第21話 懐かしき牢獄

 錆びた門の色褪せ具合。

 壁面にひびの入った体育館。

 グラウンドを囲む、破れた緑色のネット。

 見間違うはずがない。

 ここに2年近くもいたんだから。


「この場所を知ってるの?」

「高校だ」

「コウコウ?」

「学校のことだよ。ここは俺がこの世界に来る前に通っていた学校の校舎だ」

「なんでダンジョンの中にマサムネの故郷があるの?」


 故郷とは違う。

 ここは俺にとって牢獄だった。


「分からない」


 門を背に右手に体育館、左手に職員棟がある。

 真っ直ぐに進むと、右手にグラウンド、左手に教室棟が見えてくる。


「ねえ、あれ!」


 トアが指差したのはグラウンドだった。


「何だよこれ」


 それはあまりに悲惨な光景だった。

 体育館に隣接するグラウンド。

 そこに数え切れないほどの死体が埋め尽くすように転がっていた。

 肉片や血や内臓なんかが辺りに飛び散り、酷い臭いが漂っている。


「多分、挑戦者たちだろう。昨日診療所のおっさんが言ってた、戻ってきてない挑戦者だ」


 他の挑戦者がどんな経路でここまで来たのかは分からないが、門からそう離れてはいない。

 ダンジョンに入り、直後に襲われたということか。


「臭いのです」


 隣でネムが鼻を押さえていた。


 数々の死体は損傷が激しい。

 グラウンドのあちこちに乱雑に転がっている。

 一カ所に集められていたりと何か人為的な手が加えられている形跡があった。

 腕や足の無い遺体が目に入ったが、共通痕は切り口だろうか。

 刃物で深く斬られたような痕が見える。


「俺から離れるな。何かいるみたいだ」


 空気が張り詰める。

 だが辺りにはカラスの鳴き声しかない。


「慎重に進もう」


 意気込むも、突然地面が揺れた。


「なんだ?」


 3人は俺の後ろに固まり、周囲を見渡す。

 揺れは一度切りかと思いきや、一定の間隔を空けて振動し、次第に大きくなっていく


「ねえ、なんか、近づいて来てない?」


 背中でトアの声がした。


「ご主人様、後ろなのです!」


 ネムの緊迫した声に振り返り、俺は思わず後退った。


「こいつは」


 巨大な斧をたずさえた二本足の大男が立っていた。

頭が牛だ。

 尖った二本の角に2メートルを優に超えるであろう背丈。

 筋肉の盛り上がった強靭な肉体。


「ミノタウロスです!」


 スーフィリアが知っていた。


「ミノタウロス?」


 RPGによく出てくるモンスターだ。

 馴染み深い。

 よく手こずらされた。


「ミノタウロスはモンスターではなく魔物です。言葉は発しませんが非常に知能が高く、希少な生物。個体差がありますが最弱であっても最低、モンスターでいうところのSSランク相当であると言われています」


