第153話 水鳥の酒場にて

 政宗たち4人は、会場の外にある町へ訪れていた。

ここは仮設的な町だが、建物は外装に至るまでしっかりと装飾が施されている。

草原地帯の真ん中に、不自然にもホテルや露店が立ち並んでいる。

もはや、ちょっとしたリゾート地と言っても過言ではない。


ホテルにはプールも完備されている。

一体誰のためのものなのか?

もちろんそれは、各国から訪れる重鎮のためのものだ。

これらは学側が、出資者たちのために手配し、作らせたものである。

だが中には、人が集まることから、集客力のあるこの行事に一役買いたいと、自ら乗り出す業者もいる。

つまり、現在では、立ち並ぶ殆どのお店や酒場、ホテルなどは、すべて希望者が勝手に建てたものなのだ。

そしてこれは通例となっていることもあり、毎年、大体同じ業者が担当している。

そして訪れた出資者たちも、毎年のように同じホテルを利用するのだ。


そして政宗たちは、“歓楽街”と、ホテルや露店、お店などが入り混じったような違和感のあるこの景色を眺めながら、町を散歩していた。




「変わったところね?」


「前から気になってたんだが、この一軒家はいつ建てたんだ? なんかそういう魔法でもあるのか?」


「建築魔導師の方はそういった魔法を得意としていると聞きます」


「ふ~ん」


じゃあダンジョン前にあったあの家や宿も、建築師が建てたのだろうか?

まあ物知りなスーフィリアが言うのだから間違いないだろう。


ここはこの町の中でも比較的、“明るい”場所だと思われる。

さっきほど遠目に見えたのだが、細い路地の先に薄暗いエリアがあった。

そしていかがわしい身形をした女と節操のない格好をした男も見えた。

おそらく、そういうエリアなのだろう。


先ほどから道なりに、酒場をしつこいくらい目にする。

少しシャレたアイリッシュパブのようなお店だ。

ただ建てるだけではなく、外装や内装にまでこだわるとは手が込んでいる。

対校戦の『規模』というものを改めて認識させられる。

それだけこの行事には人が集まるのだろう。


町を囲むようにいくつものホテルが立ち並んでいる。

というか、そもそもこれはホテルと言うのだろうか?

俺の世界ではこれをホテルと呼んだが……


「なあ、あれってホテルだよな?」


「ホテル?」


「ほら、周りに立ってるあの高い建物のことだ」


「ああ、あれは宿でしょ? ホテルって何よ?」


やはりホテルとは言わないらしい。


最近気づくようになったが、俺のいた世界とこの世界とでは、モノの名前に違いがある。

だが中には同じモノも存在する。


「ねえ、ここにしましょう?」


と、トアが指さしたのは、雰囲気の良さそうなパブだ。

俺の中でのパブとは、閉鎖感のある比較的小さな建物のことなのだが、ここはデカい。

だがこれはパブだ。

何故なら看板に『三本足の水鳥のパブ』と書かれているからだ。

店の名前には触れないでおこう。


「じゃあここで――」


どこでも良かった。


俺たちは店に入り、適当に席を探した。

まだ昼くらいだったこともあり、中は比較的いていた。

昼から酒はだらしないが、この世界にはそんな習慣はないので罪悪感を感じるだけ無駄である。

飲みたい時に飲みたい分だけ飲む。

この世界では、それが大事なのだ。


「ご注文をお伺いします!」


すると店員の女性が注文を尋ねる。

俺たちは適当に、この店の名物ビールを注文する。

『ブレイクビール』という名前の飲み物だ。


「ネムはどれにするんだ?」


「んんん……じゃあネムは『クラッシュクラッシュ』にするのです!」


店員に尋ねたところ『クラッシュクラッシュ』とは口の中でシュワシュワする、いわば炭酸飲料のことらしい。

一応ネムは子供なので酒は飲ませないようにしているが、実はネムくらい小さくても酒を飲んではいけないという風習や法律はない。

だが念のため、もう少し成長するまではジュースにしておこう。



 それぞれが喉を潤しながら、追加で食べ物を頼む。

そして肉や魚を食べながら、先ほどのことについて尋ねてきた2人に回答する。


仮面は外しても大丈夫だろう。

あいつらがここに現れても、その前に魔力で分かる。


「それで? あの子は誰なの?」


「幼馴染だ」


「おさ!……」


後ろめたい気持ちもないので正直に答えたのだが、トアは何故かショックを受けていた。


「別に幼馴染の1人や2人、トアにもいるだろ?」


「いないわよ! 私は、ずっとお城で一人だったんだもん……」


そうだった、こいつは小さい頃から城にこもりっきりの箱入り娘だった。


「わたしくしはいました。ただ心配したお父様が殺してしまいましたが……」


スーフィリアの話に場の空気が凍りついた。

無感情にそんなことを淡々と語るスーフィリアに、苦笑いで言葉を返す。


こいつの父親は娘の何を心配したのだろうか?

