第24話 傲慢な尺度
――ニト。
すべてはこの男が原因よ。
彼があの時、『真実を教える』などと言って、生徒たちにあんなことをしたばかりに、優秀な生徒の大半は、代表決定戦から降りた。
優秀であればあるほど、生徒たちは高みを目指した。
だからこそ彼らはあの時、避難もせずに目の前の帝国に興味を示した。
そして優秀だったからこそ、彼の言った『力』という言葉を身近に感じることが出来た。
結果、彼らは恐怖のあまり現実から目を背け、逃げた。
もちろん彼だけが悪いわけじゃない。
彼らにも原因はあった。
けれどあの時、彼があんなことをしていなければ今頃、代表決定戦はスムーズに、例年通り行えていたはず。
「先生! 俺を3位枠に推薦してください!」
あなたの名声を借りた私にも原因はある。
けれど……
よくもそんなことが言えたものね?
――サブリナは怒りを抑えながら、ニトに問いかけた。
「私が……あなたを推薦する?」
客席に立つ、赤黒い男。
会場にいた者たち全員が、ニトを見た。
そしてパトリックは「ニト……何を考えているんだ?」と、またニトの心意を探るように疑った。
「はい。現状、代表に相応しい生徒は、アリス・クレスタさん以外にはいない。ですがクレスタさんが出場を断った以上、彼女以外の誰かを選ばなくてはいけません。ならば俺が適任ではないですか?」
――適任。
ニトは何をもって、適任だと言っているのか?
そしてサブリナは、それを問う。
「ニトさん、あなたは既に追加試合での出場が決まっています。あなたが代表に選ばれれば、あなたは今大会において2度も試合をすることになります。さらに言うならば、そもそも追加試合は、対校戦に参加できないニトさんへの特例措置として設けたものです。あなたを代表にしてしまっては、追加試合の意味がありません」
現状、学生で冒険者ニトに勝てる者などいない。
ニトが対校戦に参加するということは、最初からハイルクウェートは一勝を得ているようなものなのだ。
これでは対校戦の意味すらなくなってしまう。
だがニトは引き下がらなかった。
「先生、俺は2試合だろうが3試合だろうが気にしません。ですからこうしませんか?」
するとニトは提案した。
「フィシャナティカに、ハンデを与えるんです。試合を0-1の状態から始めればいい。それなら俺が代表でも公平なはずです。それに向こうにしてみれば“都合がいい”と思うんですけど……」
その提案に会場はざわついた。
“都合がいい”とはサブリナに対しても言っているのだ。
つまり『これで出資者からの評価も上がりますよ?』という意味。
”適任”とは、そういう意味なのだ。
サブリナは何と答えるか悩んだ。
マーセラス・ハイルクウェートとベアトリス・フィシャナティカ。
対校戦はこの2人が考案した行事であり、またそれに関わる規則を考えたのも、この2人だ。
サブリナは以前から、何故彼らはこの対校戦を遺したのかと疑問に思っていた。
『深淵』が関わっていることは理解している。
だがそうではなく、何故、規則がここまでいい加減なものなのかとうことについて、疑問を持っていたのだ。
というのも、政宗の提案は規則に違反していない。
つまり校長同士の話し合いで、どうにかなるレベルなのだ。
後は出資者に対してどう説明するのか? それくらいだ。
だがむしろニトを目当てに訪れる出資者たちは、喜ぶに違いない。
サブリナの評価も上がるだろう。
だが学院に子供を預けている保護者たちはどう思うだろうか?
世論とトップの意見は別なのだ。
才能のある生徒を
だからサブリナは迷い、そして考えていた。
学院のイメージか? それとも出資者たちからの信用か?
だが学院のイメージ低下は、最終的に『あの校長に任せたのが失敗だ』という批判に変わる。
そしてそれは最終的に出資者たちからの信用を失うことにも繋がるのだ。
「つまり……ニトさんを代表にし、また追加試合も行えと、そういうことですか?」
「はい、ですが追加試合に関しては元々、俺が提案された側ですから判断は任せます。それと代表についても、俺はあくまで「どうですか?」と提案しているだけです。すべてはそちらにお任せします」
魔法契約にさえ逆らわなければいい。
サブリナはそう思っていた。
だがサブリナには、一つ恐れていることがある。
「――分かりました。では最後の代表者にニトさんを推薦します。ですがこれは仮決定です。最終的な判断は話し合いの末、決めたいと思います」
サブリナは最後に、異論のある生徒や出場意志のある生徒は校長室に来るようにと付け足した。
その後、これ以上ニトと放送で議論するわけにもいかず、サブリナは急ぐようにその場を後にする。
そしてこの日、何とも歯切れの悪い形で、代表決定戦が幕を下ろした。
▽
あれから数日が過ぎた。
「失礼しました」
校長に呼ばれ、俺は校長室の前に来ていた。
すると丁度、校長室から出てきたアリス・クレスタと鉢合わせる。
アリスは俺に気づくと、眉一つ動かさず冷たい視線を送り、その場から去って行った。
まだあのことを気にしているのだろうか?