 ミノタウロスは体を反るほどに空を見上げた。

 途端に耳に突き刺さるほどの奇声が辺りを包んだ。


「うっ、うるさいのです!」


 ネムは鼻に加え耳も塞いだ。

 奇声は地面や体育館や校舎の窓ガラス、空気を揺らし、肌に刺さった。


「みんな、避けろ!」


 ミノタウロスが容赦なく斧を振り下ろしてきた。

 俺の合図で3人は散らばる。

 上手く最初の一撃をかわし。


――『スキル《心眼》、《会心》、《見切り》、《肉体強化》、《裂傷耐性》、《斬撃耐性》、《打撃耐性》を発動しました』


 《心眼》で相手の急所を見抜き、《見切り》で斧の軌道を理解する。

 適当な強化系スキルで肉体を少しばかり強化もした。


 トアが蛇剣キルギルスを抜いた。


「待て、トア。俺がやる!」


 相手は魔物だ。モンスターとは違う。

 3人は耐えられないだろう。


 地面にめり込んでいた斧を持ち上げミノタウロスが俺に迫ってきた。

 地面が振動している。

 斧が夕日を反射する。


「マサムネ!」

「ぐっ!」


 斬りかかろうとしていたミノタウロスの動きを予測する。

 振り下ろされたところで俺はやつの腕を掴んだ。

 ミノタウロスは力任せに振りほどこうと鼻息を漏らしている。

 動かない腕に、苛立っているかのように奇声を上げた。


「《束縛する者ディエス・オブリガーディオ》!」


 俺は無数の白い腕でミノタウロスを縛り上げ、拘束し動けなくしてやった。

 顔の前に手をかざし。


「《理不尽な強奪リディック・ロスト》!」


 ミノタウロスの頭は後方からの引力により弾け飛んだ。

 頭の中身が露出したところで全身が光の粒子に変わり散った。


 これは魔術 《魔力の斬撃マグラ・スラッシュ》を反転したものだ。

 対象の何かしらを無理やり奪い取れる。

 引力のような力だ。


――『《ミノタウロス【Lv:648】》討伐により 《女神の加護》が発動しました。戦利品を選んでください』


――『アイテム 《執行者の斧》を獲得しました。装備品に追加しました』


「ドロップアイテムか」

「もう、大丈夫なの?」


 恐るおそる訊ねるトア。


「問題ない」


 ミノタウロスはスキルと魔術を一つずつ持っていた。

 スキル 《闘牛の気迫》は、発動後一定時間攻撃力が上昇するというメジャーなものだった。

 魔術 《大地の怒りアース・ウェイブ》を選んでおいた。


――『《ミノタウロス【Lv:648】》討伐により、経験値を獲得しました。レベルアップを開始します』


 頭の中で執拗にレベルアップを告げる音が鳴り響き続ける。


「ステータス」



《名前》ヒダカ マサムネ

《レベル》812

《職業》ヒーラー

《種族》人間

《生命力》48720(60)

《魔力》40600(50)

《攻撃》8120(10)

《防御》8120(10)

《魔攻》8120(10)

《魔防》8120(10)

《体力》8120(10)

《俊敏》8120(10)

《知力》8120(10)

《状態》異世界症候群

《称号》転生者/復讐神の友人/蛇王神の友人

《装備品》聖女の怒り/ブロードソード/執行者の斧


《スキル》

王の箱舟/ミミックの人生/真実の魔眼/熱感知/浄化/索敵/鑑定/研磨/洗浄/料理/調合/生命探知/水中呼吸/打撃耐性/斬撃耐性/裂傷耐性/裁縫術/落下耐性/毒耐性/麻痺耐性/痛覚耐性/空腹耐性/疲労耐性/威圧耐性/解体術/養殖術/狩猟術/建築術/付与職人/執筆術/薬学/隠密/連射/剛射/威圧/詐欺/掏摸/罠職人/心眼/会心/見切り/鍛冶職人/忍耐力/肉体強化/念動力/魅了/速読術/言語理解/軽量化


《固有スキル》

女神の加護/復讐神の悪戯・反転の悪戯【極】/神速


《魔術》

治癒ヒール治癒の波動ヒール・オーラ状態異常治癒エフェクト・ヒール属性付与エンチャント攻防強化付与オディウム・オーラ業火※※呪いの大槍カース・ジャベリン剣士の守りプロテミスタ爆裂拳ブランシュ転移網展開トランス・フィールド魔弾マグラ火炎ファイア水流ウル魔防の盾シエル魔攻の剣シーカ魔力の刃マグラ・アギト麻痺の一矢パラライズ・アロー毒の一矢ポイズン・アロー魔力防壁マグラ・ウォール拘束バインド魔力の斬撃マグラ・スラッシュ稲妻ライトニング冷気噴射フリーズ飛行フライ氷の槍アイス・ランス暗闇ダークネス屍者の降霊ネクロマンス貫く剛爪ピアス・クロー大地の怒りアース・ウェイブ


