第8話 ドクターロメロ

 繋国けいこくエヌマサンは、繋ぐ国と呼ばれている。

 その国の、富裕層の人間が行き交うショッピング街に、政宗の姿はあった。


 華やかな街路。

 街頭が各店の窓ガラスに反射して街全体にきらびやかな演出が広がっている。

 慣れた足取りだった。

 人々が見惚れる中、政宗はそれらに見向きしない。

 表情は暗く目つきは鋭い。殺意と嫌悪に満ちている。政宗はそれを隠すように口元をローブで少し覆った。


 雑踏を通り抜け、とある店を訪れた。

 カランカランという軽やかな鈴の音と共に入店する。その時には政宗の表情はすっかり晴れていた。

 中は喫茶店のように落ち着いた雰囲気があった。

 背丈の小さな店員が、棚の上の商品を取りにくそうにしている。


「取ってやろうか」

「お構いなくおかまいなく。小人族の背丈には高すぎました、配置を考えないとですね。って、ニトさんじゃないですか!」

「頼んでいたものを取りに来たんだ。もうできてるか?」

「もちろんですとも」


 トムと入れ替わりでもう二人、小人族が顔を出す。


「二人とも、久しぶりだな」


 鼻ひげのトム。

 あごひげのディーン。

 ひげなしのサム。

 3人とも、白ウサギのような赤い眼をしている。小人族だ。


「ディーン、久しぶりだな」

「ニトさん、頼まれていたものならもうできていますよ」

「ああ、今トムが取りに行ってくれたよ。サムも元気そうだな」


 握手とハグを何度も交わしながら話をした。

 満面の笑みを浮かべる二人に対して、政宗は少々苦笑いだった。

 小人族の挨拶に慣れない。彼らは再会というものを喜ぶ。他の種族からするとそれは少し過剰に見えるかもしれない。

 ただ政宗は少し同情してもいた。

 小人族は長きに渡り人間に迫害を受けている。ほとんどの小人族は殺されてしまって残り少ない。だからこそ再会を祝わざるを得ない。


トムが箱を持ってくると、小人の3人はカウンターを挟み政宗と向かい合った。


「楽しみだ!」


 政宗は元気よく答えた。元気よく返事することが、小人族とのコミュニケーション方法の一つだからだ。そうでないと彼らは直ぐに気分を悪くしてしまう。

 逆を言えば、それさえ守っていれば友好的だ。嫌味も陰口も言わない。他人を虐げない。


 テーブルの上に箱の中身が並べられていくそれらに、政宗は見惚れた。


「素晴らしいよ」

「言われた通りに設計しました。私たち3人の最高傑作です」


 赤黒い上下の服、靴、手袋など。金のリングピアス。

 これまではお金がありながら服を揃えてこなかった。身ばれを防ぐ仮面も屋台で買った安物だった。

 政宗が試着するとトムが解説する。


「小人族長の面をベースにこしらえました。ご注文通り頭全体を覆うフルフェイス仕様です」

「このピアスか?」

「そうです。魔力を流してみてください」


 ピアスを左耳に着けた。

 魔力が流れた瞬間、ピアスは光の粒子となりフルフェイスマスクが政宗の頭を覆った。


「血を連想させる深紅のフルフェイスマスクです」とトム。

「相手は見ただけで怖気づくことでしょう」


 鬼と骸骨を融合させたようなマスクに興奮していた。


 取り外しが楽になった。

 フルフェイスは何かの拍子に外れる心配がない。

 すべてのものを装着し終える。

 上からレザージャケット、レザーズボン。皮のブーツ。

 すべて黒い血のようだ。

 両腕には金色のブレスレットが見える。

 それらすべてを包み込む深紅のマントは、肩から足首の付け根までを覆った。

 フルフェイスマスクを装着したままでも、顔をすっぽりと覆うことのできるマント付属のフード。

 マントの隙間から赤黒いジャケットが見える。

 深く着れば隙間なく全身を覆うことも出来るのだ。


「マントには認識阻害の魔法が付与されており、任意で切り替えが可能です。すべてのパーツには修復の魔法が施されております。魔力を少量注ぎ込むだけで破損か所を修復します」

