第152話 認識と死角

「政宗くん!」


小鳥?……何故……


俺は仮面の中で、口を開け言葉を失った。

そして何度も頭の中でその言葉を繰り返す。


――何故、分かった?!……と。


何故、こいつは俺だと分かった?!


俺はとっくの昔に死んだことになっているはずだ。

魔的通信にもそうあった。


あれはフランチェスカさんの記事だ。

おそらくこいつらに取材を取り、こいつらは全員、俺が既に死んでいるようなことを話したのだろう。

だから一条が『行方不明』なのに対して、俺は『死亡』という扱いになっていたんだ。


「ねえ?……政宗くんなんでしょ?」


「ど……どうされましたか? 私はニトと申しますが?」


「声を聞けば分かるもん。だって……いつも、聞いてたから」


なんの話だ?


小鳥とは幼馴染の頃よく遊んだ。

小・中・高と学校も同じだった。

だが小学生以来、言葉など交わしていない。

だというのに、何故分かった?!


「生きて……たんだね? 政宗くん……」


否定したにも関わらず、その場で涙を流す小鳥。

どういうことだ?

いや、それよりも今、俺が生きていることを知られるのはマズい……


「ニト?」


「問題ない、少し黙っていてくれ」


トアが俺に疑いの目を向けている。

“この女は誰だ?”と言いたげな視線だ。

分かる。分かるが今、トアやスーフィリアに入って来られては困る。


「どういった事情かは分かりませんが、声が似ていると仰いましたか? でしたらおそらく、聞き間違いではないでしょうか? 私はその、政宗という方ではありません。先ほども言いましたが、冒険者をやっています、ニトと申します」


俺がそう言うと、小鳥は濡れた目で俺を確認するような視線を向けた。

どうやら困惑しているようだ。

だがどういう意味で困惑しているのかが分からない。

俺が嘘をついたという意味で、だろうか?

それとも人違いをしたということに気づいたから困惑しているのか?


……どっちだ?


「どうやら大切な方のようですね? お察しします……」


だがこれ以上、何も話すことはない。

俺が一番辛かった時……辛くて、辛くて毎日死にたくなったあの時……毎日、視界が灰色で、学校に行っても、まるで今さっき家を出たばかりであるようなあの感覚……家を出てから帰ってくるまでの記憶がないようなあの日々を救ったのは……こいつじゃない。


――俺自身だ。


誰も俺に手を差し伸べてはくれなかった。

時折あったのは安っぽく中身のない手と、道徳の教科書にでも書いてありそうな薄っぺらい言葉だった。


結局誰も救ってはくれず、いつか救ってくれると希望を持った自分が馬鹿だったと、絶望する始末。

毎日が灰色だった俺はあの世界に辟易し、世界を終わらせた。


――自殺という方法で。


そして手に入れたのが、この世界。


そうだ……


間違いではあったが、俺は確かに『転生』したのだ。


俺自身が転生したと認めた。

そして世界を手に入れた。

だというのに……今更、そちらの都合で歩み寄られても迷惑なだけだ。


今は3人が傍にいてくれる。

そしてここは俺の世界だ。


関係のない奴が……俺の世界を穢すな……


「帰りに酒場へ行かないか? 久しぶりに酒が飲みたいんだ」


俺はそう言いながら、“それ”に背を向け、出口へ向かった。


「べ、別にいいけど……」


トアは、涙を流したままたたずむ彼女が気になるらしい。


「私! 一条くんと、本当は探しに行きたかったけど! でも、その時は力がなくて! でも今は! 上級鍛冶師だし! それに上級魔法だって使える!」


後ろがうるさいな……


「今ならあなたを助けて上げられる! きっとあなたの役に立って見せるから! だから!……」


すると何故かスーフィリアが足を止めた。


「ん? どうした、スーフィリア? 行くぞ……酒は好きだろ?」


「は、はい……そうですね。では、行きましょう」


なんだ?

意味不明に足を止めたスーフィリアだったが、俺が尋ねると、また普通に歩き出した。

……おかしな奴だ。


「露店も見ていかないか?」



あ~あ……面倒くせぇ~……



「それは構わないけど……」



俺はいつになったら……



「対校戦まで2日もあるし、その間は町で楽しもう!」


「お祭りなのです!」



自分の世界を手にできるのだろうか?



