第154話 魔王の娘
「“殺されたいのか?”……だと? ふ……愚か者が」
魔族は俺の言葉を卑下し、そして嘲笑った。
「どうやらお前は、魔族というものを知らないらしい。俺が本気になればお前のような者など、この酒場と共に消し去ってくれる!」
酒場は関係ないだろう……
こういう類の悪党は何故、いつも付近の建物を壊したがるのか?
「店は関係ない。だったら外でやろう?」
「誰が提案していいと言った? 決めるは俺だ!」
その時、魔族の右手が微かに光った。
「【
ガラスが砕けるような音と共に、右手の光を失う魔族。
こいつ……今、本気で店ごとやるつもりだったのか?
――ダメだな、言葉が通じない。
「【
俺は白い腕を召喚し、魔族を瞬時に拘束した。
この腕は触れた瞬間に相手の魔力を封じ込めることから、こういう時には役に立つ。
「なっ!」
魔族は慌てて声を上げる。
が、気づいた時には遅い。
白い腕は魔族の足から蛇のように上りながら巻き付き、完全に腕を、胴体を拘束した。
これでもう無暗に魔法は使えない。
「くそっ! 離せ! 愚か者がぁ!……くっ! 魔法が、使えんっ……」
「すいません!」
俺は魔族を拘束した状態で店員を呼んだ。
「は……はい?」
するとカウンターからひょっこりと顔を出す女性店員。
「後で戻ってくるので、このままにしておいてもらえませんか?」
「わっ、分かりました!」
慌てたように答える店員。
酒を無駄にはしない。
こいつを片づけたから直ぐに戻ってこよう。
「ん? 3人はいかないのか?」
見ると、席を立つ気配のない3人がそこにいた。
「え? だってどうせまたいつもみたいに適当にあしらって終わりでしょ?」
面倒くさそうに答えるトア。
「いやいやいや! なんだよ、それ? こいつ、お前の“知り合い”だろ?」
「知らないわよ、そんな人!」
「知らないだと? じゃあなんでこいつはトアのことを知ってたんだ?」
「そ……それは……」
薄々は気づいていた。
トアが何かを隠していたことに。
ネムは肉に夢中でもはや、こちらには目もくれていない。
俺との旅で肝が据わったのだろうか?
魔族だと言うのに見向きもしない。
「スーフィリアは?」
「ニト様にお任せします。わたくしがついて行っても特にできることは何もありませんので」
「はぁ……」
俺はため息を吐きながら仮面をつけた。
「あっそ……」
白い腕を動かし、魔族を外に連れていく。
その間も3人はビールと肉と魚で、楽しんでいる。
「ニト?」
すると入口前にさしかかった時、トアが……
「殺したりしたらダメよ?」
と、言ったのだ。
「はぁ……俺さあ? 今こいつに殺されそうになったんだけど?」
「それでもダメ、それにニトなら何の問題もないでしょう?」
それはそうだが……
「分かったよ……」
こういう奴は後々、厄介なことになりそうだから消しておいた方がいいと思うんだがな。
俺は魔族を店の外に連れ出すと、口を聞けるように拘束を緩めた。
「くそぉお! 離せ! 離せ人間! 人間如きが、俺に手を出しやがって!」
「黙らないなら、このまま絞め殺すぞ?」
「くっ!……」
「なんだ……意外と素直じゃないか?」
魔族だからだろうか?
物分りが良い。
俺がその気になれば直ぐにでも殺せることを理解したんだろう。
「それで? 何故トアを連れていこうとした?」
「ハッハッ! お前のような人間に教えるわぎゃああああああ!」
俺は拘束を強めた。
面倒くさい奴だ。
魔族とは皆、こんなに面倒くさいのか?
