第二章:【ハイルクウェート高等魔法学院・前編】
第1話 パトリック・ラズハウセン
アルテミアスを発ち数日が過ぎた頃、俺たちはこの学び舎に到着した。
馭者を見送り振り返った時、目の前に構えていたのはマスコットキャラクターのような愉快な彫刻が施された大門と、その向こうに見える巨大なテーマパークだった。
敷地は広くここから見えるだけでもいくつもの建物が見える。
そのどれもが外装の統一されていないふざけたもので、一言で表せば虹色だ。
お城のような建造物にあらゆる色が詰め込まれていた。
「これって本当に学校か?」
「そうです、ここがハイルクウェートです」シエラは知っているようだ。
「楽しそうなのです!」
「そうかしら、なんだか逆に怖いわ」
門が勝手に開いた。
思わず声を出し、俺たちは身を引いた。
開門に合わて現れたのは、豊満なスタイルが際立つ紫のドレスと、先端の折れ曲がった紫の魔女帽子を被るブロンドヘアーの女性だった。
「ようこそ、ハイルクウェート高等魔法学院へ。あなた達がアーノルドの言っていた冒険者ね。私はここで校長を務めています、サブリナといいます」
その怪しげな雰囲気に委縮しつつ名を名乗り挨拶を交わす。
「え、校長先生!?」
あまりに若く見え思わず尋ねてしまった。
20代前半くらいに見える。
「意外かしら、こう見えてもあなた達の10倍は生きているのよ」
10倍ってことは少なくとも100歳は超えているということになる。
正に魔女だ。
「あなた、今失礼なことを考えたわね?」
「……魔法ですか?」
ぎくっとした。
「いいえ、勘よ。ふふ、じゃあ私に付いてきて、寮へ案内するわ」
まるで心を見透かされているようにも思えた。
一先ず優しいそうな人で良かった。
※
「今日からここがあなた達の家よ」
寮と言うより、そこはホテルのスウィートルームであった。
さらにファンタジー要素が詰め込まれ、学校の外装同様に無駄な派手さを演出している。ただただ目が痛い。
「アーノルドは人数を言わなかったから、部屋はここしか用意してないの。希望するなら人数分用意するけれど……」
「私は構わないわよ」とトア。
「え……」
「私も一緒の部屋で問題ありません」
「ネムもなのです」
ネムはともかく、シエラまで。
「え、いいのか?」
「共に旅をするのですから一緒の方がいいでしょう。それに姉様からそういうものだと聞きました」
またヒルダさんが余計なことを吹き込んだらしい。
あの人はこうなることを見越していたのか。
一体どうしたいのだろうか。
「あなた達のことについては冒険者としか聞いていないから、クラスもこっちで勝手に選んでおいたのだけれど、それで良かったかしら?」
「はい、問題ありません」
「それなら良かったわ」
魔術について学べればどこでもいいだろう。
問題ない。
大教室。
中は階段教室で、弧を描くような横並びの座席が、教壇に向かって下へ続いていた。
奇異の目を向けられながら転校生ということで招かれ、教壇の前に並ぶ。
「こちらの皆さんは今日から共に魔法を学ぶことになる転校生です。それではまず自己紹介をして頂きましょう。ではシエラさんからどうぞ」
まるで晒し者だ。
興味のある者もいれば頬杖をつき不貞腐れたような者もいる。
ここは魔術校では進学校だと聞いていたが、生徒の種類は様々なようだ。
と言われるがままシエラが。
「シエラ・エカルラートと申します。出身はラズハウセンです」
「職業の方もご紹介いただけますか」とクラスの担任と思しき男性が。
「職業は上級騎士になります」
先制に促され生徒たちはシエラを拍手で迎えた。
そして口々に聞こえる「上級騎士だって、すごい!」「綺麗な人だね」「私と一緒だ!」などの称賛の声。
喜ばしい限りだ。
シエラは歓迎されているのだから。
だがマズい状況だ。
進学校で「職業はヒーラーです」なんて言ってどうなるかくらい目に見えている。
「ネムはネムなのです! キャットウィザードなのです!」
「え、キャットウィザード!?」と前の席の生徒が飛びあがった。
