第2話 名無しの冒険者

「ラズハウセン?」


 俺が驚くと、パトリックは眉をしかめ嫌悪感を示した。


「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……」


 まるで取り繕うように怒りを鎮め、またにやけ面をするパトリック。


「ヒーラーでも王都ラズハウセンの名は知っていたか」


 俺が驚いたのはそこじゃない。

 アーノルドさんには確か息子がいて、しかもハイルクウェートに在学していると言っていた。

 とすると……。


「俺はラズハウセンの現国王である、アーノルド・ラズハウセンの実の息子だ。王子であるこの俺が忠告してやってるんだ、大人しく聞き入れた方が身のためだぞ」


 やはりそうらしい。

 にしてもこの素行の悪さはなんだ。

 まったく似ておらず未だに信じられない。

 こんな粗相のない奴が王子とは。


「なるほど、アーノルドさんの息子だと言うからどんなもんかと思ったが、まったく期待外れだ。自信過剰で傲慢。典型的なお坊ちゃまと言ったところか?」

「アーノルドさんだと?……」


 俺の口ぶりに違和感を抱くように驚いたパトリック。

 だが表情を誤魔化すように、直ぐにまた見下し目つきに戻った。


「貴様……王の名を持ち出し剰え知り合いであるかのように語るとは……愚か者が」

「……は?」

「ば、馬鹿にするのもいい加減にしろ! こっちが下手したてに出ていればいい気になりやがって!」


 こいつがいつ下手したてに出たと言うのか。

 それにしてもさっきからこいつの態度には違和感がある。

 まるで威張り慣れていないような感じがする。


「表に出ろ! お前がどれほどの場違いか教えてやる!」

「お待ち下さい、パトリック様」


 シエラが俺とパトリックの間に入った。


「な、なんだお前は」

「シエラ・エカルラートと申します」

「そんなことは知っている、今しがた自己紹介をしていただろ」

「は、白王騎士団所属、シエラ・エカルラートと申します。パトリック様、我々はアーノルド王の許可へ経て学院に参りました。入学も王直々に許可されたことなのです」

「……王の名だけではなく、白王の名まで」


 パトリックは怒りに震えだした。


「やめなよパトリックくん、害を与えるような魔法の使用は禁止されているし、それに揉め事も禁止でしょ?」


 クラスメート数人も仲裁に入り始める。


「これは揉め事じゃない。教えてやると言っているんだ。だがそうだな……」


 傲慢も極まると清々しいな。


「ここでは無理だ、演習場で教えてやる。それなら問題ないだろ?」

「演習場ねえ……」


 高を括ったようにニヤリを見下してやった。

 パトリックの怒りの表情に拍車が掛かる。


「まぁ、別にいいけど」


 分をわきまえてないのがどっちか、少し教えてやる。



 演習場はドーム状の体育館だった。

 つまり屋内。

 無駄に高い天井に、野球でもできそうなくらいの解放感があった。

 流石、進学校なだけあり金がかかっている。


「金掛かってんな」

「平民には理解できないか」


 パトリックは一々嫌味な奴だった。


「で、どうするんだ?」


 フィールドの真ん中で向かい合い、パトリックは説明を始めた。

 他の生徒たちは観客席に集まり、仲裁に入っていた奴まで今か今かと待ちわびているようだ。

 もちろんそこにはトアやシエラ、ネムの姿もあった。


「ここでは魔法の使用と模擬戦が認められている。今から俺が稽古をつけてやる。有難く思え、最初で最後だ」


 客席にちらほら現れ始める他クラスの生徒たち。


「何だ……」

「驚いたか、これが王子である俺の力だ。たかが模擬戦でも人が集まってくる。まったく鬱陶しい奴らだ」


 パトリックはまるで誇るように客席に目をやった。


「ご主人様! そんな奴はボコボコにいぃん……」


 ネムがトアに口を抑えられ暴れているのが見えた。


「これが終わったら学院を去れ」

「俺が勝ったら?」


 パトリックは腹を抱えて噴き出すように笑った。


「安心しろ、それはない」


 王族と言うだけで何かを成し遂げたつもりでいるのか。

 アーノルドさんには申し訳ないが、少々お灸を据えてやろう。


 ざわついていた客席が徐々に静かになり、そこに一発の銃声が合図として響く――。


「まずは手始めに初級魔法からだ!――《火炎ファイア》!」


 パトリックの手に火が灯り、一発の火球が放たれた。

 少し横に移動して避ける。

 当たったところでどうなる訳でもないが。

 火は俺の直ぐ隣の地面を焦がし消えた。


「それくらいは避けて貰わないと困る」


 普通の火球より若干大きい気がするが、こいつもある意味では優秀だと言うことだろうか。

 だがジークの者ものとは異なる気がした。

 それはもっと根本的なものだ。


「《火炎ファイア》」


 また同じものが飛んできた、次は複数。

 パトリックは何度も詠唱していた。

 やはりジークとは天と地の差だ。

 これも特に《神速》などのスキルは使わず、身体的能力だけで避けられた。


 パトリックの表情が曇り始める。


「《大火炎フレイア》!」


