第23話 不運な少年

 “『続きまして! コパン!』 


ネムとパトリックの試合に決着がついてから、およそ5時間後。

ここに代表決定戦の決勝が行われようとしていた。


決勝とあってか一人ずつ名前が呼ばれ、さらに入場さえも少し大袈裟なものになっていた。

そしてネムの次にフィールドへ現れたのは、『コパン』という、トーナメント表でいうところの右側から勝ち抜いてきた生徒であった。

だがここで一つ、おかしなことがあった。

ネムも首を傾げ、疑問符を浮かべるくらいのことだ。


――というのも、どう見てもコパンが怯えている。


ネムよりも少しだけ身長が高く、そして頭は丸坊主のコパン。

彼は足をぴたっ!と揃え、少しだけ膝を曲げ、そして腕を縮こませながら肩を揺らし、ガクガクと歯を鳴らしていた。


――どう見ても怯えている。


ネムもそう思った。

そして観客たちも同じようそう思ったのだ。


だがそれは無理もないことだった。



 コパンは、代表決定戦を棄権するつもりだった。

間抜けな話だが、コパンは棄権申請書を提出し忘れてしまったのだ。

彼がそれに気付いたのは、締切日の翌日であった。

そしてコパンは魔法契約により、ブロック予選への参加を余儀なくされた。


そしてブロック予選第一試合。

コパンは今回のように怯えていた。

根が真面目だったコパンは、怯えながらも時間通りに会場入りし、フィールドに現れた。

だがコパンがいくら待てど、対戦相手が姿を見せない。

そして対戦相手は時間が過ぎても来なかった。

結果、第一試合は、コパンの不戦勝となる。

後で分かった話だが、緊張のあまり昨晩寝つきの悪かったその対戦相手は、当日寝坊してしまったらしい。


そして第二試合だったが、それは試合のゴングが鳴り数秒後の出来事だった。

対戦相手がコパンの目の前で腹を押さえ急に倒れ出したのだ。

そして腹痛を訴え、結果、その相手は棄権となった。

どうやら前日に必勝祈願の目的で食べた『チョウカライのハンバーガー』が当たったらしい。


チョウカライとは、とある限定された湖に生息する、後ろ脚の生えた魚である。

この魚は体内に『辛珠しんじゅ』と呼ばれる臓器を持っており、そこで『辛汁しんじゅう』と呼ばれるエキスを生成するのだ。

そしてこの辛汁は、チョウカライの体内から外部へ一滴でも流れ出た瞬間に、何故か発火現象を起こす。

これを知る者たちは『それほど辛い魚』なのだと話す。


そしてチョウカライは『辛珠』で蓄えられたエキスを、生涯、外部に吐き出すこともなく、生まれてから死ぬまで蓄え続けるのだ。

そして長い年月をかけ体内に辛汁が染み渡ったチョウカライは、食べれば口から火が出るほど辛く、また一部の層にはマニアがいるほど有名な食材だった。

そしてとある村ではこれを景気づけに食べる習慣がある。

それを知った彼は、これを前日に食べたのだ。

何とも間抜けな男である。


次に三回戦であったが、試合開始のゴングと共に対戦相手が棄権した。

これも後で分かった話だが、その生徒は試合当日に、それまで付き合っていた彼女に別れを告げられ、そのショックから戦意を喪失してしまったらしい。


この時点で会場の観客たちの中に、『あのコパンという生徒には何かあるんじゃないか?』と、疑い始める者が現れ出した。

中には、これを『コパンの呪い』だと言うものまでいた。


そしてブロック予選決勝。

やはり真面目なコパンは先に会場入りしていた。

そしてその後、観客に大きく手を振りながら笑顔で入場してきた金髪イケメンの生徒は、足元の段差に気づかず、豪快につまずき正面に体勢を崩した後、地面に顎を強打し気絶した。

