第5話 政宗退学?
その日、俺は禁書の棚にいた。
時間にして午前だが、今は授業中であるため、俺がここにいた所で誰も分からないだろうと考えたのだ。
それにこの部屋へ出入りするのは、俺くらいのものだ。
おそらく管理する者もいない、校長すら出入りしない、文字通り開かずの間ということなのだろう。
そしていつものように、前回、調べた次の棚から背表紙を確認し、順番に調べていく。
だが字が読めても何一つ、それらしい物は未だ見つかっていない。
ダンジョンへ行く前の一週間はほぼ毎日ここへ来ていた。
だというのに、それでも見つかっていないのだ。
――『致死量に関する薬学』
確かに禁書に指定されるのは理解できる。
だがこれじゃない。
――『天属性魔法の存在』
天属性? 知らない魔法だ。
だが俺には使えないのだろう。
――『呪術師の触媒と生贄』
これまた物騒な名前だ。
だが俺には関係ない。
俺はもう一度、未来の俺が言った言葉を思い出してみた。
……“学院のどこかにあるはずだ”
……“トアを救えたはずの魔法”
俺は何かを見落としているのだろうか?
前にも一度、考えたことではあるが、未来の俺は「トアを救えたはずの魔法」だと言った。つまりそういう言い方で表したくらいだ。知らないということで間違いないはずだ。
自分で言っておきながら知らないとはおかしな話だが、自分が言いそうなことではあるから、理解はできる。
つまり、“あるはず”ということなのだ。
そして何故、この学院を示したのか?
前は分からなかったが、おそらく弟子であるハイルクウェートを通して伝えられた、アダムス関連の魔法か何かがあるのかもしれない。
おそらくそれを知っていて、ここを示したのだろう。
だが俺はもう少し考えてみた。
魔法とは人に聞くか、古い書物を通して知る物だという固定観念が、俺には少なからずある。
おそらく未来の俺もそうだったはずだ。
と、仮定すると、本を探すこと自体は間違っていないはずだ。
だが未来の俺はそもそも、「それ」が何であるのかを知らないわけで、もしかすると無いということも考えられるわけだ。
それに本ではないということも考えられる。
もっと言えば、俺がメッセージを読み違えている可能性すらあるわけで……
考えれば考えるほど、自分の行動はあっているのかと、考えてしまう。
一つの棚が終わり、次の棚へ、そしてまた次の棚へと部屋の奥に進んでいく。
だが一向に、それらしい物はみつからない。
時間はあるだろうし、ここにおいてある本すべてを確認する覚悟はあるのだが、こうも見つからないものだとは思わなかった。
だがその時だった。
俺の目にある文字が飛び込んできたのだ。
――『死と生の愚弄と欺き』
これだ!
俺はこれだと、初めて確信した。
俺は本を開き、1ページずつ軽く目を通しながら、内容を確認していった。
なになに?……生命譲渡?……
「やっぱりあなただったのね?」
その時、声が聞こえた。
俺はとっさに本を閉じ、背中にそれを隠した。
そして声のした方へ振り返る。
「ここ1ヶ月の間、何か嫌な気配は感じていたのよ」
そこにいたのは、サブリナ校長だった。
カーテンの閉じられたこの部屋にただ一つしかない窓。
そこに軽く腰掛け、彼女は俺を鋭い目つきで睨んでいた。
「はっはつ……あはっはっはっはっ……」
「誤魔化しても無駄よ? 分かってるわよね? ここに入るということがどういうことなのか?」
俺は後ろで隠していた本を、異空間収納にバレないように放り込んだ。
「これには訳がありまして……」
「そうでしょうね? でなければ立ち入り禁止の部屋になんて、侵入するはずがないものね?」
さて、どうやって切り抜けようか?
このままでは退学だ。
「質問に答えなさい。あなたはここで何をしていたの?」
隠せばバレるか?
こういう問答は苦手だ。
「違和感を覚えたのは、あなたがここに来て直ぐのことだった。おかしいとは思っていたのよ、だけどそれがどこから来るものなのか分からなかった。そして不思議なことに、あなたがダンジョンへ旅立って以降、ぱたりとその違和感が消えたわ。そしてさらに不思議なことに、あなたが戻ってきたその日に、また違和感を覚え始めたの」
魔力は感じ取れないはずだ。
ならば違和感とは別のものか?