仮にも王の娘なのだから、そう簡単には手を出さないだろう。

だがあの父親のことだ。

とりあえず目障りという理由から殺していてもおかしくない。


「そういえば良かったの?」


「何が?」


「何がって、正体がバレちゃったことよ?」


「ああ、大丈夫だろう? 別にバレてないし、それに俺はちゃんと否定しただろ?」


否定することは大事だ。


小鳥は声で分かるとか奇妙なことを言っていたが、どういう意味だろうか?

まず分かるはずがない。

俺たちは長い間、口を聞いていないのだから。

確か最後に話したのは、小学生の時だ。

いや……後に数回ほどあったか? 覚えていない……


「いいの? あの子、泣いてたわよ? 大切な人……なんじゃないの?」


なんだろうか?

トアから一瞬、悲しみを感じた。

さらにスーフィリアからも。


「大切だと? 俺が大切なのはお前らとシエラだけだ。それ以外にはいない」


すると悲しみが消えた代わりに、頬を赤らめる2人。

いつものことだから俺も特に気にはしない。

まあトアに関しては機嫌を直してくれたようで何よりだ。

それに俺は言った通り、絡まれたにも関わらず殺さなかったのだから、これでまだ機嫌を損ねられ続けても困る。


「そ、それから、あんまり一時いっときの感情で相手を傷つけたらダメよ?」


照れを隠しながらトアがそう言った。


「ああ、気を付けるよ」


シエラみたいなことを言う奴だ。


「だがああいう奴は、怒っても聞かないからな~おそらくもう何とも思ってないだろうし……それに相手は勇者なんだ、あれくらいして、まだ足りないくらいだ」


「いつも思うのですが、トアは何故ニト様がお決めになったことを否定するのですか? さき程の方は非常に危ない気配を感じましたし、そもそもあちらから手を出してきたのですから殺してしまっても良かったのではないですか?」


「殺す?!」


するとトアが大袈裟に聞き返す。


「はい。危害を加えられたのですから、危害を加えられないようにするのは、当然の行為と言えます」


「だとしても簡単に殺すべきじゃないわ!」


「先ほどの方は魔力量から見ても相当、力のある魔導師です。ニト様にかかれば容易いかもしれませんが、わたくしたちでは苦労したでしょう。ああいった危ない雰囲気の方は、安全を確保する意味において殺しておくべきでした」


「まあ大丈夫だろう? 一応釘はさしておいたし。それにもし、また挑発されたら、次はちゃんと殺すつもりだ。何より相手は勇者だからな……」


「“何より”って……どういう意味よ?」


「ん?……まあ……何でもない。とりあえず俺たちに害が及ぶなら相応の対処をするってことだ。別に深く考えなくていい」


トアは俺の言葉が引っ掛かっているようだった。

特に何か意味を含ませて答えたつもりはないが……



しばらくすると店の中にも、俺たち以外の客がチラホラと見えてきた。

といってもまだ空席はたくさんある。


「まあ俺はあいつらよりは強いしその分、余裕もあるが、俺がいない時に何かあった場合はやりようがないだろ? もちろん指輪は3人とも持ってるから、何かあれば感じとれるし、そしたら転移で直ぐに駆け付けるつもりだけど、限界はあるんだ」


気づいてから辿りつくまでに、かかる時間。これが問題だ。

これは魔法では補いきれない。


「害のある奴は、誰であろうと殺す。それが得策だ。それにこの世界はそういう世界だろ?」


「そうです! ニト様の言う通りです!」


「だからってその世界の在り方に従う必要はないでしょ? 自分で選択できるんだから?」


「それもそうだな。じゃあその時が来るか、もしくはその前に俺なりの選択をさせてもらおう……」


トアは俺の言い分に納得していない様子だった。


トアは魔族だからなのか、他の種族の女性と比べると、女性としての魅力とは別に、何か他の魅力を感じさせる。

帝国にしろ、いつも狙われるのはトアだ。

といってもまだ2回だけだし参考にはならないが、『魅力』があるのは確かだ。

だから京極もスーフィリアではなく、トアにしたのだろう。

それが心配だ。


「すいません!」


嫌なことは酒で流そう。

俺はもう一杯ビールを注文した。

それでも流せなくなった時は殺せばいい。


――『失礼ですが……』


その時、突然一人の男が話しかけてきた。


「はい?……」


トアが声のする方へ振り返った。


男には2本の角が生えており、肌は青白い。

だが不健康という訳ではなく、元々こういう色なんだろう。

そして何より、2メートルはありそうなこの身長。


つまり、こいつは人間じゃないということだ。


だがこいつは何だ? 何の種族だろうか?


