第7話 代表決定戦開幕!

 ざわめく会場。

向かい合う2人。

そしてルールを告げるアナウンス。


――ここ、ハイルクウェートでは代表決定戦が開幕していた。


客席は満員になり、生徒たちは今か今かと待ちわびている。

そしてそこに、政宗の姿があった。


「ねえ、そういえば昨日は何をしてたの? 学院にはいたのよね? 用があったから探してたんだけど……」


そう尋ねるのはトアだ。


「え?……ああ、ちょっとな。昨日は少し用事があったんだ」


政宗は薄い反応で、答えた。

それに対しトアは疑問符を浮かべつつも、それ以上は聞かなかった。

特に意味があるわけではないだろう。

日常会話だ。


「ねえ……大丈夫かしら?」


「ああ、問題ない。あいつはああ見えても強いんだから」


2人の目線の先にあるのはフィールドだ。

そしてそこで、向かい合っている片方が、ネム。

そう――今ここに、ネムの試合が始まろうとしていた。


相手はケビンという、一つ上の学年に当たる先輩だ。

といっても学年に関係なく、ネムは基本的に年下だが。


政宗とトアは心配そうに、その様子を見守っている。


そしてルールを告げる、アナウンスが終わり、

試合のゴングが会場に響いた。

その瞬間、フィールド内の2人が互いに動き出す。



――。





 「【雷の玉サンダー・ボール】!」


まず、先に手を出したのはケビンだった。

金色のスポーツ刈り。そしてツーブロック。

筋肉質だが、見た目はふくよか。

それがこの男、ケビン・コナーだ。


「そんなもの! ネムには当たらないのです!」


するとネムは直前まで引きつけた後、横に飛び跳ね避けた。

ネムの着地点を狙い、さらに魔法を放っていくケビン。


「【雷電サンダー・ボルト】!」


するとケビンの手のひらに雷の球体が現れ、そこから電流が飛び出した。

それはネムが回避した先に向かって放たれたのだ。


電流を回避するネム。

だが避けても避けても、電流はネムを襲う。

ネムは足を止めることができない。


「【雷電の時雨サンダー・レイン】!」


ケビンがさらに魔法を詠唱した。

上空に魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の雷がネムへ降り注ぐ。

電撃の1本1本を直前まで引きつけ、そして避ける。

ネムは呼吸を整える間もなく、それをやって見せた。


だがその時だ――


「ぐっ!」


避けたはずのネムを、軽い痺れと痛みが襲ったのだ。

見ると足元に電気がながれている。

これは先ほど、ケビンが放った魔法の残りカスだ。

そして――


「みゃやあああああ!」


上空から降り注いだ三本の電撃が、ネムに直撃した。


これがケビンの戦法である。

彼は上級魔法を使えない。

だから初級と中級を駆使して、相手を術中に誘い込むのだ。

そしてネムはまんまと、それにはまった。


だがネムは無事だった。

体勢を立て直すネムだが、まだ体には痺れが残っていた。


「流石、獣人だ! 子猫にしてはよくやる。だがお前はもう終わりだ。痺れた状態じゃあさっきみたいな動きもできないだろう?」


ネムは言葉を返さず、痛みを我慢した。

その表情からは、その痛みが窺える。


「【鬼火シュレイム】!」


痛みを我慢そながら、ネムは詠唱した。

これはネムが得意とする魔法だ。

身体の周囲に火の玉を展開し、いつでも攻撃可能な状態を保てる。

そしてこれは防御にもなるのだ。


「はっ! チビにお似合いの炎だな? そんで?」


挑発するケビン。

だがネムは無視し、次の策に移る。


「【鬼の烈風ウィーブル】!」


ネムが魔法を詠唱した瞬間、周囲にあった3つの火の玉が小さな爆発を起こしながら、膨れ上がった。


「あ?」


ケビンはまだ、何が起こっているのか気づいていない。

完全に油断しているのだ。

だが膨れ上がったネムの火は、一定の大きさまで肥大すると形を留めた。


ケビンの額に汗が伝う。


――そこには巨大な3つの火炎の玉が出現していた。


上級とは言わないまでも、その一歩手前くらいの大きさはあるだろう。


ケビンは唾を飲み込んだ。


「【雷の槍サンダー・ランス】!」


ケビンは両手に雷の槍を持った。

貫通力で立ち向かう気だ。


そしてネムが反撃を開始する。


まずネムは、3つの火球の内一つを飛ばした。

それに合わせ、ケビンは火球に向かって槍を投げる。

するとフィールドの真ん中で双方の魔法がぶつかり合い、けたたましい音を響かせた。

何かがジリジリと擦れるような音だ。

そしてその衝突を横目に、さらに火球を放つネム。

だがケビンもそれを見逃さない。

さらに槍を投げたことで、またして双方の魔法がぶつかりあった。


ケビンは新たに詠唱し槍を出現させる。

だがそれよりも早いスピードで、ネムは3つ目の火球を放った。

するとケビンは詠唱が追いつかず、回避しようとするも重い体重のせいか、火球に腰から下をとられてしまった。


「ぎやああああああ!」


痛みに絶叫するケビン。

だがこのフィールドは致死量を計る。

そして重い傷を負わないように、保護魔法が施されているのだ。

そのため、ケビンに引火した火は直ぐに消えた。

だがダメージは蓄積されている。

体勢を立て直すケビンだが、その顔にはもはや油断などしている余裕はなかった。

――恐怖と警戒だ。


そこへ追い打ちをかけるネム。

さきほど最後の火球を放った時だ。ネムは同じ容量で、予め詠唱しておいたのだ。


――この3つの巨大な火の玉を。


そしてその3つの火球を同時に放つネム。

ケビンは目を見開き、その表情は引き攣っていた。


ネムのこの魔法は、初級魔法を2回唱えるだけの、魔力消費量の少ない魔法だ。

それに比べてケビンはどうだろうか?

