第9話 紫の魔女と灰色の蛇①

 ハイルクウェートの代表決定戦は順調に進み、近々準決勝──パトリックとアリス・クレスタの試合が行われる。

 試合をひかえたパトリックは、精霊の力に難儀している。上手く扱うことができない。


「それで、ニトに色々聞きたいんだ。演習場は強力な魔法の結界がはってあるから安心だけど、正直、精霊王ともなるとどうだか……。ニトがいてくれた方が安心だ」


 練習を始めた当初、精霊王の力が演習場の結界を破壊するのではないかと危惧していた。

 不安は的中し、パトリックは演習場を一つ破壊している。

 代わりに政宗が疑われた。

 理由は簡単だ。演習場の結界を破壊できる生徒など、この学院は校長を除けば政宗以外にいない、とそう思われたからだ。


「それがね、なんか今日もどこかに行ってるみたいなのよ」


 政宗の行方は、トアすら知らなかった。


「あいつ最近なにしてるんだ? よく出かけてるみたいだけど」

「それが教えてくれないのよ。なんか暇つぶしだとか言って、すぐ消えちゃうし」

「そう言えば」とス―フィリアが思い出す。「この間もそうでしたね。夜中に足音も立てず部屋を出られていく姿が見えましたの。こっそり後をつけたのですが、曲がり角で見失ってしまいました」


 スーフィリアいわく、政宗は夜中にも姿を消すらしい。


「ダンジョンに行っているのです」


 ネムがヨーグルトのようなお菓子を食べながら、言った。

 パトリックが「演習場に行ってくる」とサラと共に、校舎の中へ姿を消した。

トアは、意味が分からずネムに話の続きを訊く。


「ダンジョンって、この間のダンジョンのこと?」

「ご主人様は黒くてぐるぐるしたところから戻ってくるのです」

「ぐるぐるしたところ?」


 ネムの話は要領を得ない。


「よく分からないけど、じゃあ今もダンジョンにいるってこと?」

「それはネムも知らないのです。でも今日もぐるぐるしたところに入っていったのです」


 演習場は使えない。パトリックは練習場所を探していた。

 準決勝まで日にちがないので、焦っていた。

 精霊王のサラが、パトリックの耳元で「愚者を待っている時間はないわ」と言った。パトリックは「はいはい」と流す。


 練習ができないなら、静かな午後を満喫しよう。

 パトリックがそう言ったとき、校内にハウリングのような、耳に突き刺さるノイズ音が鳴り響いた。


「う、うるさいのです!」


 ネムは耳をおさえた。食べかけのヨーグルトを落としてしまう。


『あ、あ、あ……。聞こえるか? 俺の名はクロムエル。ダームズケイル帝国の戦士だ』


 アナウンスが流れた。校内中に。


『ちょっと変わりなさいよ!』

『今はよせ!』

『はぁ~い! 私はイヴァン。同じく帝国の魔導師。人質は預かったわ。殺されたくなかったら、ニトの仲間の女は正門前に来るように』

『早く渡せ!』


 どこから放送しているのかは分からない。学院には放送室も音響機器もないのだ。校内放送は権限のある者が魔法で行う。つまり魔術を知っていればどこからでも流すことができる。


『ということだ。ニトに用はない。あるのはその仲間だ。もし抵抗するなら生徒を殺す。教員も例外ではない。俺は待たされるのが嫌いだ。長旅で疲れている。俺の気が長い内に早く来ることだ。以上』


