第12話 勇者たちの旅立ち

 フィールド訓練から戻った勇者たちが正門前に集まっていた。

 遅れて合流する佐伯に、にやついた表情の小泉が近づいてくる。


「君の統率力には脱帽するよ」


 一条が戻ってきていない。

 小泉もここ最近の一条の様子には違和感を持っていた。


「もしかして、あいつ脱走した?」

「知るかよ」


 小泉を無視し、佐伯は正門前まで歩いた。


「学園の生徒か。お前たち誰の許可を得て外に出ていた!」


 勇者たちは衛兵に尋問を受けていた。

 おかしい。

 佐伯は不穏な空気に気づく。

 普段なら制服が通行許可証となり問題なく出入りできた。


「フィリップ・バトラー先生です」


 集まった勇者たちをかき分け、前に出た佐伯は答えた。

 衛兵が紙切れに目を通す。

 何かに気づいたようにはっとして、衛兵は、まるで悲痛な目を勇者たちへ向ける。


「なるほど、バトラーか」

「あの、何かあったんですか?」

「今は学園へ戻りなさい」


 衛兵はそう答えるのみだった。

 だが佐伯は分かっていた。

 黒い球体だ。

 頭の中に今朝の光景が浮かんでいた。


 ――佐伯、あれは城の方角か? 俺には王城の真上にあるように見えるんだが。


 何故か今になって一条の言葉が過る。

 自然と流したはずの言葉だ。

 だが佐伯とって、あの黒い球体は驚きさえしたが攻撃を連想させるようなものではなかった。

 それが普通だ。魔法とはそういうもの。


 ――アリエスさんたちが何かやっているのだろう。


 龍の心臓か魔族か。

 何かは分からないが、それらへの対策だろう。

 今朝の佐伯は、うっすらとそんなことを思っていた。

 他の勇者たちにしても同じだ。


「まさか、アリエスさんたちに何かあったんですか」


 今になり焦りが芽生え始める。

 呼吸が荒くなっていく。

 衛兵は答えられなかった。

 彼に限らず、グレイベルク国内の誰もが現実に疲弊していた。



 城の敷地内へと通じる正式な入口は、正門の一つしかない。

 佐伯は門の手前で立ち尽くした。

  頭が真っ白になった。

 事態が呑み込めず言葉が出てこない。

 佐伯に続き、他の勇者たちもその光景を見た。


 正門からその先にあったはずの、見えたはずのものすべてが無くなっていた。

 まるで城の敷地内が削り取られたようだ。

 そこには大きな穴が開いていた。

 巨大な球体を押し付けたような跡だ。

 瓦礫の一つすらなかった


「何だよ、これ……」


 佐伯の目には自然と涙が溢れた。

 言葉には力がない。

 もう声を発する気力すらなかった。


「佐伯、学園へ帰ろう」


 衛兵に見つかる前にここ離れた方がいい、そう言って木田は佐伯の肩に手を置いた。


「どこに帰るんだよ。王も、アリエスさんもいないんだぞ」

「日高が飛ばされた時も、そういう顔をすべきだったね」


 小泉が吐き捨てるように言った。

 同情心がなかった。

 だが他の勇者たちは違った。

 雰囲気に呑まれ、道徳心が勝ち、多少の同情心が芽生えたようだ。

 小泉へ鋭い視線を送った。


「小泉、流石に言い過ぎよ」


 河内だった。


「事実だろ、日高も王もアリエスも、同じ人間じゃないか。むしろ日高との方が付き合いは長かったくらいさ。なのにあいつが死んだ時は笑って、アリエスが死んだら泣くのかい?」

「日高くんはまだ死んだか分からないでしょ」


 小泉は耳を疑うように「はあ?」と河内を煽った。


「とぼけるのも大概にしろよ。生きていることを祈ったって、見捨てた罪悪感は消えないぞ。僕はねえ、何も論破したいがために言ってるんじゃないんだよ。事実を言っているのさ。日高は死んだ。俺を責めてもあいつを見捨てた事実は消えないんだ」