……。









 政宗が去った後、歓声が徐々に止み、それぞれが会場を後にする。

するとそこには置き去りにされる形で、佐伯や勇者たちの姿があった。


「佐伯! あなたは何を考えているの? その辺りにいるような、ちょっと力を付けただけの上級生とはわけが違うのよ?!」


緊迫した中、始めに口を開いたのは河内だった。


「うるせぇ……」


佐伯はそれに対し、意外と弱気な素振りを見せる。

あの京極が片手一つであしらわれてしまった現実を、まだ受け入れきれてないのだ。


「佐伯? 大丈夫かい?」


背後で木田が心配そうにしている。


「それにしてもサエキ様、あれはあんまりですわよ? 相手の力量を計れないということが、魔導師にとってどれだけの欠点か、サエキ様はご理解なさっているのですか?」


ジョアンナが呆れたように佐伯を咎めた。


「分かってるさ、だが奴からはまったく魔力を感じなかった。ただの仮装した変態にしか見えなかったんだ」


「あれはおそらく小人族の仮面でしょう。以前にも一度見たことがあります。そんなことより、サエキ様は過信が過ぎます」


「なんだと?」


「魔力を感じないからどうだと言うのですか? まさか、サエキ様はあのお方の魔力が小さいものだとでも思われたのですか?」


すると佐伯は質問の意味が分かっていないような表情をした。


そもそも根本的に佐伯は間違っているのだ。

佐伯は当然のように、こう思っていた。


「もちろん、そう思ったが? 魔力が小せえか、それか魔力がないんだろ? だから感じ取れねえんだ」


その言葉にジョアンナは大きなため息をついた。

その会話を他の勇者たちも興味深そうに聞いている。


「魔力のないものなど、この世にはおりません。魔力を感じないということは、それだけ魔力量がわたくしたちと桁違いだということです」


「は?……」


「分からないかい、サエキくん?」


するとデイビットが口を挟む。

デイビットも少しばかり佐伯には呆れている。

というのも、これは珍しい事例であるためさほど重要なことでもないのだが、高等魔法クラスのような魔法を極める目的をもつクラスの生徒たちなら、当然のように知っていることなのだ。

つまり、これは初歩的なことだった。


「例えばサエキくん、レベル1の魔導師がレベル60の魔導師の魔力を感じ取ることはできるか、それとも出来ないのか、君には分かるかい?」


「ああ、出来る。出来るに決まってんじゃねえか?」


「そうだね。つまり、例えば60という差があっても魔力自体は感じ取れるものなんだよ。ここまで言えば君にも分かるんじゃないかな?」


佐伯は困惑した様子だ。

おそらく分かっているのだろうが、それを上手く言葉にできない。



――『じゃあどれくらい差があると、感じ取れなくなるものなのかなぁ?』



その時、散らかった観客席の方から声が聞こえた。

その場にいた全員の視線がそこへ集中する。


「京極くん、大丈夫?」


一応声をかける河内。


「ん?……ああ、あのクソ野郎、マジだったよ! ハッハッハッ! 本気の殺意だった。後ろにいた連れのあの子が止めてくれなかったら危なかったよ。あいつの言った通り、ここが会場じゃなきゃ、俺もお前も殺されてたかもね? 佐伯?」


あの京極が負けを認めた。

その言葉に佐伯は、唾をのむ。


「それで? どうなんだい?」


京極は先ほどの問いをもう一度繰り返した。

すると初対面ではあったが、場の流れでデイビットは答える。


「そうだね……これは信憑性の薄い説だけど、その昔レベル30程度の魔導師が、人間を襲わない不思議なドラゴンにあったという話があるんだ。それによると、そのドラゴンはレベル100くらいだったらしい。でもその魔導師はちゃんと魔力を感じ取れたらしいんだ。あくまで一説だけどね」