 続けて次はさらに大きな火の玉が飛んできた。

 同様に避けて見せる。

 遅い、遅すぎる。

 止まって見えるレベルだ。

 魔法使いの能力次第でここまで差が出るとは思わなかった。


 ジークがどれほどの使い手だったかが今になって分かる。

 つまりこいつの魔法はまったく実戦レベルにないということだ。

 傲慢にも程がある。

 ただこいつの言っていることも嘘ではないのだろう。

 この学院の生徒は優秀なはずだからだ。

 ただまずは単純に相手に当てることを考えるべきだ。

 詠唱に集中し過ぎている。

 当たらなければこんなもの手品に過ぎない。


「焦ってるな? これだけやっても当たらないんだ。だがまあ、お前のレベルなんてこんなもんだ」


 その一言でパトリックの目の色が変わった。


「《火炎の鉄槌ディボルケード》――――!」


 パトリックの足元に赤い魔法陣が現れ、頭上に巨大な火球が出現した。

 この魔法も見たことがある。

 後で知ったが、確か上級魔術とか言うヤツだ。

 その瞬間、客席から歓声が上がった。

 誰もがパトリックのお遊戯に興奮している。

 だがもう、うんざりだ。シエラやトアも気づいているだろう


「どうだ! これが俺の魔法だ! これがヒーラーにできるか!」

「……できない、だろうなあ」

「……」パトリックはそれまで以上に勝ち誇った表情を浮かべた。

「投げてみろ、今度は避けないから」

「……冗談だろ、降参しろ」

「冗談は言わない、これは一騎打ちだろ。なら最後までやるべきだ。躊躇うひつようはない、ほら、いいから投げてみろ。俺なら当たっても死にはしない」

「くっ……」


 強きな表情に垣間見える怒り。


「どうした、さっさと投げろよ! 俺に買ってそのくだらない王子の実力とやらを認めてもらうんだろ!」


 ふとそんなことを口走っていた。


「――馬鹿が!」


 パトリックは俺に挑発に流され、その巨大な火球を放った。

 熱気は伝わる。

 だが――。


「はっきり言って論外だ」


 俺は、火球を左手で軽く振り払い、退けた。

 かき消され、飛散した火球は客席向うとバリアのような膜が干渉し完全に消滅した。


「やっぱりそのための膜だったか」


 パトリックは口を開いたままその場に固まった。

 客席は沈黙し、歓声を帯びていたかのような演習場が静まり返る。


「……アーノルドさんの息子だと言うから多少は期待した。あの人には酒をおごってもらったし学院のことも教えてもらったから、恩返しの意味も込めてお前にお灸を据えてやろうと思った。だが……」

「…………な、なんだよ」表情で分かる。パトリックは完全に負けを認めた。

「学芸会じゃないんだよ、良くできましたとでも言えばいいのか? 威嚇するだけの杜撰な魔法に何の意味がある?」

「……」

「確かに俺の来るべき場所でもなかったのかもな、お前を見ていてそう思う。俺はお遊戯を学びにきた訳じゃない。お前の安っぽいプライドにも用はない」


 俺は客席に目を向けた。


「お前らもそうだぞ、どうせこの後、陰でこいつを笑うんだろ? で、さっきは何に興奮してたんだ? もしそうならお前らもこいつと同じだ。魔導師の夢など諦めて手品師でも目指せばいい。実戦じゃ多分、お前らは一瞬で殺されるだろうからなあ」


 そのまま背を向け、俺は演習場を後にする。

 パトリックも誰も、何も言ってこなかった。



 演習場を出たところで、三人が追いついてきた。


「敵だらけになっちゃったわね」


 トアは笑っていた。


「……かもな」

「ご主人様はカッコよかったのです!」

「完全に悪者だけどな。ま、アーノルドさんへの恩はこれで返したってことにしとこう」

「ですが他にやり方はなかったのですか?」

「悪いなシエラ、俺は不器用なんだ」


 三人は分かってくれている。

 ならばそれだけでいい。

 他は求めない。


「ここって図書室もあるんだよなあ?」

「学校ですから、あるんじゃないでしょうか」

「じゃあちょっと付き合ってくれないか、ヒーラーの魔術探しに」

「それは構いませんが。あんなことがあったというのに、よく切り替えられますね」

「別に、大したことじゃない」


 トアを死なせないための鍵がここにある。

 救う鍵が。

 アルテミアスで予言を見て以降、俺の頭の中はそれだけだった。


 そして図書室にやってきた俺は、字が読めない中とある一冊の本を見つける。



 あるところに冒険者がいました。

 冒険者は町で一番の冒険者でした。

 ある日、冒険者は親友が大切にしていた物を盗みました。

 冒険者は一向に謝ろうとはしません。

 けれど親友は冒険者を許しました。


 ある日、冒険者にサーペントという友達が出来ました。

 強欲な冒険者は傲慢にもサーペントを連れて歩いたのです。

 サーペントは親友から冒険者を奪い取りました。

 冒険者は未だ親友に謝ろうとはしません。

 親友は冒険者をそれでも許しました――。


 ――――。


 ――。


 冒険者は親友を裏切ったのです。



 それは名無しの冒険者という、深淵の登場するあの本だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る