第161話 願い

 ――晩餐会。


それは、今年も無事に対校戦を開催できたことを祝う、式典でもある。


ハイルクウェートの敷地内にある広々とした体育館を魔法で一変させ、王城にある広間のような内装となっている。

天井にはシャンデリアが飾られ、部屋中を華やかに照らしている。

会場にはいくつもの丸テーブルが置かれ、そこには見た目だけでもよだれがでそうなほど豪勢な料理の数々が並べられている。

だが料理はそれだけではない。

等間隔で置かれた、いくつもの長テーブル。

そこにもスープやデザート、お肉など、様々な料理が豊富に並んでいる。

それらのテーブルは会場の中央に作れた無空間を囲うような形で置かれている。


そして会場には音楽隊が配置されており、より高揚した気分に浸れる音色が聞こえてくる。


まさか、ここで踊るのだろうか?……


先に会場入りした俺はネムと2人で料理を選んでいた。


肉、肉、肉……そして肉。

ネムのお皿には肉しかのっていない。

野菜が一つもない。


「猫族は肉しか食べないのか?」


「いえ、ネムが好きなのです」


つまり好き嫌いか。

まあ別にいい。


俺たち2人は適当に席を見つけ、そこで先に腹ごしらえをする。


「失礼ですが、隣に座ってもよろしいですか?」


すると一人の生徒が話しかけてきた。


「構いませんよ」


ネムは警戒するように、俺にくっついて食べ始める。


「ありがとうございます」


金髪オールバックに黒いタキシードを身にまとった生徒は、ハニカミながら俺とネムの顔を見ていた。


「私はティム・ロイドと申します。明日の対校戦で、そちらにおられますネムさんと戦わせていただきます。今回はその挨拶にと、少しお声をかけさせていただきました」


なるほど、こいつがティム・ロイドか……ただの好青年に見える。

俺よりも年上だろうか? 上級生だな。


「そうでしたか、それはそれは……」


「ですがまさか、対戦相手がこんなに小さな女の子だとは思いませんでしたよ」


するとその言葉にネムが反応する。


「ネムは、小さくないのです! これでも強いのですよ!」


「いえいえ! 誤解しないでください! 軽視しているわけではありません。ただ純粋に驚きましてね? すいません……」


何とも低姿勢な奴だ。

何の引っかかりもなく、つかみどころがない。

故に興味が湧かない。


「明日はよろしくお願いします」


俺はネムの代わりに、頭を下げた。


「お願いします。では、私はこれで失礼します」


するとティムは、あっさりとどこかへ消えていった。

本当に挨拶だけだったらしい。

それにしても流れで挨拶してしまったが、奴は俺を、ネムの保護者か何かと勘違いしているんじゃないだろうか?

まあ実際、保護者みたいなもんだが……


ネムはティムに一言噛みついただけで、その後何も言わなかった。

そんなことよりも目の前の肉に夢中のようだった。

対校戦と言えば、ここまで続いた校内戦の集大成な訳だが、ネムは緊張していないのだろうか?


『うわー! あの子、凄いキレイ!』


するとその時、入口の方からざわつく声が聞こえた。


『あの子、誰だろう? すごく綺麗!』


『隣の女の子も綺麗じゃない?』


それぞれドレスを身にまとった生徒たちが入口を囲み、何やら騒いでいる。。

一体、何の騒ぎだろうか?


するとその集団の中から、青いドレスに身を包んだスーフィリアと、黒いドレスに身を包んだトアが現れた。

騒ぎの理由は2人か……確かに、キレイだ。


まるで2人の周りにだけ、何かライトが照らされているような、そんな感覚を覚える。

そして2人は俺とネムに気づくと、照れくさそうに笑った。


2人は今、俺を見ている。

見慣れているとしても、2人は絶世の美女だ。

前の世界なら、モデルか女優か……まず芸能人にはなっていただろう。

そんな2人が今、俺を見ている。


俺は適当に手を振った。


「黒いスーツに赤い仮面って、似合ってないわよ?」


トアの第一声はそれだった。


「仕方ないだろ? 外せないんだから。 それに、トムに頼んで口元を開放できる仕様に変えてもらったし、俺自身は特に不便はない。 ほら? つけたままでも酒は飲めるしな?」


