第22話 地属性魔法

 ネムとパトリック。

2人は向かい合い、試合開始の合図を待っていた。


「お互い全力を尽くそう」


「もちろんなのです」


2人は口数が少なかった。


ネムは普段と変わらない表情だ。

そしてパトリックからは、以前とは違い自信のようなものを感じる。


パトリックは、ニトの“見返してやれ”という言葉を思い出していた。

軽い喧嘩別れのような形になってしまったが、溝は深い。

ネムが出場するということは、ニトも客席にいるはず……


「ニトも来てるのか?」


「客席にいると思うのです」


「……そうか」


何のための確認か分からず、ネムは疑問符を浮かべた。

というのも、その『溝』についてはあそこにいた者しか知らないのだ。


――“『ではこれより、準決勝を始めます!』”


その時、アナウンスが終わり、試合開始を告げる“ゴング”が鳴り響く。

そして会場を包み込むような歓声に迎えられ、2人の試合が始まった。

考え事をしていたパトリックにとっては唐突だったが、“ゴング”と共に、直ぐに切り替えた。


「パトリック!」


「ああ! 分かってる!」


よそ見をしていたパトリックに、ユイが声をかけた。

すると不意を突かれたように一瞬焦りを見せたパトリックだったが、直ぐに魔法を詠唱する。


「【火精霊の拒絶リジェクテッド・サラマンダー】!」


パトリックの体を、赤とオレンジの2色の炎が覆った。

そしてその炎はうねることもなく、ただ真っ直ぐにネムへ迫った。


これは準決勝。

いくつもの試合に勝利したものが辿りつける舞台だ。

ネムは普段、大人しく力の誇示というものにも興味をしめさないため、この会場に集まっている生徒たちの間でも、特に『強い』という印象を周囲に与えることはなかった。

ただニトのパーティーメンバーではあったため、認知はされていたが……。


だがここまで辿りついた時点で、理屈抜きで『強い』ということに変わりはない。

ここにいるということは、それが証明されているようなものなのだ。

だからこそ、パトリックは最初から全力でぶつかった。

この魔法が、パトリックの唯一の『魔法』。

この日まで特訓を重ね、そして手に入れた力だ。


「【雷鳴の鬼装トニトルス・レリック】!」


だそれはネムも同じだ。

ネムも最初から全力でぶつかる気でいる。

故に、加減はない。


するとネムの足元に黄色い魔法陣が現れ、ネムの足を雷がおおった。

これは所謂いわゆる、『魔装』だ。

だがネムの場合まだ未完成であり、足のみにしかまとえない。


「ネムが勝つのです!」


するとネムの足を覆っていた雷が安定し、バチバチと電流がほとばしるブーツのような姿に変わった。

そしてネムは前方に迫った炎の群れを睨みつけると、瞬時にかわし、そこから移動した。


「何っ?!」


パトリックは思わず声を出し、驚きの表情を浮かべた。

だがそれも無理はない。

ネムの動きは、それだけ速すぎたのだ。

パトリックには、まるでネムがその場から消えたように見えていた。

つまり目で姿をとらえられていないのだ。


「くそっ! どこだ?!」


「パトリック! 落ち着いて!」


焦りを見せるパトリックを、ユイがなだめる。


「魔力感知です!」


一瞬、取り乱したパトリックだったがユイの言葉に冷静さを取り戻し、直ぐにネムの魔力を探った。

だが行動が遅すぎた。


「【猫風怒キャット・フード】――!」


その瞬間、パトリックの真横にネムが現れた。

そしてパトリックは振り向く間もなく、顔面をネムに強打された。


「ぐわああああああ!」


パトリックは体を何回転もしながら、大きく遠くに飛ばされた。

――と共に、パトリックの炎がフィールドから消える。


猫風怒キャット・フード』とは、獣術の一つではあるが、特に獣人の中でも、『猫族』に伝わる武術だ。

猫族は主に足よりも手を使った戦闘を好む。

そんな背景もあり、これは『猫拳』と呼ばれている。


「くっ!……そ……」


パトリックはネムの攻撃で口の中を切ったのか、血を吐いていた。


『猫拳』のダメージは絶大だ。

直撃したのだ。気絶していないだけマシといえる。


何とか立ち上がったパトリックの足はフラフラとしており、まるで痙攣しているようだった。


「パトリック?!」


ユイが心配そうに近寄る。


「大……丈夫だ……これ、くらい」


大丈夫なはずはない。


一方ネムは余裕の表情。

だが油断はしていない。


「ユイ……」


「はい!」


「もう一度だ……もう一度、火を出す。今の俺には、これしかないんだ」


おぼつかない足で、倒れないように踏ん張るパトリック。


パトリックは今日まで、魔法だけに集中してきた。

一方ネムは獣人ということもあり、元々、身体能力が高い。

特に猫族は俊敏な種族なのだ。

加えて、さらにネムは魔法だけではなく身体的な訓練もしてきた。

政宗との旅の中で、実際に生の戦闘も目にしてきた。

トアやスーフィリアと違い、積極的に戦闘へ参加することもあった。


つまり、パトリックとネムとでは、経験というものにおいて、大きな差があるのだ。

戦いとはどれだけ高度な魔法を使えるのか?――というものではない。

相手にどれだけダメージを与えられるか、ということなのだ。

現状、パトリックの魔法は強力ではあったが、実戦的なものではなかった。


「降参するのです! パトリックではネムには勝てないのです!」


試合が始まって、まだ数分しか経っていない。

だが会場全体がパトリックの負けを確信していた。


「【火精霊の拒絶リジェクテッド・サラマンダー】!」


すると、またパトリックの体から2色の炎が噴き上がる。