「頼んでおいた例の仕様も入ってるんだよな?」

「もちろんでございます」


 服の出来栄えについて談笑する4人。

 カランカランと鈴がなり店の扉が開くと、ハットと茶色いスーツ姿の老人が見えた。


「ロメロさんだ!」とトム。


 右手にステッキ、左手に茶色いカバンを持っている。

 ハットを取ると白髪頭のオールバックが見えた。


「元気にしておったか、3人とも」


 白い髭が笑った。


「おや、こちらの御仁はどなたかな」

「紹介するよ。こちらはニトさん」とサム。「そしてニトさん、こちらはドクターロメロだ」

「ドクターロメロ?」

「人間みたいな見た目だけど。ロメロは亜人なんだ」


 亜人――知らない種族だった。

 ドクターというくらいだから医者だろう、と政宗は思った。


「お医者さんですか?」

「恥ずかしながら、医学師と名乗っています」

「ドクターロメロは放浪の医学師と呼ばれているんだ。いつも旅をしているから滅多に会えないんだよ」


 3人は診察を受けたことがあるのだという。

 以前に大きな病気をしてサムが助けられたそうだ。


「そうだ、ニトさんも診てもらったら?」


 サムが思いついたように提案する。


「でも俺はどこも悪くないぞ」

「そうじゃないよ。ドクターロメロは普通じゃ分からないようなことが分かるんだ」


 ロメロは銀縁の丸メガネをかけた。

 レンズの前に、黄緑色をした魔法陣が2つ展開される。


「ではニト殿、しばらく私の目を見ていただけますかな」


 騙されたと思って、言われるままに従う政宗。


「おや? ふむ、んんん……お! はいはい、なるほど」


 何かブツブツと呟きながら、ロメロは魔法陣を解きメガネを外した。


「もう終わりですか?」

「はい、診察はこれで終わりましたが、ニト殿は過去にご病気をされたことはありますか?」

「病気ですか? いえ、特にはないと思いますけど」

「いつだったか、ある父親を診察したことがありまして。彼は自分の幼少期に未練を抱えていました。と大人になりたくなかったのです。彼は自分の感情に折り合いをつけるため妻を迎え、子を授かったので言いました」

「ピーターパン症候群ですか?」

追憶ついおく病と呼んでいます。彼は自分の幼少期に憧れていたのです」

「俺と何か関係があるんですか」

「ニト殿は、異世界症候群という言葉をご存じですか?」

「どうして、それを……」


 政宗は、すべてを一瞬にして見抜かれたようなおもいだった。


「どうやらご自身のステータスの異変については理解されているようですな」


 政宗が頭を整理しようとしているとロメロは言った。


「これが私の能力です。私は、生物の存在値を覗き見ることができるのです」


 ステータスは、その者の中にある数値をデータ化したものであるというヴェルの言葉を思い出した。

 それが存在値だとすれば説明がつく、と政宗はロメロの話を少しずつ理解していく。


「どうして異世界症候群をご存じなんですか? それは俺のステータスに表示されている病名です」

「知っている訳ではありません。ただ私は数値から予測値を計算し、ある仮説を導き出しただけです。その結果、〈異世界症候群〉という文字が浮かび上がってきました。ニト殿に確認するまでは予測に過ぎませんでした。ですがこれはステータスの誤認識のようですな」

「誤認識?」

「話を戻しますが、追憶病の男はもともと別のことで私を頼ってきたのです」

「別のこと?」

「家庭内暴力です。彼は自分の夢である子供が、目の前にいることが許せませんでした。だから傷つけた。ですがそれと同じくらいに壊したくもなかった。なにより彼は子供を失うことを恐れていたのです」