《召喚魔法》大地の巨人アース・ゴーレム



「やはりわたくしたちの出る幕はなそうですね。大人しくしていた方がよさそうです」


 スーフィリアは俺の助けになりたかったらしい。

 やる気を見せていたネムがしゅんとなっている。


 ふと屋上が見えた。

 あの日、俺が死んだはずの場所だ。

 ここからではフェンスしか見えない。

 見える景色は魔法的な力で模してあるだけのものなのか。

 それとも実物なのか。


「スーフィリア、みんな、決めつけるのはまだ早い。レベルを上げるチャンスかもしれないしな。もしもの時は俺がカバーする。とりあえず教室に行こう」

「教室って?」

「俺のクラスがあった教室だよ」


 少しだけあの頃の感覚がよみがえってきた気がした。

 グラウンドの砂の臭いや、校舎の古臭いカビとほこりの臭いがしたからだろうか。


「マサムネ、あれは何?」


 校舎の玄関口だった。

 中には規則的に並ぶ下駄箱が見えている。


「下駄箱だよ。ん、なんだあれ?」


 遠目からだが下駄箱の陰が一瞬動いたように見えた。

 目を凝らす。

 何かいる。

 何かドロドロとしたヤツだ。

 それが校舎の入口から地を這いずりながら、ゆっくりと外に出てきた。


「ネム、あのドロドロに魔法を撃ってくれないか?」

「いいのですか?」

「ああ。ネムのレベルでどのくらいの効果があるのか試してみよう」

「はいなのです――《鬼火シュレイム》!」


 ネムの頭上と両肩の横に一つずつ、計3つの火の球が現れた。

 荒々しさのない静かな玉。

 ネム特有の魔術だろうか。

 もしくは猫族特有のものか。

 火球は風を切り音を響かせ、一斉にドロドロへ向かって飛んでいった。


「やったのです!」


 直撃し砂埃が舞った。

 煙が晴れると形のくずれたドロドロの群れの姿があった。


「やっぱりダメか」

「ねえ、なんか増えてない?」

「もしかすると衝撃で分裂し増殖するのではないでしょうか」


 ス―フィリアには心当たりがあるようだ。


「スライムという魔物の特性に似ています」

「スライムか」


 言われてみればスライムっぽい。

 RPGの序盤に必ずといっていいほど登場するやつだ。


「増殖か、面倒だな」

「どうする?」

「ネムのレベルを上げるにしてもやりにくい。別の入口から中に入ろう」


 校舎への入口はここだけじゃない。

 1階の窓からだって入れる。

 渡り廊下の途中に校舎の二階へ通じる入り口がある。

 そこからならスライムとの接触をさけられるだろう。

 トアたちと下駄箱の前を通ってみたい気持ちもあった。

 危険を冒すほどでもないが、憧れだったから。


 体育館から伸びる渡り廊下を進んだ。

 そして教室棟に入った。

 右手に教室が見える。左手に窓ガラスだ。

 長い廊下の奥までそれらが続いている。

 ゆっくりと進むが人の気配はない。

 俺の記憶を基に作られた空間なのだろうか。

 いや、そうとも限らないか。

 たとえば挑戦者の中に同級生あいつらの誰かがいるってことも考えられる。


「なんだか変なところね」

「廃れてるだろ」

「監獄みたいね」

「監獄?」

「悪人を閉じ込めておく場所よ。写真で見たことがあるの」

「知ってるよ。でも俺は毎日ここに通ってたんだけどな」

「ところで部屋を通り過ぎてるけど、いいの? ここに用があったんでしょ?」

「俺が使ってた教室はもう一つ上の階にあるんだ。それより、やっぱりここってダンジョンの中なのかもな」

「そうなの?」

「ここまで人がいないのはおかしいんだ。夕方なら普通誰かいるはずだし」


 前の世界に戻ってきたのかとも思っていた。

 でも違うだろう。

 いくつか教室を通り過ぎると廊下に平然とモンスターがいた。


「アンデッド種。ウォーカーですね」


 スーフィリアが小声で説明した。

 俺たちは柱の陰に隠れた。


 それはゾンビだ。

 映画で何度も見た。

 教室棟は横長の建物だ。

 各階中央には階段があり1階から4階までを結んでいる。

 ゾンビは、ここ二階の階段前にいた。

 数は一体のみ。


「アンデッド種?」

「モンスターの分類の一つです。アンデッド種は基本的に死体を媒介にして、偶発的に誕生するとされています。特徴は見ての通り、腐った体とこの酷い臭いです」