俺は仮面をつけた状態でビールを流し込んだ。

流石はトム、素晴らしい仕様だ。


「ニト様がそれで良いのでしたら構いませんが、ただでさえ怖い形相の仮面が、より怖く見えます。それに目立ちますし」


「2人だって目立ってただろ? なんか入ってくる時に凄げえ褒め称えられてたじゃないか?」


「元王女としての貫録です。そういえばトアも王女でしたね?」


「私は、別に……」


何が嫌なのか、トアは王女だということに触れられると、いつも暗い表情をする。


「綺麗だ……やっぱり、似合ってるよ」


俺のような者と一緒にいてくれているんだ。

褒めても罰は当たらない。


「ありがとうございます。ニト様に満足していただけて、わたくしは嬉しく思っています」


「あ、あ、ありがとう……」


スーフィリアは優しく微笑んでいた。

トアは相変わらず、褒めると極度に照れる。

俺が目を見つめると、見るなと言わんばかりに目を逸らす。


「ネムも似合ってるぞ」


「もぐもぐもぐ!」


ネムは口に肉が入っているせいか、何を言っているのか分からなかった。


「それより何か食べないのか? ネムはもうさっきからずっと食べてるぞ」


「今日のお肉はおいしいのです!」


ネムはいつもよりも上機嫌だった。

紅いドレスで肉にかぶりつくネム。

中々斬新な組み合わせだ。


「おかわりするのです!」


するとネムがお皿の肉を平らげた。


丁度良い。

皆で食事を取りに行くことにしよう。






――4人は席を立ち、一度料理を取りに行くことにしたようだ。

そしてそんな政宗たちを疑惑の目で見ている者たちがいた。


「西城さん、やはりどう見ても日高さんには見えませんね?」


「見た目じゃ分からないけど、あのマスクの下には政宗くんの顔があるはずよ」


「どう考えても日高くんだとは思えないよ。だって日高くんがあんな綺麗な子を2人も連れてるなんておかしいもの」


神井に御手洗に小鳥。

3人はニトの様子を窺いながら、コソコソと喋っていた。

特に御手洗は、政宗が美人を連れているはずがないと、一人政宗をけなしていた。


そしてもう一人、ニトに視線を送る者がいる。


――佐伯だ。


佐伯は両手に花と言わんばかりのニトを見て、益々腹を立てている。

そしてその横には呆れた顔のジョアンナとデイビットの姿もあった。

木田は佐伯とは離れ、別の生徒たちと喋っている。


佐伯は右手に持った肉に噛みつきながら、左手のビールでそれを流し込み、八つ当たりのように食事をしていた。

2人はその様子に呆れている。

佐伯は飽くまで平静を装っているようだが、2人には佐伯が苛立っていることが手に取るように分かった。


「佐伯様?」


「何だよ?」


「どうやら佐伯様は、相手がダンジョン攻略者の英雄だと言うことを、まだお分かりになっていないみたいですね?」


「……」


癪に障ったような態度でジョアンナの言葉を無視する佐伯。


「それがライバル心だと言うなら、佐伯くんは彼ではなく、自分を見つめなおすべきだと思うよ?」


デイビットがそう言った。


「ライバル心だと?」


「だってそうじゃないか? ここ最近、君はずっと彼のことを考えている。考えなくたってどうせ戦うのに。それをライバル心と言わずして何と言うんだい? だけどそれもいい加減やめるべきだ。前にも言ったしもう言いたくないけど、相手が誰なのかってことに気づくべきだよ」


「……対戦相手を観察して、何が悪い?」


「それは悪いさ。だって君の場合は観察ではなく、ただ睨んでいるだけだからね? 観察というのは、もっと客観的に見ることを言うんだ。感情をむき出しに眺めることを観察とは言わないよ」


