幕間:【旅立ちと出会い】

第1話 白王

 帝国による襲撃から一週間が過ぎた。


 あれから王都の各所では毎日のように宴が行われ、国全体が祝杯ムードに包まれていた。

 それはエカルラート邸も同じで、シエラやトア、ネムが無事に帰ってきたことにブラウンさんとマリアさんは毎日のようにパーティーを開いてくれた。


「英雄さん、こんにちわ」

「あはは……こんにちわ」


 これが今の俺だ。

 町を歩いているだけで知らない人に声をかけられる。

 ギルドへ行くだけだというのに今日も知らない人が何人も話しかけてきた。

 そのたびに苦笑いをしなくてはいけない。

 トアとシエラも手を振ったりと忙しい。

 ネムは恥ずかしそうに俺の影に隠れていた。


「おっ! おいみんな、英雄のお出ましだぞ!」


 ギルドの扉を開くなり、視界に入ってきたのは暑苦しい男と騒がしい冒険者たちの姿だった。

 テーブルの上に立ちジョッキを掲げるヨーギは、俺を見つけると歓迎した。


 ヨーギはヒーラーである俺に助けられたことを何とも思っていなかった。

 むしろ「ヒーラーなのによくここまで頑張ったな」となぜか感動していたくらいだ。

 俺と町ですれ違う度に「英雄じゃないか!」と馴れ馴れしく声を掛けてくる始末。

 気づいた町の連中が「あの人があの英雄らしいわよ」と騒ぎ立てるからやめてほしい。

 おかげで行きたいところにも行けず、ギルドには顔を出していたがほとんどの時間をエカルラート邸の庭園で過ごすことになった。


「ヨーギ、頼むからその呼び方はやめてくれ」

「何だよ、いいじゃねぇか。またラズビールを御馳走してやるからよ」


 ラズビールとはこの国の名産品で花の香りのするビールのことだ。


 しばらくしてヨーギはラズビールを両手に戻ってきた。

 酒は好きだ。

 特にラズビールはここ最近毎晩飲んでいる。

 昼から酒を飲むことに抵抗がない冒険者たちはギルド全体を巻き込んで酒を飲み続けるが、それは冒険者だけではない。

 王都全体が酒の匂いで満たされていた。


「つまみもあるぜ。そっちの嬢ちゃんたちもどうだ。猫娘にはジュースを持ってきてやろう」

「猫娘ではないのです! ネムなのです!」

「おおそうかそうか。ネムか、悪い悪い」


 ネムはヨーギから赤いジュースを受け取ると案内されるがまま席に着いた。

 今日は依頼を受けるつもりで来たのに……何て軽い奴なんだ。

 とは言え俺もネムのことは言えない。


「なんかここ最近こんなのばっかりじゃないか?」


 テーブルを囲み、それぞれ酒やジュースを片手にいつもの席に腰を下ろしてしまった。


「だって国が救われたのよ? そうなるのが当たり前なんじゃない」

「マサムネが来なければ王都はどうなっていたことか……あの時は誰もが負けを認めていましたし仕方がありませんよ。宴は当分の間続くでしょう」


 シエラはそう言いながら二杯目のラズビールを流し込んでいた。


「シエラ、白王騎士の仕事は大丈夫なのか? 騎士が昼間から酒って」

「構いませんよ。昨日、ラインハルトも飲んでましたから」

「おっ、騎士の嬢ちゃん! 言い飲みっぷりじゃねえか!」


 そう言われ頬を赤らめるシエラ。

 対抗意識を燃やし負けじと飲むトア。

 ジュースで酔った気分になっているネム。

 この一週間、似たような光景を何度みたことか。


 終戦以降、依頼を受ける冒険者はほとんどいない。

 掲示板の依頼も少ない。それは国中の者が毎日のように宴三昧で酔っぱらっているからだ。

 とは言え俺には冒険者としての誇りなんてないし、奴らを咎めるつもりもない。

 ただ楽しく幸せに生きられればそれでいい。

 ただ人の多い場所はやっぱり苦手だ。この賑やかさやギルドの雰囲気は嫌いじゃないが、その数分後にはいつものように店を後にしていた。



 一人看板のない酒場でラズビールを飲んでいた。

 左から二番目のカウンター席がこの一週間での定位置だ。

 この店は常連しか来ないのだろう。騒がしくもなければ、いつも数人しか見ない。