パトリックとネムの試合が終わって直ぐのことだ。
あの時、アリスが俺に頼んできたのだ。
――精霊契約に協力してほしいと。
アリスは、パトリックがどういう方法で精霊と契約するに至ったのか、その内容は知らない。
禁忌の部屋の一件は、校長を含めた俺たち3人しか知らないのだ。
だがアリスは、何となくではあるが気づいていたようだった。
“どのような方法でも構いません”と言ってきた時に、そう思った。
だが俺は断った。
パトリックとアリスは違う。
俺は信じたことをしただけだ。
結果、パトリックは力を手にした。
だがアリスは信じられない。
これは理屈ではない。単純な感情の問題だ。
俺の気まぐれが彼女を信用に値しないとそう判断した。
だから手はかさない。
それをアリスはどうも根に持っているらしい。
だがそんなことはどうでもいい。
――コンコン。
「失礼します」
俺は校長室に入った。
するとそこにサブリナ校長と、もう一人別の老人の姿が見えた。
白く長い髭を蓄えた老人だ。
誰だ?
俺はとりあえず頭を下げる。
「ホッホッ……君がニトくんじゃな?」
俺は今、仮面をしていない。
「はい、そうですけど……あなたは?」
すると老人は笑みを浮かべながら名乗った。
「わしはオズワルド。フィシャナティカ魔法魔術学校で校長をやっておるものじゃ」
なるほど……つまり、この3人で代表についての話合いをするわけか。
俺は席に案内され、とりあえず座った。
「対校戦とは各国の出資者に対し、生徒や学校側がアピールをする場所じゃ……表向きはの?」
ゆっくりと順番に説明するオズワルド。
「じゃが真実は、『深淵の愚者』をおびき寄せるための『罠』に過ぎん。その観点から言えば、お主は策略にはまった、文字通り『愚者』と言えるかもしれぬのお?……」
年寄りの話は長く鬱陶しいものだ。
多少の覚悟は必要だろう。
だが……
「本題に入りませんか? 俺を代表にするのかしないのか……無理なら無理で構いません」
だが俺は3位でもいいから対校戦に出場したかった。
何故ならフィシャナティカには、『あいつら』がいるからだ。
今のあいつらがどれ程かは知らないが、出場さえすれば当たる可能性はある。
「これも本題なんじゃよ」
するとオズワルドはテーブルに置いてあったコーヒーを一口すすった。
「深淵の愚者は、世界を混沌へと
深淵を扱える魔法使いが珍しいことは、ジーク達の反応を思い出せば分かる。
俺にとって深淵がどれだけ身近で真実であっても、この世界にとっては『おとぎ話』でしかないのだ。
「サブリナはどうか知らぬが、わしはお主が実際のところ愚者なのかどうかについては、まだ答えが出ておらん。確かに魔力は感じん。おそらく現時点で、わしらを遥かに上回るほどの力の持ち主であることは間違いないじゃろう。じゃがそれは愚者であるという証拠にはならんのじゃよ」
「つまり、俺がその深淵の愚者かどうかということが問題なわけですか? 愚者を代表にはできない……そういうことですか?」
「そうではない。愚者を対校戦に出してはいけぬという規則はないでの」
ん? じゃあ対校戦には出られるのか?