佐伯はもう何も言い返さなかった。

そもそも同意など求めていない。

佐伯はただ、仕方なく見ていたのだ。

視界に入ると、どうしても目で追ってしまう。

それは腹立たしくもあったが、勝手に視点が合わさるのだから仕方がない。

佐伯は感情をコントロールできていないのだ。


その様子が、2人は滑稽に見えていた。

今、佐伯はすべてに苛立っていた。

楽しそうなニトにも、見下したようなことを言う2人にも。


すると会場を包んでいた音楽の雰囲気が変わった。

それに従い、生徒たちは中央に身を乗り出し、それぞれパートナーと共に踊りだす。







何かは知らないが、周りの連中が急に踊りだした。


「ご主人様! 一緒に踊ってくださいなのです!」


ネムが突然そう言って、俺に手を差し出した。


「何を言っているのですか? ニト様は私と踊るのですよ?」


すかさずスーフィリアが割って入る。


「ネムが先なのです!」


突然、ネムとスーフィリアが喧嘩を始めた。

どうやらネムでさえ、ダンスのことは知っていたらしい。

俺はまったく知らなかった。

まさか、晩餐会とは踊るものなのか?

いや分からない。どういうことだ?


「失礼ですが御嬢さん! 私と踊っていただけませんか?」


するとその時、生意気な面をしたイケメンが、俺がいることを分かっていながらトアを勝手に口説き始めた。


「ごめんなさい……私は」


「お嬢さん、私はダインズ家の人間です。父は公爵。こんなところで恥をかかせないでください」


何とも強気でめちゃくちゃなことを言う奴だ。

貴族とはこんなものか?

クズだな。

これでは脅迫だ。


だがトアには何の効力もないだろう。


「失礼ですが、彼女は私の連れでして」


するとその男が俺を一瞬睨んだ。


どういうつもりだろうか?

まさか俺を知らないはずもないし。


「――ご遠慮ください」


俺は丁重に断った。


「失礼ですが、あなたには既にそちらにお2人もパートナーがおられるようですし、ここは私に譲って……「聞こえませんでしたか?」


俺は言葉を遮り、少し強めに答える。


「今、私はご遠慮くださいと。そう言ったのですよ?」


「そう仰らずに、譲ってくださいよ? ただちょっと踊るだけなんですから?」


ニヤニヤと俺を見下したように、半ば挑発気味に話す男。


やれやれ、こいつは一体何を考えているのか。


トアは苦笑いをしている。

表情からは、この男に対する嫌悪感が窺えた。


「……愚かですね?」


俺は一言、そう呟く。


すると男の表情が一変した。


「い、今、何と仰いましたか? 愚かと、そう聞こえたのですが……」


男は怒りをつらの裏に隠しきれず、表情をピクピクさせながら、明らかにイライラしている様子だった。


「ええ、そう言ったのですよ?」


「は?」


「愚か……馬鹿が付くほど愚かだ。 貴族? 何ですかそれは? 一体何の役に立つのでしょうか? 私にはさっぱり分かりませんねえ。権力を振りかざすなら相手を間違えないことです。 私は学生ですが、何より冒険者ですよ? 冒険者は、物事を損得勘定だけで考える習慣があります。そして先のことはあまり考えません。現状、相手を生かすことにメリットがないのであれば迷わず殺す。それが冒険者というモノです」


「そ、それは……脅しでしょうか? 私は公爵の息子ですよ? 公爵を敵に回して、まさか生きていられるとでも思っているのですか?」


面倒くさい奴だ。

場所が場所なら頭を吹き飛ばして終わりなんだが、そうもいかない。

そんなことをすれば退学だ。


「例えば、その公爵とやらを敵にして、一体私にどのような不利があるのでしょうか? まさか、私に刺客でも差し向けるというような話でしょうか? だとすれば、その刺客の方々には一国を滅ぼせる程の力がある、ということですね?」