そのことからコパンは、ブロック予選決勝を不戦勝で通過した。

つまりコパンは一度も戦うことなく、トーナメント戦に辿りついたのだ。


この瞬間、皆の疑いは確信に変わった。

相手に触れることなく勝ち抜いた彼を、『呪術師コパン』と呼んだのだ。

だがコパンの職業は、弓使いである。


――そして問題のトーナメント戦だ。


コパンが仮にトーナメントを勝ち進んだとして、戦わなければいけない相手は全部で5人。

そしてトーナメント戦が始まった当日、会場入りしたコパンに告げられたのは、対戦相手が棄権したという知らせだった。


詳しいことはコパンにも知らされなかったのだが、どうやら対戦相手が急に、


――『もう対校戦には関わりたくない』


と、そう言ってきたらしい。


そう告げられたコパンは小一時間、そこに茫然と突っ立っていたという。


そしてトーナメント2回戦……3回戦……4回戦。

すべての試合において、対戦相手が当日に『もう対校戦には関わりたくない』という理由で、棄権していった。


――僕が棄権するはずだったのに……。


コパンは心の中で何度もそう思い、そして毎晩泣いた。

ブロック予選から始まり、トーナメント戦。

コパンはすべての試合において、最初から棄権するつもりだったのだ。

だがいつも何かが起こり、自分よりも先に皆、棄権していく。

挙句の果てには『関わりたくない』ときた。


――関わりたくないのは、僕の方なのに……。


そんな事情から『呪術師コパン』は、代表決定戦の決勝まで辿りついたのだ。




「どうしたのですか? 具合が悪そうなのです?」


ネムはこれから戦う目の前の相手を気遣った。

ブルブルと震える目の前の少年が、それほど奇妙だったのだ。


――言うぞ……今度こそ言ってやる。


コパンはネムの気遣いを余所に、心の中で何度もある言葉を復唱し、意志を固めていった。


――やっとだ……やっと僕は言える!


「ん?……」


ネムは不思議そうにコパンを見ていた。


そしてルールを告げるアナウンスが鳴り終わり、両者の名が会場に改めて放送され、試合開始のゴングが告げられた、その時だった――


「――棄権します!」


コパンは右手を勢いよく上げ、今まで決して見せなかった自信に満ち溢れた表情で、声高らかにそう言った。


――“『…………は?』”