この人は何を感じ取ったんだ?
「さあ質問に答えなさい。あなたはここで、何を探しているのかしら?」
仕方がない。
「――人を生き返らせる魔法です」
俺がそう言った瞬間、校長は目を見開き、目線を下げた。
同情が混じったような、険しい表情だ。
「あなたは……誰かを生き返らせたいの?」
結局、俺のこういうへまが、トアを殺したんだろうな。
「大切な人が未来で死にます……」
言葉足らずだが俺はそう言った。
すると校長は俺から目を逸らし、何かを考えているようだった。
そして、しばらくしてから口を開く。
「そう……スーフィリアさんに、アルテミアス……なるほどね。あなたは予言者に会ったのね?」
俺は驚いた。
まさか今の一言で、そこまで分かるとは思わなかったのだ。
「そうです……俺は予言者に会い、未来の自分を見ました。堕落し絶望した、未来の俺をです」
すると校長はさらに驚くべきことを言った。
「“彼”は……あなたに、話しかけてきた?」
この人は一体、どこまで分かってるんだろうか?
「……はい……一方的にですけど」
「なるほど……大体わかったわ」
まるで見てきたかのようなセリフだ。
何故そこまでわかるのだろうか?
「あなたは知っているかしら、死者の蘇生が禁じられたものだということを?」
「はい、クラスメートから聞きました。口にするだけでもいけないことだと……」
「そうよ、だから私たち魔法使いはそれを禁忌とし、そんなものは存在しないと後世に伝えてきたのよ。 分かるかしら? それが仮に存在したとして、見境なく使用されだしたら、あなたはどうなると思う?」
悪人に渡れば大変なことだ。
それは分かる。
死なない以上、悪も滅びないということになる。
「分かります、分かりますが俺は――」
「――あなたの都合は関係ないのよ? いいかしら? ここにあるものは蘇生魔法に関わらず、そういった誰の目に触れても悪用されかねない類のものばかりなの」
つまり精霊魔法も、その一つということか。
「あなたは生物が死ななくなった世界に何が起こるのか、想像できるかしら?」
「……それはもちろん……いや……分かりません」
考えてみたが分からない。
「私にも分からないわ……だけどこれだけは、分かる」
すると校長はそこで、この間も見た、あの黒い表紙の本を取り出した。
「――悪が
「……悪…ですか?」
「死のない世界……それは生きることを止めた世界よ。それを悪と言わずして何というの? だからアダムスは蘇生魔法を……」
すると校長は一瞬、口にしようとしたことを躊躇うかのように唇を噛み、目を伏せた。
それから顔を上げ、俺の目を鋭い目つきで睨みつけたのだ。
そして語った。
「――なにより、深淵を禁忌としたのよ」
深淵?……
何故、今その話が出てくるんだ?
蘇生魔法の話だろ?
「深淵に染まった魔導師を愚者と呼んだのはアダムスだと、ここには記されているわ」
「深淵に染まった?……それは、一体?」
「知らない?」
校長は疑うような表情で睨んだ。
「いえっ……そうじゃなくて、3つの警告文については俺も知っています」
もう隠すのはやめだ。
この人はすべて分かっているんだろう。
ならここである程度のことは知っておきたい。
それに俺は退学になるかもしれないんだ。
「でも俺はその意味については、はっきりとは知りません。呑まれるという意味以外は」
「……なるほど」
すると校長は本を開いた。
「“深淵に染まった者は、寿命を失う”……これをあなたはどう解釈するかしら?」
「それは……ええ……と」
考えてみたが出てきたことは、一つしかなかった。
「つまり寿命を失うので、死ぬってことですかね?」
すると俺がそう言った時、校長がくすっと小さく笑った。
「逆よ?」
「は?」
「だから、逆だと言ったの」
逆とはどういう意味だろうか?