「それは、説明するまでもないでしょう?」


男はやけに余裕な様子だった。

いくら脅しても引かない。

ちらちらとトアを見つめ、まだ諦めていないようだった。


ならばやり方を変えよう。

こういう馬鹿には見せることが大事だ。

つまり、こいつは信じていないのだろう。

俺がSランク冒険者だということを。

ただの肩書きとしか思っていないのだろう。


俺はテーブルのフォークを一つ取った。


「このフォークを持っていただけませんか?」


「は?」


「直ぐに済みます。ちょっとした遊びですよ。直ぐに終わります」


すると男は自然とフォークを手にする。

やはり馬鹿だ。

フォークを持たされているという感覚がないのだろう。


「ではそのフォークで、私の右手を貫いていただけませんか?」


「なっ! なんだと?!」


「そのフォークで、私の手を貫いてくださいと、そう言ったんです」


「貴様……正気か?!」


俺を疑う前に、自分の頭を疑うべきだろう。

だが男は俺を疑っていた。

どうやら冗談だと思っているらしい。


「冗談ではありません。御心配なく。どんなに力を入れたところで、あなたに私を傷つけることはできません。剣でも良かったのですが、直ぐに用意できるものがそれしかありませんので、それで我慢してください」


今ここにはフォークしかない。


するとダインズ家の男はニヤリと口角を上げた。


「ふ……カッコつけやがって。二言はないな?」


さっきまでの口調はどこへいってしまったのか?


「もちろんです。これはただの遊びですので、安心してお付き合いください」


「ではお言葉に甘えて!」


すると男は、躊躇いもなくニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、俺の手の平にフォークを勢いよく突き刺した。


「な!」


だが結果は、俺が想像した通りのものだ。


――俺の手の平の前で、フォークが折れ曲がっている。


三本の突起がそれぞれ別の方向へ枝分かれするように折れ曲がっているのだ。

男はそのフォークを見るなり、怯えたような目で、俺とフォークを交互に見た。


「いかがですか? できればこれ以上の無駄な問答は避けたいのですが」


「こ、これは……」


「お分かりいただけたと思いますが、あなたが私に刺客を送りこもうと、それには何の意味もありません。このフォークと同じです。刃物で襲われようと毒を盛られようと、その行為には何の意味もないんですよ。何でしたら適当な毒でも飲んで見せましょうか? といっても、私にとってはただの水と同じですが」


「くっ!……」


すると、先ほどまで俺を見下していたはずの男の目は、恐怖に変わっていた。


「ふ、ふふ……こ、今回は、見逃してやろう。私も少々、飽きてきたのでな……」


顔を引き攣らせながら、どうにか笑顔を作ろうとする貴族。


「何を勘違いしているんですか?」


「へ?」


「あなたは間違ったことをしたんですよ? それはあなた自身が一番お分かりのはずだ。ではどうしますか? 間違ったことをした時、あなたはどうしているのですか?」


「ど、どうしているとは? どういう……」


「――ひざまずけ……」


俺がそう言った瞬間、男の顔が一変する。

そこにはもう、先ほどまで辛うじて取り繕うことのできていた表情はなく、ただ事態を理解した者の顔があった。

男の額に汗が伝う。


「頼む……悪かったとは思っている。これ以上、俺に恥をかかせないでくれ」


先ほどまでのふざけていた様子と違い、必死に嘆願する貴族。

周りに声が聞こえない様に、男は出来るだけ小さな声でそう言った。

それほどまでに恥をかきたくないのだろう。


「恥? それは失礼ですね。それでは私があなたを侮辱しているようではありませんか? ご自分で品のない行動をされたのでしょう?」


するとその様子を見かねたトアが。


「ねえ、許してあげましょう? もう、分かっているみたいだし」


それは違う。

それは一番やってはいけないことだ。

こいつは反省していない。

ただ逃げたいだけだ。


「あなたは謝罪をする気がない。許され、そして見逃してもらいたいということしか考えていない。ですがそんな上手い話はありません。そもそも、あなたから絡んできたのですよ? では何かしらの罰があって当然でしょう? 冒険者を愚弄したということに対する罰が……」