「もしや!……トアトリカ様ではありませんか?!」


男は半ば、興奮気味に尋ねた。


またトアか……今度はなんだ?


「はい、そうですけど……あなたは?」


トアは戸惑いながら尋ねる。

すると男はほっとしたように安堵の表情を浮かべ、改まった。


「申し遅れました。わたくし魔国シャステインより参りました。使いのカイゼルと申します」


「魔国?」


俺は思わず尋ねてしまった。


ここまでいくつか旅をしてきたわけだが、魔国という単語は何度か聞いた。

俺はトアにあまり確かめなかったが、そこがトアの故郷なんじゃないかと思っている。

そして目の前に魔国からの使いだと名乗る男が現れ、トアを知っているようなこと言う。

ということは、つまりトアは、その魔国シャステインの出身だということだろうか?


「失礼ですが、あなたはトアとどのようなご関係なんですか? どうやらトアを知っているようですが?」


「話かけるな! 人間風情が!」


「……は?」


なんだこの反応は?

俺は普通に話しかけただけなんだが?

凛々しかった男の表情が一瞬で険しいものになった。


「トアトリカ様、魔国でカサンドラ王がお待ちです。あなたを次代の王にすべく――」


「王だと?! どういうことだ!」


いきなり現れて王にするとはどういうことだ。


「トアは王女になるのですか?」


ネムが肉を片手に炭酸ジュースを飲みながら尋ねる。

飲むか食べるかどっちかにすればいいのに。


「なるわけないでしょ!……私が……王女なんて……」


急に大声を出すトアに、ネムはびっくりしている。


するとどういうことなのか? トアの表情が段々と暗くなっていく。

まるで元気を失っていくようだ。

王になるのが嫌なのだろうか?

何を思いつめているのだろうか?

正直、トアのこんな顔を見るのは始めてだ。


いやいや、今はそんなことじゃなくて――


「お前? 今、魔国がどうとか言ったよな? つまりトアは魔国の出身だってことか?」


「話しかけるなと言わなかったか、人間? トアトリカ様は由緒正しき魔王の血族。このようなところにいらしてはいけないお方なのだ!」


するとその時、スーフィリアがボソボソと呟いた。


「なるほど……トアは魔族でしたか……道理で魔力の波動がひときわ強いわけです」


「ああ、そういえばスーフィリアには言ってなかったな?」


「いえ、それは構いませんが……その、魔国シャステインと言う名を聞き思い出しました。魔国を統べる3人の王の話を――」


「は? 魔王が、3人だと?!」


魔国を統べる王が3人。

なんだそれ?……めちゃくちゃな話だ。

王は普通1人だろ?

魔王が、3人もいて良いものなのだろうか?


「お前ら人間の疑問に答えている暇はない! 俺は忙しいのだ! さあ、行きましょう! トアトリカ様! カサンドラ王がお待ちです!」


「え? ちょっと!――」


するとそいつはトアの手を掴んだ。


「手を離せ――」


俺は即座に遮る。


無理やりとは……

トアの同族であっても、流石にそれは見過ごせない。


「人間風情が……誰に向かって言っている! 俺は魔族だぞ!」


するとその時、カウンターの方で皿の割れる音が聞こえた。

みると女性店員の顔が引き攣っている。

魔族と聞いただけでこの反応……そういうことか。


どうやら魔族というのは、この世界において特別な存在らしい。

だとすれば、この魔族の言葉の意味も分かる。

だが今までトアが魔族であると知って、こんな反応をした奴はいなかった。

それが少し気になるが……


するとそいつはトアの腕を離し、俺の前まで偉そうに歩いてきた。


――デカい!


俺の背丈など優に超えている。

俺の2倍はあるように感じる。


「死にたいのか、人間? 俺は魔族だぞ?」


「もう聞いたよ、それより俺からも言わせてもらうが……」


「ああ?」


「誰に向かってそんな口を聞いてるんだ? 殺されたいのか?」


俺はそのカイゼルと名乗る魔族に、殺意を向けた。

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