「これは極めて単純な話じゃ。もう聞いておると思うが、お主の力はあまりにも強大じゃ。それは強大としか表現できぬほど、計り知れぬ。魔力を感じん以上、わしらにはお主を計ることなどできんのじゃ」
「その……言っている意味はわかるんですけど、じゃあ何が問題なんですか?」
「生徒に被害が及ぶようなことは避けたい。ただそれだけの話じゃ。お主が対校戦に出ることに意義はない。それに今や魔法学校はこの2校だけではない。世界中にいくつも点在しておる。これはおそらく学校側にとっても良いアピールになるじゃろう。利用させてもらうようで申し訳ながのお? これはわしらにとってもチャンスなのじゃ。じゃが、だからと言って人格に問題のあるものを対校戦に出場させるわけにはいかん」
なるほど……つまりサブリナは帝国の一件をこのオズワルドに喋ったわけか。
「俺はただ……平穏な学生ライフを得たいだけです。それを邪魔しようとしたから、彼らにはそれ相応の報いを受けてもらいました。でもそれは実際のところ報いなどというものではなく、ただ現実を教えただけのこと、俺は何か間違った教えや思想を説こうとしたわけじゃありません。確かに仲間を傷つけられ感情的になっていた部分はあります。ですが……間違っていたとは思いません。それでも俺の代表入りを認められないというのなら、俺はそれで構いません」
その場が一瞬静まり返った。
すると咳払いをしたサブリナがオズワルドに代わり、話しだす。
「まず先に話しておくけど、あなたの代表入りは決定よ。あなたには今年の対校戦に3位枠で出場してもらいます。そして追加試合のことだけど、これはもう既に出資者にも通してある話だから、今更取り消すわけにもいかいの。だから今回、あなたには2つの試合に出てもらうことになるわ。おそらく、続けて2試合することになるから、その辺りは覚悟しておいてね?」
俺はそこで、とりあえず安堵した。
「そうですか……分かりました。連続試合は問題ありません」
これですべて、俺の思い通りだ。
「あの……追加試合ですけど、相手は誰なんですか?」
俺はオズワルドに尋ねた。
「追加試合の相手はもう既に決まっておる。じゃが教えるわけにはいかん。対校戦の相手にしてもそうじゃ」
「……そうですか」
勇者召喚により呼び出された者には恩恵が宿る。
だとすれば、今頃あいつらはどれほど強くなっているのか?
おそらく代表の3人も、それから追加試合の相手も、すべて勇者だろう。
心配はない。誰が相手でも俺は俺のやるべきことをするだけだ。
俺がこれまで受けた苦渋を味合わせてやる。
だがもちろん殺すわけにはいかない。
これは『対校戦』なのだ。
そこで俺が相手を殺せば、すべて無駄になる。
築きあげた『英雄』という称号も、学生ライフもだ。
そしてトアやネムやスーフィリアにも迷惑がかかる。
俺の旅に同行したシエラにも迷惑がかかるだろう。
迷いはない。だがもう……復讐だけではないんだ。
「若き魔導師よ」
すると突然、オズワルドが口を開いた。
「生き急ぐでない」
勘弁してくれ……
「は……はあ……」
俺は気の抜けた返事をする。
「お主は強いが、まだ若い。すべてにおいて決断を下すには、まだ若すぎるのじゃ。ゆっくり時間をかけて考えるとよい」
話は終わったし、もう帰りたいのだが……
「若いが故に悩むこともあるじゃろう。人知れず稀有な才能を授かったことで、他人には理解できぬ苦労もあることじゃろう。じゃがお主も等しき存在なのじゃ、違いなどない。ただ違うと思おておるだけなのじゃ。お主が理解を示せば、相手も理解を示してくれるはずじゃ……」
この爺は俺の何を『理解』しているというのだろうか?
理解する必要のないモノを理解することに、何の意味がある?
結局、こいつも自分の都合を押し付けているに過ぎない。
「そうですね……違いなんかないのかもしれない。本質は皆同じで、どこかで繋がっているのかも、魔法のようなもので……」
自分で言っていて虫唾が走る。
そんな“魔法”があるなら、俺が『術式破棄』で消し去ってやろう。
「では、俺はこれで失礼します。後はすいませんが、お願いします」
偽善に付き合っている暇はない。
話を終え、校長室を後にする。
その後、校長が俺を代表にする条件として、魔法契約に違反し、この学院をさらなければならなくなった生徒たちの解呪を提示してきた。
俺はそれを喜んで引き受けた。
こうして俺は代表の座を得る。
予想外の展開ではあったが、どうやら天は俺に味方をしたらしい。
天などというものは信じていないが、あの時、俺がやったことも結局は間違いじゃなかったということだ。
あいつらが恐怖し代表決定戦を降りてくれたからこそ、結果、空席が生れた。
だから俺は代表の座を得られた。
確かにすべて繋がっているのかもしれない。
俺の手のひらの上で。
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