俺は男の耳元に顔を近づけ、小声で話した。


「ダインズ家とか言ってたよなぁ?」


「は、はい」


男も小声で答える。


「お前も、お前の家も、もうお終いだ。 恥だと? お前はどこまで勘違いしている? 俺に喧嘩を売ってきた時点で、お前はもう終わりなんだよ。命なんかないんだ。そして俺の忠告を無視したことにより、お前はダインズ家そのものも失う。分かったら、とっととこの会場から出ていけ。そして家に帰り、残り少ない家族との日々を大事にしろ。だが希望など持つなよ? 数日後にはなくなっている命だ」


そして、俺はゆっくりと男から離れた。


貴族様はもう、言葉が出ないらしい。


「お分かりになりましたか? 冒険者とは自由な生き物なんですよ。法律や権力に縛られず、ただ思うがままに生きている。故に殺したい者は容赦なく殺します。ダインズ家はあなたの代で終わりです。理由は私を愚弄したからです。公爵のダインズですか……そこまで分かっていれば、領地など直ぐに見つかるでしょう。さあ、それまで家族を大事にしてください」


「ひっ!」


貴族の表情が引き攣っている。

そして、後ずさりしながら、ゆっくりと俺から距離を取っていく


「じょ! 冗談ですよね?! 私は!……」


「――失せろ、クズが」


俺がそう言うと、貴族はつまずきそうになりながらも、颯爽と会場から出て行った。


ダンスが始まっていたことと、音楽のおかげで、俺たちの会話はさほど周りの奴らには聞こえなかった。

近くにいた奴らも見て見ぬフリで、あまり気にしていない。

ただ、慌てて出て行った貴族だけが目立っていた。


「ニト、その……冗談よね? 今言ったこと?」


「ああ。本当に殺すわけないだろ? 俺はあんな馬鹿に構っているほど暇じゃない」


するとトアは安心したように、肩をなで下ろす。


正直、殺す気はない。

フランチェスカに聞けば直ぐだろうが、わざわざ領地を探すなんてやってられない。

何のメリットもないしな。

あの男はフィシャナティカの生徒か?

だから俺を知らないのだろうか?

どういうつもりだったのか、さっぱり分からない。


それよりも今は、晩餐会を楽しみたい。


「トア……俺と、踊ってくれますか?」


俺はトアに手を差し出した。


「……うん」


トアは恥ずかしそうに、そっと答える。


「ご主人様! ネムが最初なのですぅう!」


「いいえ、わたくしが最初です!」


貴族が割り込んできたことで大人しくなっていた2人が、また喧嘩を始める。


ネムが足にしがみ付き、スーフィリアが俺の左手を掴んだ。

それに合わせるように、トアが俺の右手を掴む。


「じゃあ一緒に踊ればいいんじゃないか?」


するとムスッとしていた2人の表情が穏やかになる。


そして俺たちは会場の中央へと身を乗り出した。


正直、ダンスなんか分からない。

別に好きじゃないし、これまで興味を持ったこともない。

スーフィリアとトアは、どうやら知っているらしいが。

王女のたしなみだろうか?


俺たちは手を取り合い、円になりながらぐるぐると回っていた。

ただそれだけだ。

ダンスと呼べるような代物ではない。

周りの生徒もクスクスと笑っている。

だが一部の自信のない生徒は、俺たちを見て勇気づけられたかのように、手を取り合い、そして身を乗り出した。


ただそれだけだったけど、俺はなんとなく楽しかった。

それに、ちょっと笑えた。


俺たちの周りを、青い炎と紅いバラ、そして黒い炎が舞う。

それらが俺たちを包み込み、俺たちだけの空間を作り出している。


「ねえ? これって、踊ってるって言えるの?」


「さあ? でも楽しいからいいんじゃないか?」


「ネムも楽しいのです!」


「このようなダンスは初めてですが……悪くありません」


俺たちはただ、回った。

周囲と上空に舞う、紅と青と黒を見上げながら。


それだけで楽しかった。

それだけでいい。


いつまでも、4人一緒にいられれば、それだけでいい。


俺はずっと、このままでいたかった……。

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