「もうその魔法は見切ったのです! 強力なのですが、遅いのです!」


安定を促すユイの魔力ではあったが密度が増した分、やはり簡単なものでない。

それに加えてスピードまで上げるとなると……。

まだパトリックにその段階は早すぎた。


「その炎を消して、降参するのです! でないとネムも本気を出さなければいけないのです!」


ネムにはまだ余裕があった。


「本気だと? ふ……手加減してるのか? じゃあ気にせずかかってこい! 俺は本気の戦いがしたいんだ!」


もし相手がネムでなく、その辺りにいるような冒険者だったならば、この時点でパトリックは笑いものだ。

特に実戦経験もないただの学生が、『本気の戦い』などと口にするものではない。

ここが学院でなければ、ただ恥をさらしていただけだっただろう。


だがネムはパトリックの思いに答える。

自分の主人の友人を、あしらうようなことはしなかった。


「一瞬で終わらせるのです!」


ネムの目つきが変わった。

それに気付いたパトリックは、2色の炎を2つに分け、片方をネムに放った。

そしてもう片方で自身を包み込み、『炎の守り』を築いた。


「俺は負けない!」


目でネムの動きを追いながら、火を蛇のように動かすパトリック。

だがパトリックの魔法は、まるで追いつかなかった。


そしてパトリックは、またネムの姿を見失った。


「くっ!」


パトリックはフィールド全体を見渡し、ネムの姿を探した。


「どこだ! どこにいる?!」


だが返事があるはずもない。

そして、いくら見渡してもネムの姿はない。


「お望み通り! 止めを刺すのです!」


するとフィールドの上空からネムの声が聞こえた。


パトリックはそれに気づき、空を見上げた。


「そこかっ!」


そしてパトリックは、落ちてくるネムに向かって火を放とうと、周囲の炎を集めた。

だがやはり、気づくのが遅すぎたのだ。


「最後なのです!――【阿吽の鬼椀アシュラ・ブラキゥム】!」


ネムの体を白い魔法陣が包み込んだ。

するとネムは合掌し、拝むようなポーズをとった。


――パシッ!


ネムの拍手と共に音が聞こえた。


その瞬間、パトリックの左右にある地面から、大きな『手腕』が現れた。

フィールドの材料に使われている鉱石や岩石で形作られた大きな手だ。


「なっ!」


突然のことでパトリックは体が動かない。


そしてその2本の手腕はネムの手の動きに合わせ合掌し、パトリックを挟み、


――そして、圧迫した。


「グハッ!――」


会場はその魔法に、静まり返っていた。


これは土属性魔法ではない。


――地属性魔法だ。


魔力で『土』を生み出す土属性とは違い、魔力で大地を支配する地属性。

そしてそれは、非常に高度な魔法だった。


ネムが着地すると『2本の手腕』はパトリックを開放し、岩や砂となり崩れた。

そしてその瓦礫の中に、白目を向き、気を失った状態のパトリックの姿があった。


その瞬間、会場は大歓声に包まれ、従って、ネムの勝利を告げるアナウンスが流れた。

パトリックはまだ自分が負けたことを知らない。


彼が気づくのはそれから少しあとのことだ。









 ここは医務室。

そこに目を覚ましたパトリックの姿があった。

そして傍らにはサラとユイの2人しかいない。


「そうか……俺は負けたんだな……」


「パトリック……」


2人はかける言葉がなかった。


「いや、いいんだ。負けは負けだ。それに今の俺じゃあ、到底ネムには敵わない。それは最初から分かっていたことだ」


サラはかける言葉を探していた。


「結局、ニトの言う通りだったのかもしれないな。俺は温室育ちで……現実を知らない子供……実戦で場数を踏んできた冒険者には敵わない」


もちろん今のパトリックの力があれば、Aランクのモンスターくらい容易いはずだ。

あの炎を受けて無事でいられるような“サーペント”はいないだろう。

だがもし初手でミスをして、噛まれでもしたらどうなるだろうか?


魔法使いの武器は魔法だ。

だが詠唱時は最も隙が生れる。

一対一ならその隙もカバーできるだろう。

だが複数に囲まれた場合はどうか?


『精霊魔法』という戦術を手にしたところで、それだけでは勝てないのだ。

ネムのように戦術もあり、頭の中に戦略もある者には、ただでさえ未完成な精霊魔法だけでは勝てないのだ。


「だが問題ない。3位決定戦で、勝てば対校戦には出られるんだ。俺はこれくらいじゃめげないよ」


するとサラとユイは、安心したように笑った。


「これからよ、パトリック」


「ああ……」


「これから少しずつ覚えていけばいいわ。目標は確かに大事だけれど、対抗戦は小さなモノよ? この先の、あなたの人生においてはね?」


「――――」


パトリックはサラの言葉の意味を分かっている。

だがそんな風には思っていない。


「俺は自分が正しいと思った道に進む。友達も見捨てない。俺を助けてくれたように、俺もあいつを助ける……悪いがお前の思ってるようには、ならない」


それに対し、サラは何も言い返さなかった。


すべては『その時』が訪れるまで分からない話であり、また『その時』が訪れるかどうかも分からない話なのだ。


「会場に戻ろう――」


この後、決勝戦が行われる。

パトリックやアリス、そしてネムは、トーナメント表で言えば、それぞれ右半分に位置する。

代表決定戦は勝ち抜き式トーナメントであるため、最終的にはトーナメント表の左と右、双方から勝ち上がってきた者同士が決勝で渡り合うことになるのだ。


だがこの代表決定戦が意外な結末で幕を下ろすことを、まだ誰も知らない。

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