 アナウンスは切れた。


「ねえ今のって」

「はい。おそらく、わたくしたちのことですね」


 トアとス―フィリアはどうすべきか話した。

 今は政宗がいない。3人は浮かない顔をする。いつ戻るかも分からない。政宗がいれば何とかしてくれただろう。いない以上は頼れない。


 どうやら人質がいるらしいが。


「わたくしたちには関係ありません。おそらくニト様もそう仰るはずです」

「そんなこと言うはずないでしょ。きっと助けるはずよ」

「わたくしは嫌ですよ。以前の、王の盾のような者だったらどうするのですか? わたしくしたちでは敵いません」


 王の盾とは、ラージュのことだ。


 スーフィリアは最後まで反対した。

 政宗が戻るまで待つべきだと。万が一の時は校長が出ていけばいいのだ。

トアはきかなかった。




 正門・掲示板前。

 掲示板には、冒険者ニトのポスターが乱雑に貼られている。ポスターには、〈Sランク冒険者ニト、ダンジョン攻略〉の文字が。


 二人の帝国の者と、校長サブリナが対峙していた。生徒の群衆と教員たちが、校舎を背に見守っている。

 クロムエルは、灰色の蛇人だ。

 イヴァンは、全身を紫色でコーディネートした魔女。


「帝国がこの崇高な学び舎になんの用かしら?」

「ニトの仲間を出せ。それだけだ」


 クロムエルは蛇の眼で睨みつけた。生徒たちは萎縮する。


「勝手な真似はさせません」

「知ったことではない。これは帝国の意志だ。お前ごときが口を出していい問題ではない」


 言葉が通じない。そう判断したサブリナは話を変える。


「あなた蛇人ね? 珍しいわ。蛇人は希少種のはずだけど」


 蛇人は基本、俗世に姿は見せず、里など、自分たちのテリトリーでのみ生活していた種族だ。

 中には里を離れる者もいたが、彼らの灰色の肌と鋭い眼は、他の種族に恐怖と嫌悪を与えた。

 差別されたのだ。それゆえに里を離れる者は少なかった。


 昔ある者が、ある蛇人の里を滅ぼした。

 それから蛇人の数は減少し、大陸に散らばった数名の者だけが残された。故郷を失った蛇人は、他の地で暮らすことを余儀なくされた。だが蛇人を受け入れるものは珍しい。

 その後、彼らは様々な迫害を受けながらも、なんとか種を絶やすことなくその血を後世に残していった。

 クロムエル。彼は残された蛇人の一人というわけだ。


「だから蛇人は数が少ない。そう言われているわ」


 クロムエルは眉一つ動かさない。だが殺気ひしひしと伝わってくる。生徒の中には、その場に膝から崩れ落ちる者もいるほどだった。


「あれが帝国の?」


 そこへトア、ス―フィリア、ネムが到着する。


「あなたたち、どうしてここへ……」


 サブリナは目を疑った。

 ここにニトの仲間はいない。それで通そうと考えていたからだ。

 ニトは冒険者なのだから、一カ所に留まるという考えの方がおかしい。だからその仲間ももうこの学院にはいない。

 そう話せばどうだろうか。丁度そのようなことを考えていたところだった。


「クロムエル、あの女じゃない?」

「確かに。髪色も同じ。魔力も申し分ない」


 クロムエルが声をかける。


「お前たちがニトの仲間か?」


 イヴァンが目を輝かせる。


「薄いピンクの髪、白い猫族、空色の髪……。間違いないわ。こいつらよ」


 蛇の眼光が向けられた。獲物を見つけた獣の眼だ。

 トアは身構えた。身構えたことが原因で、クロムエルが勘づく。ニトの仲間で間違いないと確信する。

 クロムエルはトアの動向をうかがいながら、サブリナにも警戒していた。

 蛇人は体温で相手の心理を見抜く。

 恐れや緊張、警戒を抱いた時点で気づかれている。


「やっとね」


 イヴァンが歯茎をむき出しに笑った。


「奴らの体温が俺に真実を告げている」


 クロムエルは剣を抜いた。


「待ちなさい」とサブリナ。「彼女たちはただの生徒よ」

