第6話 愚弄と欺き

 禁忌の部屋に入り、禁書を漁ったことへの処遇。


「俺は……退学ですか?」


すると、また校長は大きなため息をついた。


「少しは私の立場も考えてもらいたいわ! それから力があるなら、その振るい方もね?!」


以前、シエラにも同じことを言われた。

どうやら校長は怒っているらしい。


「それは……どういう」


「私があなたを退学にできると思う?!」


ん? どういうことだ?

つまり俺は退学にはならないということか?


「言ったでしょ?! あなたはもはや、この学院を代表する生徒なの! 今回の対校戦には、あなた目当ての来客者が、下は村民から上は王族まで何人も来るのよ?! そこであなたを退学にしたら、私は校長としてどう思われるかしら?! メンツ丸潰れよ?!」


「なっ……なるほど」


一応、この人にも立場と言うものがあるらしい。

そういった貴族や王族の中には、学校の存続費用を出資してくれている国のお偉いさんもいるらしい。

そのことから、どうやら俺を簡単には処分できないらしいのだ。


「この件に関しては不問とします。 でもいい?! ここへの出入りは今後一切、禁止よ!」


「はっ、はあ……分かりました」


「手を出しなさい」


すると校長が突然、俺にそう言った。


「へ? 手ですか?」


「――あなたは『生贄の誓い』を知っているかしら?」


え? 今なんて言った?

上手く聞き取れなかった。


「……どうやら知らないみたいね? あなたにはこれから私と、ある契約を結んでもらいます。もうこの部屋には入らないという契約よ」


なるほど。

俺はそこで、興味本位で尋ねてみた。


「じゃあ、その契約を破って、俺がもしここに入ったらどうなるんですか?」


「――あなたはすべての魔力を失う。これはそういう契約よ」


魔力を失う?


「常人ならその時点で、命を落とすわ。でもあなたはどうかしらね? でも魔力を失ったまま永遠に生き続けたいのなら、好きにすればいいわ」


「永遠に生き続ける?」


「私の話を聞いてなかったの? それともまだ惚ける気? あなたは深淵の愚者でしょ?」


いや、分かっている。

染まるとは、つまり馴染むということだ。

紅い二つの眼、つまりそういうことだろう。

俺がヴェルの中にある深淵をすべて、受け入れた時、俺は不死になるということだ。


じゃあ“落ちる”とは?


「落ちる……」


「ん?――」


「――落ちるとは、どういう意味なんですか? 自由を失うとは?……」


そこで俺は先ほど先生が言っていた言葉を思い出した。

“深淵に落ちたことすら気づかない”……

では“落ちる”とはどういう意味だ?


「それについてはこの本にも書かれていないわ。でも私の推測では、不死になるということは、ある種、自由を奪われるという風にも捉えられるから、そういう状態を示す言葉なんじゃないかしら?」


「そ……そうですか……」


そういうことか……

いや……そういうことなのか?

だったら何故、『染まる』と『落ちる』という2つに分ける必要がある?


するとその時、校長が自分の手のひらを、俺の心臓に当てた。


「“核をにえとし、この部屋への立ち入りを己へ禁ずる”……」


「は?」


「復唱しなさい。“核を贄とし、この部屋への立ち入りを己へ禁ずる”!」


よく分からないが、俺は言われた通りにした。


「“核を贄とし、この部屋への立ち入りを己へ禁ずる”――」


その瞬間だった。


――心臓に何か重いものを感じた。

魔術的な光などは一切ない。

ただ重みだけを感じたのだ。


「これは……」


「この部屋を一歩出たら最後、もうあなたはこの部屋には2度と入れないわ。契約に背けば、さっきも言ったようにあなたはマナを失う」


俺は唖然とした。

そして言葉を失った。


「これはマーセラス・ハイルクウェートの魔導書に記されていた禁術よ。これで私も同罪ね? だけど悪く思わないでね? これもあなたや、そして世界のためなのよ……」


すると校長はもたれかかっていた窓から、腰を上げた。


「もう行きなさい。それから、深淵はもう使ってはダメよ? あなたの様子からみて、まだ染まっているわけではないんでしょ?」


俺は答えず、校長に背を向けた。

そしてゆっくりと、扉まで歩く。

するとその後ろを校長がコツコツと音を足音を立て、ついてくる。

そして扉の前まで来ると、俺の代わりに扉を開いた。


「いい? ここで見たことは、すべて忘れなさい。それから二度と近づかないこと。深淵も使わないこと」


「すいませんでした……」


俺は部屋から出た。

これでもう、この部屋に入ることはできない。


それから3歩進んだところで、扉を閉める音が聞こえた。

背後を確認すると誰もいない。

そして禁忌の部屋の扉が閉まっている。


俺は廊下を歩きながら、心臓に手を当ててみた。

ドクドクと脈打つ鼓動。

だが何か引っかかりのような重さ……違和感を覚える。


「【術式破壊ソウル・ブレイク】……」


俺は試しに自分の体へ、術式破壊を使って見た。

特に効果を期待したわけではない。

ただの片手間だ。

流石の深淵もそんな偉人の魔法には敵わないだろう――


――その瞬間、俺の心臓部分に小さな魔法陣が現れ、さらに丁度、心音の聞こえる部分から俺の胴体を両断するような形で魔法陣が現れた。

すると同時に、その2つの魔法陣がガラスのようにはじけ飛んだのだ。


「――――」


俺は目を見開きながら、自分の体を確かめるように胸をさすった。

まるでおもりが取れたような……いつもと変わらない感覚。

つまり自然な状態に戻っていたのだ。


「ハッ!……ハッハッ!……」


俺は思わず口角が歪み、笑ってしまった。

そして思った。


――流石、俺だ。と……


「――ハイルクウェート、恐るるに足らず。ハッハッハッ……」


異世界収納には『死と生の愚弄ぐろうあざむき』が入っている。

おそらくこれがトアを救う鍵だ。

もし違っていたなら、またあの部屋に行けばいい。


ハッハッハッ……完璧だ。

俺はあんな女一人に縛られるような、しょぼい人間じゃない!


「ハッハッハッハッハッ!」


俺は自然と、腹から爆笑した。

何が面白いのか自分でも分からない。

だが意味は分かる。

ハイルクウェートとかいう間抜けで能無しな大魔導師が生み出した、このくだらない魔法を、こうも簡単にあっさりと片手であしらえたことに嗤わずにはいられない。

この俺にヒーラーでも使える攻撃魔法すら教えられなかったこの学校と、あの女を嘲笑わずにはいられないんだ。


「ハッハッハッハッハッ!」


何がアダムスだ、馬鹿馬鹿しい……。

俺には、もはや偉人すら……伝説すら通用しない。



俺は、深淵の……



――王の候補者なのだから。

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