 他が宴三昧だからか、今日は特に俺以外に客の姿はなかった。


「今日は空いてますね」


 マスターに話しかけるもいつものように返答はない。

 魔道具から流れる知らない音楽のみだ。

 それ以外は静まり返っていた。


 店の扉が開き一人の男が入ってきた。

 何度か見た顔だ。

 男は席を一つ空けた俺の右隣に座った。そしてウィスキーを注文する。


「あんた、また一人なのか」


 向こうも俺を知っていた。


「え……まあ、はい。外の雰囲気じゃ息が長く続かないんですよ」

「だからいつもここに来るのか」

「まあ、はい。ここはいつも人が少ないですし」


 と言いながら。


「すみません」


 マスターに謝っておいた。


「英雄は人見知りか。難儀な冒険者だ。これだけの名誉があれば何だって手に入るってのに」


 その言葉に一口ラズビールを飲み間を繋ぐ。


「知ってたんですか」

「知らない方がおかしいだろ。通い詰めている者の素性はなんとなく分かる。あんた、随分前からここに来ていただろ」

「おじさんは常連さんなんですか?」

「俺の名はアーノルドだ。ここは冒険者だった頃から通い詰めている。今じゃもう頻繁には来られなくなったが、それでも偶に足を運ぶんだ。マスター、彼の分は俺につけといてくれ」

「え」

「ニト殿、今日は俺のおごりだ。そのために店も貸し切りにした」

「貸し切り?……」と店内を訳が分からず見渡す。アーノルドさんは凛々しい表情で俺を見ていた。そこでふと、その“アーノルド”という名前が引っかかった。

「マスター、彼にウィスキーを頼む」

「アーノルドさんは、今は冒険者じゃないんですよね」

「ああ、今は国王をやっている」

「こっ、国王!?」

「悪いな。ラインハルトから君は謁見には応じないだろうと聞かされていたんだ」

「だから貸し切りって……え、でも」


 思わずマスターの顔を見た。

 ただ普通に考えてマスターが了承してのことだろう。


「マサムネ殿とお呼びすればいいか、それともニト殿と。安心してくれ、ここで話したことは外には漏れない」

「じゃあ、ニトでお願いします」


 俺のことなどお見通しか。


「ではニト殿。ニト殿には是非、勲章を授けたい。望むなら爵位も与えよう。金も名誉も地位も手に入る。だがラインハルト曰く、ニト殿の意向を伺ってからの方が良いと。だからこのような機会を設けたんだが、ニト殿、遠慮せずに答えてほしい。王としての俺に何を望む?」


 急に謁見が始まり、いきなりの質問に悩まされた。

 王都を去る俺にここでの名誉は必要ない。

 金はあるし、爵位なんか得ても馴染みがなく使い道が分からない。


「それは帝国の襲撃を防いだことへの報酬ですよね?」

「そういうことになる。王都を救った英雄に何の見返りもないなど、王としての名が廃る。何でもいい、望みを言ってほしい」

「……お金はいりません。そうですね、ラインハルトには伝えたんですけど、できれば政宗という名前を消してください」

「ふっ、金はいらないか。ラインハルトに聞いていた通り変わっているな。それにしても名前を消せとは随分と変わった頼みごとだ」

「できれば詮索はしないでほしいんですが、“英雄政宗”なんてものが広まると困るんです」

「なるほど。分かった、ではこちらで何とかしよう。だがそれだけというのもなあ」

「じゃあ、いくつか教えてほしいことがあります」

「なんでも聞いてくれ」

「ヒーラーでも使える攻撃魔法を探してるんですが、そういうものはこの世の中にありますか? 一応王立図書館で調べましたけど、あまり分からなかったので」


 シャロンさんの言葉を思い出し数日前に図書館に行ってみたが字が読めないことを忘れていた。


「そうか、ニト殿はヒーラーだという話だったな。申し訳ないが、俺の経験上そういったものは見たことがない。ヒーラーは魔力の性質が治癒魔法に特化していることから、それ以外は使えないというのが常識だ。例外は聞いたことがない」