すると京極は思い体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。


「なるほど……70ね……じゃあ参考にならないな~」


「そうだね。そもそも魔力が感じられないなんて、この世界においてもおとぎ話のような稀な話だから。資料なんてないんだよ」


「……あっそ。ま……なんでもいいや。どっちにしろ、強いか弱いかだ。興味があるのはそれだけだしね」


すると京極は退屈そうな面で、そのまま何も言わずにどこかへ行ってしまった。


「サエキ様? もうニト様にあのようなことは……「分かってる!」


だが佐伯はもう、十分に理解していた。

あの京極が負けを認めたのだ。

その時点で、今の自分が勝てるはずもない。

それは周知の事実であり、佐伯も認めていた。


「それにしても佐伯がここまで幼稚だとは思わなかったわ」


そう言ったのは、ひいらぎだった。

高飛車な彼女は、誰に対しても偉そうで、異世界に召喚される以前のような、財閥の娘としての富もなくなったわけだが、それでも偉そうにしていた。


「ああ?」


佐伯はギロッと視線を向けた。


「そんな目をしても何も怖くないわ! だってお子ちゃまだもの! 引き立て役になるのがそんない不服?! 相手はSランク冒険者で英雄で、それもダンジョン攻略者なのよ?! こんな会場で対戦できるだけでも名誉なことじゃない?!」


佐伯は言葉を畳み掛けられ何も言えない。


「まさか恥をかくとでも思った?! だいたいそれが愚かなのよ? だから幼稚だって言ってるの! まず、そもそもあなたに失うような面子があるの?!」


それもそうだ。

佐伯はただの学生で、生徒の中ではある程度の認知度はあれど、世間では無名なのだから。


「佐伯くん……君もそろそろ、自分を見つめなおした方がいいんじゃないかい?」


佐伯に温厚な口調で話しかける小泉。

佐伯は内心そこに、気味の悪さを感じていた。

あの小泉が、『見つめなおせ』などと言っている。

そんなもの違和感を覚えざるを得ない。


「僕も君も、傲慢が過ぎたんだよ。今ならまだ間に合う、だから僕はこれから自分の幼稚な部分と向き合っていくつもりだ。それに困った時はみんながいる。もう日本を知っているのも僕らだけだし、だからこそ手を取り合えるはずさ」


――吐き気がする。


佐伯は最初にそう思った。

一体小泉に何があったのかと、一応考えてみる佐伯。

だが尋ねないのは、その背景にある気持ちの悪いエピソードを聞きたくないと思っているからだ。


「心の弱い奴は、そうやって仲良く惰弱な奴らと手を取り合ってろ! 俺はただ上を目指す、お前らのような気色の悪い“お友達”は、必要ない!」


「佐伯くん、僕は君のことを一度見放した。どうせ分かりはしないとそう思ったんだよ。君はいつまで経っても日高を殺した罪を認めないだろうとそう思っていた。だけどそれは今だけだ。成長するにつれて、視野が広がり、いつか必ずその罪と向き合う時がやってくる。その時、皆がいれば……きっと、肩の荷も下りるはずだ」


「それが気色悪いって言ってんだぁ!」


「今じゃなくてもいいんだ。その時が来たら頼ってくれればいい」


「根本的に勘違いしているお前には分からないかもしれねえが、俺は微塵も後悔なんかしてねえぇ! あいつを殺したのは俺じゃねえぇ。あいつ自身だぁ! 無能だったが故に死んだのさ!」


「君じゃあ無理だよ」


小泉は佐伯の言葉を聞かず、背を向けながらそう言った。


「君じゃあこの世界では生き残れない……」


小泉は最後にそう言い残し、その場を後にした。

すると周りの勇者たちもそれに合わせ、一人ずつ佐伯に背を向け、同じように佐伯から離れていく。


その様子に正体のわからない苛立ちを感じる佐伯。


「俺は間違ってねえええ!」


佐伯は最後に、会場に響き渡るほどの大声で、叫んだ。




その一連の様子を、遠くから窺っていた者がいた。


――パトリックだ。


気になったパトリックは、フィシャナティカの学生と揉めているニトの様子を窺っていた。

そしてニトが去った後、口喧嘩をしているその者たちを、その場の気分から眺めていた。


パトリックはニトが勇者召喚により呼び出された異世界人だということを知らない。

だが、それにしても一瞬、異常な殺気を放ったニトに、言葉では言い表せない違和感を覚えていた。

もちろん、自分の大切な女性に手を出されることを許す男はいないだろう。

だがそれにしても、ということだ。


勇者一行が会場から姿を消した後、パトリックも姿を消した。


表現しきれない違和感を抱えて……

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