第二章:【ハイルクウェート高等魔法学院・前編】

第1話 パトリック・ラズハウセン

 アルテミアスを発ち数日が過ぎた頃、俺たちはこの学び舎に到着した。


 馭者を見送り振り返った時、目の前に構えていたのはマスコットキャラクターのような愉快な彫刻が施された大門と、その向こうに見える巨大なテーマパークだった。


 敷地は広くここから見えるだけでもいくつもの建物が見える。

 そのどれもが外装の統一されていないふざけたもので、一言で表せば虹色だ。

 お城のような建造物にあらゆる色が詰め込まれていた。


「これって本当に学校か?」

「そうです、ここがハイルクウェートです」シエラは知っているようだ。

「楽しそうなのです!」

「そうかしら、なんだか逆に怖いわ」


 門が勝手に開いた。

 思わず声を出し、俺たちは身を引いた。


 開門に合わて現れたのは、豊満なスタイルが際立つ紫のドレスと、先端の折れ曲がった紫の魔女帽子を被るブロンドヘアーの女性だった。


「ようこそ、ハイルクウェート高等魔法学院へ。あなた達がアーノルドの言っていた冒険者ね。私はここで校長を務めています、サブリナといいます」


 その怪しげな雰囲気に委縮しつつ名を名乗り挨拶を交わす。


「え、校長先生!?」


 あまりに若く見え思わず尋ねてしまった。

 20代前半くらいに見える。


「意外かしら、こう見えてもあなた達の10倍は生きているのよ」


 10倍ってことは少なくとも100歳は超えているということになる。

 正に魔女だ。


「あなた、今失礼なことを考えたわね?」

「……魔法ですか?」


 ぎくっとした。


「いいえ、勘よ。ふふ、じゃあ私に付いてきて、寮へ案内するわ」


 まるで心を見透かされているようにも思えた。

 一先ず優しいそうな人で良かった。



「今日からここがあなた達の家よ」


 寮と言うより、そこはホテルのスウィートルームであった。

 さらにファンタジー要素が詰め込まれ、学校の外装同様に無駄な派手さを演出している。ただただ目が痛い。


「アーノルドは人数を言わなかったから、部屋はここしか用意してないの。希望するなら人数分用意するけれど……」

「私は構わないわよ」とトア。

「え……」

「私も一緒の部屋で問題ありません」

「ネムもなのです」


 ネムはともかく、シエラまで。


「え、いいのか?」

「共に旅をするのですから一緒の方がいいでしょう。それに姉様からそういうものだと聞きました」


 またヒルダさんが余計なことを吹き込んだらしい。

 あの人はこうなることを見越していたのか。

 一体どうしたいのだろうか。


「あなた達のことについては冒険者としか聞いていないから、クラスもこっちで勝手に選んでおいたのだけれど、それで良かったかしら?」

「はい、問題ありません」

「それなら良かったわ」


 魔術について学べればどこでもいいだろう。

 問題ない。


 大教室。


 中は階段教室で、弧を描くような横並びの座席が、教壇に向かって下へ続いていた。


 奇異の目を向けられながら転校生ということで招かれ、教壇の前に並ぶ。


「こちらの皆さんは今日から共に魔法を学ぶことになる転校生です。それではまず自己紹介をして頂きましょう。ではシエラさんからどうぞ」


 まるで晒し者だ。

 興味のある者もいれば頬杖をつき不貞腐れたような者もいる。

 ここは魔術校では進学校だと聞いていたが、生徒の種類は様々なようだ。 

 と言われるがままシエラが。


「シエラ・エカルラートと申します。出身はラズハウセンです」

「職業の方もご紹介いただけますか」とクラスの担任と思しき男性が。

「職業は上級騎士になります」


 先制に促され生徒たちはシエラを拍手で迎えた。

 そして口々に聞こえる「上級騎士だって、すごい!」「綺麗な人だね」「私と一緒だ!」などの称賛の声。

 喜ばしい限りだ。

 シエラは歓迎されているのだから。


 だがマズい状況だ。

 進学校で「職業はヒーラーです」なんて言ってどうなるかくらい目に見えている。


「ネムはネムなのです! キャットウィザードなのです!」

「え、キャットウィザード!?」と前の席の生徒が飛びあがった。