初級を2回、中級を3回。

まだ余力はあるものの、長期戦のことも考えた場合、

この時点でケビンは不利だ。


――短期戦。


もはやケビンには、それしか残されていないだろう。

だがケビンには考える暇もなかった。

何故なら、目の前にはもう火球が迫っているからだ。

素早く詠唱し、両手に雷の槍を出現させるケビン。

そして攻撃ではなく、今度は防御に徹した。

2本の槍で×を作るように、体の前で構える。


その直後、ケビンの槍とネムの火炎が接触した。

だが続けて2発目の火球も到達する。

さらに3発目だ。

火球にくしを刺さっていれば、団子のように見えていたに違いない。

いや、現状でも団子に見える。


「ぐぬぬ……」


3つの連なった大火球に対して、2本の雷槍で堪えるケビン。

だが堪えれば良いというものではない。

圧倒的に、力差で負けているのだ。


その瞬間、ケビンの2本の槍が折れ、砕け散った。

そして3つの火炎の玉が列をなし、ケビンへ順番に直撃していったのだ。


「ぎやぁあああああああああ!」


その直後フィールドから悲鳴が聞こえた。


観客席からは歓声と、畳み掛けるように襲われたケビンの姿に引き気味の声が上がった。その2種類が会場を多方面から聞こえる。


フィールドには爆煙が包み込み、視界が満たされていた。

そして徐々に煙が晴れていく。


そこにいたのは瀕死の状態だが、辛うじて意識を保ったケビンの姿だった。

直前に未完成の魔装で防いだのだ。

魔装とは上級を習得した者がさらに高みを目指すため、習得する魔法。

まだケビンには早すぎる。


「しつこいのです! もう早く棄権してほしいのです!」


ネムは呆れ、怒っていた。

それもそのはず、もう結果は決まったようなものなのだ。

――もちろんネムの勝利である。


だがケビンは痛みを堪えながら、何故かニヤついていた。


ケビンは考えていた。

どうすればこの状況を変えられるか?

どうすれば勝てるか?

だが思いつかない。

しかしケビンには、ある秘策があった。

それはこうなった時のために、あらかじめ用意しておいたものだ。


ケビンはポケットに手を入れた。

その顔には微かだが、余裕が見える。

そして邪悪な笑みも窺えた。

それに対してネムは険しい表情ながら疑問符を浮かべている。

そこでケビンがポケットから取り出したもの。

それは……


――マタタビだ。


幼い猫族にとってマタタビは脅威である。

幼い猫族はその臭いを少しでも嗅いだだけで眩暈がし、酒に酔ったような状態になってしまうのだ。

もちろん、大人になるにつれその症状は緩和されていき、最終的にはそういったこともなくなる。

だがネムはまだ子供だ。


つまりケビンはネムが猫族だと分かっていて、このマタタビを用意していたのだ。

だがこれは反則ではない。

反則ではないが、卑怯な手ではある。

誰もがそう思うだろう。

だがケビンはいとわなかった。

批判されようとも、勝利を第一に考えたのだ。


ケビンはマタタビを手に取り、眺めた。

そして油断しているネムを見ながら、もう一度笑みを浮かべた。


「――これで俺の勝ちだ」


ケビンは確信した。

そして手に持ったマタタビを、ネムの方へ投げようと勢いをつけた。

だが、その時だった――


ケビンの動きが一瞬、止まった。

そして見てみると、ケビンの表情には何故か疑問符が浮かんでいたのだ。


「へ?……」


それから間抜けな声を上げたケビン。

そして投げることを止め、ケビンは不思議そうにしながら、自分の手を確認した。

すると今さっきまで手に持っていたはずのマタタビが、

跡形もなく消えてなくなっていたのだ。


――マタタビがない……


ケビンは徐々にパニックを引き起こす。

さらに驚くべきことに、手についているはずの臭いすらなくなっていたのだ。

ケビンは慌てながら、何度も手の臭いを確認した。

そして落としたんじゃないかと、足元を何度も念入りに確認した。

だがマタタビは、まったく見つからない。


地を這いずり回るケビンの様子に、会場からは笑いが飛んだ。


「さっきから何をしているのですか?」


純粋な疑問だ。

ネムはそう尋ねた。

だがケビンにしてみれば、答えられるはずもない。

マタタビを探しているなどとは言えない。

それにケビン自身も分からないのだ。


――何故、マタタビが消えてしまったのか?


「棄権しないのなら、もう止めを刺すのです!」


ネムがそう言った途端、引き攣るケビンの表情。


「いっ! まっ、待ってくれ! 頼む、棄権するから!」


ケビンは、慌てながらそう言った。



――“『勝者、ネム!』”


アナウンスが鳴り、会場から歓声が上がった。


ケビンは敗北と疑問を背負いながら、会場を後にする。


ネムは客席にいる、3人を見つけ右手でピースをした。

するとトアも、右手でピースを返す。

政宗は照れくさかったのか、笑みを送った。

スーフィリアも左手でピースを返す。

その後、トアに「ピースくらいしてあげなさいよ」と怒られる政宗。

だが政宗は“当然の結果だ”と訳の分からなないことをブツブツ言いながら、話を逸らした。

呆れてため息を吐くトア。

だが政宗の表情から何を察したのか?

“仕方ないわね”と言うように、薄ら笑みを浮かべた。

心配と緊張から解放されたトアは、ゆっくりと座席についた。


だがトアもスーフィリアも誰も知らない。


政宗の左手に微かに残っている、


――赤黒い魔力の痕跡を。


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