「邪魔だ、殺されたくなければそこをどけ」


 サブリナの嘘も空しく、クロムエルは剣を構えた。

 トアの目つきが変わった。ネムも覚悟を決めている。

 スーフィリアは動かない。

 パトリックは精霊王の力を使うかどうか迷っていた。使えば暴走してしまう。


「《鬼火シュレイム》!」


 ネムの火球。

 火球は3つ現れた。


「先生、もう誤魔化せないみたいですよ」


 決心し、サブリナはトアへ言った


「援護をお願いします」


 トアが頷く。

 サブリナは、懐から一本の短い杖を取り出した。白く細長い。


「どうやら校長もやる気みたいね」

「そのようだな」


 イヴァンはニヤリと笑みを浮かべた。

 クロムエルは表情を変えない。

 ネムが火球を放った。続き、サブリナは敵二人へ杖を向ける。


「《呼応する粒子マトマ・ハイク》!」


 杖の先から大量の光の粒が飛び出した。それは周囲の空間を、視界が良好な程度に粒子が埋め尽くす。空間の中心には、クロムエルとイヴァンがいる。

 サブリナが「トアさん!」合図すると、トアが攻撃を開始する。


「《稲妻ライト二ング》!」


 上級魔法よりも、こちらの方が繰り出すスピードが速い。

 粒子がトアの稲妻に呼応し、肥大した。


「くだらん魔法だ。これがニトとやらのパーティーか」

「クロムエル、私がやるわ」

「うむ」

「《透過水インビジブル・アクア》!」


 イヴァンの茶色い木の杖から大量の水が放出された。大きくうねり、目の前に巨大な水の盾を築く。まるでタワーシールドの形をした滝だ。

 稲妻と三つの火球が滝に直撃する。何事もなかったかのように、水の中へ吸収された。

 クロムエルが風を切る速さで前に出た。

 トアへ距離をつめ、剣で切りつけた。トアは蛇剣で受ける。

 金属がぶつかるような音が鳴り響いた。

 サブリナは真横を通り過ぎていくクロムエルに気づいていたが、反応が遅れてしまった。


「なんだ、その剣は……」


 トアが手にしているのは、蛇剣キルギルス。シャオーンの愛刀にして、蛇人の剣。

 トアはクロムエルの剣を跳ね返した。

 押し返され、クロムエルの足がふらつく。その隙を狙い詠唱した。


「《嵐の槍フェザー・ランス》!」


 うっすらと笑みを浮かべ、トアはらせん状に回転する風の槍を放り投げた。


「甘いな、甘すぎる。これがラージュ様を恐怖させたニトの仲間なのか」


 剣を一振り。らせん状の回転は両断され散った。

 目を疑うトア。

 これでは勝てない気がした。

 サブリナが杖を振った。光る玉がクロムエルへ飛んでいく。それもあっさりと切り捨てられてしまった。

 すべてが斬られ、弾かれるイメージ。

 杖で対抗し光の玉を撃ち続けるが、ゆっくりと負けていく感覚があった。

 ネムが「《鬼の稲妻レリック》!」と詠唱する。クロムエルの足元に黄色い魔法陣が現れる。

 魔法陣から稲妻が噴き上げた。気勢を上げるクロムエル。吹き上げたネムの稲妻がはじけ飛んだ。


「クロムエル、殺んないならあたしが殺っちゃうけど、いい?」


 イヴァンはクロムエルが先陣を切ったので、後ろで待機していた。旅で疲れているとはいえ、一向に殺す気配のないクロムエルに苛立っていた。

 クロムエルはイヴァンを横目で捉え、頷く。


「だが殺るのはあの女だけだ。それ以外は命令にない」


 トアのことだ。


「任せて」


 サブリナの足元に、大きな光る魔法陣が現れた。


「これ以上の争いは不要です! ここは学校なのです! 知識を求める者が学ぶ場所! それを帝国などという愚かな者に穢されるわけにはいきません!」


 サブリナは咆哮するように訴えた。


「穢れ、だと?」クロムエルの殺気。「帝国を愚弄するのか?」

「トアさん、ネムさん、下がっていてください。私一人でやります」

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