「なんと、キャットウィザードとは……」


 先生は驚きのあまり言葉を失い、その凄さを熱弁した。

 そこまで影響力のある職業だとは知らなかった。

 さらにネムに「可愛い」などと言っている生徒が多数見える。


 だが期待が上がれば上がる程、俺にとっては逆効果だ。


「私はトアトリカ、職業はパラディンです」


 その瞬間、大歓声が巻き起こった。

 ダメだ……もうダメだ。期待値が上がり過ぎている。


「では最後の方、お願いします」


 それは好奇の眼差しだ。

 だが生徒たちは間違っている。

 誰もが恵まれた生を授かれる訳ではない。俺は至って普通なんだ。


「ニトです。職業は……ヒーラーです」


 教室内に在り得ない程の沈黙が舞い降りた。

 皆はそれまでの余韻が残る笑顔を顔に張り付けたまま静止した。

 あまりの静けさに、ふと教室が余計に広く感じた。


「失礼なのです! ご主人様を馬鹿にすると許さないのです! ご主人様は凄いのです! ご主人様はモンスターの大群ぅん……」


 口を抑えネムの言いかけた言葉を遮った。


「それは内緒だ」ネムの耳元で呟く。

「……」こくこくと頷くネム。

「これが現実だ」

「……では皆さん。これから彼らもクラスの一員ですので、仲良くしてくださいね」


 俺たちは指示された席へ、横並びに順に着いた。

 シエラ、トア、ネム、そして俺が通路側だ。

 おそらく三人は上手くやっていくだろう。友達もできるはずだ。何より生徒たちは皆、三人と話したがっているだろう。



 授業の終わりを告げるチャイムに懐かしさを感じた。

 以前ならそれは虐めが始まる合図であり、終わりと共に動悸がしたもんだ。

 今も少しだけする。

 先生も職員室へと戻って行き、クラスには生徒だけとなった。


「ネムちゃんはどんな魔法が使えるの?」


 始まった――。


「ネムはまだ魔法が使えないのです。だから……良ければ教えて欲しいのです」

「じゃあ私が教えてあげる!」


 ネムは大人気の様子。

 ここには獣人の差別はないようだ。

 生まれが裕福だとそうなるのか。


「シエラさんは剣がお得意なんですか? 良ければ今度、わたくしにも教えてくださいませんか?」

「私で良ければ……」


 シエラの周りにはお嬢様系の生徒が集まっていた。

 類が友を呼んだのだろう。


「トアトリカさんは、どんな魔法が使えるんですか?」

「トアで良いわ。そうねえ……まぁ色々よ」


 トアは無差別に注目を浴びていた。

 魔族的な魅力が惹きつけるのだろうか。


「ヒーラーが何をしに来た?」


 そこに突然、一人の生徒が呟いた。

 その瞬間、騒がしかった教室が静まる。


「ここは魔導師のための学校だ。だけどまさか、ヒーラーが魔導師になろうなんて思ってるんじゃないだろうなあ?」

「ちょっと、それはどういう意味!」

「トア、よせ」俺が微笑むと、トアは仕方なく座った。

「あんたには聞いてない、俺はそいつに言ってるんだ」


 貴族の多い富裕層の学校だとも聞いていた。

 だがこの社会はどこも同じなのかもしれない。

 必ず一人以上はこういう輩がいる。


「無視か? 流石、子供にご主人様などと呼ばせているだけのことはある。俺たちと同じ言葉は持ち合わせていないってことか?」


 ネムが勝手にそう呼んでいるだけとは言え、それは否めない。


 そいつは俺の席までわざわざ歩いてきた。

 そして机に手を着き――。


「ニトとか言ったか? おかしな名前だ、戯国の出身者か」


 クソ真面目にヒーラーと名乗るべきではなかった。

 偽装で誤魔化せば良かったんだ。


「一つ忠告しておく。学院から出ていけ、ここはお前のような弱者の来る所じゃない」

「……ご忠告どうも。でもそっちはどうなんだ?」


 彼はニヤリと笑った。


「はあ? 聞くまでもないだろ。俺はヒーラーでもなければ平民でもない」

「貴族か、だとしたら確かにいいご身分だ」

「何を勘違いしている? 俺は貴族じゃない」


 やたら勿体つけて言う奴だ。


「俺の名はパトリック・ラズハウセン。王族だ――」

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