 河内は小泉へ今にも襲い掛かりそうだった。


「日高のことがなければ、僕は佐伯をそっとしておいただろうね。だけどこいつは間違えたんだ。だから誰にも尊敬されないし認められない。一条も逃げただろ?」

「え」河内はまだ知らなかった。

「なんだ、知らなかったのか。つまりそういうことだ」


 勇者たちはそれぞれ学園へ戻っていった。

 小泉や河内も戻り、木田が門の傍を離れると、佐伯は一人になった。


 今の佐伯は誰の言葉も聞こえなかった。



 行方不明者が一人も見つからないまま一週間が過ぎた頃、勇者たちの前に現れたのはグレイベルクの王だった。

 ヨハネスではない。

 アーサー・グレイベルクと名乗る男だ。


「兄であるヨハネスに代わって謝らせていただきたい、申し訳ないことをした」


 教壇から頭を下げるアーサーに、教室は森閑とした。

 勇者たちは少し身構えるような面持ちだ。


 黒い球体は、自然に発生したものか人為的なものか。

 国内では龍の心臓か、もしくは魔王の仕業ではないかと囁かれている。

 佐伯は、龍の心臓だと確信していた。

 一条は彼らと一緒に消えた。

 その事実を佐伯は誰にも話していない。

 すべて自分で終わらせるつもりだ。

 誰の手も借りず、一条を止められなかったけじめは自分でつけると決めていた。

 だがアリエスたちの行方が分からなくなって以降、佐伯の時間は止まっている。

 教員もいなくなり授業も止まったままだった。


「私は、この国を正しい姿に戻すつもりだ」

「アリエスさんは見つかったんですか?」


 尋ねたのは佐伯だった。

 アリエスの行方など、事の真相を教えてもらえるのだと期待していた。


「君は、佐伯くんだね」

「どうして俺の名を」

「アリエスは人を洗脳する天才だった」


 ――だった。

 語尾が過去形だったことに佐伯の心拍数が上がる。


「アリエスは死んだ」

「……嘘だ」

「その他の行方不明者も黒い球体が現れた時間、すべてあの城の中にいた者たちだ」

「証拠は、あるんですか」

「龍の心臓は失敗しない」


 その即答に、佐伯は言葉を忘れた。


「すべて正直に話している。そのためにここへ来たんだ。それが君たちへのせめてもの償いになればと私は考えている。勇者召喚で呼び出された者を元いた場所へ帰す方法はない」


 アーサーは勇者召喚の真実について話した。

 生贄、力、脅威、戦争。

 勇者たちはグレイベルクが襲撃を受けた理由を知った。


「でも城まで破壊する必要があったんですか?」


 王城跡には今も巨大な穴がある。


「おそらく抑止力とするためだろう。被害の大きさと理解できない惨状は、メッセージとなって世界へ広がっていく。しかし悲観することはない。城ならまた建てればいい」


 龍の心臓がアリエスたちを殺していなければ、今頃どこかの国がグレイベルクへ侵攻していたかもしれない。

 対魔族としての勇者だが、それは言い訳にならないとアーサーは言った。


「殺す必要はなかったはずです……。拘束することだってできたはずだ。この世界に裁判はないんですか。俺たちのいた世界では、どんな犯罪者もいきなり殺されることはなかった」

「異端審問を始める前に戦争は起きていた、そうなれば人が死ぬ」

「でもそれが正しいやり方ですよね」

「召喚を行った時点で、彼らは世界から死を望まれていたんだ。だが簡単には殺せない。話し合いなく手を出せば、その国は他国からの信用を失う」



 誰も出来なかったことを、龍の心臓は代わりにやってくれた。

 龍の心臓は国ではなく組織だ。


「この国は盗賊の襲撃を受けた、ということなんだよ。戦争は起こらない。これ以上、誰かが死ぬこともない。平和は保たれたということだ」

「龍の心臓がしたことは正義ですか?」

「近隣諸国にとっては都合が良かっただろうね」

「そう、ですか……」


 佐伯はアリエスへの思いが強過ぎた。

 アーサーはアリエスたちのこれまでの非道や裏の顔についても説明したが、佐伯は受け入れる気配がなかった。


「魔族との戦争ももう終わりだ。君たちはもう勇者ではない、自由だ」


 教室がざわつき始める。

 勇者たちが不安を浮かべる中。


「君たちは、フィシャナティカ魔法魔術学校を知っているかい?」


 アーサーが提示したのは、転校だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る