「なんと、キャットウィザードとは……」
先生は驚きのあまり言葉を失い、その凄さを熱弁した。
そこまで影響力のある職業だとは知らなかった。
さらにネムに「可愛い」などと言っている生徒が多数見える。
だが期待が上がれば上がる程、俺にとっては逆効果だ。
「私はトアトリカ、職業はパラディンです」
その瞬間、大歓声が巻き起こった。
ダメだ……もうダメだ。期待値が上がり過ぎている。
「では最後の方、お願いします」
それは好奇の眼差しだ。
だが生徒たちは間違っている。
誰もが恵まれた生を授かれる訳ではない。俺は至って普通なんだ。
「ニトです。職業は……ヒーラーです」
教室内に在り得ない程の沈黙が舞い降りた。
皆はそれまでの余韻が残る笑顔を顔に張り付けたまま静止した。
あまりの静けさに、ふと教室が余計に広く感じた。
「失礼なのです! ご主人様を馬鹿にすると許さないのです! ご主人様は凄いのです! ご主人様はモンスターの大群ぅん……」
口を抑えネムの言いかけた言葉を遮った。
「それは内緒だ」ネムの耳元で呟く。
「……」こくこくと頷くネム。
「これが現実だ」
「……では皆さん。これから彼らもクラスの一員ですので、仲良くしてくださいね」
俺たちは指示された席へ、横並びに順に着いた。
シエラ、トア、ネム、そして俺が通路側だ。
おそらく三人は上手くやっていくだろう。友達もできるはずだ。何より生徒たちは皆、三人と話したがっているだろう。
※
授業の終わりを告げるチャイムに懐かしさを感じた。
以前ならそれは虐めが始まる合図であり、終わりと共に動悸がしたもんだ。
今も少しだけする。
先生も職員室へと戻って行き、クラスには生徒だけとなった。
「ネムちゃんはどんな魔法が使えるの?」
始まった――。
「ネムはまだ魔法が使えないのです。だから……良ければ教えて欲しいのです」
「じゃあ私が教えてあげる!」
ネムは大人気の様子。
ここには獣人の差別はないようだ。
生まれが裕福だとそうなるのか。
「シエラさんは剣がお得意なんですか? 良ければ今度、わたくしにも教えてくださいませんか?」
「私で良ければ……」
シエラの周りにはお嬢様系の生徒が集まっていた。
類が友を呼んだのだろう。
「トアトリカさんは、どんな魔法が使えるんですか?」
「トアで良いわ。そうねえ……まぁ色々よ」
トアは無差別に注目を浴びていた。
魔族的な魅力が惹きつけるのだろうか。
「ヒーラーが何をしに来た?」
そこに突然、一人の生徒が呟いた。
その瞬間、騒がしかった教室が静まる。
「ここは魔導師のための学校だ。だけどまさか、ヒーラーが魔導師になろうなんて思ってるんじゃないだろうなあ?」
「ちょっと、それはどういう意味!」
「トア、よせ」俺が微笑むと、トアは仕方なく座った。
「あんたには聞いてない、俺はそいつに言ってるんだ」
貴族の多い富裕層の学校だとも聞いていた。
だがこの社会はどこも同じなのかもしれない。
必ず一人以上はこういう輩がいる。
「無視か? 流石、子供にご主人様などと呼ばせているだけのことはある。俺たちと同じ言葉は持ち合わせていないってことか?」
ネムが勝手にそう呼んでいるだけとは言え、それは否めない。
そいつは俺の席までわざわざ歩いてきた。
そして机に手を着き――。
「ニトとか言ったか? おかしな名前だ、戯国の出身者か」
クソ真面目にヒーラーと名乗るべきではなかった。
偽装で誤魔化せば良かったんだ。
「一つ忠告しておく。学院から出ていけ、ここはお前のような弱者の来る所じゃない」
「……ご忠告どうも。でもそっちはどうなんだ?」
彼はニヤリと笑った。
「はあ? 聞くまでもないだろ。俺はヒーラーでもなければ平民でもない」
「貴族か、だとしたら確かにいいご身分だ」
「何を勘違いしている? 俺は貴族じゃない」
やたら勿体つけて言う奴だ。
「俺の名はパトリック・ラズハウセン。王族だ――」
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