理由があった。



2人は動きを止め、お互いの出方を伺っている。

『野生の勘』対『経験』。

だがネムにも経験値はある。


「【鬼の稲妻レリック】!」


ネムがティムの足元に魔法陣を展開した。


対して、すばやく反応し魔法陣の外に逃げるティム。

直後、魔法陣から地を揺るがす轟音と共に電撃が吹き上げた。


すると飛躍したことにより、一瞬ティムに隙が生れた。

ネムはその隙を見逃さない。


「【鬼の烈風ウィーブル】!」


ティムが地に足を着ける前に、素早く魔法を放つネム。

空気を叩く様な音と共に、ティムは正面から激しい風圧を受けた。


「【真空波エアルード】!」


するとティムは真下に風玉を放ち、一先ず上へ回避する。


「甘いのです!」


だがそれは、ネムにとって絶好のチャンスだった。



――上空に2つの巨大な手腕が現れた。



その姿に会場からは歓声が上がった。


そして2つの手腕は、地を離れた状態のティムを逃がさない。


「これで終わりなのです!」


両手を開き、ネムはそのまま手を下に向かって勢いよく下した。

その動きに従い、2つの巨大な手腕がティムに覆いかぶさっていく。


そして手腕がティムに直撃した瞬間、そこに粉塵が舞った。

その時、ネムは何かを察知したのか、一瞬、眉をピクリと動かす。

その表情からは困惑した様子が窺えた。


そして砂煙が次第に治まっていき、そこに1人の影が現れる。


「何……なのですか?」


「地属性魔法とは驚きました。流石、ニトさんのパーティーメンバーだ。地属性なんて……この2校の生徒の中でも、使えるのはネムさんだけでしょう」


完全に砂煙が消えた時、そこには、空中に浮いた状態のティムの姿があった。

足元には微かに風が舞い、緩やかな気流を起こしている。


「『飛行』で避けていなければ、今頃、潰されていたところです」


一種類の魔法しか扱うことの出来ないティムが、フィシャナティカの頂点にまで上り詰めた理由。


――それは、この飛行能力だ。


飛行とは、つまり空を飛ぶ能力のことだが、これ自体は特に珍しい事ではない。

スキル『飛行』。これを持つ者は、移動手段としてよく空を飛ぶことがある。

だがティムの場合は、スキルではなく魔法だった。


つまりティムは風属性の魔法を器用に操り、『飛行』という固有の魔法を作り出したのだ。

そしてこの『飛行』はスキル『飛行』よりも、圧倒的に移動速度が速く、また舵も取りやすい。スキルよりも自由性に優れ、ハンドリングが軽快なのだ。


「私が落ちこぼれでありながら、頂点を手に出来た理由はこれです。魔力消費量は否めませんが、誰も、私には魔法を当てることすらできない」


するとティムは地上にいるネムへ手をかざした。


「そして、常に相手を見下ろした状態にある私には、死角がない。申し訳ありませんが、これからあなたは私に魔法を当てることも出来ず、ただ一方的に私の魔法の餌食となるんです」


そう言いながらティムは右の口角を上げ、小さく微笑んだ。

狡猾なものではない。


「【疾風の刃ウィンド・エッジ】!」


上空より3つの風の刃が放たれた。

向かう先はネムのいる場所だ。


風を切り裂くような音を周囲に響かせながら、3つの刃がネムに向かっていく。


だがネムは、表情を変えなかった。

ネムはそれでも冷静で、物怖じしていなかった。


「勝つのは、ネムなのです!」


そしてネムは、即座に合掌した。

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