「よく分からない話ですね」

「そうですか? ニト殿の中にも、彼と似たものがあるように思いますが」

「似ている? 俺がですか?」

「はい。心の葛藤や矛盾は、数値に表れます。数値の影響により誰もが目にするステータスとなるのです。その証拠に、彼のステータスには症状が表れていました」

「それが追憶病ですか」

「彼の基礎値は著しく低下していたのです。本来の値よりも。しかし追憶病とは、基礎値に影響を与えるような病ではありません」

「壊したくないのに傷つけてしまう――その精神状態が基礎値を低下させたということですか。その原因が追憶病だと?」

「ステータスの誤認識だということです。原因は追憶病ではなく、壊したくないという精神状態の方です。ですがステータスは原因を追憶病だと認識しました。私は何度も彼の存在値を確認しました。ですがどこにも、彼の追憶病がステータスの基礎値を低下させるような要因は見つかりませんでした」


 政宗にも、その症状が見られた。

 政宗の基礎値も以前は低下していた。

 異世界症候群にかかっていたからだ。

 今は完治している。

 ただその低下は、異世界症候群とは関係がないとロメロは言った。


「心当たりはあります。でも、じゃあ何がステータスを下げていたんですか?」


 ロメロは文字をなぞるように呟く。


「異世界に憧れた者が患う病……異世界とはなんでしょうか、私には分かりません」

「それは……」


 どう答えるべきか悩んだ。

 グレイベルクの勇者であることは話せない。


「質問を変えましょう。ニト殿にとって異世界とはなんでしょうか?」


 この世界に来る前、政宗はよく考えていた。

 もしここではない、どこか別の世界があればと。


「夢というのが正しいかもしれません」

「彼も似たようなことを言っていました。私が大人になりたくなかったのは、夢を見られなくなるからだ――彼はそう言っていました。ですがそれは本当でしょうか? 彼は子供の頃に戻りたいと言いましたが、彼の言う子供の頃は、実際のところ存在したのかどうかという話です」

「その彼にも、当然幼い時期はあったわけですよね?」

「そういう意味ではなく、彼の言う子供の頃は、大人になった今の彼によって美化されたものだということです。つまりは夢。願望であり、感情に着色された虚像に過ぎません。何故なら過去とは、少なからず誰にとっても美しく見えるものだからです」

「そう、ですかね。例えば虐待を受けた子供が過去を美化するでしょうか?」

「長く生きることができたなら、いつの日か美しく見える過去も少なからずできるでしょう。例えば何かを失敗した者は、よく後悔し、過去を振り返る。そしてあの時こうしていれば良かったと、過去に成功という美を求める。彼は、自分の過去を都合のいいように見ていただけなのです。彼の言う子供の頃は存在しません。彼の中にイメージがあるというだけです。では、そこでもう一度お聞きしたいのですが、ニト殿にとっての異世界とはなんでしょうか?」

「自分にとって、都合のいい世界ってことですか?」


 トムが取っ手のついた紙袋を持って現れた。


「ドクターロメロ、ご注文の品です」

「ありがとうトム。いつもすまないな」

「いえ、とんでもありません」


 ロメロは椅子から立ち上がる。

 帰り支度をはじめていた。


「それにしても、ニト殿のステータスには驚きました。私は職業上、患者のことには驚かないようにしていますが。他の者なら飛び上がり腰を痛めていたでしょう」

「ロメロさん、つまり何が言いたいんですか。俺にはよく分かりません」

「ん? そうですかな? ニト殿はもう気づいてらっしゃると思っていましたが……」


 ハットを被り、紙袋とカバン、それからステッキを持つ。


「診察代はニト殿の未来に投資しましょう」


 そして軽やかな金属音と共に、店の扉が開く。


「異世界などというものは存在しません。ニト殿の心の中、以外には」

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