「答えろ」
「トアトリカ様を次代の王にするためだ……」
「次代の王だと? そんなことより、お前が何故トアのことを知っている。俺はトアを故郷へ送り届ける途中なんだが、トアは何だ? あいつの国はどこにある?」
すると俺の乱れた問いに、魔族はニヤッと笑みを浮かべた。
「なるほど……どうやらお前はトアトリカ様のことを何も知らないようだな? なんだ? 教えてほしいぎゃああああああああああ!」
「早く答えろ、もっときつい痛みを、味合わせてやってもいいんだぞ?」
「分かった! 分かった! 分かったから!……それを止めろ!」
「止めてほしければ答えろ、俺が分かるようにな?」
すると魔族は息を整え、そして俺の問いに答えた。
「――トアトリカ様は、魔国ウルズォーラの王女だ!」
「……」
俺はそれを聞いても意外なことに、あまり驚いていなかった。
王女か……なるほど。
城とはやはり、そういう意味だったか……
道理でわがままな訳だ。
いや、特にわがままなわけではないが、トアは時折そういう一面も見せる。
「ルシウス・ロゼフ・ウルズォーラ……魔国を統べる3人の魔王の一人。我が王、カサンドラ様と同位のお方だ……」
“お方”などと肩っ苦しい言い回しだが、こいつにはどこか、そのルシウスを敬っている様子はない。
「それがトアの親の名前か?」
「ああ、もう喋っただろ? さっさとこれを離せ!」
「いやお前はまだ質問に答えていない。何故トアを連れて行こうとした? それについて答えろ。同じ魔国でも王が違うわけだろ? なら何故、関係のないトアを連れて行く?」
「関係がないだと?」
「だってそうだろ? トアはその魔国ウルズォーラの出身なんだろ? お前は確かシャステインとか言ってなかったか?」
「ふ……それはお前の勘違いだ。王族は皆、血が繋がっている。初代魔王の子孫である王族たちは、誰でも王になり得るのだ。特にトアトリカ様は、ロザリア様の妹であり、王族の中でも特に力の強い魔族だ。代々、女性が魔王に即位してきたシャステインには、トアトリカ様のような方が必要なのだ」
腑に落ちた。
だからこいつは、トアを狙ったのか。
「その、カサンドラだったか?」
「カサンドラ王だ! 不敬であろう!」
面倒くさい奴だ。
「じゃあカサンドラ王でいい。つまり、お前はそのカサンドラ王にトアを連れてこいと言われたわけだな?」
「ああ、もう話しただろ?!」
「トアの親はどうしてる? 何故、ルシウスの使いではなく、お前なんだ?」
「知らねえよ! 当然、ルシウス様の使いも探してるだろ? なあ? もういいだろ? 十分話したじゃないか?」
もう少し色々と聞きたいこともあるが、もう許してやろうか?
何より、今は酒が飲みたい。
「解放したらどうする? またトアを襲うのか?」
「襲うだと? 俺は初めから、丁重にご同行願うつもりだったが?」
「無理やり腕をつかんだじゃないか? あれは“不敬”にはならないのか?」
すると魔族は黙った。
都合は悪くなると黙るのは種族問わずだな。
とりあえずこいつには、ここらで俺の意志を示しておこう。
「一つ言っておく、俺はできれば魔族を殺したくない。トアの同族を殺すのは気分が悪いし、それになりより、俺自身にその気がないからだ」
魔族は俺の質問にうんざりしているようだった。
もう何も、
「いいか? 俺はお前を殺す気がない。だがトアを連れて行こうとするなら、殺さなくちゃいけない。分かるよな?」
「ああ……」
すると男は口を開いた。
「自分の置かれている状況くらいは分かる。相手の力量を計り間違えた俺のミスだ。見逃してくれたら黙ってここを離れる」
やはり物分りの良い奴だ。
先ほど佐伯の相手をしたからか、こいつが有能に見えてきた。
やはり人間とは愚かな生き物なのか?
もしくはこの魔族が偶々、利口だったのか?