「そう、ですか……」

「すまない。だが魔法学校に行けば何か分かるかもしれない。ハイルクウェート高等魔法学院――三大魔法学校の一つだ。魔導師の名門校であり、俺の息子も在学している。ここからでもそう遠くはない」


 そう言えばゼファーも学校で魔法を学べと言っていた。

 俺くらいの魔導師はそれが一般的だと。


「魔法学校には他にはない書物や情報が集まりやすい。ニト殿の役に立つものがあるかは分からないが行って損はないはずだ。俺から推薦状を出しておこう、あそこの校長とは古い付き合いだ」

「じゃあ、お願いします。旅の途中にでも寄ってみます」

「分かった。もし息子と会った時は仲良くしてやってほしい。他に質問がなければ一つ話しておきたいことがあるんだが、いいだろうか」

「どうぞ」

「いきなりで申し訳ないが、国を発つ際は旅にシエラを同行させてやってくれないか」

「そういえば、ヒルダさんからそんな話を聞いてます」

「そうだったか、ならば話が早い。ラインハルトや亡きエドワード、他の白王騎士も含め、既に俺も同意している」

「シエラさんは知って――」

「まだ話していない。今日、会議の合間に伝えることになっている」

「でもいいんですか。白王騎士が一人欠けてしまって」

「白王騎士とはそもそも王を守るために設けられた役職だ。本来、前線に出て戦うようなものではない。国の防衛は王国騎士や灰の団の仕事だ。それになにより、ラインハルトがそれでも構わないと言った。俺はあいつの考えを信用している。問題はない」

「そうですか。じゃあ俺にとっても問題はありません。でも最終的な判断はシエラにさせてください。無理やり連れまわすのは嫌なので」

「伝えておこう」


 それからしばらく、ウィスキーをすすった。

 アーノルドさんは他に何か望みはないかと問うが、特に思いつくものがない。


 数日前、エカルラート邸にロバーツさんが尋ねてきた。

 ウィーク牧場でオールドゲールトを売った酒屋の店主だ。

 オールドゲルトが売れたらしく、その分け前を渡しにきた訳だが、すべてではないと言っておきながらそれが大金だった。

 だから王様に金を貰うというのが何となく無意味であるような気がする。

 相手が王なら、何か金以上に価値のあるものを受け取りたい――そこでふと思い出した。


 それはオリバー・ジョーのことだ。


 ターニャ村で出くわした際、《オリバーの手紙》をドロップし、あいつが王を恨んでいるという内容を見た。

 シエラさん曰く、オリバーは二年前までラズハウセンの王国騎士であり、元灰の団の隊長だったという話だ。


「アーノルドさん、もう一つ教えてほしいことがありました。これを読んでもらえませんか」

「これは、なんだ。ん、手紙か?」

「はい。それはオリバー・ジョーの手紙です」


 疑問を浮かべながら手紙に目を通すアーノルドさんの表情が、次第にどこか暗く悲しいものへと変わった。


「……ラインハルトから話は聞いている。オリバーは、死んだそうだな」

「国を恨んでいるようでした。アーノルドさんを慕うシエラのことも罵っていましたし。その手紙を読んでから、その理由が気になるんです」


 オリバーから得た魔術だけ、未だ魔術名が表示されていない理由についても気になる。


「ただ話し難いことなら別に――」

「オリバーは灰の団の隊長だった男だ」


 アーノルドさんはそう切り出すとウィスキーを一口、この国で起きた過去の悲劇について話してくれた。

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