放送係の女性は思わず間抜けな声を出し、その後、コパンに対しての質問攻めが始まったという。









 コパンの一件が片付き決勝戦が終わり、会場の真ん中では表彰式が行われていた。


1位 ネム

2位 コパン・ボーノ

3位 パトリック・ラズハウセン


パトリックに3位決定戦はなかった。

何故ならコパンの準決勝の相手は、試合前に棄権しているからだ。

よってパトリックは自動的に3位となった。


だがまたしても問題が起きる。


「あ、あの!……」


そう言って手を上げたのは、コパンだった。

代表者3名に、それぞれトロフィーを渡すのはサブリナ校長。


「ど、どうしたのかしら?……」


尋ねてみたサブリナであったが、返ってくる答えは大体想像がついていた。


「その……対校戦を辞退したいんですけど……」


サブリナは左の頬をピクピクと痙攣させ、怒りを堪えた。

ここのところ何かにつけて上手くいっていないサブリナは、問題にたいして過剰に反応するようになっていた。


「そう……だけどその話はとりあえず、この表彰式が終わってからにしてくれないかしら?」


“辞退するとは、本気ですか?”……とは、言わない。

決勝戦を棄権した時点で、コパンが代表を辞退することは、この場にいる全員が何となくだが分かっていたことだ。

サブリナは“案の定”という『呆れ』を笑顔の裏に隠し、本人なりにスマートに答えた。


「は……はい……」


校長の機嫌がよくないことは、この場にいる誰もが分かっていた。

それはコパンにも分かった。

何よりそれは、このギラついたサブリナの目を見れば明らかだった。

なのでコパンもそれ以上は言えなかった。


だがこれは棄権申請を出し忘れたコパン一人の責任ではない。

大部分は学校側の責任なのだ。


魔法契約が結ばれてしまった時点で、この代表決定戦をやり直すことはできない。

ブロック予選もトーナメントも、また一から作り直すことはできないのだ。

そして一度出場することが決まった生徒たちは、どんなことがあろうと棄権することができない。

試合開始の合図があり試合が始まった後、『降参』という形でのみ、棄権することができるのだ。

おかしな規則ではあるが、大昔からある伝統なので容易に変えることもできない。

試合開始後の棄権は、すべて『降参』と認識され、契約違反にはならない。

だがそれ以外は別だ。

そのルールに反した者は、この学院を決められた期日までに出て行かなければいけない。

つまり必然的に、退学となってしまうのだ。


「ではこれにて、代表決定戦を閉幕とします!」


サブリナの声が会場に響き渡る。


「続きまして、皆さんにお知らせがあります」


――から始まり、サブリナは代表者の一人であるコパンが、対校戦を辞退したことを発表した。


「それに伴い、3位のパトリックさんを2位へ変更したいと思います。それに従って空席となった3位について、これからご説明します」


するとサブリナは、唐突にある生徒の名前を上げた。


「――アリス・クレスタさん!……この会場にアリス・クレスタさんはいらっしゃいますか?」


サブリナの声が会場に響き渡る。

すると会場のとある席に、アリスの姿が見えた。


アリスはサブリナの声に応え、立ちあがった。

そしてアリスを見つけたサブリナは、右手に携えた杖の先端から光の粒子を出現させ、それをアリスに飛ばした。


――これは『拡声光』である。


マイクの役割をし、声を広範囲に届けてくれるのだ。

そして拡声光は、アリスの目の前で止まった。


「私は校長として、3位枠にアリス・クレスタさんを推薦します。アリスさん? どうでしょうか?」


その問いにアリスは戸惑った。

普通は事前に何かあってもいいようなものだが、アリスはまったく知らされていなかったのだ。

そしてサブリナにとっても、このやり方は不本意だった。


対校戦は伝統的であり、そして何より格式の高い行事だ。

それは昨年まであのアリエス・グレイベルク学園が参加していたとは思えないほどであった。

だからこそ、このような粗末な選び方は本来して良いものではない。

代表者とは、魔法契約の元、戦い抜いた者たちで構成されるべきなのだ。


だがサブリナには、やり方を選らんでいる余裕がなかった。

期日までに、各出資者へ今回の代表者名簿を届けなくてはいけない。

そこにはサブリナの校長としての面子もかかっていた。

だからハイルクウェート自体に背かない範囲でならば、もういとわない覚悟ができていた。


「申し訳ありませんが、その提案にはお答えできませんわ」


だが返ってきた答えはサブリナの予想に反したものだった。


「それは……どういうことでしょうか?」


サブリナは思わず素がでてしまい、くい気味で尋ねてしまう。


「わたくしは敗れましたわ。ですから今回、どのような理由があろうと対校戦には出場いたしません。潔く敗北と自身の不甲斐なさを認め、来年の対校戦に備えます」


アリスの決意は見事なものだった。

だがサブリナにとって、そんなことはどうでもいい。

余計にイライラが増すサブリナ。


「そうですか……分かりました」


拡声光を回収し、どうしたものかと考えるサブリナ。

だが決めるならこのやり方かしかない。

校長権限で指名する以外にはないのだ。

3位決定戦一からを行うことはできない。

それは魔法契約により、禁止されていることだからだ。

そんなことをすればサブリナがこの学校を去らなくてはいけなくなる。


だがその時、一人の生徒が“手を上げた”。


「――俺が出ます!」


すると今さっき回収したはずの『拡声光』が、その生徒の元にあるではないか。


「先生! 俺を3位枠で出場させてください!」


そう答えたのは……


――政宗だった。

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