 スーフィリアは手で口と鼻をおさえていた。


「俺がやるよ」


 トアも口と鼻を覆っている。

 ネムは嗅覚が鋭いからか、真っ青な顔でふらふらしていた。


「アンデッド種には聖属性が有効ですが、聖属性はプリースト固有の魔法です」

「じゃあいいのがある」


 俺は異空間収納から《聖女の怒り》を取り出した。


「それは?」とトア。

「前にダンジョンで見つけた杖だ。ヒーラーの俺でも属性魔法が使えるようになる」

「ふ~ん、珍しいわね」

「やらないぞ」

「いらないわよ」


 柱を離れ静かにゾンビへ近づいていく。


「俺がやるとは言ったけど、一応後ろをついて来てくれよ。離れるのが一番よくないんだから」


 3人がついて来ていなかった。

 ネムがふらふらと歩み寄ってくる。

 二人は苦笑いしながらネムに続いた。


「何してるんだよ」

「臭いんだもん」

「すぐ慣れるって」


 見せつけるみたいに、トアは大げさに鼻を摘まんだ。


「《聖女の怒りセイント・シャイン》!」


 杖の先端から黄色く発光する球が飛ぶ。

 直撃してゾンビの頭部が破裂した。


――『ウォーカー【Lv:450】討伐により 《女神の加護》が発動しました。戦利品を選んでください』


「まずはスキル《暴食》だ」


――『スキル《暴食》を習得しました』

――『経験値獲得により【Lv:909】にレベルアップしました』


 弾け飛んだ肉片がさらなる悪臭を生む。

 トアたちがさらに怪訝な顔した。


「確かスキルに……」


 ステータスを開きスキルを漁った。


「ニト様。アンデッド退治は、終わりましたでしょうか?」


 スーフィリアが吐きそうになっている。


「まだそこの教室の中に数体いるはずだ。」


 教室といっても物置みたいな部屋だ。

 サイズは教室の半分程度。


 スキル《洗浄》を使い周囲を洗った。

 持っていたことをすっかり忘れていた。


「どうだ、少しはマシになっただろう?」


 口から手を離すネムの表情が晴れていた。


「大丈夫なのです、もう臭くないのです!」

「本当に臭いがしないわ。どうやったの?」

「スキルを使ったんだよ。とりあえず、この階にいる間は常にこれを使っとくから、それでマシにはなるだろ」


 3人が清々しく深呼吸した。


「大袈裟だなぁ」

「大袈裟ではないのです、酷い臭いだったのです!」

「まあ、ネムは嗅覚が鋭いからな」


 ネムはともかく、2人には少し我慢というものを覚えさせる必要があるだろう。

 スーフィリアは温室育ちだし。

 聞いた限りじゃトアも似たようなものらしいし。


「残りも退治するぞ」

「ネムもやるのです!」


 ネムと違いトアは乗り気じゃなさそうだ。

 レベル差を気にしているらしい。


「わたくしも大丈夫です。もう少し手頃なものが現れた時にまた考えさせてください」

「手頃なんてものはないと思うぞ」


 ダンジョンに手頃な魔物なんていないだろう。

 ス―フィリアも戦う気はなさそうだ。

 できれば今後の冒険のために少しレベルを上げてほしかった。

 でもかすり傷程度でさえ致命傷の可能性がある。

 それにレベルならダンジョンでなくても上げられる。


「じゃあネム、扉を今から開けるから、そしたら全力で魔法を撃ってくれ」

「はいなのです!」


 拳を突き上げ小声で答えるネム。


「ところでネム、聖属性魔法は使えるのか?」

「使えないのです」

「じゃあさっきの火球でいい」

「とどめは俺がさす。1回撃ったら直ぐに離れてくれ」

「分かったのです!」


 教室の扉を開けた


「今だ!」

「《鬼火シュレイム》!」


 ネムは室内に、無造作に火球を放り投げた。

 うじゃうじゃと潜んでいたゾンビに命中していく。

 ゾンビの数にトアとス―フィリアが顔を引き攣らせている。


「《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》!」


 侵蝕を展開しながら俺は室内へ突っ込んだ。

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