……。
いや……だが以前、ここまで出かかっていた何か……
それを今、思い出したような気がした。
「ここには、こう記されているわ。“寿命を失うとは――寿命の概念を失うということだ”と」
「概念を……失う?」
「つまり死ななくなるのよ」
「え?……つまり……不死って、ことですか?」
「そうよ、ここにはそう書いてあるわ。“深淵に染まった者は寿命の概念を失い、死を失う。それは深淵の影響を受け、宿主の『存在』が膨大なものへと変化するからだ。両目に紅き愚者の眼が現れた時、その者は死を失い、肉体が滅びたとしても生き続ける。そして深淵に落ちたことにも気づかない――深淵の愚者へと成り下がる”」
すると本をパタンッ! と閉じる音が聞こえた。
俺は校長から目を背け、ひたすら考えた。
深淵に染まる……紅き愚者の眼……死を失う……
「私には何のことだか、さっぱり分からないわ」
「え?」
分からない?
どういうことだ?
この人は全部、知っているわけじゃないのか?
「あら? 私が何を知っていると勘違いしていたの? 私はこの本に書かれたことしか知らないのよ。もちろん自分なりに色々と調べてはみたけど、結局ほとんど分からなかった」
だがその後、校長の話には続きがあった。
「でもある時、とある古びた記事に出会ったの。そこには今から何百年も前に、かつてダンジョンを攻略したという、とあるパーティーのことが書かれていたわ」
「龍の心臓ですか?……」
そういうことだろう。
話から察するに、おそらく……
だがそこで、急に部屋が静まり返った。
俺は急に声が返ってこなくなったことを不審に思い、頭を上げ、校長の顔を確認した。
すると目を見開き口を開け、驚愕している校長と目が合った。
「え?……どうしたんですか?」
「何故……あなたがそのことを知っているの?」
しまった……
つい話に呑まれ、口走ってしまった。
深淵に呑まれる以前に、これをどうにかしないといけない。
俺の悪いクセだ。
だが校長はしばらくすると、落ち着いたように話し始めた。
「まあいいわ……」
すると校長は仕切り直し、俺を無視して続きを話し始める。
「それは古い記事だった。確か、バノーム通信と記載があったわ。おそらく当時あった……まあ言ってみれば魔的通信みたいなものね」
なるほど、分かり易い。
一瞬、フランチェスカの顔が浮かんだ。
そしてそこには5人の冒険者についての内容が書かれていたらしい。
もちろん、5人それぞれの名前もあったという。
そして彼らがダンジョンを攻略したということについても、書かれていたそうだ。
だが校長が言いたかったのは、もっと別のことだった。
――それはゼファーのことだ。
校長は名指しして、そう言った。
「ゼファー……私は、その人に関する、ある不可思議な記事を見つけたの。それは、“普段は大人しいゼファーだが、戦闘になると両眼が紅く光り、猛威を振るう”という記述よ」
どうやら相当熱心な記者がいたらしい。
まさか俺のことも、フランチェスカにいつか暴かれてしまうのだろか?
「どうやら凄腕の記者だったようね?」
校長は俺が思っていたことを言った。
それから校長はさらに自力で研究を続けたそうだ。
そしてダンジョンに疑問を持ち始めたらしい。
「でも、あなたの言葉で分かったわ。やっぱりダンジョンは深淵に関係のあるものだったのね」
なるほど、つまりそういうことか。
どうやら俺は完全にこの人に、マークされていたらしい。
深淵の愚者という疑いで。
「いいかしら“ニトさん”? あなたにどういう理由があるにせよ、不死とは人間の世界では、忌み嫌われるもの。そして紅い眼は愚者の眼と呼ばれる。どういう偶然か知らないけど、あなたが今つけているその紅い『小人族の愚面』は、生まれながらにして赤い瞳を持ち、その昔、迫害を受けた彼らが、自らの意志を確固たるものにし、世間に自分たちの存在を知らしめるために着けていたと言われる、いわば無念の象徴なのよ……」
「小人族?」
「授業で習わなかった?」
授業には、殆ど顔を出していない。
俺は苦笑いをした。
「エルフや獣人は、また人間とは違うから分からないかもしれないけど、不死とはそういうものなのよ?」
すると校長先生は深いため息をついた。
「さて、あなたの処遇はどうしましょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。