いずれにしろ、こいつは解放してやろう。
「いいだろう」
俺は魔族を開放し、魔法を解除した。
「お前、何者だ? ただの冒険者じゃあねえな? まあトアトリカ様が傍におくことを許したくらいだ。何かあるんだろ?」
「ただの冒険者さ。何もない。その辺りによくいる“新米冒険者”だよ」
嘘は言っていない。
俺は冒険者になって、まだ日が浅いからな。
「行け。そしてもう戻ってくるな」
「分かってるよな? 俺は国に戻り、このことを報告するぞ?」
魔族はふざけた様子もなく、普通にそう言った。
そしてこいつは分かっていながら尋ねているのだ。
それでも俺が見逃すことを予想している。
頭の片隅では危惧していたことだ。
だが逃がしにくくなるため、あまり考えないようにしていた。
踏ん切りがつかなくなるからな。
「ああ、好きにしろ。だがオススメはしない」
「お前が勧めるかどうかは関係のない話だ。俺には報告義務があり、そこに俺の意思は関係ない。もし俺が魔国へ帰還すればどうなるのか? クックックッ……」
出来れば魔族は殺したくない。
獣族も魔族も……ドワーフもエルフもだ。
あの時だって本当は、不本意だった。
だが……どこかで割り切る、必要があるのかもしれないな。
「いずれ、こちらから魔国には行くつもりだ。トアの故郷と言うのなら尚更。それまで待て」
「言ってるだろ? 俺の意思は関係ないと」
「お前の王に伝えろ。トアはいずれ魔国に送り届けると」
「ふ……やはりお前は馬鹿だな? 話を理解していない。ウルズォーラに帰還されては困るのだ。だから捜索隊が派遣されたのだ」
分かっている……こいつはここで殺すべきだ。
でなければ、後々厄介なことになるのは目に見えている。
次は軍勢を引き連れて、トアを攫いにくるだろう。
「ならば……殺すまでだ」
俺はゆっくりと、手を向けた。
「ぐっ!……」
「不本意だが、仕方がない。トアを危険に晒す訳にはいかないんだ」
だが俺が魔法を詠唱しようとした、その時だった。
――店の中から静かに、トアが現れたのだ。
「トア?……」
何故出てきた?
「――――」
トアは俺を見つめたまま、何も言わない。
だがその眼差しの意味は分かる。
「トア、こいつは殺さないとダメだ……」
だがトアは何も言わない。
「今ならこいつ一人でどうにかなる」
「あなたなら大丈夫……」
トア?……
「殺すのは容易いことよ? でも、あなたはそれを選べる。選べるだけの力を持っている。そうでしょ?」
まるでいつものトアではないような……そんな気配を感じさせる。
口調がいつものトアではない。
それに目つきもおかしい……あんなに鋭かったか?
「へっ……解放すると言ったり、殺すといったり……いい加減な奴だ」
魔族は余裕の表情を見せる。
ここでこいつを殺せばそれで終わりだ。
トアへの危険を一先ず排除できる。
だが見逃せば、次に現れるのはこいつ一人じゃない。
そうなったら、俺はもう……見逃せない。
「魔族は、殺したくない……」
相手は人間じゃないんだ。
「殺す必要はないわ」
トアが俺を諭す。殺さなくていいと……
「だが……」
「“マサムネ?” 私はあなたを信じてる……」
だが……
「こいつは……」
「私は、信じてる。あなたを……」
「……」
手の震えが治まらない。
怖いわけじゃない。
「俺は……」
少しでいい、少し魔力を流すだけで、こいつを殺せる。
だが殺す必要がないことも分かっている。
その時が来ればまた対応できるだろうし、すればいい。
それで十分だとも言える。
俺にはそれだけの力があるんだ。
すると徐々に、手の震えが治まっていく。
「……分かった」
俺はトアの言葉に導かれるように、震える手を下した。
「トア……俺は……」
「もう何やってるのよ、ニトったら! お肉が冷めちゃうわよ?! 早くいきましょう!」
「は?」
だがその時、そこにいたのは、俺の知る、いつものトアの姿だった。
先ほどのトアとは明らかに目つきが違う。
声のトーンも違う。
いつものトアだ。
俺がよそ見をしている内に、その場から逃げようとする魔族。
俺はもう一度視線を向けた。
「……では、俺はこれで帰らせてもらう」
魔族は笑みを浮かべていた。
見逃すべきではない。
それは分かっている。
だが……
「もういい……行け」
自分で決めたことだ。
それに……別にどうにでもなる。
俺なら出来るはずだ。
「それにしても……まだ、治ってなかったとはなぁ? クックックッ……」
去り際、魔族が妙なことを呟いた。
その意味を確かめようとしたが、その時、既に奴の魔力は目の前から消えていた。
「転移か……」
治っていない?……どういう意味だ?
一度決めたことすら悩み続けてしまう優柔不断な俺にとって、『殺ろさない』という判断は厄介だ。
おそらく後で後悔するだろう。
だがもう遅い。
「いきましょう?」
「あ、ああ……」
いくつかの疑問も解決せぬまま、俺はモヤモヤを背負い、とりあえず店の中へと戻った。
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